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仏教議論スレッド96

1 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 13:59:25.63 ID:z+GuUWnK
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仏教議論スレッド95
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2 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 14:05:05.73 ID:WkIqtoYV
↓ボットでも相手してろ

3 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 14:10:39.82 ID:MMTVAkjO
全てを知ろうとする事は愚かなこと

仏教の議論もまたしかり

4 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 14:19:57.01 ID:acUbC5Zq
「中論」は戯論の無意義にして害多きことを示すを唯一の目的とする。それは一目瞭然、一見して非常に明白であるにも係らず、長らく「衆生も四諦も因果も如

来も、亦た空さえも、一切は皆無であり、空である」というような誤った論理によって解釈されてきた。自ら思考を停止して先人の轍を踏むに忙しく、邪師に悪導

せらるるまま諍論に明け暮れ、唯々諾々《いいだくだく》として死地に趣くも、疑うことを知らざる結果である。是れは皆仏の遺誡たる「自らに依止し、法に依止し、

余に依せざれ」に違背する所であるが故に、誠に残念なことである。

そもそも般若波羅蜜を定義して慈悲に基づく空観と名づければ、又慈悲を体として不住性、平等性、無戯論性の三性を有し、六波羅蜜を行相とすると定義する

こともできる。この三性は皆空の一側面なのである。則ち不住性を以って法に著せず、平等性を以って衆生に著せず、無戯論性を以って正邪を含めた有らゆる

立場(主義)、主張(ドグマ)に著せず、唯だ三歳の嬰児にすら理解できる与えられれば嬉しく、打たれれば傷つくの天然自然の原理のみを旨として、小乗ならば

十善を行じ、大乗なら六波羅蜜を行ずることこそが、般若波羅蜜であるとするのである。このような大乗の空中に住してみれば、無駄な諍論は破僧の危禍を招

いて仏教の滅亡を致すものに外ならず、戯論こそ畏るべき所であるのは明白である。

5 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 15:37:32.46 ID:lF2EVg4t
>>4
>そもそも般若波羅蜜を定義して慈悲に基づく空観と名づければ、
>又慈悲を体として不住性、平等性、無戯論性の三性を有し、六波羅蜜を行相とすると定義することもできる。

却下。
・空観に慈悲という価値観は成立しません。
・ましてや不住性、平等性、無戯論性の三性などという観念の成立する余地はありません。
・空観に定義は相応しくありません。


6 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 15:44:04.78 ID:acUbC5Zq
空観(くうがん)ではない
空の観、空観(くうかん)である
馬鹿は本当に話にならない

7 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 15:53:46.41 ID:lF2EVg4t
>>6
鏡を見てください。
逆倒した馬鹿が写っているでしょう?

8 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 15:58:11.54 ID:acUbC5Zq
衆生を引導するが故に、仮名の空を以って説いた

これが理解出来ないものに十善も六波羅も栓無し

9 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 16:03:42.90 ID:lF2EVg4t
そもそも理解できないものを理解できるわけがない。
ゆえに⇒十善も六波羅も栓無し

荷物をおろしたらいかがですか?

10 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 16:12:23.51 ID:acUbC5Zq
三歳の嬰児にすら理解できる与えられれば嬉しく、打たれれば傷つくの天然自然の原理が弁えられないから
そう言う戯論に終始する

だからダメなんだよ

11 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 16:55:22.77 ID:XrNS+3z6
人生の意味とは、理解するものではなく、生命の声のみに従い、他者との係わ
り合いの中で、ただ只管それを生きることにある。すべての生物にとって同じ。

人生の意味を理解しようとすることは、生きていることではなく、もはや
死んでいることである。

釈迦は、そのことを悟れなかった。

12 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 17:26:53.94 ID:rIkJrjuR
人災と天災、これを混同している人がいるね。
例えば女性が出産で非常に苦しかったり、赤ん坊もねじれながら
血だらけでこの世にこんにちは、だ。

苦しいかもしれないのだけれど、
天災と同じで乗り越えられるのだよ。その苦労は。
それぐらいのたくましさは備えている。
もしそれで、母子になにかあったとしてもだ。

しかし人災は、違う。異常なんだよ。

釈迦は苦を問題にしたのだけれど、生死病老は天災なのだけれど、
その苦ではなくそこから人は人災へいくのではないかという提言だ。

なので高度な話しになってしまいがちなのだけれど、人災を起こさないようにという
教えをうちたてられようとしたと、私は直感しているのだ。

〇さんにヨブ記の返事、次にします。

スレッドを立てて下さった方ありがとうございます<(_ _)>

みななんだかんだといっても 元気か〜♪

13 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 17:43:35.16 ID:EwMfyc50
>>11
生物・衆生を中心に考えるから邪見を破れない
釈尊はそれを悟り到っていた

煩悩は生きる事に対する様々な執着から起こる
その執着は邪見を破らねば離れられず
邪見が破れないから楽を探して終生苦悩に苛まれる

愚の骨頂の極みw

14 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 18:05:07.14 ID:ISvTwEvL
竜樹は中論の25.10で「ニルヴァーナは有に非ず無に非ず」
というのが正しい、と言っている。
これに基づいて25・16、19、20が展開される。
しかし有と無とは縁起の関係にない。縁起の此縁性で検証してみよう。
 
有あれば無あり。有生ずるがゆえに無生ず。
有なければ無なし。有生ずるがゆえに無滅す。
 
意味が支離滅裂、無があるだとか、無が生ずだとか、無がないだとか、
無が滅するだとか、そんなことはありえないし、生じえない。
有と無が縁起していないからに他ならない。

15 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 18:16:43.61 ID:EwMfyc50
>>14
有無が直接関係して依存し合っているのではない
有に他縁、無に他縁と各々が他縁生起して事物は成り立つ
しかも有無と言えども有に非ず無に非ず
各々は縁起によりて変性して有が違う有へ変じ、有の性分を失って(無)違う有になる
有無も方便として無常と説かれ、その実は無常に非ず

16 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 18:25:04.54 ID:ISvTwEvL
縁起は通常、物事の因果関係だけでなく、苦楽、善悪などの相関関係、
判断基準や評価基準における相反する二項の関係を言う。
竜樹菩薩の場合は後者、相関関係(相依性)に注目して空を考えている。
 
苦楽の空は、苦・楽・苦かつ楽・非苦非楽の最後、非苦非楽になるが、
この中で空は非苦非楽になる。全論議領域である四句(ベン図)から、
空は非苦非楽以外にない。その意味は無であり、空は無なのだ。
 
縁起は成立しないが、有と無との場合も同じ。非有非無は無なのである。
これが竜樹菩薩のカン違いなのだが、かりにそれが正しければ、
ニルヴァーナも輪廻も如来も全部同じだ。なぜならどれも無だから。

17 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 18:35:12.70 ID:EwMfyc50
>>16
ぶっちゃけて言うなら、有無の二項対立を考えるのは人の思考であり思い
思いは心が起こす、心に実体など無い、実体が無いからいくらでも際限無く捉え様も無い
それが心であり、心こそが空の如くの存在の尤もたる事象
その心が思い実感する苦楽も言わずもがな、所詮は思いに過ぎず二項対立の賜物に過ぎない

つまり、心の元で思考する限り、邪見の惑は解けないので愚かな迷妄を抜け出すことも無い

非有非無が無と同じに見えるのも邪見に過ぎない

18 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 18:38:21.24 ID:ISvTwEvL
>>15
>有無が直接関係して依存し合っているのではない
>有に他縁、無に他縁と各々が他縁生起して事物は成り立つ
 
前後の文章が矛盾している。
無は何もないのだから、無に何かが縁ずることは絶対にありえない。
あるものが存在するか(有)、否か(無)は二者択一である。
 
これに対して縁起は、ある状態に対する判断や評価だから
二項対立になる。これが分別である。

19 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 18:39:48.74 ID:EwMfyc50
>>18
有無は元々非有非無なのである
どこに有があり、どこに無があろうか?

20 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 18:50:17.95 ID:EwMfyc50
>>18
君の言わんとする事は尤も至極であり理解出来ない訳ではない

しかし、有無を言う場合の「有」とは実有を、「無」を言う場合は虚無を言わねば本来の有無ではないのだ
実有と虚無は倶に縁起出来ない事になり道理に反するので存在しないのだ

実有の場合は、例えどんな縁起が擦り寄ろうとも変性しない無変化の有となり
虚無の場合はあらゆる縁起を受け付けずに無であり続ける
そんな存在は有りえないのだ

21 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 18:53:50.32 ID:ISvTwEvL
>>17
心に実体が無いというのはひとつの考え方だろう。
他方、心に実体があるというのもある。
どちらが正しいかは、自分で体験しないと明言できない。
 
仏教は諸法無我で、実体が無いという考え方に立つ。
仏教以外の、バラモンやヒンドゥーなどは、実体を認め、その実体を
ブラフマンやアートマンと呼んでいる。
 
非有非無が無なのは、ベン図で確認すれば理解できる。
何もない画面に、有と無の円を描いて、非有非無の場所を見ればいい。

22 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 18:56:44.78 ID:EwMfyc50
>>21
では心の実体を見せてください

23 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 19:01:46.82 ID:EwMfyc50
>>21
因みに、梵我一如の境地妙合とか邪義の極みなので勘弁してください

24 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 19:10:57.60 ID:ISvTwEvL
>>20
意味がよくわからない。竜樹菩薩は有と無をテーマにしている。
有と無を並べたら、そこにあるのは有だけだよね?
だからもともと、有と無を関係させることはできないのに・・・
竜樹は関係させている。有無が縁起だとカン違いしたから。
 
このカン違いから「空」が定義されている。
空とか勝義諦とは、実体が何も無いこと、無であり虚無のことである。
実体が不明だから、そう考えるのも、ひとつの考え方ではある。
しかし、空を真理だと言うのはまだ早過ぎる。

25 ::2014/04/13(日) 19:11:48.54 ID:T7IZnW5X
>>16
>ニルヴァーナも輪廻も如来も全部同じだ。なぜならどれも無だから。

問い:どのような意味内容なら「敗北するところ」にはならないのか。
答え:諸々の行は識とともに作られたものであるから無常である。
涅槃は作られたものではないので恒常である。
このような文や言葉の真髄は真正なのであって、
「敗北するところならざるもの」と名付けるのである。
龍樹「方便心論」2.2.2

26 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 19:18:07.47 ID:EwMfyc50
>>24
有無を問題にしたのは対論側だよ
龍樹尊者はその反論として極論の非有非無で結論してる
有無を見るのは凡人の眼なのであり、空に照らせば非有非無になり有無は無い
有無が無いからと言って存在を離れて事物は成り立つ訳も無く
非有非無を啓いて観るなら「縁によって変わり続けて無くならないのが現実」となる
凡人にはこれが観えないだけ

27 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 19:21:30.58 ID:ISvTwEvL
>>22
>では心の実体を見せてください。
 
心は物ではないから、取り出して見せることはできない。
だから釈迦が、縁起の理法、四諦八正道を説き、
それを自分の心の中に見る方法を教えたのではないだろうか。
 
心は物でないから、自分の心で自分を体験する以外に道はない。
自分で自分を見ることは可能なのか否か。
可能だからこそ、大昔から神や霊魂が語られ続けている。

28 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 19:25:51.20 ID:XrNS+3z6
人類は、その発生以来、専ら五感の知覚により「有無」を一義的に区別することに
よって「のみ」生存しているのだから、いくら「無」を唱えてみても無意味。

中論のように、「もろもろの存在は厳然たる実在だが、関係性という抽象観念に
よって構成されているので(つまり、中身はスカスカ)、執着すべき自性はない」
と解釈することにより、問題は一発で解決する。現代の最先端科学である量子力学や
相対性理論とも完全一致。

釈迦もイエスも、「中身スカスカ」だから、執着の対象にはならないのですw。

仏教徒が五感よりも意識を過大視するのは、前スレでも述べた、眼耳鼻舌身意の
最後の「意」が五感の一部に過ぎないことを理解していないことが理由だと思うね。
五感と並べてその最後にポツンと置かれているだけという事実からも、五感の一部
と解するほうが妥当だろう。現代の解剖生理学とも完全一致する。

29 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 19:26:43.30 ID:EwMfyc50
>>27
「心を見た!」と言ったらそれは変性意識とかでしょう
縁起の理法、四諦八正道倶に自我と言う名の我執を離れる=心が実在し無い事を知るのが極意です
故に「仏法は無我にて候」な訳です

30 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 19:29:00.41 ID:EwMfyc50
>>28
意も思いの範疇であり、それも仏法出世間の見解ではお荷物なので持ち込み厳禁です

31 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 19:31:08.91 ID:uJcPfDKL
>>27
じゃ、実体ってどういうものだよw

>>21>他方、心に実体があるというのもある。 >どちらが正しいかは・・・云々

32 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 19:43:35.13 ID:ISvTwEvL
>>26
あなたは先日、対機説法の限界から大乗の勃興、坐禅のプロセスやら、
コップの喩で思考力などを考察していた方だろうか。
興味深い内容で啓発されたが、少し疑問に思ったこともある。
人違いでなければ、質問してもいいだろうか。

33 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 19:52:34.95 ID:rIkJrjuR
>>948 :○:2014/04/12(土) 19:18:41.63 ID:tZIz6dXl
>944
>旧約聖書のヨブ記を見ますと、悪魔はヨブの信仰心を試す為の過酷なプランを神に上申します。
>そして神の決裁をもらって(←ここ重要)ヨブから一つ一つ大切なものを奪っていきます。
>このテキストベースからも悪魔は神の下僕の一人に過ぎず、業務内容は「人類お試し係」ということでしょう。

>旧約では人類の祖先はリンゴを食べて煩悩、欲と智恵を得ることができました。
>そして煩悩、欲と智恵が因で今日の科学技術の進歩が起こりました。
>また煩悩、欲と智恵が無ければ、仏教も起こらなかったことでしょう。

>ヨブ記からも、リンゴを食べさせたのは神の決裁だったと思料します。
>リンゴを食べていなければ、人類は今も無欲な阿呆のままだったということでしょう。

・・・・・

前スレより。

34 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 19:59:15.12 ID:XrNS+3z6
>>30
前レスでも述べたとおり、六処における「意」は、五感からの入力を受容、統合、処理
する脳の機能。思考や意識とは無関係。専ら、対象(何でもよい)の「実在・非実在」
を判断するだけだから、「思考の介入」は要しない。知覚された対象が「何であるか」は、
専ら、共同体の合意(の脳内記憶)による。

この「実在・非実在」の判断と、知覚された対象が「何であるか」の判断とを混同する
から、存在論に混乱が生じているのである。

六処は、人間の生存のための不可欠な基盤としての「実在(現実)」を判断して、
もろもろの存在を実在たらしめる機能として、他宗教には見られない偉大な発見
である。

35 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 20:00:28.68 ID:ISvTwEvL
>>28
御隠居のアイデアにはいつもながら意表を突かれる。
五感のそれぞれに意が分散して存在する、というのは画期的過ぎる。
 
しかし、聴覚を失ったのにベートヴェンは作曲できた。
夢の中では、五感、五識がなくても、現実によく似た夢を見ている。
その辺の詰めが甘いような気がする (^^)

36 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 20:04:53.40 ID:ISvTwEvL
>>31
物ではない。意識を除き、五蘊でもない。
実体である神や霊魂は、五蘊以外の存在だと思う。

37 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 20:08:25.50 ID:rIkJrjuR
>旧約聖書のヨブ記を見ますと、悪魔はヨブの信仰心を試す為の過酷なプランを神に上申します。

試したのはほんとうに悪魔ですか。

>そして神の決裁をもらって(←ここ重要)ヨブから一つ一つ大切なものを奪っていきます。
>このテキストベースからも悪魔は神の下僕の一人に過ぎず、業務内容は「人類お試し係」ということでしょう。

悪魔は、神の下僕であり役目を果たしているだけであるという解釈ですが、
悪魔が、神の下僕でないとしたらどうしますか、〇さん。
そのように解釈したいのは、人は間違う事があるの自分のエゴを擁護したい
考えから来た延長です。

人はもちろん間違う事がありますと一応その前提で話しますね。

その間違うの内容、中身ですが、うまく鉄棒で逆上がりが出来なかったとか
算数の問題が解けなかったとか、
それは、テストの間違いで10点かもしれませんが、
なんら、なにも間違えていないのに間違えたと錯覚させるように
洗脳する、そこからきた間違いではありませんか。


けれど

38 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 20:15:56.40 ID:XrNS+3z6
>>35
脳の機能の多様性である。

ベートーベンには、聴覚を失う前の「聴覚の記憶」があった。その記憶を、
楽譜上に再現したのであろう。

夢は、睡眠時における脳細胞の混乱。しかし、必ず覚醒時に知覚した対象
ばかりが、支離滅裂の態様で出てくる。知覚の記憶は残っているのである。
「神」の姿を夢で見た人はいないらしいw。

39 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 20:27:25.46 ID:rIkJrjuR
そして、洗脳された揚句、そこから本当の間違いがはじまる。

人を陥れる。

悪魔と言うのは、君に言わせれば役に立っているだな。

悪の御用。
悪魔は役にたってはいない。

悪の御用とは悪の御用と言い表す事によって、エゴに大きな顔を
させる、言葉のトリックを見破る為に表現されているのであって、
悪そのものが役に立っているではない。



40 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 20:39:46.49 ID:rIkJrjuR
>旧約では人類の祖先はリンゴを食べて煩悩、欲と智恵を得ることができました。
>そして煩悩、欲と智恵が因で今日の科学技術の進歩が起こりました。
>また煩悩、欲と智恵が無ければ、仏教も起こらなかったことでしょう。

しかしその蛇を旧約でも良い評価をしていますか。
そう言った事があったと言う話だけだ。

41 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 20:49:48.44 ID:m2nkjjeL
>>40
> >旧約では人類の祖先はリンゴを食べて煩悩、欲と智恵を得ることができました。
> >そして煩悩、欲と智恵が因で今日の科学技術の進歩が起こりました。
> >また煩悩、欲と智恵が無ければ、仏教も起こらなかったことでしょう。
>
> しかしその蛇を旧約でも良い評価をしていますか。
> そう言った事があったと言う話だけだ。

知恵でなく魔が差したという代物だよね。勝手に知恵の種類を置き換えてる。
仏教も起こらなかったと言うが、すでに仏教かもよ。それは分からないが。

42 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 20:51:19.82 ID:1/Jqvcmf
迷える者たちよ 真理を求めてお悩みなら
在野の真理研究家 ハイル248禅師に相談してみよう!
「ハイル禅師語録」「特撰ハイル語録」などHP・ブログもあります
真摯に真理探究に勤しむ傍らでモバゲーの将棋サークルにも一日中顔を出してくださいます。
↓のようなお茶目な書き込みもしますがご愛敬

2014/4/12 20:04
ごめんね ごめんね 頭がおかしいから墓場にションベンしか霊的体験出来なくて ごめんね! オイラが出せるのは脱糞とションベンだけ! クズ以下の存在だけど にょろにょろマン〜〜〜を見捨てねいでケレーーーぷw

成績不良のアホにょろマン

43 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 21:07:34.49 ID:uJcPfDKL
>>36
そういう括り、言い方でいくなら、別に「実体」という言い方・名称でなくても
「ゲッター線」でいいじゃんwwwww


「心というのはゲッター線である」
「心というのは実体である」

どこが違うのかわかりません円  ┐(´ー`)┌

44 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 21:09:08.50 ID:uJcPfDKL
>>36

(心は)
> 物ではない。意識を除き、五蘊でもない。
> ゲッター線である神や霊魂は、五蘊以外の存在だと思う。

45 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 21:10:12.63 ID:rIkJrjuR
例えば 先の戦争時は、洗脳されたかなんだか分からないにしても
その戦争に反対できず、加担したとする。

アジアの人達にだけでなく、東京大空襲レベルは、
日本全国の田舎でもあったし、原爆にいたっては、まるで幽霊の様に
一瞬に死ねなかった人々は皮膚を垂らしながら小さな子までも
死ねるまで歩いていた。

で、その時、今だよ!どんな理由があるにせよ、
どうしてその戦争に加担した自分を素直に認める事ができない。
恐れるのだ。
今だよ!

それを認めれば人生がむちゃくちゃになるとでも思っているのか。

絶対に違う、もし無知でそういった過ちがあったとしても、
生き残った自分達は、二度と同じことを繰り返さないというのが、
犠牲になった幽霊のようにふらふらと
歩いた子供達と一緒に生きることではないのか。

悪魔は何の役にもたっていない。
いや、君をエゴに=言葉のトリックに導く、そういった役目をしている。

神とまったく違う。

それを混同させるようにもっていく、悪魔はそこまで巧妙だ。

46 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 21:37:09.73 ID:rIkJrjuR
>ヨブ記からも、リンゴを食べさせたのは神の決裁だったと思料します。
>リンゴを食べていなければ、人類は今も無欲な阿呆のままだったということでしょう。

〇さん、ヨブ記でリンゴの話しは出てこないね。

ヨブの試練は、確かにヨブの大変厳しい人格成長の話しだと思うのだが、

ここでのサタンとはその厳しさの比喩だ。

悪霊ではなく、ここでは厳しさの比喩であるのだ。


しかし君が、ものごとの見分けがつかなくて、誤魔化しずきるのであるのなら

やはり。

君は悪霊に憑依されている。

この悪霊は 比喩でない、神の遺伝を受け継がない、別物である。

47 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 21:39:31.42 ID:ISvTwEvL
>>38
記憶の再現だけで、第九ができたのだろうか。
第九に創造性がまるでないとでも?
 
聴覚を失っても、音や曲の良し悪しを判断する意識が残っている
荒唐無稽な夢を見ても、それを取捨選択する意識が残っている。
こういったことから、意識を五識の一部とする考え方は成立しない。
 
意識は、五識を対象とし、その内容を取捨選択するのだから、
五識の付属品ではない。別個のものと考えるのが妥当。

48 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 21:46:41.36 ID:WkIqtoYV
大乗の示唆したごとく、喧騒から身を避けるだけでは立ちいかないのが現実。
どこかで喧騒と戦わなければならない
喧騒から追い立てられるままに、孤独に死ぬことを選ぶのだとすれば
平穏を後世に残すことができない。それは責任ある態度ではない。
既存の社会基盤に甘えながら、一身を安んじているだけ。
菩薩道を捨てるならば、なぜ悟りとともに死ぬことを選択しなかったのか。
一期を限りとするとしても、その一身の栄えのために一身を残すのであれば
それは利己であり、利己であるならば、悟りは精神の効率性というレベルに堕している。
そんなものはビジネスマンのハウツー本にでも書けばいい。
悟りを得た後に、彼が生きるという選択ができるのは、彼の利他心ゆえ。
そして、利他心を後世に伝えようとするならば、どこかで喧騒と戦わなければならない。
喧騒を避けながら、喧騒に負けず教えを保つ。
これができないならば、仏教は獅子身中の虫と言われよう。

49 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 21:47:37.14 ID:ISvTwEvL
ゲッター線て何? 五蘊が定義されているから、
五蘊外は消極的に定義されてる。

50 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 21:58:07.25 ID:uJcPfDKL
>>49
単刀直入に問えば、「実体」って何?ってこと。


>>48
しかし、それを目指して市井に身を投じて“染まらずに”いられた者が、
果たしてどれくらいいるだろうか・・。
また、伝承し得ているだろうか・・。
後に続く(“同レベルの”)者を輩出し得ているだろうか・・。

51 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 21:58:30.32 ID:hArhtIpm
菩薩界に居られない生命が死ななくてはいけない思想って、ナチスみたい。

52 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 22:25:06.79 ID:WkIqtoYV
>>50
やはり社会と仏教教団の両輪が大切ということだろう
比丘とウバイの役割分担

53 ::2014/04/13(日) 22:32:21.41 ID:T7IZnW5X
>>37
>試したのはほんとうに悪魔ですか。
>悪魔は、神の下僕であり役目を果たしているだけであるという解釈ですが、
>悪魔が、神の下僕でないとしたらどうしますか、〇さん。

貴殿は本当に「ヨブ記」を読まれたのですか。

主はサタンに言われた。「それではヨブをお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな。」
(第二章四〜六節)

ヘブライ聖書ではサタンは「妨害者」、人間を妨害するミッションを持った下僕の一人に過ぎません。

「ヨブ記」以外では、例えば「民数記」のバラムの物語に登場し、文字通りバラムの前に立ちはだかって
主のみ使いは彼を妨害する者でした。巡回諜報部員のようだとの解釈もあるそうです。

やはりスレ違いなので止めておきます。

54 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 22:35:00.39 ID:hArhtIpm
砂金どころじゃない。
落ちます

55 :○○○:2014/04/13(日) 22:57:03.03 ID:T7IZnW5X
>>46
>君は悪霊に憑依されている。

とうとう本心が現れたようですね。
救世教や真光や私まで悪霊に憑依されているという見解を貴殿が持って話しておられたことは
途中で気付いておりましたよ。

新約聖書では、悪霊に憑依された事例は沢山ございますが、仏教でも悪霊に憑依されるという
ことを貴殿は認めておられるのですか。

私達は日頃の霊動現象で憑依霊の動きを見たり、語る内容を聞いたりは度々しております。
でも悪霊か?ということは疑団ですね。

根拠は憑依霊の語る内容は、「どれほどこいつ(受光者)は悪いやつだったか!」というケースが
大半だからです。
憑依霊と憑依された者とが縁起しており、因果の法にきれいに納まっております。
憑依霊の視点から見れば、憑依された者の方が悪霊、邪霊なのに、なぜ神様はこいつを救われるのか
と訴えてくるケースも多いのです。

ただし、生者にとって不都合な現象を引き起こす存在を悪霊とか悪魔と定義するのであれば、確かに
そういう存在はあるかとは思います。
「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉からでも世俗での正義と悪との定義が分かるでしょう。

56 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 22:59:53.91 ID:/UHa13k7
オカルトおつ

57 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:00:05.70 ID:uJcPfDKL
十字街頭破草鞋

さて、
同化して溶け込んで野垂れ死ぬか、
余所者・異人・エイリアン、或いはアウトローとして野垂れ死ぬか・・・。

禅は、最初どちらを指していたろうか。
2500年前のインドでは、どちらが想定されていたろうか。




文明が進めば進むほど、社会が高度化先進化するほど、
「異」物の排斥が基本となる。
グローバル化、多様化、個・個人の尊重とは、
実の所、平板化・均質化の言い換えかもしれない。
方言が消えていくように、宗教や思想、或いは文化の個性も、均質化していくのかもしれない・・。

たとえば、50年100年後には、北極圏でさえ、鯨を食べる民族さえ消え去るかもね・・。
むかし、類人猿は・・・と同じレベルで、語り継がれる昔話として・・・。

そのとき人類は、平和で、国境無き仲良き、一つの社会として、(グローバル化の成果として)、
個人個人は互いに認め合い尊重し合っているかもしれないが、
地域差の消失した、単一文化になっているかも?

58 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:01:18.49 ID:rIkJrjuR
>>53
>「それではヨブをお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな。」

,
もう一度いいます。ここでのサタンとはその厳しさの比喩だ。


いつも言葉の二重性を考えて頂きたいのだが、

単語は前後がある。

話しには前後ある。

神とサタンと言った時、その話しの全体を見なければ神もサタンも分からない。

その話しだ。

君はすぐに話しをすり替えるね。

59 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:02:09.04 ID:rIkJrjuR
君は話しを誤魔化す事にどうしていつも行き着くのかな。

ヨブというのはイエスを理解する上で非常に重要な人物だ。

ヨブは美しかったので突破できたのだよ。
相対世界の話しのように見えても、
ヨブがなぜ突破できたのかというと、

君のようなものに耳をかすこともなく、洗脳されていない性質がよい人物だったのだよ。

たくましく、素直な人物であったからなのだよ。

君が問題にする善悪というのは、自己都合だ。

しかしヨブに迫ってきた善悪のたとえ話は、光の確認だ。

60 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 23:05:18.41 ID:ISvTwEvL
>>50
実体とは、だれもが知ってる「命」のことだよ。
命そのものが神霊(神)であり、個体の命が(霊魂)になる。
この命(霊魂)は純粋意識であり、自己意識がある。
これを止観で体験することが悟り。
その方法論が、縁起の理法であり、四諦八正道になる。
 
言い方を変えれば、ブラフマンとアートマン。

61 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:09:02.70 ID:rIkJrjuR
>>55 :○○○:2014/04/13(日) 22:57:03.03 ID:T7IZnW5X
>>46
>>君は悪霊に憑依されている。

>とうとう本心が現れたようですね。
>救世教や真光や私まで悪霊に憑依されているという見解を貴殿が持って話しておられたことは
>途中で気付いておりましたよ。

>新約聖書では、悪霊に憑依された事例は沢山ございますが、仏教でも悪霊に憑依されるという
>ことを貴殿は認めておられるのですか。

>私達は日頃の霊動現象で憑依霊の動きを見たり、語る内容を聞いたりは度々しております。
>でも悪霊か?ということは疑団ですね。

>根拠は憑依霊の語る内容は、「どれほどこいつ(受光者)は悪いやつだったか!」というケースが
>大半だからです。
>憑依霊と憑依された者とが縁起しており、因果の法にきれいに納まっております。
>憑依霊の視点から見れば、憑依された者の方が悪霊、邪霊なのに、なぜ神様はこいつを救われるのか
>と訴えてくるケースも多いのです。

>ただし、生者にとって不都合な現象を引き起こす存在を悪霊とか悪魔と定義するのであれば、確かに
>そういう存在はあるかとは思います。
>「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉からでも世俗での正義と悪との定義が分かるでしょう。

(字数で続)

62 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:12:59.07 ID:uJcPfDKL
>>60
だったら「命」でいいじゃん。
なんで「実体」という言い方が必要なわけ?
「命」では伝わらない要素、側面を伝えたいのでは?
だとするなら、
その、
≪「命」という言い方、言葉では伝わらず(表現できず)「実体」という言い方・言葉で伝達・表現可能な「要素、側面」≫
って何?

63 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:14:11.93 ID:QJxq4knw
生死とかけ離れたところから宗教やら仏教を捉えようとしても無駄でしょう。
生死のど真ん中で、人の生き方とは何かを問うて初めて価値のあるものが得られると思いますよ。

ぐだぐだと毎日毎日仏教論議を趣味の一環としてこなしても屁のツッパリにもなりません。

64 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:17:48.22 ID:uJcPfDKL
>>63
ここはお前の日記帳じゃねーぞw
呟きはツイッターでしとけ。


ちなみに57は52をレシーブした上でのレスなw

63は、どこをレシーブしてるんだ?

65 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 23:26:14.10 ID:ISvTwEvL
>>34
>前レスでも述べたとおり、六処における「意」は、五感からの入力を受容、統合、処理
>する脳の機能。思考や意識とは無関係。専ら、対象(何でもよい)の「実在・非実在」
>を判断するだけだから、「思考の介入」は要しない。知覚された対象が「何であるか」は、
>専ら、共同体の合意(の脳内記憶)による。

六処における意と、意識そのものを区別する根拠がまったく不明。
自分で話をややこしくしているような。

66 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:31:05.38 ID:rIkJrjuR
本心ですか、私はふたごころはありません。
そのまま言っていますいつも、君が気に入る時とそうでない時があっても。

そして付け加えるなら、君が憎くて言っていません。


さて救世教や真光が悪霊に憑依されていると私が思っていると気付かれたのですか。

今詳しく詳細を説明する事はできないのですが、

ものすごく超 超 簡単いうとすれば、

岡田茂吉や真光の教主は、鍛え上げていない己の欲望にいたからです。

彼らは知能指数はいいとしましょう。

鍛え上げるとはだだ己のわずかを苦労をすればよいというのではなく、

もともとの親から受け継いだものからです。

お二人ともそれに欠けます。そしてその事にも気付かれませんでした。

信者はもちろん彼らが巧妙なので、見えていないと思います。

そしてまた、なぜ幹部がおかしいのかと言えば教祖と同じ法則です。

君は祖父さんを尊敬されているというのは分かるのですが、

ならば、真光でないでしょ。

67 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:37:57.89 ID:rIkJrjuR
表現が難しく、書きなおしましたm(__)mすみません。

鍛え上げるとはだだ己のわずかを苦労をすればよいというのではなく、

もともとの親から受け継いだものからです。

  ↓

鍛えあげるとは、遺伝と環境の複雑な絡みがあって、

そしてそれでも自律的にほがらかでいることです。

68 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/13(日) 23:40:28.08 ID:ISvTwEvL
>>62
なんだ、酔っ払いの言いがかりみたいだな。
>>63
同感ですね。なぜ悟れないかと言えば、
戯論に耽るだけの「余裕」があるからだろうと思う。

69 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:59:16.30 ID:WkIqtoYV
思考するということは力がいる
思考を遊ばせることはときに有意義であるが
そのこと自体、業をつくることであり、
業によってつけられた慣性はとめどもなく転々と流れてゆくことによって
ときに自分でも止められなくなり、余計な力を浪費させることになる。
疲れてしまうのだ。
また、思考によって得られたことには愛着がわく。
それが正しいと思い込むことになれば、否定されたときに怒りを生ずる。
怒りにかぎらず、不安や恐れ、悲しみといった感情も産む。
思考に依存し、それらといっしょに負の感情を起こさない、ということが
瞑想の要諦だ。逆に言えば、正の感情を起こすことであれば
思考は自由に遊ばせれば良い。
瞑想は決して思考を否定するものではない。
思考と仲良く共存するためのヒントと考えるのがよいと思う。

70 :神も仏も名無しさん:2014/04/13(日) 23:59:49.06 ID:uJcPfDKL
>>68
一般人の語彙としては、
「実体」といえば、ボールが当って痛い、ということが生じ得るようなものとして想定する、
ということだ。
そうでない「実体」とは(一般的語義でない「実体」とは)何か?
と聞いている。

>言い掛かり ? 笑わせんな。
仏教が、この2500年の間、「実体」的なものを排斥する方向を基軸としていることを
踏まえて言ってるんだよな?
>言い換えればブラフマンやアートマン だ?
(それらが「実体」であるかどうかからして、大問題なわけだがw)
それの排斥が仏教だったってのも解って言ってるよな?

71 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 00:00:53.87 ID:dPNhF/em
>>26
>@龍樹尊者はその反論として極論の非有非無で結論してる
>A有無を見るのは凡人の眼なのであり、空に照らせば非有非無になり有無は無い
>B有無が無いからと言って存在を離れて事物は成り立つ訳も無く
>C非有非無を啓いて観るなら「縁によって変わり続けて無くならないのが現実」となる

これ、全面的に愚かです。まったく直覚できていません。

非有非無は四句第四の相対間接現実のままです。
有無と存在自体の混同です。
このお方にとっては、「存在」とは本質であり、自性なのでしょうwwwwww
中論25-10〜16がまったく掴めていません。
@龍樹尊者はその反論として極論の非有非無でha結論していません。⇒中論25-15・16
A有無を見るのは世俗の凡人の眼なのであり、勝義から還滅すれば非有非無の如くであって、有無観念自体が不立です。⇒中論15-5・7
『有無は無い』←『自性と他性、そして有(存在自体)と無(非存在自体)を見る人は、ブッダの教えの本当を見ることはない。⇒同15-6・7
B有無観念自体が不立(空観)、且つ事物は縁起によって仮生起の如くです。

▼『存在を離れて事物は成り立つ訳も無く』▼←完全な反仏法誤謬です。
この論では事物を成り立たせるのは「存在」であって、存在とは本質であり自性(スバヴァーヴァまたはプラクリティ)ということになります。
C非有非無の如くなれば、『ブッダによって、あたかも幻のようである、夢のようである、蜃気楼のようであるとして、
             生起(生)と持続(住)と消滅(滅)が説かれているのである』(中論7-34)。
▼「縁によって変わり続けて無くならないのが現実」▼などというものは完全な誤謬妄想の自性論=反仏法に他ならなりません。
龍樹によって完全批判された自性に他なりません。

まあ、お分かりにはならないでしょうがw  

72 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 00:09:06.42 ID:1wUkxDez
カルト教祖の話をすれば、カルトを伝えてしまうし、学者の話をすれば学者を知らせる。
信心を話せば、信心を伝える。信心ではない何かを話せばその信心ではない何かを伝える。

73 ::2014/04/14(月) 00:18:22.17 ID:ZQTgSrSs
>>46
>君は悪霊に憑依されている。

>>58
>もう一度いいます。ここでのサタンとはその厳しさの比喩だ。

ある時は悪霊がいると言い、別の時は悪霊は比喩だと言う。
お後はご自身の都合のよいように。。寝板入りします。

74 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 00:20:56.64 ID:fGUc1SdI
>>72
そ。
「実体」という語を使えば、それに付随する様々な要素も同時に伝えてしまう。
 *(ま、だから、譬喩表現は慎重でなければならないし、紐君がキレるのも解らないでもないw)

しかし、そうであるからこそ、
或る細かなニュアンスを伝えんがために、
或る一つの言い方・用語の使い方に、(或いは言い回し・説明の形式、プロセスに)拘る必要が生じる。
 *(「五蘊仮和合」も、そうw)

だから、「心は実体と言い得る」と、改めて言明するならば、
なぜ、心と実体をイコールで結び得るのかという理由の説明が必要となる。
何となれば、通常の言語感覚では、決してイコールになる両辺ではないから。


しかも、 心≒実体≒ブラフマン、アートマン とか・・・。
それは、citta=Atmanであり、実体に相当するインド語の提示が必要であり、
それが=cittaであることも示す必要がある。

75 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 00:34:10.02 ID:n+S/qmr9
>>69にあることはあくまで仏教における初歩と考えなければならない。
極めて技術的な所為であり、仏教に限らずどの宗教に属する人々にも応用が可能であるゆえ。
仏教においてはこの思考の制御をさらにもっと広い観点から見つめ
いかなる業を起こしたときにいかなる果が報いることになるか、精妙に把握し
利他のために生かすことが重要になってくる。
なぜなら、思考や感情の制御はそれだけでは自利の効用しかないのであり
最悪、カウティリヤの実利論のごとき結果を産むことになるからである。
手に届く範囲の安心をめざすのであれば、それで足りる。
思想如何を問わず、技術的な問題にこだわればいいのだろう。
しかし、自利利他円満の菩薩道をゆくなら、やはり大乗的な世界観へと歩まざるをえないのだろう。

76 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 00:41:51.70 ID:DnpCmVhr
>>65
>六処における意と、意識そのものを区別する根拠がまったく不明。

脳は、その部位によって機能が異なりますよ。脳の解剖生理学から学んでください。

六処は、解剖生理学そのものです。仏典は、時々、途方もなく科学的ですw。

77 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 01:00:22.38 ID:sHsTYBgV
仏教に理屈はいらない。

78 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 01:13:30.72 ID:fGUc1SdI
>>77
理屈が無ければ、なぜ、門戸を敲くことになる?
 (新興宗教カルト宗教のように、宣伝される或る結果に誘引されて?
  たとえば、この壺を枕元に置けば云々とかw)
理屈が無ければ、なぜ、学びの継続・プラクティスの継続が可能となる?
 (新興宗教カルト宗教のように、小さな稼ぎや仲間との一体感、或いはやりがいを、感じ続けるから?)
理屈が無ければ、掲げられたゴールへの手引き、やり方すらないのか?
 (ゴールへの手引き・やり方こそが”理屈”ではないのか?)

79 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 01:38:59.72 ID:arbgglKV
ゴールも悟りも解脱も無い。
あると思って取り組むのが間違い。
理屈は科学の範疇で、生き方の共感が宗教の範疇でしょう。
理屈で宗教(仏教)を捉えるのは筋違い。

80 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 02:00:04.97 ID:rYHW/tvR
>>79
それにしては仏典は理屈が多いw。西洋哲学も科学も、仏典からパクっている
フシがある。

例えば、最近の量子力学、相対性理論、現象学、精神分析、実存主義、言語学、
皆然り。

81 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 05:45:20.37 ID:BOB1vBNQ
>>71
>このお方にとっては、「存在」とは本質であり、自性なのでしょう

事物に本質など無い
存在とは有無の上位概念であり仮設定義に過ぎない
衆生を引導するために仮名をもって空を説いたのと同じ事
中論25-15・16
一五 <ニルヴァーナは無でもなく、有でもない>という想定は、無と有が成立してこそ成立しうるのである。
一六 <ニルヴァーナは無でもなく、有でもない>ということが成立するならば、
    <無でもなく、有でもない>ということが何によって表示されるのか。

事物の有無を論じている中で「涅槃」の有無を絡めてくる自体があなたは根性が悪い

一三 ニルヴァーナがどうして有と無の両者でありえようか。
    ニルヴァーナはつくられたのではないもの(無為)であるが、有と無はつくられたもの(有為)であるからである。
一四 ニルヴァーナのうちに、どうして有と無の両者がありえようか。この両者は同一のところには存在しえない。
    それは光明と暗黒とが同一のところに存在しえないようなものである。

>この論では事物を成り立たせるのは「存在」であって、存在とは本質であり自性

これは「存在は自性だと言っている」と思わせるあなたの完全なミスリードです
存在は有無を包摂する定義に過ぎず、定義自体が空なる表現なので自性とはなりえません

82 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 05:49:21.36 ID:BOB1vBNQ
>>71
存在についての有無の考察と
涅槃についての有無の考察があなたは区別できてない
三歳の嬰児にすら理解出来る次元のものなのに

83 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 06:03:39.70 ID:BOB1vBNQ
>>71
「有無」とは「有と認識する存在」と「無と認識する存在」の「両存在についての仮設の考察」に過ぎず
存在そのものの実質的な有無を論じては居ない、認識とは心が成した戯論に過ぎず
もとから心故の実在しない実体無き戯論だからだ、どこに有無など有り得ようか?

また、その有無を論じている最中に中論25を引き、それは観涅槃品と銘打つ涅槃の実在に付いての
考察論なのに、その涅槃の有無性と存在の有無性とを混ぜて論じようとしている

混ぜるな危険!はあなたの十八番だった筈である
どこに混ぜる必要など有ろうか?

84 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 06:17:02.21 ID:JQtd+LH9
>>73
おはようございます。
うん、例えば良夫さんという名前の人がいたとする、
良夫さんは
さて良い夫、良い男でしょうか、みたいな。
・・・・・

高度な話しをしてすまなかった(^▽^*)

しかし・・・

>岡田茂吉や真光の教主は、鍛え上げていない己の欲望にいたからです。

85 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 06:17:27.41 ID:g/8E1Go5
在家と怪しいアートマンクンのポンコツ祭りだったかw
スレを立ち早々wまったく、消えてくれのポンコツばかりが書き込み量多いw

86 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 06:18:21.34 ID:g/8E1Go5
84みたいに、ポンコツに餌をやって喜ぶバカがいるしw

87 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 06:49:43.47 ID:9gRLZe3d
コレ悟り氏へ
>【仏教】悟りを開いた人のスレ167天空寺】
>>649にコレ悟氏への米来てる

88 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 06:51:02.33 ID:JQtd+LH9
〇さん、話しをもとに戻します。

もう一度いいます。
人はとりかえしがつかないと思うほどの過ちも致します。

先に述べた様に、 子供達が幽霊のように皮膚を垂れ下げながら
すぐに死ねなかった為に歩く。

86さん、言わんとしていること分かるのだが、
分かるだけでは、具体に対応できない、

なので違う。

89 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 06:51:54.84 ID:BOB1vBNQ
>>73
中論観自性品十五(有無の考察)
若し諸法に決定して性有らば、終に応《まさ》に変異すべからず。何を以っての故に、
若し定んで自性有らば、応《まさ》に異相有るべからず。上の真金の喩の如く、
今現に諸法に異相有るを見るが故に、当に知るべし、定相有ること無しと。
※真金の喩:金に銅を雑《まぜ》うれば則ち真金に非ざるが如し。

有無についての考察はこちらの論で成されている、涅槃の有無と混ぜてはならない、絶対に。

90 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 06:53:46.73 ID:BOB1vBNQ
失礼、逆だw

×中論観自性品十五(有無の考察)

○中論観有無品十五(自性の考察)

91 ::2014/04/14(月) 07:24:33.00 ID:ZQTgSrSs
>>88
>もう一度いいます。
>人はとりかえしがつかないと思うほどの過ちも致します。

貴殿の見解は分かっております。
自己責任にて判断し行動しておりますので、あしからず。

92 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:26:26.96 ID:BOB1vBNQ
>>71
中論15章自性の考察(観有無品十五)
一〇 <有り>というのは常住に執著する偏見であり、<無し>というのは断滅を執する偏見である。
    故に賢者は<有りということ>と<無しということ>に執着してはならない。

93 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:29:36.92 ID:g/8E1Go5
混ぜるのが前提の奴を説得できると言うのは既に妄想だな。
スルー放置が、なすべき事。虚栄心で相手しているだけかもな案外w

94 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:33:20.93 ID:jYZDEiyt
まことは、まこととバレるのが怖い。

95 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:35:47.45 ID:BOB1vBNQ
対告衆が愚かであれば愚かである程、正法を説き明かす縁と為り得る
法も縁起する故に

非を叩き正を諦かにするのは正法の為である

96 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:36:11.78 ID:Dr0jp+no
> ある時は悪霊がいると言い、別の時は悪霊は比喩だと言う。

自己研鑽と光闇の選別も出来ない者が古仏の理屈だけ区別なくばらまいて
自分の立ち位置の都合観点から十把一絡げに光だと宣うな。
おたくの理屈は政治か何かなのか?しょうもない。
言葉ってのは重要な指針だ、だが、個の自由意思でどうとでも上下する。磨かれるし汚れる。
宗教者を自称するおたくが言葉を悪徳政治家の様な使い方をしても、宗教理論として
表向きは見えるし、その言葉の使い方に警告出来ないんだよ。分かるか?この意味が。
理屈に逃避し、巧妙に言葉を使用して主体の瑕疵に目を背ける事が可能なのが言葉の性質だ。
だが、見る者が見ればその根性が分かる。実存が分かると警告しておく。
教学や言い回しで騙されてくれるお子様ばかりでないってことだ。

自己責任?その様な言い回しをすれば善だとでも思っているのか?甘く見るなよ。
実存の責任を取れ。

97 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:39:26.06 ID:Dr0jp+no
> 混ぜるのが前提の奴を説得できると言うのは既に妄想だな。
> スルー放置が、なすべき事。虚栄心で相手しているだけかもな案外w

まあ待てや。短文なら相手してもいいってのか?
虚栄心で書くなや。これもスルーしてお手本を見せなさい。

98 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:39:50.74 ID:BOB1vBNQ
>>96
実存とやらをここに提示してみろ
何を以っての実存か

99 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:40:49.18 ID:g/8E1Go5
実存とかタワゴトで自己陶酔してんでしょw

100 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:56:08.66 ID:BOB1vBNQ
>>96
人と言うのは事物対象を認識する時、必ず眼耳鼻舌身意の六処と
色声香味触法の六境の十二処を以って、この世界の全てを認識せざるを得ない
眼耳鼻舌身意は常住不変ではなく、色声香味触法も常住不変ではない
故にこれらは縁あれば変性し、或いは不能と化し世界を認識できなく為り得る
実存とは実有に相当し、実有は変性したら実有となり得ず、それは実存とは言えない
どこに実存など在り得ようか?

101 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 07:56:34.60 ID:xQIGsMcR
>>47
>こういったことから、意識を五識の一部とする考え方は成立しない。

それは単に貴殿の解剖生理学についての無知に基づく。
 
>意識は、五識を対象とし、その内容を取捨選択するのだから

特定五感からの入力は、当該五感を担当する脳の特定の部位に自動的に送られるから、
取捨選択は出来ない。目を開いたままで、目に映じる対象をいくら見まいとしても不可能。

>五識の付属品ではない。別個のものと考えるのが妥当。

五感によってまず現実を把握しなければ、思考は不可能。単なる妄想に過ぎない。
対象の実在は、特定五感を担当する脳の部位によって、受容、統合、処理されて、
初めて知覚される。思考は、その知覚の記憶に基づき、思考を担当する脳の他の
部位によって行なわれる

五感の知覚による実在(現実)の把握は、人間の生存の不可欠な基盤としての
現実を把握し、それを実在させるという点で、生存にとって最も重要な機能で
ある。五感による知覚は、むしろ生命そのものと言っても過言ではない。例えば、
目の前の深淵を五感によって知覚しなければ、一瞬にして奈落の底である。知覚は、
思考に先立つ。

102 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:08:41.55 ID:BOB1vBNQ
>>101
>五感によってまず現実を把握しなければ

その五感が正確である担保は何処に有るのか
そして、その担保が不確かな感官が捉えた「現実」なるものの正確性の担保は何処に有るのか

「有る」とは実有しなければならない、実有とは「常住不変」でなければ成り立たないのである
「無い」についても同じ事、「常住不変」で「無い」が存続出来なければ「無」とは言えないのである

仏教で説く「空」とは、そんな事物の「有無」を言う時に、有るのか無いのかどっちだと為った時
「「空」である」と表現する、その為の仮名の名称(仮設)なのである
あらゆる事物事象に実存など有り得ないのである

103 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:18:50.20 ID:dPNhF/em
>>81>>82>>83
>中論25-13・14・15・16
>涅槃の有無性と存在の有無性とを混ぜて論じようとしている

中論の上記でいわれていることは、ニルヴァーナという“概念”自体を通じた四句それぞれの全面否定だ。
存在として対象化すること自体の不立=「想い」からの解脱(Sn.1072)【般若門】。
存在も涅槃も有無も無意味なことばでしかない→>>82>>83.
意味がないものに「区別」がありようがない。混ぜようもない。
(勝義と世俗一切外の混ぜるな!危険とは違う)
(1)ニルヴァーナが「存在であり、且つ、非存在である」(中論25-11〜14:四句第3)ということはありえない。
(2)ニルヴァーナは「存在に非ず、非存在に非ず」(中論25-10・15:四句第4)ということはありえない。
それは★「何によっても示しえない」<中論25-16>。
言語表現の限界です。
四句第4を使った<比喩で“示唆”する>しかない。
非否定非肯定の如し。

・▼『存在を離れて事物は成り立つ訳も無く』▼(>>26)←完全な反仏法誤謬です。
・▼「縁によって変わり続けて無くならないのが現実」▼(>>26)などというものは完全な誤謬妄想の自性論=反仏法に他なりません。

104 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:23:38.02 ID:xQIGsMcR
>>100
>実存とは実有に相当し、実有は変性したら実有となり得ず、それは実存とは言えない
>どこに実存など在り得ようか?

それらは、共同体の不特定多数人のほぼ同様の知覚により知覚すれば、錯覚、誤認、
知覚異常として、「誤り」ということが判断でき、「正しい知覚」が存在することが
判れば、実在であることには変わりはない。

人間は徹頭徹尾共同体であるから、実在の判断は、その不特定多数の成員(健常者)
のほぼ同一の知覚によって行なう。また、五感による知覚が不確かな場合には、知覚
された対象が、人間の生命の維持に直接の関係を有するか否かのの「補助テスト」を
用いることができる、知覚障害者、妄想患者、宗教の盲信者を実在判断から除外する
ためである。

105 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:28:01.10 ID:g/8E1Go5
104北朝鮮日本支部長隠居氏おはようw
日本を北朝鮮化計画しているようで、実に恐ろしい隠居の陰謀はw

106 ::2014/04/14(月) 08:29:18.31 ID:ZQTgSrSs
>>96
>自己責任?その様な言い回しをすれば善だとでも思っているのか?甘く見るなよ。
実存の責任を取れ。

>>100
>実存とは実有に相当し、実有は変性したら実有となり得ず、それは実存とは言えない
>どこに実存など在り得ようか?

朝令暮改ですか。お調子が宜しいようで。

107 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:31:02.27 ID:BOB1vBNQ
>>103
>存在として対象化すること自体の不立=「想い」からの解脱(Sn.1072)【般若門】。

涅槃とは「そう言う様な状態」を表す「仮設」の表現に過ぎず、元から存在しないのである
元から存在しないとは「実無」または「虚無」と同義なのであり、故に人には認識できないのである
「虚無」は「有」であった事が一度も無い「真なる無」の事なのであり、徹頭徹尾「無」であり続けた故に
認識する事など有り得ない「特殊な事態」なのである
涅槃は仮設の名称を使って実相を説明しているに過ぎない

それに対して「有無の考察」とは、「有ったものが無くなった」や「有るべきものが無い」や
「有る、または無い」や「有るわけでも無く、無いわけでも無い」などの
凡そ人が認識出来得る「有る・無し」を論じているに過ぎず
極論として「有るとは実有の事」「無いは虚無の事」で無ければ双方成り立たず
それらは実在など出来ないと結論されている

実有は常見、虚無は断見の邪見が思う妄想為るが故に破析される

108 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:40:08.18 ID:dPNhF/em
>>107
>涅槃は仮設の名称を使って実相を説明しているに過ぎない

非実相非非実相の如し。

>>107もしょせん二項相対論の範疇でしかない。
一歩も抜け出ていない。

109 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:41:46.70 ID:BOB1vBNQ
>>108
>非実相非非実相の如し。

これも所詮二項相対論の範疇でしかない。
心からの戯論を一歩も抜け出ていない。

110 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:48:49.51 ID:BOB1vBNQ
「如し」、などと言う表現は独断に過ぎず戯論・妄想の枠を一歩も出て居ない

愚の骨頂の極み

111 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:53:55.16 ID:Dr0jp+no
実存は有無でない。
実存に基体はない。
だから悪(誤り)は看過せよ。

事物の本質に善悪はない。
だから何してもいい。

自性はない。
だから縁起の教説はこねくり回しても、その要点だけ押さえてれば正しい。
だから議論はやりたい放題。

違うかね?

112 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:53:57.99 ID:xQIGsMcR
人類は、その発生以来、対象の「実在・非実在」を、専ら五感の知覚によって
「一義的に」判断することによって「のみ」生存している。中論は、そのことを
知っていたから、「もろもろの実在の構成原理」としての「空」を説いたので
ある。

釈迦がいくら「無我」「無」と喚いても、人間社会では一切通用しない。釈迦
の誤り、勘違い。師の誤りを是正することが、弟子の最大の義務ではない
のかね。それによって、初めて進歩がある。

113 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:55:25.57 ID:g/8E1Go5
北朝鮮日本支部長隠居氏112の通り、チェチェ思想、主体が大事であーーるw

114 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:57:39.21 ID:Dr0jp+no
@実存とかタワゴトで自己陶酔してんでしょw


A北朝鮮日本支部長隠居氏おはようw
日本を北朝鮮化計画しているようで、実に恐ろしい隠居の陰謀はw

色々な相手にスルーが出来ていないw

スルーをするという見本を見せてみろ。

115 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 08:58:51.56 ID:Dr0jp+no
>>113
餌をやるな。

116 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:01:58.90 ID:g/8E1Go5
wwwwwww爆笑wおもしっれなあw

ま、隠居は基本、俺にレス返したくない方だから安心しろw

117 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:03:54.92 ID:BOB1vBNQ
>>111
>実存は有無でない。実存に基体はない。だから悪(誤り)は看過せよ。
>事物の本質に善悪はない。だから何してもいい。

実存なるものは存在しない、有無も認識に過ぎない、善悪も然り
では目の前のコップは有るのか無いのか(問題1)、悪行を成さん人を止めずに捨て置いて良いのか(問題2)

この矛盾する二項を仏教では「無明」に含める

>自性はない。だから縁起の教説はこねくり回しても、その要点だけ押さえてれば正しい。

縁起に善悪の区別など元より無く、人が触ることも出来ないし人が作ったものでもない、それが縁起
また、縁起は間違いや誤りも過ちも区別されず、縁起そのものに間違いや誤りや過ちも有り得ない

118 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:22:26.21 ID:dPNhF/em
>>109>>110
>「如し」、などと言う表現は独断に過ぎず戯論・妄想の枠を一歩も出て居ない
>愚の骨頂の極み

⇒それは★「何によっても示しえない」<中論25-16>。
言語表現の限界です。
四句第4を使った<比喩で“示唆”する>しかない。(>>103

下記のテキストはすべて愚の骨頂らしいw
下記テキストを批判してください。
如しの経典上の根拠を提示しておきます。
・龍樹 中論7-34 『 あたかも幻の“如”く、あたかも夢の“如く”あたかも蜃気楼の“如”くであると、
     譬喩をもって、生起(生)が説かれ、持続(住)が説かれ、消滅(滅)が説かれているのである。』

・金剛般若経 32 『一切有為法 “如”夢幻泡影 “如”露亦“如”電 応作“如”是観』

・相応部教典 22-95 『色は聚沫の如く、受は水泡の如く、想は陽炎の如く、行は芭蕉の如く、 識は幻事の如しとは 日種の〔尊〕の所説なり。』

・大智度論初品中十喩釈論第十一『解了諸法如幻如焰如水中月如虛空如響如犍闥婆城如夢如影如鏡中像如化』
        # 諸法(諸の事物)は、 『幻』のようであり、『焔』のようであり、『水中の月』のようであり、『虚空』のようであり、 『響』のようであり、
         『ノ闥婆城(つばじょう、蜃気楼)』のようであり、『夢』のようであり、 『影』のようであり、『鏡中の像』のようであり、『化』のようであると、解了する。

三毒まみれのほら吹き如来wにはニルヴァーナには縁遠い。

119 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:24:06.34 ID:xQIGsMcR
釈迦は、本当は、「無我」「無」などとは考えていなかったのだと思うよ。。

「世界を空と『観ぜよ』」→世界の実在を前提としている。
「非我(我に非ず)」→比較対象としての我の実在を前提としている。

釈迦がいくら頭が悪くても、それくらいのことは日常生活から判っていた。釈迦カルトは、
しきりに「無我」だの「無」だのを釈迦の考えとして唱えて、釈迦を侮辱してはならない。
釈迦より頭の悪いのが釈迦カルトたちw。、

120 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:33:54.04 ID:BOB1vBNQ
>>118

中論本住品第九
>思惟して本住を推求するに、眼等に於いて先に無く、今も後も亦た無し。
>若し三世に無ければ、即ち是れ無生、寂滅にして、応《まさ》に難ずること有るべからず。
>若し本住無ければ、云何が眼等有らん。是の如き問答、戯論は則ち滅せん。戯論滅するが故に諸法は則ち空なり。

因って当に知るべし、中論自体も戯論を以って戯論を破している事実を。
何によっても示しえない事実を当に示さんと欲しているのは寧ろ君の方なのである
それを自覚できない事を愚かと言わずして何と言おうか?

121 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/14(月) 09:35:06.87 ID:tdO5kVIJ
daio-  「ワイだけは、好きな時に好きなレスつけていいんやw
ワイだけは、餌やりもOKなんやw なぜなら、ワイは禅マスター
だからや〜〜〜〜〜」

wwwwwwwwwwwwwww

122 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:35:54.69 ID:g/8E1Go5
ポンコツ・ヒステリー回路大回転バービーが来たw

123 :パーピマン ◇hVgvvzQ7pw:2014/04/14(月) 09:37:10.85 ID:g/8E1Go5
俺のポンコツ・ヒステリー回路、今日も絶好調だぜよw

124 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:38:58.72 ID:g/8E1Go5
なーーんて、やってみたが・・・・・
ポンコツ・バービーに飽きてきて相手する意欲が低下してきたなw

125 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:42:12.83 ID:dPNhF/em
>>120
>何によっても示しえない事実を当に示さんと欲しているのは寧ろ君の方なのである

⇒それは★「何によっても示しえない」<中論25-16>。
★言語表現の限界です。
四句第4を使った<比喩で“示唆”する>しかない。(>>103

>>118テキストの愚かさを批判してください。

126 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 09:45:42.71 ID:BOB1vBNQ
>>125
>>118テキストの愚かさを批判してください。

それらのテキストが世俗諦故の戯論に為っている事に気付かない君が悪い
仏は道を示しているに過ぎず、その示された道に迷うのは「君の無能故の勝手」なのであり仏の所為では無い

呪うなら自身の無能さを呪いなさい

127 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 10:16:11.79 ID:1wUkxDez
騒々しいと思いましたら…ここでしたかw
どんな電灯つけてるんだろう。見直したい。

128 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 10:37:51.60 ID:dPNhF/em
>>126
>世俗諦故の戯論に為っている事

なぜ『世俗諦故の戯論』を『愚の骨頂の極み』と批判するのか、
>>118テキストの愚かさを批判してください。

空見(中論13-8)に埋没し、仮観を『愚の骨頂の極み』と批判する態度はオウムと変わらない。

→呪うなら自身の無能さを呪いなさい

129 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 10:46:56.60 ID:BOB1vBNQ
>>128
>なぜ『世俗諦故の戯論』を『愚の骨頂の極み』と批判するのか、

君がそれらの戯論を鵜呑みに信じコピペしてドヤるから「愚の骨頂の極み」と言ったまで
知者は経典や論書、語録の全てが戯論である事を知っていて弁えています
君にはそれが弁えられて居ないので、仏の示したものを戯論のまま信じているのです
破仏法とは寧ろそれの事を言い、仏の示した戯論たるものを鵜呑みに信じ
当に仏説を虚妄とする迷妄の極みとなるのです

「ぼくの信じた読書感想」発表ならスレ違いだといつになれば気が付くのでしょうか?

130 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 11:05:15.07 ID:dPNhF/em
>>129
>君にはそれが弁えられて居ないので、仏の示したものを戯論のまま信じているのです

だからおまえは「ペンキ屋」だというのだ。
自分が勝手に塗った色を批判しているに過ぎない。
それこそ『愚の骨頂の極み』。

⇒それは★「何によっても示しえない」<中論25-16>。
★言語表現の限界です。
四句第4を使った<比喩で“示唆”する>しかない。(>>103

>>118テキストの愚かさを批判してください。

131 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 11:09:25.62 ID:BOB1vBNQ
>>130
>>118テキストの愚かさを批判してください。

君こそが「愚の骨頂の極み」なんですよ
そのテキスト類が正しいと言う担保はどこに在るんですか?
また、釈尊や龍樹尊者や各祖師たちが正しかったと言う根拠の担保は何処に有るんですか?

君が善智者なら如実に示してください

それでなければ君こそが虚妄を垂れ流す邪師の真似事を免れ得ません

132 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 11:25:36.65 ID:dPNhF/em
>>131
>そのテキスト類が正しいと言う担保

その問い自体がナンセンス(仏法のセンスがない)。
「愚の骨頂の極み」
非相対仏法には「正しい」という相対判断は相応しくない。

【一切門】において、経験主義的検証可能な様相「一切」の如理作意(=縁起の間接現実を正確に見る)を
「正しい」と擬制しているだけだ。
<正⇔誤>

133 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 11:27:57.48 ID:BOB1vBNQ
>>132
不可知論は邪見です
邪見は仏法出世間へは固く持ち込み禁止です

君は邪師の真似をして拗らせて気付いて居ない愚か者です

134 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 11:32:30.59 ID:dPNhF/em
>>133
>不可知論は邪見です

前提が誤り。
不可知論は相対論です。
仏法は相対論に非ず。

135 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 11:34:03.07 ID:BOB1vBNQ
>>134
>仏法は相対論に非ず。

それを確かめる具体的方法は?
方法が無い/解らないなら縁起し様がないので破仏法となり
道理に反します

136 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 11:34:06.50 ID:dPNhF/em
混ぜるな!危険、と何回提示したら直覚できるんだ?

ほら吹き如来w

137 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 11:36:10.30 ID:BOB1vBNQ
>>136
どうした?

>混ぜるな!危険、と何回提示したら直覚できるんだ?

方法を示せ早く

138 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 12:14:30.24 ID:dPNhF/em
>>137
>方法を示せ早く

自称如来なんだから、人に聞くまでもないだろうw

139 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 12:17:52.18 ID:BOB1vBNQ
>>138
>自称如来なんだから

誰が如来だって?如来って実在してるんですか?
そんな詭弁で逃げるより早く具体的方法を書いてください

140 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 12:27:20.20 ID:dPNhF/em
>>139
>如来って実在してるんですか?

<比喩の彼岸から来るが如く>という比喩示唆

>早く具体的方法を書いてください

自称如来に聞けw

ヒントだけ示唆する

仏道の構造(ゲシュタルト)
<【間接現実】自帰依(灯明・洲)←如理作意・大疑団 ― フィードバック(八正道) ― 菩提心・般若智直覚→法帰依(灯明・洲)【直接現実】> ⇒涅槃【還滅(間接)現実】

141 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 12:33:31.28 ID:BOB1vBNQ
>>140
><【間接現実】自帰依(灯明・洲)←如理作意・大疑団 ― フィードバック(八正道) ― 菩提心・般若智直覚→法帰依(灯明・洲)【直接現実】> ⇒涅槃【還滅(間接)現実】

こんなのは方法ではない
単なる屁理屈であり君の独断に過ぎず根拠が無い
そんな言った者勝ちの勝手論なら掃いて捨てる程有る
そこから抜け出せて居ない君の事実はその書き込みが如実に証明している

ハッタリ禅の嘘八百は野弧禅必定免れ得ないでしょう

142 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 12:43:01.45 ID:BOB1vBNQ
>>140
>ヒントだけ示唆する
>仏法は相対論に非ず。

仏法は相対論じゃないんだからヒントは示せない
バカは休み休み、寝言として寝てる時に言え
ハッタリ禅のインチキ邪師くん

143 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 13:09:54.27 ID:dPNhF/em
>>142
>仏法は相対論じゃないんだからヒントは示せない
>こんなのは方法ではない

フィードバック(八正道) ― 菩提心・般若智直覚→法帰依(灯明・洲)【直接現実】

ヒント=示唆と言っている。
言語による直示は不能→即不中。

>単なる屁理屈であり君の独断に過ぎず根拠が無い

すべてテキスト根拠がある。
『根拠が無い』という根拠がない。

もっともアホ相手は徒労だから、再掲はしない。

144 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 13:20:21.33 ID:HSjJFAow
>>143
>すべてテキスト根拠がある。

根拠がテキスト?
仏法じゃないなそれは
釈尊がテキストで根拠を示しただろうか?

外道は知ったかで仏法を騙るべからず

145 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 13:23:47.98 ID:dPNhF/em
八正道が道程=広義の方法ではないとは、アホさにおそれいる。

『涅槃は正しく存し、涅槃に至る道(八正道)があり、私は導師としてあり、
 しかもわが弟子の中には、あるものは涅槃に至ることを得、またあるものは至ることを得ないが、
 それを、バラモンよ、わたしがどうするということができようか。
 バラモンよ、如来はただ道を教えるのである』(中部107)

ブッダの嘆きだ。
アホにつける薬はない。

146 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 13:36:11.47 ID:dPNhF/em
>>144
>根拠がテキスト?
>仏法じゃないなそれは
>釈尊がテキストで根拠を示しただろうか?

なんどヒント=示唆と言わせれば済むのだ?
ブッダは(還滅)言語で示唆しなかったとでもいうのか?

『あなたは(自分の)教義にもとづいて尋ね求めるものだから、執著したことがらについて迷妄に陥ったのです。
 あなたはこの(内心の平安)について微かな想いをさえもいだいていない。
 だから、あなたは(わたしの説を)『ばかばかしい』とみなすのです。』(Sn.841)
『★「わたくしはこのことを説く」、ということがわたくしにはない★。
 諸々の事物に対する執著を執著であると確かに知って、諸々の偏見における(過誤を)見て、
 固執することなく、省察しつつ内心の安らぎをわたくしは見た。』(Sn.837)

147 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 13:48:51.00 ID:JQtd+LH9
〇さんにやはり上手く逃げられてしまった。

やはりこんな顔→(^.^)やあんな顔→(*^▽^)のモノは、君のようなタイプには嫌われがちだ(笑)

まあ、こんなあんな顔は 自分自身の事をいっているのだが^^;
みな役割分担しながら、世界平和をめざそうぞ^^;

嫌味ではなく、〇氏、祖父さん祖母さんのよき人柄を受け継ぐ君は、
その事をなにより大事にしてほしい。
なにか、真光に直感しているものがあるのなら、
そこでうちたてられるよ、君ならば。

君こそ真光を立て直す龍になって頂きたいものだ。

見た目は同じ、しかし・・・リンゴの喩え分かってほしいのだ。

148 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:02:47.73 ID:HSjJFAow
>>146
テキストだろうと釈尊の遺誡だろうと、一切外に根拠を置いたら論外
お前の十八番だろそれは
バカ言ってんじゃないよクソガキ
お前みたいな知ったか禅はここじゃ通用しない

149 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:07:13.62 ID:HSjJFAow
>>145
八正道は大雑把過ぎの言い逃れ
釈尊はその一言で逃げてない

150 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:12:12.82 ID:HSjJFAow
>省察しつつ内心の安らぎをわたくしは見た。

どうやって?
読書や読経で無い事は確かw
知ったか禅はハッタリ禅だからここが最も解らないw

151 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:25:17.16 ID:GES6pbR4
>>146
839 師は答えた、「マーガンディヤよ。『教義によって、学問によって、戒律や道徳によって清らかになることができる』とは、私は説かない。
『教義がなくても、学問がなくても、戒律や道徳を守らないでも、清らかになることができる』とも説かない。
それらを捨て去って、固執することなく、こだわることなく、平安であって、迷いの生存を願ってはならぬ。(これが内心の平安である。)」

お前が持って行きたい方向とは全然違う見解をお釈迦様はお示しだw

152 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:27:25.14 ID:dPNhF/em
>>148
>一切外に根拠を置いたら論外

意味不明。
『「ニルヴァーナはある」と想定することもなく、「輪廻(生死)はない」と否認することもない。
 そのようなところでは、いかなる輪廻(生死)、いかなるニルヴァーナが考えられるであろうか。』(中論16-10)

>バカ言ってんじゃないよクソガキ

三毒まみれの成りすまし如来w

>>149
>八正道は大雑把過ぎの言い逃れ

ほら吹き如来は、1を知って−10と誤解する。
『涅槃は正しく存し、涅槃に至る道(八正道)があり、★私は導師としてあり、』対機説法を駆使される(中論18-6参照)。
中論16−10に至れば吉祥である。

153 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:30:24.26 ID:GES6pbR4
>>152
それらを捨て去って、固執することなく、こだわることなく、平安であって、迷いの生存を願ってはならぬ。(これが内心の平安である。)

154 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:32:25.65 ID:GES6pbR4
>>152
>ほら吹き如来は

これ自体は三毒じゃないのか?
如来は口利かないのにおかしいだろ
まるで如来を知らない人の見解だ

155 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:34:44.64 ID:dPNhF/em
>>154
おやおや、揶揄という遊びをご存知ないので?

156 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:41:24.90 ID:sq4mSYql
悟達

世間

この視点でしか語れないのが悟前の人

悟達  悟達
↑    ↓
世間  世間

とこの両方の視点で語れるのが悟後の人

ID:dPNhF/emは前者だから如来をテキストでしか知らない
しかも自分は揶揄しても良しで、相手には許さない身勝手さw
自分だけが悟ったと言わんばかりの独善的態度

157 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:47:18.08 ID:GES6pbR4
ほら閻魔言われてんぞ

158 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 14:55:30.53 ID:dPNhF/em
>>156
>
ID:dPNhF/emは前者だから如来をテキストでしか知らない

仏道の構造(ゲシュタルト)

<【間接現実】自帰依(灯明・洲)←如理作意・大疑団 ― フィードバック(八正道) ― 菩提心・般若智直覚→法帰依(灯明・洲)【直接現実】> 
⇒涅槃【還滅(間接)現実】

・坐水月道場 修空華万行

もうアホ相手は秋田県

159 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 15:06:07.74 ID:GES6pbR4
>>158
>菩提心・般若智直覚

読書や読経じゃそうならない
お前のは何か抜けてる

160 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 15:12:59.19 ID:Pk9rVzv4
>>158
>坐水月道場 修空華万行

これが正しいと言える根拠や担保がお前から示されてない
コピペなら真光在家でも出来る

>菩提心・般若智直覚

これらもみんなお前のは根拠無し
釈尊に失礼千万だw

161 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 15:25:53.35 ID:Pk9rVzv4
何万行それっぽい文句書いても、何万べんそれっぽい事語ってみても
仏法の極意としては一つも根拠なんか示せないんだよ
それを示そうと必死になって

<【間接現実】自帰依(灯明・洲)←如理作意・大疑団 ― フィードバック(八正道) ― 菩提心・般若智直覚→法帰依(灯明・洲)【直接現実】> 
⇒涅槃【還滅(間接)現実】

とかやりだすから笑止千万な訳w こんなの独善以外の何物でも無い
この文字列が絶対正しいんだと言わんばかりに押し付けてるに過ぎない(ナンミョーの押し付けと同じ)
仏法はそうじゃないでしょ?文字で書いても意味ないんでしょ
菩提心の為を思うなら尚更推奨すべき道がある訳で、文字で直覚直覚とか抜かしてても
全然意味ないんでしょ、恥の上塗りにしかならない、だから知ったか禅と言われるw
しかも肝心な具体的方法も書かないし、知らないのかシス宜しく明かしたくないのかw

師匠が嘘吐きなら弟子は知ったかw
度し難い事この上ない、あなかしこw

162 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 15:26:27.15 ID:dPNhF/em
>>159
悟りなるものに対象化作用はない。

対象化するお前には<その”何か”という対象が抜けている>と見てしまうのだ。
事前の自己洗脳による自己催眠術を「禅定」と見てしまう修定主義の陥穽だ。

坐を外せばただのほら吹き如来サマw

163 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 15:32:36.02 ID:dPNhF/em
>>160
>これが正しいと言える根拠や担保がお前から示されてない

提示済み。
アホは1を知ってー0と誤解する。
仏法には正⇔誤ではない、相応しくないと何度いったら済むんだ?

以下、全面却下。

アホ相手は徒労だ。

164 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 15:39:46.06 ID:Pk9rVzv4
>>162
ほら全く解ってない
座っても意味わかんないならお前はセンス無い
そんなんだからいつまで経ってもダメなんだよw

>>163
>仏法には正⇔誤ではない、相応しくないと何度いったら済むんだ?

揶揄が云々w

お前は悟後の人しか知らない事を知ったかして大恥かいてたろ
気付いてないのに悟りは無いとか言っちゃダメだよ
不妄語戒に反するし野弧五百生ツアーだw

ところで-0ってなんだろうw

プライドだけは捨てられなかったのね、変な悟りw

165 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 15:40:11.50 ID:dPNhF/em
アホらしいので落ちる。

スポーツクラブで汗をかいてくる。
筋トレと、1000mクロールで泳いだ後、サウナ坐禅をやってきます。

鋭い直覚精神は、瞬発力のある肉体に宿る。

166 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 15:47:37.46 ID:hvlK37P3
当に俗物の極みw

167 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/14(月) 17:25:39.09 ID:7niGlAvi
桜散る季節となりました。
それにちなんで「潔い心」。このお題で書いてみます。

自分の頼ろうとする弱さ、この弱さがありますと、それによってもたらされる分割を創出してしまいます。
それは神であったり仏であったりします。
このような対象化するものは全て自分にとっては害毒であります。捨てて下さい。

頼るのは自分自身です。
自分自身TOTALに”在りなさい”ということです。
頼るところを作って自分自身を分割・分裂させるな。そこに責任を押し付けて逃げては駄目です。
これが本来の自灯明・法灯明の意味であります。

桜は日本人に愛されてきました。
桜のように「潔く」全てを捨てる。悟入への道はこれしかありません。

168 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 18:21:34.32 ID:hZzrMsDn
俺の中はいろいろ分割してる
神やら仏やら悪魔やら女好きやらいろいろいる
俺はそいつらを気分に合わせて頼ったりけなしたりする
でもそいつらが好きだ
俺はそいつらを無理やり混ぜ合わせない
そいつら一人一人が好きだ
おれはそいつらを捨てない
おれはそいつらと一緒に浄土へ行く
俺は逃げるときは逃げる
死んでたまるかこの野郎!
自分に頼ったり、法に頼ったり、他人に頼ったりするぜ
でも桜は好きだ、きれいだ
俺は悟れない
阿弥陀さんに問い詰めにいくぜ(藁)

169 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 18:28:06.54 ID:Pk9rVzv4
それも一生、あれも一生だ。
阿弥陀の所為でも釈迦牟尼の所為でもない。

170 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/14(月) 19:07:45.10 ID:e2Kn1cBQ
昨日書いたことを再び書こう。
有と無は二者択一であり、有るか無いかのどちらかでしかない。
縁起していない。だから有と無に四句を適用できない。
 
自性だろうがニルヴァーナだろうが、
有と無は二項相対の関係ではなく、もともと四句の対象外なのである。
それなのに四句を使ったところに龍樹のカン違いがある。
 
キミたちが悪いのではない。竜樹のカン違いが混乱の始まりだ。
空の信者は頭を冷やし、本当に空なのかどうかを体験したらいい。
釈迦は「信仰をやめよ」と言っている。

171 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 19:10:02.04 ID:yC+euteA
>>167
>桜のように「潔く」全てを捨てる

己だけは棄ててはならない。己を信じ、己に執着して、己を精一杯生きよう。
そうすることにより、あーら不思議、己を忘れる。

桜のように簡単に散ってたまるかw。

172 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/14(月) 19:21:32.52 ID:7niGlAvi
>龍樹のカン違いがある。

龍樹がカン違いしたかどうか?私は即答は控えますが、ひとつだけ書いておきましょう。

言葉上の理解は本当は偽物です。
それが役に立たないとはいわないですが、だけど読んだらすぐに忘れてください。
それでも言葉じゃない何かが、きっと貴殿に残りますから。

言葉は全てを伝えられません。
それを念頭に置いておいてください。
忘れることも、ひとつのスキルです。

173 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 19:24:29.71 ID:egkrkORi
>>170
有とは「恒常的に有でなければ有とは言えない」のである
縁起(縁滅)によって変化したり、当初の姿では無くなるのならそれは最早「有」とは言え無くなるのである
何故なら、何かの縁によって当初の「有」が姿を変えるとは、当初の「有」は「無くなる」事を意味し
それは縁起によって「有」は「無」へ変化した事になり、「無」は「有」に依存関係となるからだ

また、「無」についても、「以前(有)であった例が一度も無い、恒常的な無」でなければ「無」とは言えなくなり
「有」であった例が無い「無」なので確認する事など不可能となり、人類史上未だ嘗てお出ましになった事すらない「無」
つまり「虚無」でなければ「無」とは言えないのである

この両者の条件を満たした有無などこの世界には存在して居ないのが現実なのであり
しかも具に事物を観てみると、驚いた事に「有無」と言う現象はあっても
生じることや滅する事が本当は存在して居ない事に気付く
例えばコップと言う現象
コップになる以前は材料が有った筈であり、忽然と空間にコップが発生した訳ではない
コップの機能を失った時(壊れた時)も、忽然とコップが消える訳も無く、何らかの残骸があるはずである
これと同じように、あらゆる物質はその一時的な姿が一時的なだけで、忽然と生じたり滅したりを本当はして居ないのである

174 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 19:26:52.67 ID:egkrkORi
当に、逆イリュージョンww

175 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/14(月) 19:38:32.37 ID:e2Kn1cBQ
>>101
五根と意識は、意識に五根が包摂される関係ではないだろうか。
そう考えれば自己の統合がストレートに達成できる。
 
五根に意識が分散していたら、それらを統合するステップが余分に
追加される。そのこと自体が不自然であり不合理である。
聴覚がなくても作曲できることはベートベンの例で示している。
 
それから意識と思考は別物であり、意識が記憶と関係することで思考が
成立する。しかし、危険が有るか無いかを判断するのは瞬時であり、
思考して判断するわけではない。意識が直接判断している。

176 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/14(月) 19:50:29.02 ID:e2Kn1cBQ
>>112
御隠居が承知の上だとはある程度察してましたよ。
論理明解、着想奇抜な御隠居が、釈迦のすごさを見逃すはずがない。
それに唯物論者だから、体験を重視する釈迦にぞっこん、
可愛さ余って憎さ百倍の心境だったのかと。

177 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/14(月) 20:14:03.99 ID:e2Kn1cBQ
>>173
>有とは「恒常的に有でなければ有とは言えない」のである
 
普通は今現在、五感で感じる存在を「有る」として認識する。
そこに恒常性を要求しない。あなたの場合は恒常性を要求している。
これが噛み合わない理由なんだろうね。
 
目の前の存在に恒常性を要求したら世界は永遠に変化しない。
虚無の恒常性というのもよくわからない。
それはともかく、有と無が恒常性に支配されているなら、
当然の如く縁起も成立しない。有と無は無関係だ。

178 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 20:30:20.12 ID:Dr0jp+no
>>176
> 御隠居が承知の上だとはある程度察してましたよ。
> 論理明解、着想奇抜な御隠居が、釈迦のすごさを見逃すはずがない。
> それに唯物論者だから、体験を重視する釈迦にぞっこん、
> 可愛さ余って憎さ百倍の心境だったのかと。

言葉の使い方が詭弁に満ち満ちている者の内面性を喝破できないとは(笑)
宗教レベルに達していないな。にもかかわらず宗教を語る。


カルト教室で原始仏教を刷り込まれて、代わりに釈迦に復讐をするという明晰ぶり。
釈迦を否定しなくては、カルト教室に復讐ができない。
然れど言説は全否定できないから大乗は誉めるという明晰さ。まさに着想奇抜。
よくぞ気づかれた。

179 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/14(月) 21:05:38.12 ID:0xN6axAY
>>87
サンキュー
>>170
最近の俺の妄想を聞いてください。

自分の存在が有るのか無いのか悩んでるんですよ。
・・・てのは冗談なんすけど。

有るか無いかの「二者択一」することはできないんじゃないかと。
縁起って俺の解釈でいいですか、要するに素材に分解することですよね。
コップでも肉体でもいいんですが、要するに材料の素材は原子やら素粒子になるんでしょ。

・・・その素粒子って有るんですか無いんですか?
俺の聞いた話では素粒子って確率的に、文字通り確率で存在しているらしい。
つまり有るのか無いのかハッキリしないんでしょ。

なにぶん高卒なもんでうまく伝えられないんですが、有るのか無いのかって何なんですかね?
すいません支離滅裂で。退散します。

180 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 21:33:01.73 ID:AIJhZw/r
 
【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践9
http://ai.☆2ch☆.sc/test/read.cgi/psy/1349862691/

 ↑ ☆を自分で削除して下さい

181 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 21:49:44.36 ID:egkrkORi
>>177
一時的に今「有」とするものを「有」だとするなら
それは「無」に為り得て依存関係を呈し、その依存を認めることになる
であれば

>有と無は二者択一であり、有るか無いかのどちらかでしかない。
>縁起していない。だから有と無に四句を適用できない。

に反し、特に

>縁起していない。
>縁起していない。
>縁起していない。

に大いに反する訳です
縁起とは依存関係にある事を言うんですから
それを縁起してないと言ったら矛盾しますよね?
って話です

182 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 21:52:50.35 ID:fGUc1SdI
>>170


君が竜樹を読めてないだけにしか見えない。

183 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 21:54:58.61 ID:fGUc1SdI
>>175
五蘊及び十二処十八界と生物学的感受認識とは完全シンクロするものじゃないよ。

184 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 21:59:31.32 ID:egkrkORi
>>177
>当然の如く縁起も成立しない。有と無は無関係だ。

一般的な無とは「有」が認められる・「有であった事がある」事が認められて
今は「無」と認められるから「無」だと認識できる訳です
最初から無で、何があっても無だったのなら誰がその無を気付けたのでしょうか?
どうやってその無を知り得たのでしょうか?
無いが久遠の昔から無いままの無を知る術はありません、「想像」は出来るでしょうけどそれは妄想に過ぎません

有も、一時的に今は有だと認識できる現象は有り得るでしょうけど
久遠の昔からあり続け、且つ変化しない事象など有り得ません
つまり、有に恒常的永遠の有が無い事は虚無も存在しない事実に他ならない訳です
想像・妄想についてはこの限りじゃ有りませんけど、それは根拠になり得ません

185 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 22:59:56.01 ID:MCv7U51K
>>175
何らかの物資が実在するか否かと、その物質が何であるかとは、別の問題。前者は専ら
五感の知覚により、思考の介入は要しないが、後者は、共同体における合意(の脳内
記憶)による。共同体の成員が一度も見たことの無い物質を見た場合、その物質の
実在は五感の知覚で判断できるが、その物質が何であるかは判らない。

このことを混同するから、存在論に混乱が生じている。

神経伝達の速度は電子レベルの超高速だから、考慮する必要はない。

186 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 23:14:06.67 ID:ZQTgSrSs
>>177 竜樹菩薩のカン違い?

説一切有部を帰謬法で否定した縁で「中論」が起こった。

龍樹曰く、「私には主張はない。」廻諍論二九

187 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 23:17:35.98 ID:MCv7U51K
>>183
>五蘊及び十二処十八界と生物学的感受認識とは完全シンクロするものじゃないよ。

ならば、それらの根拠は一体何?単なる妄想かw。

188 :神も仏も名無しさん:2014/04/14(月) 23:24:37.45 ID:tACPqhfN
碧巌録(へきがんろく) 第8則 翠巌夏末示衆
本則
翠巌(ずいがん)、夏末に衆に示して云く、「一夏(げ)以来、兄弟(ひんでい)のために説話(せった)す。看(み)よ、翠巌が眉毛ありや?」。

保福云く、「賊(ぞく)となる人、心虚す」。

長慶云く、「生(しょう)ぜり」。

雲門云く、「関(かん)」。


本則
翠巌和尚は90日の夏安居の終りの日に大衆(修行僧達)に言った、

「この夏安居の間諸君達のために仏法をくどすぎるほど説いた
(昔から仏法は言説を超えたものであり、仏法をしゃべり過ぎると眉毛が落ちると言われる。もしかして、わしは仏法をしゃべり過ぎて眉毛が落ちたのではないだろうか)。

どうじゃな、わしの眉毛は落ちてはおらんかな?(言説に頼れば仏法を誹謗することになるので)」。

保福は言った、「ヤイこの盗人め、ビクビクするない」。

長慶は言った、「眉毛はチャンと生えているじゃないか」。

最後に雲門が言った、「ピシャリ(門は閉められたぞ。ここが通れるか)」。  』


(笑) こころ楽しい。。

189 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 05:47:23.22 ID:pBOcRwPL
バービーのポンコツ活動にも負けずww
「ハッタリ禅」追求の成果ですなwいい傾向ですわw

190 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 06:18:21.23 ID:0NbZ13xV
語録のコピペは単なる解ってる俺スゲーアピ。
インテリぶりたいバカほど貼りたがる

191 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 06:20:19.44 ID:0NbZ13xV
>>188
さあ答えろw

眉毛なんてものが本来有るのか無いのかどっちだ?

192 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 06:22:13.38 ID:pBOcRwPL
190,んだ、んだ、んだ・・・

193 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 06:25:53.79 ID:FiW5IZ57
雨のしずくや 涙のしずく

ぽんぽーんって落下しながら丸くなる

地平線の、そのまた向こうから

てるてる坊主 てる坊主

あーした天気にしておくれ

てる坊主もてれて

てる坊主の新しい唱。

194 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 06:41:14.25 ID:FiW5IZ57
>>189-192へ 

ぼうずがびょうぶにじょうずにぼうずのえをかいた

千回となえて、旋回せよ。

きっと、鳥人になれる。

195 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 06:57:00.45 ID:FiW5IZ57
 今朝は こんな顔→~▽~*

真ん中にいるのが鳥人間で 映像右から2番目が釈迦。
http://www.youtube.com/watch?v=s3Q80mk7bxE

196 :188と同一人物のタワゴトw:2014/04/15(火) 07:22:09.23 ID:pBOcRwPL
修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法くらまされず(不昧、ふまい)。

同じ事をこの二つの公案は老婆親切にも姿を変えて、問い、答えている。

バカ狗でもやる気があるならこの公案に真っ正面からぶつかってみなよ、おとこだろ。!?

誰がどう言った、あの本にはこう書いてあると聞きまわり、ただ飯が無いかと鼻をうごめかして臭いを嗅ぎ回るな。

終生、粘着に終わるだけなら、佛縁も無いのだろう。

197 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 07:53:48.82 ID:XpGq/rJa
ID:FiW5IZ57

>すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは

お遊戯は幼稚園でやってくれ

198 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:03:21.18 ID:FiW5IZ57
>>197

そうか、お遊戯、幼稚園だというのだな。

なら、今からとくとお披露目してくだされ。

ID:XpGq/rJa

ID変えるなよ(笑)

199 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:13:03.59 ID:Pk5NS3bh
>>193
> 雨のしずくや 涙のしずく
> ぽんぽーんって落下しながら丸くなる
> 地平線の、そのまた向こうから
> てるてる坊主 てる坊主
> あーした天気にしておくれ
> てる坊主もてれて
> てる坊主の新しい唱。

落下する時に完全な形になるというのは物理法則以外の何かがあるに違いない

200 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:15:33.96 ID:XpGq/rJa
>>196

不落と不昧とは而二不二なのであり片方だけを語れば間違いとなる
故に、不落を言って五百生に落ち、不昧を聞いて悟りに到る
因果の理法は絶対なので、因だけ心得るも、または果だけ心得るも
間違いとなり、而も、因果を意識した時点でそれも己身を別にして思っているので
間違いとなる

201 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:18:31.01 ID:XpGq/rJa
>>198
プライド高過ぎ
そのプライドが悟りをラッセルし捲くって跳ね飛ばし続け遠ざけている

202 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:22:41.69 ID:Pk5NS3bh
>>200の訂正しようか
不落は我が残余しているだろ。
不昧は我が残余していないタロット。

203 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:23:02.55 ID:SCb3/P8g
廻諍論二九

龍樹曰く、「「もし私がなんらかの主張をしているならば、そのような誤りが私に起こるであろう。
けれども、私には主張というものがないのだから、誤りも私にはない。」

204 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:26:19.28 ID:Pk5NS3bh
不落は我が残余しているだろ。
×不昧は我が残余していないタロット。

○不昧は我が残余していないだろ

205 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:28:42.34 ID:XpGq/rJa
>>203
仏法は道理の異名故に、如何なる主張も不要である

曰く「仏法は無我にて候」なれば、主張すべき事も能わず

206 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:36:08.91 ID:FiW5IZ57
>>201

いや、プライドでない。

君は、君のいいがかりを見抜かれると
またいいががりをつける。
プライドとか言ってね。

207 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:41:26.29 ID:XpGq/rJa
>>206
老婆心を言いがかりと切って捨てるとは恐れ入った
箱の中のサル一匹手なずけられないなら済度も難しと思うべし
たまには孔の掃除もやっとくと吉

208 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:47:59.21 ID:Pk5NS3bh
>>207
> 老婆心を言いがかりと切って捨てるとは恐れ入った
> 箱の中のサル一匹手なずけられないなら済度も難しと思うべし

不昧‐を悟れば野狐の身に落ちないのか?どうなのか?

209 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 08:51:48.15 ID:6zdxb6xq
>>170
お前みたいな馬鹿に竜樹や空が理解できるかアホ。
お前は今すぐ仏教を捨てろ。

210 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:03:18.60 ID:3iRpftYP
>>200
>因果の理法は絶対なので

これは世俗諦でのみ。
ゆえに、対象化して「因果の理法」とか「絶対」とか、対象化できるし、してしまう。

>>202
>@不落は我が残余しているだろ。
>A不昧は我が残余していないだろ

@不落因果は、因果という概念自体が不立の勝義→非因非果(無門関30)
 ゆえに『我が残余している』という観念そのものがありえない。

A不昧因果は、@を透過した還滅 ⇒即因即果(無門関33)
 ゆえに「我即非(無)我」であって、『我が残余していない』のではない。

211 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:06:04.94 ID:pBOcRwPL
210ハッタリ禅が出てきたぞ、迎撃せよww

212 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:06:36.42 ID:FiW5IZ57
>>205

君がどうしていいがかりをつけるのか、説明しよう。

テーブルに直角に ものを置かなければ我慢できない人がいる。
定規のようにそのようにする。
何度も手を不必要に洗う人がいる。

君は、仏法に君の性質を押し付けて解釈することで
不安を解消しよとする。

別に君の安定に役立っているのなら、構わないが
こうなってくると、釈迦が精神病だと言ったどなたかの
言い分がまかり通りそうで、あかんやん。

釈迦は天才、天分があっても、その事が理解できないから自分都合で精神病扱いする気持ちは
分からないではないが、釈迦が精神病なのではなく、解釈するものの幾人かが精神病(我がまま)で、
他の我儘な者に連鎖させているのである。

子供のマイケルジャクソンの天才的な歌唱力を、もう一度聴いてごらん、
そして同じように一度でも唄えるか声を出してご覧。
マイケルは舞台の練習はしているが練習していない。

213 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:10:33.75 ID:XpGq/rJa
>>208
>不昧‐を悟れば野狐の身に落ちないのか?どうなのか?

悟ってなかったから野狐になった、悟りを詐称していたから五百生を受けた、と言うお話
不昧も不落も片割れだけ解ってても片手落ちに過ぎない
因果の因だけ知ってれば、または因果の果だけ解ってれば因果を知った事になろうか?
そして、因果を考察してそれが解りさえすれば悟りだろうか?
そう思うなら灯台下暗しだろ、ってお話

>>210
>これは世俗諦でのみ。

五百生いってらっしゃい、気をつけて

214 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:15:36.19 ID:3iRpftYP
>>208
>不昧‐を悟れば野狐の身に落ちないのか?どうなのか?

『野狐の身』とは世俗的概念的相対判断でしかない。
己は因=果そのものなのだから、『野狐の身』であろうがなんであろうが、
そのまんま脱然と暮らすだろう。

日々是好日

215 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:15:44.76 ID:Pk5NS3bh
>>213
>>208
> >不昧‐を悟れば野狐の身に落ちないのか?どうなのか?

> 悟ってなかったから野狐になった、悟りを詐称していたから五百生を受けた、と言うお話
> 不昧も不落も片割れだけ解ってても片手落ちに過ぎない
> 因果の因だけ知ってれば、または因果の果だけ解ってれば因果を知った事になろうか?
> そして、因果を考察してそれが解りさえすれば悟りだろうか?
> そう思うなら灯台下暗しだろ、ってお話


不昧を悟れば野狐の身に落ちないのか?どうなのか?

216 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:18:24.72 ID:XpGq/rJa
>>215
己の首から上にのっかってるその小汚いのは飾りか?
道を修めるものなら智慧に訊け、そうでないなら諦メロン

217 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:19:26.40 ID:pBOcRwPL
214小理屈ハッタリ禅アピールw
迎撃せよwww

218 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:19:27.88 ID:3iRpftYP
>>213
>五百生いってらっしゃい、気をつけて

はっきりいって、ぜんぜん駄目じゃん。
二項相対世俗+妄想で、こねくっているに過ぎない。

219 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:20:42.77 ID:pBOcRwPL
218は大乗仏教学の次元でもアウトという自覚が無いハッタリ禅w
撃滅せよww

220 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:25:22.77 ID:3iRpftYP
>>219
大乗仏教学の次元なんて歯牙にもかけてませんが、なにか?

221 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:25:58.70 ID:Pk5NS3bh
>>216
> 己の首から上にのっかってるその小汚いのは飾りか?
> 道を修めるものなら智慧に訊け、そうでないなら諦メロン

片手落ちとは野狐の身に落ちるのか落ちないのかどちらなんだ?
言えないなら逃げてもいいよw
他人には500生行ってらっしゃいとか言っておいて、自分はどうなんだよ。
やはり500生行くのか?

222 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:28:37.17 ID:lYF59EuT
ID:3iRpftYP=ID:Pk5NS3bh

解ってない部分が同じ

223 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:33:32.72 ID:lYF59EuT
>>221
一つ忠告な
語録はコピペも愚かな行為だけど
答えをモロ書きするのも愚かで失礼なんだよ
本当だったら門外不出の秘伝の書なのに公開してくれてるだけ有り難いもの
礼儀を弁えて謹んで拝すべきで、答えを糾弾して求めるとか言語道断なのよん

224 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:35:36.01 ID:3iRpftYP
>>222
「非因非果の如く」が<解る-解ってない>とは、これまたご奇特なことでw

225 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:35:49.95 ID:Pk5NS3bh
>>223
なんだ乗っかってるのは狐の頭だったかww

226 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:36:37.65 ID:6zdxb6xq
聖人だろうが仏だろうが世の中の因果から逃れる事はできない。
故に不落因果はありえない。
あらゆる状況においてベストの対応を尽くすだけである。
それが不昧因果だ。

227 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:37:29.82 ID:pBOcRwPL
>大乗仏教学の次元なんて歯牙にもかけてませんが、なにか?


禅と勝義をくっけるポンコツ論は、大乗仏教学の知識の不備が明白であるw
すなわち、彼は俺様の思考だけが事実だと言いたい訳だw
ハッタリ禅を迎撃撃破せよww

228 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:38:42.34 ID:pBOcRwPL
226がクリティカル・ヒットやろなw

229 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:41:39.55 ID:3iRpftYP
>>223
>本当だったら門外不出の秘伝の書なのに

ブッダはそんなに姑息な権威主義のお方だったのかな?

『わたしは、内も外もなく、ことごとく法を説いてきた。
 アーナンダよ、如来の法には、あるものを弟子に隠すというがごとき、
 教師の握りしめる秘密はないのである。』(長部16より)

230 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:44:05.31 ID:lYF59EuT
では質問

仏法の極意とは?

231 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:44:27.09 ID:3iRpftYP
>>226

それは単なる世俗諦処世訓。
孔子の論語レベル。

仏法透過ではない。

232 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:46:04.21 ID:Pk5NS3bh
> 226がクリティカル・ヒットやろなw

なんと223は狐、228は油揚げだったか。

233 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:46:23.07 ID:3iRpftYP
>>230
仏法の極意なんて「知り」ようがないw

234 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:47:27.39 ID:lYF59EuT
>>233
それは仏法の「大意」

235 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:51:52.29 ID:lYF59EuT
正答出来ないなら透過出来てないって事

236 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:52:45.47 ID:pBOcRwPL
>仏法の極意なんて「知り」ようがないw

ハッタリ小理屈を垂れ流し続けて、よくいえるなw
ハッタリ禅を迎撃せよww

237 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:56:14.02 ID:pBOcRwPL
232センスがいいなあw
ありがたや、

238 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/15(火) 09:56:35.48 ID:QHeJK84L
>>230
>>仏法の極意とは?

輪廻です。

239 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:57:33.03 ID:pBOcRwPL
216 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:18:24.72 ID:XpGq/rJa>>215
己の首から上にのっかってるその小汚いのは飾りか?
道を修めるものなら智慧に訊け、そうでないなら諦メロン



で232の勝ちだなw

240 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 09:58:16.08 ID:lYF59EuT
そもそも仏法の大意がわかってないから頓珍漢な答えをするか黙るしか無くなる
それじゃ仏法の極意も答えられない、当たり前
身の程を弁えるのは仏道の第一歩だと教わる筈だが
ここの連中は躾がなってない

241 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 10:02:25.55 ID:lYF59EuT
>>239
勝敗に拘るのは二項相対の迷妄
プライドは自我の表看板

242 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 10:08:22.49 ID:3iRpftYP
>>234
大意であろうが極意であろうが、「知り」ようがない。
解るということはありえない。

敢えて言うと、還滅語では
<「あらゆることに執着するな」ということにも執着するな>×α(無限の繰り返し) 

243 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 10:29:49.75 ID:pBOcRwPL
ID:3iRpftYP
と ID:XpGq/rJa
は、落第と・・・・

あとは、
ID:lYF59EuTと、ID:Pk5NS3bhと、 ID:6zdxb6xqだな、
採点未決は。

241 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 10:02:25.55 ID:lYF59EuT>>239
勝敗に拘るのは二項相対の迷妄
プライドは自我の表看板


ちょっとツマラヌ、レスだな。

244 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 10:40:40.09 ID:3iRpftYP
>>243
daido-
おまえ不妄語戒って知ってる?

245 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/15(火) 10:42:16.46 ID:f99QnVps
daio- 「・・・・は、はったり。  ・・・・は、全然、わかってない。
    ・・・・は、まだまだ。  ・・・・は、落第。」

wwwwwwwwwwww
と、いつものように、知ったかバカは、他者を採点することによって、
「自分が一番」アピールを繰り返す とww

さすが、「禅マスター」www

246 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 10:59:35.41 ID:pBOcRwPL
244 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 10:40:40.09 ID:3iRpftYP>>243
daido-
おまえ不妄語戒って知ってる?

245 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/15(火) 10:42:16.46 ID:f99QnVpsdaio- 「・・・・は、はったり。  ・・・・は、全然、わかってない。
    ・・・・は、まだまだ。  ・・・・は、落第。」




なんか、いいタイミングだなw
ポンコツは飽きたw

247 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 11:13:50.98 ID:3iRpftYP
念のために<追補>

>>242のように、相対間接(還滅を含む)現実では対象化による矛盾は避けられない。

あえて言えば、非対象化による無矛盾が勝義の様相=中道である。

還滅では、第一義空経のいうように<生即滅>の相殺関係→<矛盾即無矛盾>にある。

                     閻魔 

248 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 11:25:28.31 ID:pBOcRwPL
247が、242,の大意の問題なら、アウトwハッタリw

ハッタリ禅を迎撃せよw

249 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 11:40:32.80 ID:3iRpftYP
>>248
おまえには<無理>

250 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 11:44:56.16 ID:7eBtSVE2
気付く事=悟りと言うのを誤解して否定してる人は漏れ無く無理

251 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 12:36:15.77 ID:RytpNp7W
仏道のためにのたれじねなんて公言していた人達が、アウトだった。やくざと創価に一番近い仕事を保守するために、道場で仏教を信じる話を世間で職場で他言するなと命じてきたから。今では、ネットからストーカー工作と隠蔽工作の日々。誰か助けて下さい。

252 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 12:38:12.55 ID:RytpNp7W
生き残ることを考えると、まだ創価のほうが建設的な思想になる。つまり、池田と創価にも厳然と線引きがあることになる。

253 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 12:47:51.25 ID:RytpNp7W
また、東京創価はいずれお寺に戻れる(お寺と繋がりがある)と公表してるし、世間と職場で信心を他言するなと、道場で彼らが命じたから、彼らの公職は池田創価と密に繋がるだろうし、嫌いなら声を聞けと、何年も朝から真夜中までネットから追撃した訳も理解できる。

254 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 13:19:41.19 ID:RytpNp7W
他人が生きてることすら許せない信条の持ち主に、仏教は最初からないだろう。うまく池田と繋がるところに仕事と立場を確保できる理屈に長けている

255 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 13:22:40.43 ID:thh+mH5d
仏法の大意=一切の迷妄を破って捨てる事

仏法の極意=全てを悟り受け入れて解脱への道を歩む事

臨済が黄檗に三度叩かれ、あれこれ理由を考えたが理解できず、大愚のところで解ったのも「迷妄を止める」と言う事
大愚への返答に殴りを入れられたのも「迷妄」しないで行為で直答したから
黄檗のもとに帰れたのも「悟れた」からで、再び臨済の顔を見れた時点で黄檗は成果を喜んでいた
臨済が土産代わりに黄檗を殴れたのも「迷妄」しなかったから
黄檗が教えたかったのもこれ

256 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 13:36:56.29 ID:RytpNp7W
臨済たちの話を何万繰り返しても、己ではない。
別伝があるとすれば妄想の域を彼の真実はでない。全てはこうだったらという過程にのまれるだろう。

257 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 13:43:47.68 ID:thh+mH5d
お題目より簡単に理解出来る話
一念三千の法門は寄り道に過ぎない
あれを知らなくても解脱は有り、解脱できれば即身成仏なのだから
一念三千法門は無用の長物となる

智の提唱した法門は無駄が多過ぎる上に誤謬も多い

258 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 14:07:33.23 ID:RytpNp7W
バカでも解る教えなんて、誰でもいやだけどね、ストーカー行為が抜苦になるほどの想定外の掟よりは、まだバカだなあと思えていいと思う悩めない人集めにはいいよね。

259 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 14:13:35.44 ID:3iRpftYP
>>255
>仏法の大意=一切の迷妄を破って捨てる事
>仏法の極意=全てを悟り受け入れて解脱への道を歩む事

『仏法』を対象化している以上、二項相対のまま、迷妄だよw

念のために再<追補>(>>247より)
>>242のように、相対間接現実では対象化による矛盾は避けられない。
      道元⇒『迷悟あり、修業あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。』

・あえて言えば、非対象化による無矛盾が勝義の様相=中道である。
      道元⇒『万法ともにわれにあらざる時節、まどひなく★さとりなく★、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。』

・還滅では、第一義空経のいうように<生即滅>の相殺関係→<矛盾即無矛盾>に“ある”。
      道元⇒『仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。』
                                               閻魔 

260 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 14:13:37.06 ID:RytpNp7W
殺人でも何でもよければ、楽になれるよ、誰でも。ただし殺人する側かされる側か、どうでもよければ、楽になれるよ。功徳だと悪くいうかわいい人が何百人いたって、どうこうない。廃れるだけ。

261 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 14:24:38.85 ID:lCGjGALQ
> 学ぶ事無くただ太るだけの嘘ばか狗、【嘘臭】(; -y-)ツ)) クチャイクチャイ♪

無字の公案
新参の修行僧、問う、門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
師、答える、有。
古参の修行僧、問う、門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
師、答える、無。

野狐の公案
修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法に落ちず(不落、ふらく)。
修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法くらまされず(不昧、ふまい)。

同じ事をこの二つの公案は老婆親切にも姿を変えて、問い、答えている。

バカ狗でもやる気があるならこの公案に真っ正面からぶつかってみなよ、おとこだろ。!?
誰がどう言った、あの本にはこう書いてあると聞きまわり、ただ飯が無いかと鼻をうごめかして臭いを嗅ぎ回るな。
終生、粘着に終わるだけなら、佛縁も無いのだろう。

262 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 14:26:34.49 ID:w6iQAv7p
>>259
文字も語録も二項相対を離れない
第一義空経すらも二項相対を離れてない戯論の属す
第一義諦は言語で伝達出来ない
よって>>259自体が戯論であり無意味
仏法に主張など無いし解釈も無い

263 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 14:35:51.90 ID:3iRpftYP
>>262
文字も語録も二項相対を離れない
第一義空経すらも二項相対を離れてない戯論の属す
第一義諦は言語で伝達出来ない
よって>>255&>>262自体が戯論であり無意味
仏法に主張など無いし解釈も無い

上記は空観。

、・還滅では、第一義空経のいうように<生即滅>の相殺関係→<矛盾即無矛盾>に“ある”。
      道元⇒『仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。』(>>259

 中観である。
 悟り(仮観)は悟りに非ず(空観)。これを悟りと名づける(中観)。                                               閻魔 

264 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 14:42:05.23 ID:w6iQAv7p
>>261
無字の方は仏性の有無を言い
野狐の方は因果の理を言っている
この両公案に共通点があるとすればそれはただ一つ
不生不滅 不常不断の理を暗に言おうとしている事
言えば第一義諦そのものを言葉にしようとしてしまう為
伝える事は不可能、よってこの各公案に留まっている

265 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 14:45:46.04 ID:w6iQAv7p
因果は凡愚に説くなら「原因と結果」
智者に説くなら「因と言えば因しかなく、果と言えば果しかない」

となる
後段は不生不滅 不常不断を心得ていなければ理解出来ない

266 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 15:08:32.58 ID:Pk5NS3bh
>>260
> 殺人でも何でもよければ、楽になれるよ、誰でも。ただし殺人する側かされる側か、どうでもよければ、楽になれるよ。功徳だと悪くいうかわいい人が何百人いたって、どうこうない。廃れるだけ。

アホかお前は。
そんなものが仏教なら、犯罪者が仏教を称揚しまくるクサレ世界になっとるわ。
2ちゃんねるを止めて、頭剃ってみそぎして来い。お前の様なヤツは公共の場で書き込みをするな。

267 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 15:10:00.17 ID:w6iQAv7p
>仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。

仏道と言うのはもともと、(王子時代のシッダルタの如く)豊かで倹約で慎ましやかに生きてても
苦悩は厳然とあるんだと言う事実から解決法を探し始めたので、生滅を問題にし、
迷いや悟りを問題にし、生きたまま仏になる方法を問題にするのです。

>悟り(仮観)は悟りに非ず(空観)。これを悟りと名づける(中観)。

中観の意義が飲み込めないと駄々を捏ねてるのは良く解った
そんな解釈してる内はまだまだ無理
おきばりやす

268 :263:2014/04/15(火) 15:16:35.86 ID:3iRpftYP
訂正
× 第一義諦は言語で伝達出来ない
〇 第一義諦は対象化不能ゆえに、言語で伝達出来ない

な〜〜んでか?
『一切の執着を脱せんがために、勝者(仏)により空が説かれた。
 しかるに人がもしも空見をいだくならば、
 勝者(仏)はその人々を「癒されない人」と呼んだのである。』(中論13-8、7-34,18-6参照)

「癒されない人」とは>>267である。

269 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 15:26:13.64 ID:6zdxb6xq
>>230
空と縁起
>>231
論語を理解できてない時点でお前のレベルなぞたかがしれてるが
一応答えを聞かせてもらおうか。

270 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 15:33:07.95 ID:w6iQAv7p
衆生を引導するが故に、仮名の空を以って説いた(観四諦品)

「業報ありて而も作者なし、この陰滅し已わりて、異陰相続す」(第一義空経)

癒されるにはこれらを悟って解脱する以外に道は無い
その他は本義とともに彼岸では戯論にて滅す

271 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 15:36:29.82 ID:RytpNp7W
>>266
あなたが僧侶になれるような団体を私はそれなりにしか見聞しないでしょうが、殺人もなく犯罪者も居ない宗教は現存しないでしょう。一面的にまず。見識の無い方ですね。

272 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 16:25:36.14 ID:Nx/Gve8P
ツイッターの弊害かね・・。
最近は、単語を並べるだけで、文章構成のできない奴が増えたな・・。

273 :ノスタルジア:2014/04/15(火) 17:03:29.73 ID:8MP94uy6
パーピーマンというやくざに昔、ここに投稿しようとおもったら、
失せろと年甲斐もなく言われました・・・【涙】
ここは悪魔の便所
大王氏というやくざに、昔、また今も、投稿していると、割り込まれて、
個人情報を無断で、ばらされます・・・警察に報告する段階に入っています。
もろもろの今まで迷惑をかけた、ID者を割り出し、すべて警察に通報します・・・。

274 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 17:13:01.45 ID:FiW5IZ57
>>271
>殺人もなく犯罪者も居ない宗教は現存しないでしょう。

それは君の見識では、どうしてかな。

とこんな顔が、問うているじゃないか→~▽~*

275 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 17:25:53.80 ID:FiW5IZ57
>>273
そうか悲しかったな。
けど、通報しても無視されるであろうと
オール思っていることが、さらに憂いをさそったのであった。

君は君らしく、元気をだせ、ノス君。

276 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 19:20:25.81 ID:7VE9Lyrl
>>178
>カルト教室で原始仏教を刷り込まれて、代わりに釈迦に復讐をする・・・
 
御隠居ワールドには気づいていたが、御隠居自身の書き込みで → >>119
その裏を確認できた。何らかの経緯があるのでしょうね。

277 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 19:32:30.25 ID:7VE9Lyrl
>>179
>有るか無いかの「二者択一」することはできないんじゃないかと。
>縁起って俺の解釈でいいですか、要するに素材に分解することですよね。
違うよ。縁起は因果関係か相関関係(相互依存、相依性)のことを言う。
 
>・・・その素粒子って有るんですか無いんですか?
>俺の聞いた話では素粒子って確率的に、文字通り確率で存在しているらしい。
>つまり有るのか無いのかハッキリしないんでしょ。
夕食を前にし、夕食が有るか無いかハッキリしないなら → 断食だw

278 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 19:46:01.71 ID:7VE9Lyrl
>>182
>君が竜樹を読めてないだけにしか見えない。
それでは、竜樹についての、キミの考えを聞こうじゃないか。
 
>>183
>五蘊及び十二処十八界と生物学的感受認識とは完全シンクロするものじゃないよ。
同じ人間のことを言ってるのだから、完全にシンクロする。
生物学的人間とは何かを考え、それを五蘊(色受想行識)にまとめ、
そのうちの色受想識が、六境、六根、六識かと。

279 :263:2014/04/15(火) 19:57:22.69 ID:3iRpftYP
>>264
>不生不滅 不常不断の理

そんなものは<非有非無のようなもの=如し>と比喩によって示唆するしかない。
直説不能。
これは人間の相対脳では「“理”解」できない。
ゆえに、不生不滅 不常不断の『理』とやらは明確な誤謬だ。

無字:非有非無の如し⇒即有即無
野狐:非因非果の如し⇒即因即果
無門関30・33を透過できれば容易いはずだ。

>>265
智者に説くなら「因と言えば因はなく、果と言えば果はない」
これはは不生不滅 不常不断を心得ていてもいなくとも、『理解』出来ない

>>267
>生滅を問題にし迷いや悟りを問題にし、生きたまま仏になる方法を問題にするのです。

それは 『・>>242のように、相対間接現実では対象化による矛盾は避けられない。
      道元⇒『迷悟あり、修業あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。』(>>259
成りすまし如来はまったく分かっていない、迷妄のままだ。
いくら2ちゃんねるとはいえ、すくなくとも、思いつきのウソは書くな!

仏教の全体図道程で、道元さんが空観のあとに仮観(分別)を書くわけがない。
空観(無分別)を透過し還滅された中観(仏道もとより豊倹より跳出せる:二項相対を跳出せる『無分別の分別』)しかない。

成りすましのそんな表層把握では<無理>だ。

⇒中観の意義が飲み込めないと駄々を捏ねてるのは良く解ったw

280 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 20:19:25.79 ID:w6iQAv7p
>>279
そんなんだからダメなんだよ


無字と野狐に繋がってる事実が観えないのは流石に痛い

しかも無字の方を「非有非無」で勝手解釈してるのは破仏法の極み

281 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 20:35:25.27 ID:w6iQAv7p
>>279
>仏教の全体図道程で、道元さんが空観のあとに仮観(分別)を書くわけがない。

君は何も観えてない、全く何もだ
例えば眼横鼻縦は仮観なのか?
バカ言ってんじゃないよ全くw

>智者に説くなら「因と言えば因はなく、果と言えば果はない」
>これはは不生不滅 不常不断を心得ていてもいなくとも、『理解』出来ない

心得てなければ「理解出来ない」
君は心得てないから理解出来ない
君は因果しか観えず、因果は非因非果の空観で思考停止してる
ある事が認められず悟れないのが理由でね
遠塵離垢の法眼は読書や考察だけじゃ無理
確りとした仏道修行を曲りなりにも行わなきゃ得られない

282 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 20:40:05.18 ID:7VE9Lyrl
>>181 >>184
御隠居が言ってるように、目の前にある事物が有るか無いかは、
五感の知覚によって判断される。これは今現在の実在論だ。
 
これに対し、時間の経過とともに変化する話は因果関係である。
竜樹の空は同時的な二項の関係であり、相関関係である。
コップの一生(生住滅)ではなく、二項の関係論だ。
 
これらを区別して考察しないと話が混乱してしまう。

283 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 20:47:05.52 ID:w6iQAv7p
>>282
空は自性がないと言うことだよ
自性が無いってのは自発出来ないと言うことであり
自発出来ないから他縁で事が起きる以外に何も起きない
それが空と言う事なのであり、空とは縁起する現象自体の事を言っている
縁起するから空なのであり、空でなければ縁起できない
縁起出来るのは固定した実体が無いからで
固定した実体が無いのは空だからで
空なのは縁起するからで
縁起するのは空だからだ

284 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 21:02:13.61 ID:7VE9Lyrl
>>185
御隠居の意識が五根に付属しているという説では、
聴覚を失ったベートベンの第九を説明できないのではないだろうか。
意識は五根をカヴァーしていると考えた方が合理的。

285 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/15(火) 21:08:57.52 ID:QHeJK84L
>>277
頓珍漢なレスにお返事ありがとうございます。
いきなり核心についてお伺いしますが、いいですか。
それは「存在」についてです。

俺最近悩んでるんですよ。
この世界は存在するのかどうか。
関係あるのかどうか判らないこと書きますが、今日「レゴ・ムービー」って映画観たんですが。
ネタバレじゃないですが、その映画みたいにこの世界も虚構じゃないのかと。

竜樹の「空」って要するにすべては虚構で実体が無いってことですよね。
縁起を相互依存と解釈すれば、ラッキョウやタマネギみたいにその相互依存の皮を剥いていけば、その核に何があるんでしょうか。
あれ?俺、相互依存の意味も勘違いしてますか?
お答え待ってま〜す。

286 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 21:23:51.53 ID:7VE9Lyrl
>>183
中論27.17「もしも一部分は神的で、一部分は人間的であるならば、
無常でもあり、常住でもあることになるであろう。」
竜樹は、実体があっても変化し、縁起する可能性を認めている。
 
ただし続けて「しかしそういうことは理に合わない。」と否定する。
そんなことはない! 人間は「命かつ物質」という矛盾を生きている。
人間は理に合わない存在なのである。だからこそ苦が生じる。
 
竜樹の空を全否定しているのではない。
苦楽は空であるということを直感する道具として必要だろう。
しかしそれだけでは足りない。苦が完全に滅していない。

287 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 21:49:44.89 ID:7VE9Lyrl
竜樹は、有と無とを関係させ、世界を空(無)にする。
 
ヘーゲルも、有と無とを関係させ、人間の歴史を神の意志(有)にする。
これを観念論と批判したのが、青年ヘーゲル派であり、
ここから唯物弁証法やマルクス主義が誕生する。
 
ここで言いたいのは、マルクス主義とかではなく、西欧でも
有と無とを関係させるヘーゲルという観念哲学の大家がいたことだ。
しかし西欧ではすでにひっくり返された。
それなのに日本では、いまだに竜樹の観念論が生き続けている。
もうそろそろ竜樹のカン違いに気づかないと。

288 :ろん:2014/04/15(火) 21:59:36.64 ID:V+tuFeEt
>>285
たとえばさ、目の前のコップがあるかないかってわからんのよ。。
単に映像が見えるだけなのか、それともその映像を見させる「存在」があるのか?
でも、存在があってもなくても、見えるという事実は変わらんだろ。。
ということは、昼間見ている世界と夜夢に見る世界の区別もホントはつけられんだろ。。
それを荘子では、胡蝶の夢と言う小話で表現した。。
仏教でも夢の如し、というよね、、だから、それに捉われすぎるのは愚かであると。。
全部夢だから、何をやってもいいは、仏教では当然否定される、けど夢のような現実に執着し過ぎるのは愚かですよと言うことなんだな。。

核がないから、空なんだよな。。
だから、死んだら、地水火風の五元素に分解して、また、次の生命を産む原材料となる。。
それを輪廻と考えてる仏教者も多いぜ。。
輪廻とは物理循環・・あと、人の世には、人の世の因果というものの連鎖もあるがな。。

289 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 22:09:14.64 ID:7VE9Lyrl
竜樹は、有と無を関係させ、世界を空(無)にする。
 
ヘーゲルも、有と無を関係させ、歴史を神の意志(有)にする。
これを観念論だと批判した青年ヘーゲル派によって、
ヘーゲル哲学がひっくり返され、唯物弁証法やマルクス主義が誕生する。
 
マルクス主義はともかく、ヘーゲルの話で言いたいのは、
日本でも竜樹の哲学をひっくり返そう、ということ。
いつまでも洗脳されているわけにいかない。

290 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 22:19:03.05 ID:7VE9Lyrl
287と289と似たようなのが二つ入ってしまった。
書き込みをしても反応が遅く、書き込みに失敗したかと思って、
再度書き直したのが289。
趣旨は同じだが、どちらかというと287を削除ですね。
最近、2chの使い勝手が悪くなったような。

291 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/15(火) 22:30:55.83 ID:7VE9Lyrl
>>285
縁起は二項の関係についての話であり、
世界が有るか無いかは存在論だから、二つを混同すると混乱する。
 
世界が有るか無いかについて言えば、
かりに世界が夢であっても、われわれはここでしか生きられない、
ということではないだろうか。これがわれわれの世界なのだ。
疑っても何も変わらない。この世界で生きる以外にない。

292 :ろん:2014/04/15(火) 22:34:06.53 ID:V+tuFeEt
>>291
いやいや、存在じゃなくて、認識上の対象を否定するのが、空だろ。。

認識そのまんまでいいなら、仏法など要らんだろうし。。

293 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/15(火) 23:04:21.65 ID:QHeJK84L
>>287
仏教もキリスト教も本質は同じだと思うんですよ。

世界は神が作り出した虚構(空)である・・・これがキリスト教です。
世界観は見事に一致しています。

仏教のヤバイところは、その虚構を創り出したのは神ではなく、人間であるとしたところです。
絶対的な創造主より、人間のほうが偉い。

ここで注意してほしいのは、仏教で言うところの人間とはあくまで悟りを開いた人間=仏という意味ですが。
要するに西洋のマルクス主義やらナンチャラ主義という思想は、「悟り」と同じなんですよ。
どうすれば人間の手で世界は「よくなるのか?」ということです。

294 :1/2 263:2014/04/15(火) 23:27:42.73 ID:3iRpftYP
寝床のパソコンは扱いにくいw
>>280
そんなん(ペンキ屋)だからダメなんだよ
>無字と野狐に繋がってる事実

『不實而生(滅)。生已盡滅。』(第一義空経)
これが観えないのは成りすましとはいえ、流石に痛い

>「非有非無」で

さすがにペンキ屋だw またまたの色塗り。
⇒そんなものは<非有非無のようなもの=如し>と比喩によって示唆するしかない。
直説不能。
これは人間の相対脳では「“理”解」できない。
ゆえに、不生不滅 不常不断の『理』とやらは明確な誤謬だ。

295 :2/2 263:2014/04/15(火) 23:30:25.59 ID:3iRpftYP
>>281
>例えば眼横鼻縦は仮観なのか?

還滅された中観だ。

君は実は妄想以外の何も観えてない、全く何もだw
「眼横鼻縦」にはまったく意味などないと何度繰り返してきたか。
もう当然だw

>因果は非因非果の空観で思考停止

またペンキ屋かw
⇒<非有非無のようなもの=如し>と比喩によって示唆するしかない。直説不能。
『眼直鼻横』まで辿りつけないのが成りすましたる所以だw

★「理解」という二項相対思考で止まっている。

>ある事が認められず悟れないのが理由でね

「ある事」と対象化した悟りはありえない。何度も示唆した。
アートマンとか、神とかの名称いかんを問わず「本質核」は反仏法である。
事前の自己洗脳による自己催眠術如きは仏道に非ず。

296 :2/2 263:2014/04/15(火) 23:32:03.08 ID:3iRpftYP
>>281
>例えば眼横鼻縦は仮観なのか?

還滅された中観だ。

君は実は妄想以外の何も観えてない、全く何もだw
「眼横鼻縦」にはまったく意味などないと何度繰り返してきたか。
もう当然だw

>因果は非因非果の空観で思考停止

またペンキ屋かw
⇒<非有非無のようなもの=如し>と比喩によって示唆するしかない。直説不能。
『眼直鼻横』まで辿りつけないのが成りすましたる所以だw

★「理解」という二項相対思考で止まっている。

>ある事が認められず悟れないのが理由でね

「ある事」と対象化した悟りはありえない。何度も示唆した。
アートマンとか、神とかの名称いかんを問わず「本質核」は反仏法である。
事前の自己洗脳による自己催眠術如きは仏道に非ず。

297 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/15(火) 23:34:48.86 ID:QHeJK84L
>>288
ロン教授お久しぶりです。
まさかこのスレでお会いするとは。
恥ずかしいやら嬉しいやらです。

・・・要するに縁起とか空とは、すべて「夢」ですよ、でいいんですよね。
ここの連中って何でこんなコムズカシク議論してるんですか!

輪廻についてですが、死体が元素に分解してグルグル廻る、でも別にいいんですが、それだけじゃ浪漫がなくて面白くないでしょう。
輪廻とは要するに不死なんですよ。
生命はいずれ死ぬってのは思い込みで妄想。
輪廻して永遠に生きる。それが仏である・・・・乱暴な解釈ですいません。

298 :263:2014/04/15(火) 23:37:31.21 ID:3iRpftYP
二度打ち、スマン。

299 :神も仏も名無しさん:2014/04/15(火) 23:49:48.75 ID:A/DseSCg
>>289
>竜樹は、有と無を関係させ、世界を空(無)にする。

釈迦とは違って、竜樹は「無我」「無」などというアホなことは一言も
言っていないよ。

量子力学的に言えば、物質とは、電子が空間中で超高速で運動している原子
から成り立つのだから、いわば中身スカスカの状態。これを「人間」が観測する
と、無どころか厳然たる実体なのである。単に中身がスカスカであるだけ。
中論の、「もろもろの存在」の構成原理としての「関係性」という概念は、抽
象観念に過ぎないから、中身はないのである。しかし、「人間」にとっては、
厳然たる実体なのである。

因みに、「真空」は「無」の典型だと思うかもしれないが、真空中にも無数の
粒子が存在している。この世には、厳密に言えば「無」など存在しないのである。
単に、粒子の関係的集合体の関係性の変化に過ぎない。

残念ながら、釈迦とは異なり、竜樹には矛盾はなかったw。

300 :ろん:2014/04/15(火) 23:50:05.00 ID:V+tuFeEt
>>297
ひさしぶり、、ちっとは成長したかい?w

まあ空と言うのはね、A=Bみたいな人の認識が間違ってる、成立しえないということを言ってるんじゃないかね〜?
そもそもAという認識対象が成立しえないのだから、A=〜は成立できない。。

誰もが、何何はどうだ、と思うことで迷ってるんでしょ、自己に関しても他者に関しても。。

だから、自他共に知りえない、ということを示して、無心でありなさい、ということだろ。。

ここの人たちは、勉強はしてても、どうもそれが自分を解放するのに結びついていないみたいね。。w

・・人は誰もがいつかは死ぬ、というのは大変な誤りです、とは雪渓師の言葉。。

そうじゃなくて、誰もが自分の死を経験できない=死なんてものはない、ということなんだろう。。
生まれることも同じね、だから不生不滅。。

301 :ろん:2014/04/16(水) 00:02:00.69 ID:rN3cEApY
空とは、もっと正確には無自性と言うこと、それ自体の性質というものはないということ。。

例えば、あいつは、落ち着きがない、とかいっても、何年か後には落ち着いた人間になるやもしれん。。

そういうのはすべて縁起による、よって、何何は何とかとか、誰々はどうだ、ということは言えない、ということ。。

そのように、見えるのは、自分の認識による夢のようなものだ、ということなんだろうな。。

けれど、美人はやっぱり美人だし、部屋が汚いつったら汚いのよ。。w

・・おやすみ〜。。

302 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 04:04:48.00 ID:YpTraikB
(^.^)←嫌われがちな(笑) おはようございます。

我々は、社会的な存在である。

この2chでもなにか意見があって、またその意見に対して

と、それは二項対立ではなく、たんに質を上げるためだ。

ヘーゲルの話しが出ていたが正反合を、勘違いしてはいけない。

それは論理であって、憎しみやコンプレックスは混じり込んでいない。

>>287
>しかし西欧ではすでにひっくり返された。

これをもう少し、説明してくださればありがたい。

303 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 04:07:29.37 ID:YpTraikB
りんごとみかんはたすことは出来ないが、

数学では1+1は2となる。

それと同じだ正反合も。 法則なんだ。

誰かが何かをした、それをみて私が何かをする。

まあ意見でもいいのだが。

そして何かが生まれて(合)繰り返していくのだが、あくまでも
正反合という形が繰り返されるのであって、
君と私のやりとりや合の中身までの干渉ではない。(数学=輪廻)

しかし質となれば、他の要素があるのではないかになる。

そこまでくれば、着目されるべきは正反合に関わる人々全員の精神レベルだ。

ここから精神世界、宗教分野ともいえるのだが・・・・

304 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 05:42:49.43 ID:2MmC3gPU
>>294
インチキ切り文は創価とかの手口そっくりだよ

>『不實而生(滅)。生已盡滅。』(第一義空経)

眼生時無有來處。滅時無有去處。如是眼不實而生。生已盡滅。
有業報而無作者。此陰滅已。異陰相續。

眼に(像が)生ずる時像が入る訳ではない。像が眼に無くなってもどこかへ行ってしまったのでもない。
是の如く眼は中に実なるものなど生じて無いので、映り已われば悉く滅すのだ。
業報有りて而も作者無し。この陰滅し已われば違う陰へと相続される。

閻魔は姑息でインチキな奴だとこれで解った
お前は仏法者ですらない

305 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 06:03:53.72 ID:2MmC3gPU
因みに、

>業報有りて而も作者無し。

とは「作者」と表現される「原因」が不明な事を言い
原因不明なのに業報は実際に起きている(現象は如実に起こっている)事を言っている

例えばガンや風邪などは、現代医学では「作者」たる原因は既に解ってはいるが
その作者たるウィルスの発生起序やウィルスだけを狙い撃ち出来る攻撃方法が
現代医学を以ってしても未だ解明できて居ない、これも「業報有りて而も作者無し」の典型例となる

>この陰滅し已われば違う陰へと相続される。(此陰滅已。異陰相續。)

上の例で言うなら、ウィルスは発生起序が未だ解明されてないが
ウィルスが生きて活動する以上、発生原因たるものが必ず存在し
原因が有る以上はその材料が必ず存在し、材料が存在するならその原因が必ず有り
遡ればキリが無いのがこの世界の当たり前の現実で
その逆に、ウィルスの寿命が終われば忽然と消える訳ではなく、容姿や機能を変え
他の形のものに変じ(異陰相続)継承されて次の業報となる、それが延々と連なっているのが
この世界の紛う事無き現実なのだ

306 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 06:18:24.54 ID:2MmC3gPU
要するに、仏教が無記を用いて輪廻転生を否定しなかった理由もここに有り
人が普通に考えてしまう輪廻転生は、脳と言う臓器が成果としてはじき出してる思考と実感からなる
「私」と言う実態無き幻は転生などせず、脳が機能を失えば無条件に「私」も失われるので起こらない
「私」が死んだら輪廻などしないのだ←人はこれが中々理解出来ない

しかし、身体は物質なのであり、腐敗や還元などされても、例え焼かれたとしても
この世界の全ての物質は忽然と消える事など絶対に無く、形を変えて機能を変えて
必ず何らかの形に変じて無くならないのだ
人の感覚からすればこれを輪廻転生とは考えないだろう
しかし、厳格に転生し続けていく訳であり、人の考えの如何に因らない
自然現象なのだから人の意見の挟める余地など無い

これが釈尊が無記にした理由であり
甚深微妙なる法の「何と何を比べて微妙と判じたのか」の理由でもある
微妙の比較は別にもあるが、これもその一つなのである

愚者の閻魔は逆立ちしてもこれが理解出来ない
断見に取り憑かれてる亡者だから仕方が無い

最近は相手の言説を改変して返す愚行に徹しているが
餓鬼道だから仕方ない

307 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 06:34:47.82 ID:2MmC3gPU
おさらい

人は心から発生した訳ではない
人も物質現象の一種なので縁起して現象したから生まれてこれたのだ
確かに両親の思いが起因してセックスに到ったのが我々の発生原点ではある
しかし、その思いは引き金に過ぎないのだ、引き金と弾丸は別のものだし
弾丸と的も別のものだし、引き金と的も明らかに別のものである
それと同じように、両親の思いとセックスと言う行為と
我々の存在は別の現象なのであり因果関係と縁起関係が異陰相続してるに過ぎないのだ

一切の思いは脳が行って実感させている幻である
仏道の極みはその脳を思いに左右されず「即物的に」使える様に訓練し切ることである
思いに左右されないから煩悩に揺さぶられる事がない、つまりそれが解脱なのである

308 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 06:52:20.24 ID:2MmC3gPU
別の愚者の為に追記

>仏道の極みはその脳を思いに左右されず「即物的に」使える様に訓練し切ることである

と書けば決まって「誰が(即物的に)その脳を使うのか?自分だろう」と言う者が出てくる
確かに自分だがこの自分に今までの様な思いに左右される愚考は殆どない
何故なら主体が自分ではなく「智慧」になり、智慧には思いがそもそも無いからだ
これは常人では中々意図的にそう為れないが、忘我の行為中はしばしば起こり得る事で
何ら不思議な現象でもない、仏道の訓練で意図的に忘我を作れる様になる様なものである

また、両親の行為後に受胎した時に、母胎に魂が入り、とか言う戯言も虚言に過ぎない
魂なる存在が実在するなら伝播するための媒体が明らかにならねばならない
媒体無く異陰相続する事は有り得ないからだ
異陰相続できなければ因果関係が成立せず、因果がハッキリしないなら縁起も起こりようが無い事になるのだ
そんな戯言を容易に信じてしまうのは思考停止以外の何物でも無い
と言える

309 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 06:59:56.73 ID:pdAcSVQY
てす

310 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 07:10:55.95 ID:pdAcSVQY
>>287
分からんか?
二項からの言及の可能性を突き詰めたのが龍樹ではなかったか。
そしてその本旨は、二項から離れること、現々実々への中観にある。

そのくどくどしさは、二項の限界を示していると言える。
なぜ龍樹菩薩がそれほどまでにくどくどしいのか考えろ。表面読みをするなバカタレ。

311 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 08:02:26.05 ID:2MmC3gPU
眼横鼻縦に意味など無い、と閻魔はほざく
果たしてそうだろうか?

物事を如実知見したなら「目は横に並んで付き、鼻は縦にレイアウトされて付いている」となり
普通に見ればその通りなのである
意味など無いだろうか?

道元師は「事物を予断無く普通に見ろ」と言っているのである
意味大有りだと思えないのは心諂曲なる証拠で自分の気持ちを偽っている事に他ならない
つまり、正直な自分を裏切っているのである
自分を裏切り偽る人に、人を思いやる事など出来はしない
況や慈悲心をや、である

312 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 08:24:14.77 ID:2MmC3gPU
閻魔はこうも言う、「悟り」などというものは無い
果たしてそうだろうか?

迷いは厳然として有るのは凡人でも解る事
その迷いが解ければ悟りなのであり、それらは日常を少しも離れて居ない現象なのである
何ら不思議な事はない、故に迷いが有る以上悟りも厳然と存在するのである
迷いも悟りも存在しないのは涅槃だけであり、涅槃では自分すら無い
彼はその涅槃が悟りだと誤解し続けていて気付かないのである
気付かないのは迷いである

閻魔は迷っているに過ぎない

313 :263:2014/04/16(水) 09:16:00.97 ID:3070bwj1
>>304->>307,>>311>>312

『不實而生(滅)。生已盡滅。』(第一義空経)が直覚できない迷妄者のタワゴトでしかないw

<仏法のゲシュタルト>「想い」からの解脱(Sn.1072)
・生 ⇔ 滅    :『迷悟あり、修業あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり』
・不實而生(滅)  : 万法ともにわれにあらざる時節、まどひなく★さとりなく★、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし
・生已盡滅     : 仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり 』

<仏法ゲシュタルト崩壊>「想い」からの解脱における解脱(Sn.1072)
『しかもかくのごとくなりといへども、華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。』
                             (道元 現成公案 初段)

閻魔はブッダ・龍樹・道元・趙州・至道無難という駿馬の嘶きを、夢の如く聴いているに過ぎない。

>閻魔はこうも言う、「悟り」などというものは無い ⇔(ペンキ塗り)彼はその涅槃が悟りだと誤解し続けていて気付かないのである

爆笑!

>道元師は「事物を予断無く普通に見ろ」と言っているのである

「予断無く」と「普通に」は矛盾する。
<眼横鼻直⇒眼直鼻横>←無意味、まで辿りつけないのが成りすましたる所以だw

1,000年すっこんどれ! ほら吹き如来。

314 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 09:23:39.61 ID:2MmC3gPU
>>313
ご自慢の直覚の方法は何だい?どうやれば直覚出来るんだ?
理屈はもういい、具体的作法を明かしてみなさい

道元師の言葉も仏祖の言葉も、君に掛かれば全部歪曲し放題だ
眼横鼻縦は「ありのまま、あったままに見ろ」って事
<眼横鼻直⇒眼直鼻横>←こんなのはありのままではない
最早キチガイの屁理屈でしかない

中観が判らなかったのも理解出来るよw

315 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 09:26:23.85 ID:2MmC3gPU
>>313
>ペンキ塗り)彼はその涅槃が悟りだと誤解し続けていて気付かない

それはお前だ
涅槃は悟りではない
お前がそう思ってるだけだろ
心象操作でお前の思いを私の論に摩り替えるな卑怯者が

316 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 09:28:04.63 ID:2MmC3gPU
>>313
涅槃を悟りだと勘違いしてるのがお前だ

私は涅槃を悟りだとは言ってないし思ってない
お前が涅槃の意味が判らなくて悩乱しているだけだ

317 :263:2014/04/16(水) 09:32:59.58 ID:3070bwj1
>>314->>316

成済如来不領悟
閻魔知機不契

318 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 09:55:56.04 ID:Is/MfZv9
>>301
>空とは、もっと正確には無自性と言うこと、それ自体の性質というものは
>ないということ。。

そんなことは、中論第一章に明文で書かれているいるから、言われなくても
判っている。現代人が仏典を読む以上、現代人の知識と知恵を以って解釈し
批判すべきである。時代も全く異なる仏典の言葉だけに盲目的に依存すること
には何の意味も無い。「無自性とは何か」を現代人の知識と知恵で追求して
こと、初めて意味がある。

>>301
> まあ空と言うのはね、A=Bみたいな人の認識が間違ってる、成立しえない
>ということを言ってるんじゃないかね〜?

そんなことではない。Aが知覚された具象物、Bがその具象物を分別、特定、
指示する「共同体の合意に基づく記号」ということで、世の中では完全に
成立している。成立しないのは、Aが具象物ではなく、百人百様の観念に
過ぎない宗教の言葉(記号)。単なる記号に大層な意味を持たせようとする
から、そうなる。

319 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 09:58:41.45 ID:2MmC3gPU
>>313
>しかもかくのごとくなりといへども、華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。

悟っても上記に観えるのは悟っていなければ判らない
それは悟後の人も凡夫と目線が同じだからだ
しかし上記の文には前段があり

>佛道もとより豐儉より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生佛あり。に掛かる言葉である

豊険より跳出せるとは「豊かにして倹約を怠らない、慎ましやかな生活」の事でそこから離脱した、と言う意味
仏伝にあるその様な人と言えば第一人者は一人しか居ない、何不自由無い王宮生活を捨て去った釈尊の事だ
その釈尊が、生活に困ってなくても実際として苦悩は絶えない事を四門出遊の故事の如く知り
苦悩からの脱出法を求めて出家した、だから生滅を問題として考え、迷悟を問題として考え、
生きたまま仏となれる方法を問題として考える、そんな既に聖人君子の様な身の釈尊と言えども
華はどんなに愛おしく惜しがっても散っていき、草は意味も無く生え渡っていると見えていた、と言っているのである

閻魔は何故この文を勝手な解釈で読んでいるんだろうか
不思議でならない

一回、閻魔版の現代訳にしてみてくれないか

私はペンキを塗っているのではない、お前の悪戯描きを消して歩いているのだ

320 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 10:00:18.32 ID:Qe2IP03d
悟りは知らんが涅槃についてなら書いてあったぞ。問答無用だろ


1086 (ブッダが答えた)、「ヘーマカよ。この世において見たり
聞いたり考えたり識別した快美な事物に対する欲望や貪りを除き去ることが、
不滅のニルヴァーナの境地である。

1094 いかなる所有もなく、執著して取ることがないこと、
──これが洲(避難所)にほかならない。それをニルヴァーナと呼ぶ。
それは老衰と死との消滅である。

321 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 10:09:31.32 ID:0zM+DpCJ
>縁起って俺の解釈でいいですか、要するに素材に分解することですよね。
違うよ。縁起は因果関係か相関関係(相互依存、相依性)のことを言う。
 
違わない。例えば机は木と釘とそれを作る人間によって成り立っている。

>竜樹は、実体があっても変化し、縁起する可能性を認めている。

竜樹は実体があるものは変化しないといっている。

>苦楽は空であるということを直感する道具として必要だろう。
しかしそれだけでは足りない。苦が完全に滅していない。

苦は存在しないものであると悟る以外に苦を滅する事はできない。

>竜樹は、有と無とを関係させ、世界を空(無)にする。
 
そうではない。この目で見ているものは全て仮の姿であって実態は空であることを
哲学的に証明したのだ。
 

322 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 10:15:50.78 ID:2MmC3gPU
>>320
>云々の欲望や貪りを除き去ることが、不滅のニルヴァーナの境地である。

欲望や貪りは何が原因か?人の心であり思いが原因である

> いかなる所有もなく、執著して取ることがないこと、──これが洲(避難所)にほかならない。それをニルヴァーナと呼ぶ。
>それは老衰と死との消滅である。

>いかなる所有もなく、執著して取ることがない

人がもしそうなったらそれは非情なる生物となる
老衰や死も人が心で思う概念である、非情の事物に概念などそもそも無い

これらに気付く事が即ち悟りである
涅槃とは非情だけが存在するこの世界の事である
それをそのまま涅槃と出来ないのは心が有るからで
閻魔が必死に繰り返す「思いからの解脱」も是を意味する
一切の思いから解脱出来たその場所、つまりこの世界のもう一つの一面こそが
涅槃なのである、路傍の石ころに自我は無く、他の石ころを認識できず、自分が石ころである事も知らない
石ころは不平不満を言う口も意思も持ってない、心を持たない一切の事物は既に涅槃にある
有情だけがその事実に気付けない、心有る故に

323 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 10:48:01.70 ID:2MmC3gPU
私はこれらの事を悉く悟り到ったので解脱したと言っている
如来は言語を用いられない、意思も口も持ち合わせて居ないからだ
如来は一切衆生全てが如来なのであり、誰彼では無い
私は仏ではない、まだ誰も済度出来ていないので凡夫のままである
誰も信じまいと私は行に於いての智慧によって解脱出来たのである
これは私以外に知る由は無い事実であるが、解脱は方法さえ間違わねば
誰でも容易に可能である、と断言できる
出家しなければとか、寺に篭らねばとか、師匠に付かなければとか
そう言う事と解脱は別の問題であり、解脱は自分自身が自分だけを以って達成する問題なのである
誰かの助言が必要な事も有るだろう、しかし、悟るのは自分なのであり他人ではない
他人の悟りも自分には直接役に立たない、満腹を他人が代わりに得られないのと同じであるのだから

324 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 11:38:13.45 ID:NZl69G/R
私が書いている事は全て戯論なので、鵜呑みにしなくて良い
ただ、悟りは実際に起こり、解脱は実際に現象する、それを私は証言しているに過ぎない
それらの真実は全て、釈尊由来のお説を尋ね、自らを洲とし法を洲とし他のものを洲としない行を行って欲しいと願うばかり
正しいのは私ではなく釈尊の教えが正しかったのである
釈尊が正しかったからこそ龍樹尊者も正しく中論を起こせた訳で
中論などが正しかったからこそ、北伝仏教の数々も正しかった事となる
勿論南伝仏教も他聞に洩れず正しかった事は言うまでもない

見るべきは私の書き込みではない、仏典である
疑うべきは私の書き込みではない、仏典である
仏典は読んだだけでは戯論のままであり虚妄のままなのである
それを真実と証明するのは君たちの行いなのである
私を非難しても何の意味も無い
自分の解脱は自分にしか達成できないのだから

325 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 11:45:27.44 ID:YpTraikB
>>322-323

>有情だけがその事実に気付けない、心有る故に

そうか、なら何の為に心があるのだ。
生き物というのは、そんな大きなミスを犯さないと思わないか。

心がある。素直にその事実に気付きたくない、ではないのか。

つまり、君は事実に気付けないと言ってのけるが、
実は、君が事実を認めたくないので、心を例えば妄想だという
自己都合レベルのレッテルだけで言葉のトリックを使い、
片付けたいのではあるまいか。

核心に迫りつつあるので、逃げないで
出来る限り答えていただきたい。

釈迦はスジャータ。

326 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 11:47:28.09 ID:hCcfmskc
スジャータ スジャータ 白い広がり 
さわやかスジャータ
やさしいスジャータ
スジャータ スジャータ

327 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 12:00:00.67 ID:SmJ3BUti
>>325
この世界はあらゆる照明と太陽などを一切消し去ったら真っ暗闇なのが現実です
同じ様に、この世界の大多数は人間の心や草木獣の本能などを除けば、身体も含めて一切が全部非情です
非情で成り立っているこの世界で心が文句を並べている、それが現実なんですよ
社会を作り動かしはじめたのは心ですが、それを実際にしたのは行いと言う非情な作用です
心は偉そうにこの世界の支配者の如く振舞っていても、実は非情の作用を使わなくては何も出来ないのです
だから一切法無我な訳で「仏法は無我にて候」なんです
偉そうな心も実のところ実体などないので、心も非情に動く脳の成果でしかないのです
脳も非情で動く心臓に助けられていて、結局心など脳と心臓とその他の臓器で
実感を助けられて仮初を感じてるだけなんです
それが「今」と言う現実なだけです

お粥は飽きるんです
乳粥は本来あんまりす、何でもありません

328 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 12:46:31.46 ID:YpTraikB
>>327
生き物というのは、そんな大きなミスを犯さないと思わないか。

とは、生き物には無駄がないという意味だ。

これは、生物学からして、特殊な話しではない。


さて君は脳が好きそうなのでそこに合わせて話しすることにする。

脳はほとんど解明されていないし、人は脳を使いこなせていないと言われているのだが

>偉そうな心も実のところ実体などないので、心も非情に動く脳の成果でしかないのです

解明もされていない脳に依存しながら、君が偉そうに語っていると感じたことはないか?

そして解明されていない脳、さらにその脳が支配している心と、想定した上で

排除せよ、とでも言うのかな。

事実から入れ(笑)

329 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 13:09:02.94 ID:SmJ3BUti
>>328
それは誰の考えですか?
あなたの考えなんじゃないですか?
脳は解明されてなくても自分と言う実感は感じていますよね?
感じてないんですか?
この世界は真実の理由より先に、先ず効果が現れるんです
未解明な事象など沢山ある訳です
でも効果は厳然と出ていたりしています
例えば未解明が多い脳に「私」を実感しているとか
事実から入りましょうよ

解ろうと解るまいと効果が有るものは出てしまうんですよ
そんなのは自然の事ですから人間の知る知らないに因らないんです
脳は心が無ければ静かなもんです、病院に行けばそう言う人もいるでしょう
喋れもしません、それが現実です
私たちが「私」と実感しているのはそんなとらえどころも無い心なんです
心は脳の計算結果に過ぎません

330 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 13:17:57.83 ID:YpTraikB
>>327

>お粥は飽きるんです
>乳粥は本来あんまりす、何でもありません

飽きたんだね。

それは、そのお粥に飽きたのではないよ。

そのお粥を運んだ者(出会い)がスジャータでなかったので、いつまでも欲求不満なのだよ(爆笑)

だから人間は質なのだよ。

単に料理で飽きたり、糖尿病になれと言っているのではなく、

自分側がまず、君が今呼吸しているように、美しく綺麗な舌で味わえ。

スジャータに出会うには、目の前のスジャータだ。


君は今呼吸していなければここに書き込むこともできない。

そこからだ。

君が余りに傲慢というのか、偉そうなので(笑)、こんな顔のものも→(^.^)

今こんな顔で→(^▽^♯)

331 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 13:45:12.10 ID:SmJ3BUti
>>330
>君は今呼吸していなければここに書き込むこともできない。

その呼吸はあなたですか?
あなたが呼吸を支配してるのですか?
呼吸をしなければ生きられないのは、呼吸があなたじゃないからでしょう
あなたこそ自分で行う呼吸に支配されているんです
その支配をあなたの意思で破ってみてくださいな
いかがですか?
一日ほどあなた自身の呼吸をあなたの意思で完全に止めてみてください
きっと十数秒程であなたの実体無き心が騒ぎ出すはずです
それを認めないあなたの方が傲慢と言わざるを得ないでしょう

あなたの目的は解りました
これ以上解答する義務も無いでしょう\゜^( Д )^゜/アッヒャヒャヒャーw

332 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 13:58:46.25 ID:YpTraikB
>>329
>脳は解明されてなくても自分と言う実感は感じていますよね?
>感じてないんですか?

脳が好きな君も、解明されていないが感じるということは分かっている。

>この世界は真実の理由より先に、先ず効果が現れるんです
>未解明な事象など沢山ある訳です
>でも効果は厳然と出ていたりしています

そうだね、果が現れている。

>例えば未解明が多い脳に「私」を実感しているとか
>事実から入りましょうよ

そうだ、実感する事実に私は困らない。

君が困っているのだろう、その事実に。

333 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 13:59:54.44 ID:1Fcprdza
>>320
>聞いたり考えたり識別した快美な事物に対する欲望や貪りを除き去ることが、
>不滅のニルヴァーナの境地である。

欲望は肉体のみから発し、状況に応じて肉体(生命)を維持するために不可欠
な機能。

欲望を人為的に抑制することは、涅槃どころか苦の極致、地獄であり、最悪の
場合は、最大の苦としての死にいたる。欲望は、肉体の維持に必要な限度まで
満たされれば、自ずから止む。釈迦は、全くの誤り。

334 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 14:08:14.15 ID:1Fcprdza
竜樹は、「何故、物を盗んではいけないか」の理由を、「物質の、生命の維持に対する
不可欠性」の見地から説明している。

さすがと云わざるを得ない。

335 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 14:28:37.50 ID:Qe2IP03d
>>333
その通りで生存欲求の否定に他ならない。
人間は生存欲求のみで生きている。
心というものは無い。

336 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 14:54:58.45 ID:pdAcSVQY
>>332
釈迦はスジャータ
これはすごいな。慧眼だよ。

無情に非ず、脳否定に非ず。
一杯の乳粥が心(大心)の方向を正す、だね。

337 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 15:04:24.14 ID:YpTraikB
>>331
>その呼吸はあなたですか?
>あなたが呼吸を支配してるのですか?
>呼吸をしなければ生きられないのは、呼吸があなたじゃないからでしょう
>あなたこそ自分で行う呼吸に支配されているんです
>その支配をあなたの意思で破ってみてくださいな
>いかがですか?

いいえ、君は、脳の能力(笑)に、つまり心もその範囲に入るらしい、
振り回されている、支配されているというような
ことは言いましたが、

呼吸の事は、私はそのように言っていませんが、自分都合で変えるな。

呼吸は、君が今ここに書いているというその事実だ。

338 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 15:09:30.75 ID:1Fcprdza
>>336
釈迦の肉体の欲求が満たされたから、心の方向が正されただけの話。

心とは、「状況に応じて肉体(生命)を維持するための機能。あくまで、肉体に
奉仕する機能」であることを忘れてはならない。心のために心をp使うのは、
「心の目的外使用」「心の濫用」「心のオナニー」に過ぎない。

339 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 15:24:11.88 ID:1Fcprdza
どのような問題でも、「肉体(生命、生存本能)」を基盤として考えれば、
正しい解答が速やかに、かつ容易に得られる。心を持ち出したらダメである。

ある宗教学者は、宗教お決まりの内部紛争を防ぐために、「論題を身体に関する
ことに限定する」ことを提案している。

340 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 15:24:13.93 ID:YpTraikB
>>338

>心とは、「状況に応じて肉体(生命)を維持するための機能。あくまで、肉体に
>奉仕する機能」であることを忘れてはならない。心のために心をp使うのは、
>「心の目的外使用」「心の濫用」「心のオナニー」に過ぎない。

さてさて、なら生き物である我々にはこんな心など要らない。
なので、君も心はいらいないと、言い放っているのだが、
顛倒しているのだよ。

君がいらないといいはっても、現にあるからだ。それを事実と言う。

不要なものは、というか生きるに不必要であれば、脱落するのだよ。

人間という生物はなぜ、心があるのだ。

スジャータと会おう、君も素直であれば逢える。

341 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 15:32:49.94 ID:1Fcprdza
>>340
>人間という生物はなぜ、心があるのだ。

馬鹿ですか。すべての動物には心はあるよ。どんな小動物でも、捕らえようと
すれば必死で逃げる。障害物があれば避ける。食物には近づく。

大切なことは、人間以外の動物は、同属同士で、生存に無関係な殺戮は行なわない
ということだ。この意味で、宗教者は文字通り「獣にも劣る存在」。

342 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 15:56:13.92 ID:1Fcprdza
人間以外の動物は、心を肉体(生命)の維持以外には使わない。即ち、肉体と心とが
直結している。これがまさに、閻魔氏のいう「直接現実」。人間でも、例えば究極の
飢餓状態にある時は、食物の分別やえり好みなどしない。食べられる物は、何であっても
飛びつく。まさに直接現実の世界ではないか。

しかし、人間は、仮に究極の飢餓状態にあっても、「人間の肉」は食べたがらないのは
何故か。当代切っての哲学者であるレヴィナスが提起した命題である。

343 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 15:58:58.87 ID:YpTraikB
>>341

>馬鹿ですか。すべての動物には心はあるよ。どんな小動物でも、捕らえようと
>すれば必死で逃げる。障害物があれば避ける。食物には近づく。

心を限定して話していたのか。
そういう態度は脳の事も解明されていないのに、すっ飛ばして傲慢で
スジャータの智慧に会えない。
事実だよ。、

君のように見分けがつかないモノが女性(男性)に出会い、
その相手が心がぶさいくであっても見分けもつかず、
ひと時セックスに溺れても
・・・そうしていま虚しいだろう。

そして、そのあげく仏教を自己都合で解釈するに至ったのか。

それが、アサハラなんだよ。

虚無と仏教は、別なのだ。
アサハラのように恨みにあれば、
解釈を自分本意にとことんして、恥じないということに注意して下さればと思っている。




大切なことは、人間以外の動物は、同属同士で、生存に無関係な殺戮は行なわない
ということだ。この意味で、宗教者は文字通り「獣にも劣る存在」。

344 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 16:04:26.39 ID:YpTraikB
すまない。

最後の
>大切なことは、人間以外の動物は、同属同士で、生存に無関係な殺戮は行なわない
>ということだ。この意味で、宗教者は文字通り「獣にも劣る存在」。

は私のはなしではなく、>>341の投稿だ。
そこにもレスをつけようと思ったが、字数で。

申し訳ない、この文章に関して今からレスする。

345 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 16:14:28.33 ID:pdAcSVQY
>>343
> 心を限定して話していたのか。
> そういう態度は脳の事も解明されていないのに、すっ飛ばして傲慢で
> スジャータの智慧に会えない。
> 事実だよ。、
> 君のように見分けがつかないモノが女性(男性)に出会い、
> その相手が心がぶさいくであっても見分けもつかず、
> ひと時セックスに溺れても
> ・・・そうしていま虚しいだろう。
> そして、そのあげく仏教を自己都合で解釈するに至ったのか。
> それが、アサハラなんだよ。
> 虚無と仏教は、別なのだ。
> アサハラのように恨みにあれば、
> 解釈を自分本意にとことんして、恥じないということに注意して下さればと思っている。


虚無と仏教とは別だ。
涅槃を偶像化して、あらゆる命の働きを
=無とする人間が多い。その精神質は単なる逃避者だろうさ。
偶像化して観念過剰に陥っているよ。

346 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 16:38:25.42 ID:YpTraikB
>大切なことは、人間以外の動物は、同属同士で、生存に無関係な殺戮は行なわない
>ということだ。この意味で、宗教者は文字通り「獣にも劣る存在」。

@
>大切なことは、人間以外の動物は、同属同士で、生存に無関係な殺戮は行なわない
>ということだ。

    ↑  ↓

A
>この意味で、宗教者は文字通り「獣にも劣る存在」。

Aは@の宗教者に対する説明になっていない。 
印象操作だ。

ID:1Fcprdza氏


上記の君の話しのレベルなど、ここの住人の少なくとも3分の1は
問題外にしているのだよ。

君は宗教がらみのような世界中でおこっている殺戮をどうかとめられないかと、
すごくやさしい気持ちで発言している。

その君の心を否定してどうするのだ。
混乱するな、しっかりしなさい。

347 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/16(水) 17:11:12.22 ID:v9VEslGn
> 学ぶ事無くただ太るだけの嘘ばか狗、【嘘臭】(; -y-)ツ)) クチャイクチャイ♪

無字の公案
新参の修行僧、問う、門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
師、答える、有。
古参の修行僧、問う、門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
師、答える、無。

野狐の公案
修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法に落ちず(不落、ふらく)。
修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法くらまされず(不昧、ふまい)。

同じ事をこの二つの公案は老婆親切にも姿を変えて、問い、答えている。

バカ狗でもやる気があるならこの公案に真っ正面からぶつかってみなよ、おとこだろ。!?
誰がどう言った、あの本にはこう書いてあると聞きまわり、ただ飯が無いかと鼻をうごめかして臭いを嗅ぎ回るな。
終生、粘着に終わるだけなら、佛縁も無いのだろう。

348 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 18:44:20.10 ID:avv6l44w
何故心があるか? 何処にあるんだ?
無いのに有るって勝手に思ってるだけだろ

349 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 18:50:55.57 ID:yQxaGMxv
にわかに自演をして
「規制をすると周辺のホストも書き込めなくなるのです」
とまことは言った。
やがて管理人が出て来てホスト一致が一致していると伝えるや否や
「ホストが一致したからと言って同一人物ではないのが常識です」
と、まことは言った。

350 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 18:52:18.47 ID:yQxaGMxv
にわかに自演をして
「規制をすると周辺のホストも書き込めなくなるのです」
とまことは言った。
やがて管理人が出て来てホストが一致いると伝えるや否や
「ホストが一致したからと言って同一人物ではないのが常識です」
と、まことは言った。

351 :ろん:2014/04/16(水) 19:03:06.51 ID:rN3cEApY
>>318
いや、あなたは全然わかっていないと思う。。

具象物そのものがない、というのが実体の否定、知覚された時点で、実体視してしまうその認識が誤りだということだ。。

空がわかったら、自己も消え、仏典も消え、仏法もなくなるはず。。

空がわかってなぜあなたはそんなものに拘っているのか?
まるで、おもちゃを手放そうとしない子供のようだ。。

352 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/16(水) 19:16:37.89 ID:pVL/hL6V
>>293
>仏教もキリスト教も本質は同じだと思うんですよ。
正反対だろ。キリスト教は神を認め、仏教は神を認めない。

>世界は神が作り出した虚構(空)である・・・これがキリスト教です。
>世界観は見事に一致しています。
世界は神が造り出した現実・・・これがキリスト教。
コレ悟りはまだまだ研究不足だなw

353 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 19:30:02.37 ID:tFI1LLyX
野狐の公案 等を見ていますと
 Q修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
A師、答える。因果の法に落ちず(不落、ふらく)。 輪廻なんかには落ちませんよ 輪廻はありませんよって奴は 何回も野狐として生まれ替わる。
 Q修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
A答える。因果の法くらまされず(不昧、ふまい)。
→ 輪廻なんかは不味 三昧の一味にもなっていない状態 輪廻自体は悟りじゃねえぞと言ってるように
読み取れるのですが

354 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/16(水) 19:31:14.92 ID:pVL/hL6V
>>292
>いやいや、存在じゃなくて、認識上の対象を否定するのが、空だろ。。
>認識そのまんまでいいなら、仏法など要らんだろうし。。
 
存在(現実)があってこその認識ではないだろうか。
存在を無視して法は成り立たない。存在に苦を感じ、苦を認識するから、
その苦を解決するために、仏教が誕生したのではないか。
  
存在の真実は、五感によって検証され、論理によって検証され、
過去の経験によって検証される。それでもダマされたら、
それはもう、勉強代だと思って諦めるしかない。

355 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/16(水) 19:33:14.68 ID:v9VEslGn
第七十三則  【馬祖白黒】  まそ はくこく

『 僧が馬大師に質問します、有無をあらわす四句を離れ、非非非・・とつらなる百非をも拒絶して師にお願いいたします、このわたしにだるま大師が中国にやってきた意図をご教授ください 」
馬祖 「わたしは今日は疲れているので、おまえのために説明することができないのだよ、智藏のところに行って質問しなさい」

僧は智藏に質問します。
智藏 「なぜ馬祖和尚に質問しないのだ? 」
僧 「馬祖和尚はここに来て質問しなさいとおっしゃりました 」
智藏 「わたしは今日は頭痛がするのであなたのために説明することができません、兄弟子の百丈のところに行って聞けばよいでしょう」

僧は百丈に質問します。
百丈 「わたしもいろいろ考えたけど、まだわかりません」

僧は馬大師にこの経緯を報告します。
馬祖 「智藏は頭が白く、百丈は頭が黒いな」 』

☆彡 何を改めて問うのだ、ほれほれ、ここも、そこも、あっちも。。

356 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/16(水) 19:57:21.00 ID:pVL/hL6V
>>299
>釈迦とは違って、竜樹は「無我」「無」などというアホなことは
>一言も言っていないよ。量子力学的に言えば、・・・
>残念ながら、釈迦とは異なり、竜樹には矛盾はなかったw。
 
中論24.18「どんな縁起でも、それをわれわれは空と説く。
それは仮に設けられたものであって、それはすなわち中道である。」
竜樹は、人間を縁起する存在とし、人間には実体が無い、無我、
すなわち空であると説いている。無我を説いてないどころか、
無我こそが竜樹思想の核心になっている。
論理矛盾、我をもって無我を説いたのは竜樹に他ならない。

357 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/16(水) 20:09:24.45 ID:pVL/hL6V
>>321
テーマを絞って、キミの考えを展開してくれないと話にならない。
ふーん、キミはそう思い、そう考えるんだ、で終了してしまう。
自分の考えを語るなら相手するよ。

358 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 20:14:42.50 ID:1Fcprdza
>>351
>具象物そのものがない、というのが実体の否定、知覚された時点で、実体視
>してしまうその認識が誤りだということだ。

人類は、その発生以来、その五感の知覚により、実在・非実在(具象・観念)を
「一義的に」判断することによって「のみ」、生存を続けており、人間は具象物
(実在)に100%依存しない限り一瞬も生存できないのだから、君がいくら
そんなことを言っても無駄。それは「世間の一切の慣習に反する」。中論で
何度も戒められていること。

君のは、中論の「無自性空」の理解などではない。中論の「入門書」としての
「龍樹」(中村元著)くらいは、まず読んで理解してね。

359 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/16(水) 20:28:09.20 ID:v9VEslGn
>>355 碧巌録 第七十三則 馬大師の四句百非

垂示に云く、夫れ法をくとは、くこと無く示すこと無し。其れ法を聽くとは、聞くこと無く得ること無しと。
くもにくこと無く示すこと無くんば、爭かかざるに如かん。
聽くもに聞くこと無く得ること無くんば、爭か聽かざるに如かん。
而るにくこと無く又た聽くこと無きも、却って些子く較えり。
只だ如今人、山が這裏に在いてくを聽くに、作麼生か此の過を免れ得ん。
透關の眼を具する者、試みに擧し看よ。

擧す。
馬大師に問う、四句を離れ百非を絶して、う師、某甲(それがし)に西來意を直指せよ。
馬師云く、我今日、勞倦たり。汝が爲にくこと能わず。智藏に問取いに去け。
智藏に問う。
藏云く、何ぞ和尚に問わざる。
云く、和尚、來たり問わしむ。
藏云く、我今日、頭痛す。汝が爲にとくこと能わず。海兄に問取いに去け。、
海兄に問う。
海云く、我れ這裏に到って却って會せず。
馬大師に擧似す。
馬師云く、藏頭は白く、海頭は黒し。

藏頭白、海頭黒、明眼衲會不得。
馬駒蹈殺天下人、臨濟未是白拈賊。
離四句、絶百非、天上人間唯我知。

藏頭は白く、海頭は黒し、明眼の衲も會すること得ず。
馬駒蹈殺す天下の人、臨濟未だ是れ白拈賊にあらず。
四句を離れ百非を絶す、天上人間唯だ我れのみぞ知る。

360 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 20:30:05.82 ID:1Fcprdza
>>356
「竜樹は、釈迦の縁起に全く新しい意味を与え、それを換骨奪胎したのである」
(中村、三枝)。

西洋の仏教学者たちも、「同じ宗教でこれほど異なるとは、世界宗教史上稀有の
例」と述べている。

釈迦の縁起と中論の空とは全く異なる概念だから、常に区別すること。両者を
混同してはならない。

釈迦の縁起は、単なる「一方向的因果関係」。忌むべき業報論を導くための
論理に過ぎない。「因果関係」なら、原始人でも、幼児でも知っていること。
「火に手を近づけると火傷する」w。

361 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 21:41:45.25 ID:IuKEqcpi
>>360
>釈迦の縁起と中論の空とは全く異なる概念だから、常に区別すること。

概念の違いの説明を宜しく。
マクロ(釈迦)をミクロ(龍樹)で詳細説明したって事なら概念は同じになる。
そうじゃないなら説明宜しく。

中論の趣旨は、
「衆生も四諦も因果も如来も、亦た空さえも、一切は皆無であり、空である」
というような誤った論理によって解釈されてきた事を正したに過ぎないと思うんだが?

>「一方向的因果関係」。忌むべき業報論を導くための論理に過ぎない。

業報は忌むべきなのか?
業は行い・報はその業に於いての果報の事なんだが、
君は人間に生まれたと言う業に従って人間の生活を営んで果報を受けている。
何か問題でもあるのかな?

362 :竜樹菩薩のカン違い:2014/04/16(水) 21:56:55.78 ID:pVL/hL6V
>>360
>「竜樹は、釈迦の縁起に全く新しい意味を与え、それを換骨奪胎・・・
>釈迦の縁起と中論の空とは全く異なる概念だから、常に区別する・・・
これらのことは、このスレの常連なら常識に過ぎない。
 
>釈迦の縁起は、・・・忌むべき業報論を導くための論理に過ぎない。
>「因果関係」なら、原始人でも、幼児でも知っていること。
どちらもそうだとは言えない。これらの主張は誤り。

363 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/16(水) 22:23:03.33 ID:3DFjnHqj
>>300-301
なんか難しいな・・・
要するに空=夢の連続=輪廻でいいな!

よし!俺も成長したぞ〜

364 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 22:30:31.64 ID:IuKEqcpi
>>362
>釈迦の縁起に全く新しい意味を与え、
>このスレの常連なら常識に過ぎない

常識では無いと考える。

龍樹曰く
>いかなる教えも、どこおいてでも、誰のためにも、ブッダは説かなかったのである。(観涅槃品二十五)

釈尊は道理に於いて道を示し、その道に迷った輩が愚考愚論を呈し一般化してしまった為に龍樹が正した。
それだけの事であると考える。

365 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 22:32:48.04 ID:tFI1LLyX
釈迦の「空」
//www4.tokai.or.jp/kyuguan/mutoku/16_03shaka,kuu,html.html
釈迦は全く「空」という言葉をつかってないのではありません。短い経を集めたスッタニパータ、
ウダーナヴァルガにもこの言葉は一、二散見されますが、正面から取り組んだというものではありません。
原始仏典の中に「小空経」「大空経」というのがありますが、これも「空」の心境や、
それを求める修行を述べたもので、本質的なものではありません。ただ「小空経」では側近のアーナンダに対し、
空の心境について「観念があるのでも観念が無いのでもない境地」として、全ての意識を超えた精神集中を
教えます。「大空経」では「いかなる外相にも心を向けず、内に空である状態」を求めよ」と説きます

366 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 22:51:25.60 ID:IuKEqcpi
>>365
>「いかなる外相にも心を向けず、内に空である状態」を求めよ

所謂誤解された空観と言う奴ですそれ。
求めるべきは「空」と言う境地なんだと誤解されてしまった。
だから龍樹は正すために中観を示したに過ぎない。
中観の土台は釈尊の中道なので何も変わった事は無い。
ただ、詳細に龍樹は指摘し正していっただけなのである。

>衆生を引導するが故に、仮名の空を以って説いた (観四諦品第二十四)

367 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 23:10:44.84 ID:IuKEqcpi
>>365
そのサイト

>「空を悟ればあらゆる苦から即時遁れられる」としました。般若心経でお馴染みのものです。

間違ってますね。
般若心経は空を悟れとは言ってない。
涅槃と言う状態があって心の平安は涅槃で叶うと教えてる経典です。
涅槃がそもそも何かを説明するに当たって、先ず色即是空 空即是色を以って、
この世界の事物事象一切には実体が無い事を教え、実体無きものとはどの範囲の事物を言うのかを教え、
それらに心惑わされていたから苦悩に苛まれていたと言う事実を教え、結論として涅槃に到れば、
一切の苦悩は悉く滅するので真の静寂な平安に到れる、と教えている。

空とは現象が縁起によって刻々と変化する性質自体を言うのであり、
現象が縁起出来るのは、永遠に固定した実体が無い=空だから縁起するのです。
空は縁起する現象を角度を変えて言ってるに過ぎず、縁起するから空なのです。
故に空を悟っても解脱にはなりません。

368 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/16(水) 23:26:28.35 ID:3DFjnHqj
>>352
>>正反対だろ。キリスト教は神を認め、仏教は神を認めない。

釈迦は神と会話できたんですよ〜
その神との対話はちゃんとお経として残ってます!

>>世界は神が造り出した現実・・・これがキリスト教。
>>コレ悟りはまだまだ研究不足だなw

・・・ちくしょう!おぼえてやがれ!寝る。

369 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 23:29:26.25 ID:IuKEqcpi
ttp://www4.tokai.or.jp/kyuguan/mutoku/16_03shaka,kuu,html.html

このサイトは拙いですね。
殆ど誤謬の塊です。

>釈迦は因縁の断絶は一つずつ努力して断ち切っていくものとして、長期間の厳しい修行の必要を言います。
>欲望を絶つことはそれ程難しいのです。釈迦自身も「小さな煩悩はいかに悟ろうとも、残るものがある」として、
>悟りを開いた後45年間も遊説と乞食の修行を続けたのです。

悟りとは変身の術とか整形手術とか、物理的に何かが変わる事ではありません。
仏道を根本にして智慧によって悟り、解脱するのが所謂「悟り」と言われてる状態です。
煩悩も便宜的には「吹き消す」とか消し去る様に言われてますが、無くならせる訳では無く、
発生原因を智慧によって悟り、なるべく起こさない様に、起き易いものはより小さく、
避けられるものはなるべく避けて煩悩を見切るのが所謂「吹き消す」と言われた実態なのです。
>悟りを開いた後45年間も遊説と乞食の修行を続けた
この理由も「悟っても体は何も変化してない」からなのであり、仏道は智慧を用いて除悪に勤める訓練であるからなのです。
智慧がなければ煩悩を先回りして封じる事はできません。

370 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 23:30:41.95 ID:cmlhsTnG
世界を作るのに神はいらない

371 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 23:34:23.35 ID:IuKEqcpi
庭前の柏樹子。

372 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 23:51:39.06 ID:1Fcprdza
>>361
>概念の違いの説明を宜しく。

中論第一章を熟読し理解すれば、釈迦の縁起とは似て非なるものであることが
判る。
まず第一章は「もろもろの存在」という言葉で始まる。存在(実在)を大前提
としている。
釈迦の、「これがあるときに、あれがある」を「明示的に」否定している
(1:10)。これだけでも、釈迦の縁起の全否定である。原因・結果の
概念も否定している。
若し、「無」を認めるのなら、わざわざ「無『自性』」という言葉を使う必要は
ない。
輪廻転生が不合理なのは、善・悪いずれもなした者(すべての人間がそうで
あろう)に対する回答が一切不可能だからである。
そもそも釈迦は、「世界を空と『観ぜよ』と言っているが、これは世界が
空ではないことを前提とする。空であれば、強いて「空と観じる」必要は
ない。また「非我(我にあらず)」は、比較対象としての「我」の存在を
前提としているではないか。
また、中論は、「世間の一切の慣習」に反することを何度も戒めている。
釈迦には、このように、世間(衆生)を無条件の前提とする言葉はない。
「覚者」と「凡夫」との二項対立、人間差別である。また「生死の世界(即ち
世俗界)は涅槃といかなる区別も無い」などという思想は、釈迦にはない。
極め付きは「如来の本性であるもの、それはそのまま生類の本性(即ち、生命、
生存本能)である」。釈迦のどこに、このような生命観があるか。
中論の思想は、極端に云えば、すべて釈迦の思想の対極をなすものである。
「いかなる法も、どこにも、誰に対しても、仏陀は説かなかったのである」
25;24)。
大乗と小乗とが思想において本質的に異なるのは、大乗が中論から発生した
からである。大乗には、もはや「釈迦個人崇拝」の要素はなく、釈迦個人は、
「より高次なるものの象徴」として、単なる「飾り物」の地位に追いやられている。

373 :神も仏も名無しさん:2014/04/16(水) 23:56:56.78 ID:cmlhsTnG
自然法則以外すべて妄想または妄想をもとにした戯れ。

374 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:05:35.48 ID:jlHGzDuE
キリスト「教」を相手にしちゃいけない
キリストの精神を捻じ曲げて180度正反対にしているのがキリスト教だから
キリスト教なんて知ろうとする必要はない
頭の悪い人がキリスト教やオウムに入る

375 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:06:13.47 ID:SoZ9rJp4
>>372
>まず第一章は「もろもろの存在」という言葉で始まる。存在(実在)を大前提としている。

中論1章観因縁品
主観のものでもなく、客観のものでもなく、関係ない訳でなく、理に合わないものはない。
目の前のものが、在りのまま見えるだけであり、一切のものは、現実の存在、実在する訳ではない。

最初からあなたはボタンの賭け違いをしているので、後段も然るべしです。

376 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:06:33.66 ID:qor1ZsIw
次元が高くなると物事はどんどん単純化してつまらなくなる。
複数の微分構造を持つのは3次元と4次元のみである。

377 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:07:10.05 ID:Go2oiYMI
>>373
そうだね。中論は、「物理現象は不可得であり、物理現象に関する何らの分別も、
分別すべきではない」(4:4、4:5)として、物理現象も無条件の前提と
している。

378 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:14:03.86 ID:ZqYVLzBl
>>373

自然法則だが、人間はその自然法則に精神活動(心)が現存している。

事実だ。

ならば、自然法則以外のその以外に該当するのは、心そのもではないではないか。

とこんなお顔が→(^^♯)今宵いみじくも言っておるではないか。

379 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:17:05.46 ID:SoZ9rJp4
仏法出世間・無分別の境は釈尊が放った見解ですよ。
龍樹尊者はこれにちゃんと稽首礼拝して称えています。

>不生亦不滅 不常亦不断 不一亦不異 不来亦不出 
>能説是因縁 善滅諸戯論 我稽首礼仏 諸説中第一

戯論を無条件に滅せられるのは議論ではなく涅槃だけです。
その涅槃や出世間・無分別・空・縁起・如来ともどもに共通しているのが、
不生亦不滅 不常亦不断 不一亦不異 不来亦不出の所謂八不の見解です。

これが解らなかったり否定すればそれは中道を否定する事になります。

380 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:19:21.61 ID:SoZ9rJp4
仏法を知らない人や良く解らない人は、普通こう考えるでしょう。

「私とは一体何なのか?」

で、大抵ググったりして「我思う、ゆえに我あり」とデカルトさんに出会ってご満悦したりする訳です。
それで一応「私」の何たるかは解った気がするでしょう。
しかし、釈尊は違ったんです。

「人間とは一体何なのか?」

これが、釈尊が四苦八苦の根源を探しに探した結果に辿り着いたプリミティブな疑団です。
そこで得られた結論は「思うから私はある」では無く、もっと崇高な境地を見出した訳です。
煩悩一切は「思い」から起きるのであり、思わなければ人はまともには生きられない。
そんな逃れ難い呪縛を纏った存在である人間とはそもそも何なのか?
それが解ったから釈尊は成道出来、仏教は始まり今に至ってる訳です。

381 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:22:39.62 ID:M1KePbfW
>>372
>大乗が中論から発生したから


中論以前に、既に大乗仏教は誕生確立してる筈だが?
君が、そうした歴史的具体的事実、順序を無視した発言をするとはねw

382 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:23:27.05 ID:ZqYVLzBl
心そのもではないではないか

  ↓

心そのものでは、ないではないか。

  訂正。 いつもふつつかで申し訳ない^^;

みんな元気か〜〜〜♪

383 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:25:14.27 ID:qXKkWUm8
>>278 竜樹菩薩のカン違い?
>それでは、竜樹についての、キミの考えを聞こうじゃないか。

横レスです。
・説一切有部が縁で帰謬法にて中論を起こした人。
・自称「主張は無い」ので、争いも過ちもない人。
・弟子達にみとられずに独り寂しく蝉の抜け殻になった人。
・生前よりも死後に認められて、大乗の開祖にと持ち上げられた人。

>>372
>「いかなる法も、どこにも、誰に対しても、仏陀は説かなかったのである」

如何なる法も説かなかった釈尊と、主張はない龍樹。
↑これら自己申告が方便ではないという根拠はない。

384 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:27:01.72 ID:Go2oiYMI
>>375
>目の前のものが、在りのまま見えるだけであり、一切のものは、現実の存在、
>実在する訳ではない。

この部分は、実在の「量子力学的構成」の原理。

「君の傍に横たわっている君の彼女の豊満な裸の肉体は、実は、中身スカスカの
電子の雲に過ぎないw。しかし君は、そんなことは絶対に考えない」。そんなこと
考えたら、立つ物も立たないw。

385 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:28:32.30 ID:SoZ9rJp4
>>383
>これら自己申告が方便ではないという根拠はない。

道理に迷った人に道を教えるのに主張は不要、と気付けないなら仏典が読めてない証拠だと思います。

386 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:29:46.59 ID:SoZ9rJp4
>>384
貪瞋癡を改められない俗物は去れ

387 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:32:27.29 ID:qXKkWUm8
>>385
>道理に迷った人に道を教えるのに主張は不要、と気付けないなら仏典が読めてない証拠だと思います。

道に迷った人に道を教えるのに主張は不要、なるほど。

388 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:34:46.24 ID:qXKkWUm8
>>384
「色即是空」の世俗諦の譬えには分かり易いかも。

389 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:48:04.31 ID:Go2oiYMI
>>388
「色即是空」されど「空即是色」w、

この両句を「同じ比重を以って併置した」ところが、心経の凄さである。

現在では、「空即是色」のほうが重視されていると、ある仏教学者は言っている。
まさに、「中論の空」そのままである。

390 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 00:48:36.37 ID:SoZ9rJp4
俗物の為に敢えて言うなら、

龍樹尊者や例えば釈尊が「有る」とか「実在」という場合は、
我々の言う実在(実際に目の前に存在してる状態等)とは違い
実有性を言っているんです。

実有性とは、何物に因ってもその存在が変わらない永遠性を備えたものの事で、
それは縁起しない存在となる為「実在しない」と為る訳です。
決して「目の前に見えてても実は無い」と言う「有るのか無いのかハッキリしない」事ではありません。

釈尊の見解も龍樹尊者の見解でも、目の前にあるものはちゃんと有るのです。
それは有るけど「仮和合」の状態に過ぎないとは言いますが、有るには有るんです。
我々の「実在」とは感覚がちょっと違う事に留意されたし。

391 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:04:17.48 ID:M1KePbfW
>>389
受想行識亦復如是

392 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:06:31.76 ID:Go2oiYMI
>>381
>中論以前に、既に大乗仏教は誕生確立してる筈だが?

大乗仏教の起源については、「シリーズ大乗仏教」全巻読んでかなり詳しく調べたが、
釈迦の教えに結びつく具体的なものは無いようだね。やはり中論の思想の影響が圧倒的
である。竜樹が「大乗八宗の祖」と呼ばれるのには、理由がある。

平川さんの記念碑的な「仏塔崇拝起源説」も、私の言う「釈迦の象徴化」の一例だろう。
釈迦個人ではなく、釈迦の象徴としての「仏塔」の崇拝だから。

393 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:14:15.43 ID:ZqYVLzBl
思うから私はある、デカルトか。

それは、ご満悦などという君が(<<380)
馬鹿にすることではなく、
最低限の確認であり
『思うから私はある』は、

思うに縛られているという意味ではない。

そうでなく、君が思いに縛られているから、そのような解釈をしてしまうのだよ。

元気をだせ!

君が心配する様な悪意というのか、低レベルな感情はデカルトにない。

それぐらいの心得もないから、

釈迦は 逆に君の事を心配したのだよ。

394 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:15:58.62 ID:Go2oiYMI
>>391
>受想行識亦復如是

「亦復如是」という言葉は、「受想行識」が、「色即是空・空即是色」の「準用
(mutatis mutandis)」に過ぎないことを示す。本論は「色と空」である。

395 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:20:09.36 ID:SoZ9rJp4
>>393
私を説得する事で元気が出るならご自由にどうぞ。
しかしそれでは単なる気休めにしか過ぎないでしょう。

私は間に合ってますんでお気遣いは無用です。

396 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:30:42.38 ID:Go2oiYMI
デカルトがいくら「我有り」と思っても、共同体の不特定多数人が我の身体を
知覚してくれなければ、「我は無い」。単なる幽霊。デカルトは、人間界は
徹頭徹尾「共同体」であることに思い至っていない。従って、コギトは誤り。
西洋観念論哲学の誤謬の根源である。

釈迦の「無我」も、同様な誤謬。

397 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:31:58.68 ID:SoZ9rJp4
>>394
受想行識亦復如是は、

色即是空 空即是色
受即是空 空即是受
想即是空 空即是想
行即是空 空即是行
識即是空 空即是識
是の如し

と言う意味ですよ?

398 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:38:44.17 ID:qXKkWUm8
>>390
>道実有性とは、何物に因ってもその存在が変わらない永遠性を備えたものの事で、
>それは縁起しない存在となる為「実在しない」と為る訳です。

所謂、「無為」のことですか。
候補は、如来、涅槃、縁起の法、因果の法、他各種法

399 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:40:46.65 ID:SoZ9rJp4
>>396
人間は「私」と思う以前に肉体と言う仮和合した物質の集まりですよ?
思いなど脳の成果結果に過ぎません。
共同体などと言うのも甘えからくる幻想であり、路傍の石にあれこれの分別は無く、
自己が石である自覚すらありません。
人間も心を外せば路傍の石と等価な存在なのであり、心に執着するから我執が起こるわけです。
あなたの釈尊への恨み辛みの一切も我執から起こっているのです。
共同体やらはそれを助けてくれてない、それが現実なのです。

400 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:44:43.85 ID:Go2oiYMI
>>397
だから「準用」と言っている。

法律文的に書けば、

色即是空・空即是色
「受・想・行・識にも、これを準用する」となる。

401 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:45:12.57 ID:ZqYVLzBl
>>395
説得?
プライド?(少し前に書き込みがあったね)

自分(君)がそういう性質なんだろうね、と思ったよ。

 

間に合っていてもいなくても。。。。

君は医者や家族に迷惑と言うのか、負担というのか・・・・

しかし、君がいる事で医者や家族が本当の意味で、綺麗がわかるのかもしれないね。

君に、元気を出してもらわなくては・・・

いや、すまなかったm(__)m。

402 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:47:31.18 ID:qXKkWUm8
>>398
>所謂、「無為」のことですか。
>候補は、如来、涅槃、縁起の法、因果の法、他各種法

「等誦経」にて整理された法の数は229で、先日議論された『入胎の法』はその中の一つ。

仏法では縁起(空)を説かれたが、仏法そのものは縁起しない、ということはシンプル。

403 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:51:10.42 ID:Go2oiYMI
>>399
>肉体と言う仮和合した物質の集まりですよ

そう思っているのは、君の「我{生命)」。君が死ねば、その考えも書き込みも
一切不可能。

404 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:52:41.89 ID:SoZ9rJp4
>>398
この世界に縁起しない事物事象は「実在しません」

>如来、涅槃、縁起の法、因果の法

これらは無為ですが具には縁起します。
如来は来る如く去る如く縁起し、涅槃は生死に縁起し、縁起の法は自体が縁起し、
因果の法も縁起で成り立つのです。
大局で観るならこれらは永遠に無常と観えるかも知れません。
また、永遠不滅にも見えるかも知れないでしょう。
増えたり減ったり数も定まって観えないかも知れません。
真実は遠塵離垢の法眼を得なければ多分解らないでしょう。
解るものじゃない、解る訳がないと言う人も居ますが。

405 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:57:55.81 ID:SoZ9rJp4
>>403
>生命

妄想です。
何処に有るのか明らかにしてください。
我が有ると言い張るあなたは即刻「忘我」を説明しなくてはならないでしょう。
有る筈なのに忘れられるのは変ですよ?
それだけあなたが「我」への執着を離れられないのに。

406 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 01:58:48.00 ID:Go2oiYMI
>>404
中論では、如来の本性は「無自性空」。「涅槃は世俗の世界と何らの区別も
ない」。「空も、また空である」。

407 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 02:10:56.03 ID:Go2oiYMI
>>404
中論では、「相対的であらzさるものはない」。

>>405
「我を忘れて」我を只管「生きる」ことによってのみ、忘我に到達できる。
無我を「考えている、求める」限り、我の意識は去らない。釈迦は、「無我」
「無我」と自意識過剰、自己肥大だったので、忘我は到底無理。

408 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 02:14:50.45 ID:SoZ9rJp4
>>406
>無自性空

自性が無く空である、と言う事は縁起するって事です。

>涅槃は世俗の世界と何らの区別もない

本当に何の区別も無ければそれは現世涅槃論となり邪見です。
思いから解脱した先に涅槃があるのが真実なのであり、それは
迷悟や生死に縁起していると言う事です。
そうでないなら邪見に落ちるかそもそも存在しないかのどちらかになります。

>空も、また空である

そもそも空は仮名なので実体がありません。
仮名とは言え、本姓は縁起の事なので縁起して然りです。

>>407
仮観のあなたは「楽」を解説してみてください。

409 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 02:22:10.62 ID:Go2oiYMI
>>408
思いから解脱しようと「思ったら」、解脱はできない。思いが残っているから
である。

「悟ろうと思ったら、悟れない。悟ったと思う者は、悟っていない」(道元)

410 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 02:26:51.04 ID:SoZ9rJp4
>>409
>悟ろうと思ったら、悟れない。悟ったと思う者は、悟っていない

これは本当。
悟る事が目的ではない。
目的は疑団を晴らし、煩悩の克服を果たす事。

>思いから解脱しようと「思ったら」、解脱はできない。思いが残っているからである。

仏道を行ってない人には、仏道の根幹が解らない。
だから思いの解脱が何の事か解らない。

411 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 02:37:57.28 ID:Go2oiYMI
>>410
煩悩を克服したいという欲望も、また、不必要な煩悩である。

煩悩は、生存に不可欠な分別。無くしてはならないもの。生きていることの
証(あかし)。煩悩を去るためには、「最大の苦」としての「死」が不可欠。

煩悩を「生存に不可欠なもの」として感謝して受け入れることにより。煩悩は
初めて去る。

イエスのの「求めよ、さらば与えられん」は、誤り。求めたら、与えられない。
与えることによってのみ、与えられる。

412 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 02:53:29.88 ID:f7OcIRyg
>>411
もう寝とけ

413 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 06:56:36.90 ID:SoZ9rJp4
>>411
>煩悩を克服したいという欲望も、また、不必要な煩悩である

それは菩提心と言う。
不必要ではなく必須である。
しかし、実際に解決するのは思いではない、智慧だ。
智慧に思いや欲望はないので冷徹にしてブレる事がない。

414 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 07:20:53.19 ID:e0ADrfJr
>>378
自然法則で駆動するチップの上に、自然法則に拠らない魔法のダンジョンを乗せることが出来る。
脳内で無意味な妄想を踊らせる宗教病患者たち。統合失調は脳基質を破壊してゆく病気だ。
下らん教義をこねくり回すより早期治療だ。

415 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 07:38:24.78 ID:SoZ9rJp4
>>414
仏道は初学時に教義的なものは習う、それは確か。
しかし修行に於いて根幹になるのは教義が戯論ではなく事実であると言う体感を以って、
習った教義を言語としては忘れていき拘らない訓練を行っていく。
こねくり回しているのは行じていない外様の連中だけ。
仏法は無我にて候故、当たり前を当たり前に身につければ拘りは不要となる。

因みに、チップやダンジョンなどの概念は有為法なので人体への例えとして既に矛盾する。
自然法則は非有為非無為の如くなので有為で非有為非無為の如くなるものを例える事は矛盾してしまい出来ない。
人間の思いや脳や身体機能なども自然の道理のままあるので日有為非無為の如くである。

そして何より、ここの連中は何故直ぐ精神病の名を出したがるのか。
精神病的な特筆などの話に何故持って行きたがるのか。
そう言うのに興味が有るのは、言出だす本人こそが当事者だからだろうと推察できる。

416 :ろん:2014/04/17(木) 07:43:16.92 ID:GinfP+dT
>>358
あなたは仏教全然わかってないんじゃん?

仏教ってそもそもさ、生存することが第一義か?
生存、する必要あるんか?
お釈迦様は、悟った後このまま死のうと思ったんだぜ。。

具象物を含めた一切、自己を含めた一切が夢、幻と変わらない、、ならばどうして生きようとする必要があるか?
ただ、周りに求められて、生きつづけたというだけだろう、お釈迦様だろうが、後の覚者たちだろうが。。

もちろん、僕は禅仏教徒だから、唯識も含めた見方だけどさ、、お釈迦様だって同じだと思うぜ。。

>>363
うん、成長した、けど、もうちょっとだ。。w

こんなヴァーチャルな、非現実空間で議論し続けるのは、悟りから遠ざかると気付かなきゃだな。。w

417 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 07:57:47.20 ID:SoZ9rJp4
>>416
>もちろん、僕は禅仏教徒だから、唯識も含めた見方だけどさ、、お釈迦様だって同じだと思うぜ。。

仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。 
しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。

豊険な生活だったのに敢えて捨てて飛び出した人とは誰か。
食う事寝る事遊ぶ事一切に困ってなかったからこそ、生滅を疑問に思い、
迷いや悟りを疑問に思い、生きたまま聖者になれるのかを疑問に思えた訳です。
育ちも悪くなく素行も良好だったそんな人と言えども、花を見れば惜しくも散っていき、
草を見ても無造作に生えて何の意味があるのか解らなかった訳です。

418 :ろん:2014/04/17(木) 08:02:16.01 ID:GinfP+dT
>>417
「豊検」の意味を調べ直した方がいいですよ。。

419 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 08:11:26.09 ID:SoZ9rJp4
>>418
こう言いたい訳ですね。

>仏道もとより「ある/なしの二項相対を脱出する事から始まっているので、」

だとすれば最初から見性を得て出家した事になってしまい矛盾します。
迷いが無ければ悟りは目指せないからです。

420 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/17(木) 08:21:42.75 ID:0b+1VqfC
>そして何より、ここの連中は何故直ぐ精神病の名を出したがるのか。
> 精神病的な特筆などの話に何故持って行きたがるのか。
>そう言うのに興味が有るのは、言出だす本人こそが当事者だからだろうと推察できる。

それは、現実に「リアルで精神疾患を患ってる者」が、多いからではないか?w
ここに来る連中はww

421 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 09:10:10.51 ID:M1KePbfW
>>400

・鈴木さんは、警察官です。横に写っている他4人「もまた」鈴木さん「同様」です。

・鈴木さんは、警察官です。
 今日は来ておりませんが、(横に写っている)
 田中さん、木村さん、佐藤さん、金子さん「もまた」警察官です。

さて、鈴木さんが警察官であることが準用されてるのかね・・。

今年警察官になったばかりの鈴木さんを中心、きっかけとして会話がさrているだけで、
他4人は5年6年10年先輩かもしれんよね。
それでも、鈴木さんを基準に準用するのかね?

田中さんがきっかけなら、田中さんから始まるだろうよ。
つまり、対話の流れに於いては、識即是空、色受想行亦復如是もあり得るわけ。
で、「境→受→(想→行→)識という感受認識の流れを踏まえた」「五蘊」で話をしているから、
色から言い始められてるわけ。

んと、隠居って馬鹿だな・・・。

422 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 09:18:54.24 ID:B5JhgY1q
相も変わらず下手な比喩を書き続けるセブンの方が馬鹿にしか見えないw

423 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 09:51:05.03 ID:jPNJOw3/
その切り返しは流石に頭おかしいだろw
キチガイの癖に賢ぶるなよ

424 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 10:08:20.62 ID:M1KePbfW
その辺の判断(どっち馬鹿か)は読者次第で構わんよ。

が、
五蘊併記の構図は421の通りなわけで、
それを撤回するつもりはないよ。
年数と感受の流れを引き合いに出している点は批判対象となるとしてもね。

425 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 10:12:12.78 ID:eYrzrHMT
>>421
また、セブンさんの下手な喩え。準用(mutatis mutandis)の例文として成立
していない。「準用」とは、一般に法律用語で、「必要な変更を加えて」の
意味。六法全書には無数にあります。

一読して意味の判らない文章は、頭の悪い(又は良すぎる?)証拠。時間の
無駄だから、繰り返しては読まない。

亦復如是という言葉にも、同じ問題があるね。「また、これと同じ」の「これ」
とは一体何?

受想行識は、感受認識の流れなどではない。御釈迦さんが勝手に作ったもの。
「まず、ぶん殴る(行)」から始まることもあるぞw。八正道(の順序)は
ナンセンス。また、「正しい」を八回も繰り返しているのに、肝腎の「正しさ
とは何か」の意味・基準は全く示されていない。戯論の典型。

426 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 10:29:21.80 ID:LcnSKos6
>一読して意味の判らない文章は、頭の悪い(又は良すぎる?)証拠。時間の
>無駄だから、繰り返しては読まない。

そうですか。なるほど。
私は速読のクセがあるので、譬えってのは速読には向いていないので流し読みしてしまいのですが、
皆様は頭が良いから即効で理解できるのが凄いと思います。

これは頭の構造の違いなんでしょうけど、譬えで直ぐ理解できる人と、
私みたいに譬えの苦手な方が居るんでしょうね?

公案の苦手な人。
譬えの苦手な人。
だいたいこの二分化される。

427 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 10:39:34.49 ID:kfKplLwi
>>425
仏法に於ける正しいが解らんのは重症だろ
世俗義としての正しさは二項相対の上での正しいだが
仏法の正しさは相対対象が無い、無い事を相対対象としたものが正しいとなる
仏法で言う完成と意義は同じ
仏教のイロハなんだが、これ知らないのは本だけ読んでる外様か仏教信心の人だろ

428 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 10:55:00.13 ID:aDo3WNo4
>>379
>不生亦不滅 不常亦不断 不一亦不異 不来亦不出の所謂八不の見解です。
>これが解らなかったり否定すればそれは中道を否定する事になります。

これは浅薄なまったく『解らな』い奴のナンセンスな『見解』でしかない。
解るわけがなく、中道そのものを否定できようがない。
(理解・否定)対象が空だからである。

しかも、所謂八不そのものを龍樹は否定している。
『この静まった境地(寂静)において、どうして常・無常などの四句が成立するであろうか(成立しない)。
 また、この静まった境地(寂静)について、どうして有限・無限などの四句が成立するであろうか(成立しない)。』
                                  (龍樹 中論22-12、25-22・23))

中観は、もろもろの法につき、このような四句を全面的に否定する。
要するに、「想い」からの離脱なるがゆえに<語り得ない>様相の示唆である。

既成観念に凝り固まったアホには文字通り<無理>

429 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 10:55:15.04 ID:kfKplLwi
天然自然に矛盾は無い
その矛盾のない事象を如実に見る事を正見と言い
八正道の軸はこの正見が軸となり残りの七つも成り立っていく
何かと比較して正しいと見るのではなく、私見私論を差し挟まない天然自然を
ありのまま見る事を元から正しいとしている
その正見が定まった時点で、自分に対する誤謬が何だったかが見えてくる
とかなんとか云々

430 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 10:57:23.02 ID:kfKplLwi
>>428
戯論を用いなければ法は説けない、だから龍樹は八不も否定した
それは無かった事にした訳ではなく

衆生を引導するが故に、仮名の空をもって説いた訳で

431 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 10:59:45.54 ID:kfKplLwi
>>428
書き忘れ

>『この静まった境地(寂静)において、どうして常・無常などの四句が成立するであろうか(成立しない)。
>また、この静まった境地(寂静)について、どうして有限・無限などの四句が成立するであろうか(成立しない)。』

上記は涅槃の有り様を表現しているのであって、娑婆の事ではない
閻魔くん残念だなぁw

432 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 11:01:20.86 ID:eYrzrHMT
>>427
君が言語を使う以上、「勝義」という言葉は使えないよ。「世俗的なことによら
なければ、第一義は説示しえない」(中論)。即ち、勝義とは「世俗的なことから
一歩も踏み出せない」ということ。世俗とは「生存共同体」。言語とは、世俗の
産物の典型。

433 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 11:22:41.91 ID:aDo3WNo4
>>419
>>仏道もとより「ある/なしの二項相対を脱出する事から始まっているので、」
>だとすれば最初から見性を得て出家した事になってしまい矛盾します。
>迷いが無ければ悟りは目指せないからです。

中論24-18参照。

道元 現成公案初段
『諸法の仏法なる時節』←仏法のゲシュタルトにおいては、
『仏道もとより豊倹より跳出せるゆえに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。』
 # もともと仏道は(たとえば)<豊⇔倹>というような分別を跳出(離脱)しているのであるから、
   生⇔死を離脱した無分別に生=死(分別)を、迷⇔悟を離脱した無分別に迷=悟(分別)を、
   離脱の有(仏)⇔無(生)を問題としない無分別に生=仏(分別)を智覚するのである。<無分別の分別:仮と空を離れた中観;十牛図11返本還源>
     *ちなみに、これは非論理を論理(方便)で近似表現したのだから、弁証法(論理)ではない。

『しかもかくのこ゜とくなりといへども、華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。』
  # しかも、このような(「想い(分別)から離脱」した仏法のゲシュタルトの)様相であるが、
    (仏法のゲシュタルトさえ離脱した「筏の喩えの法門」では)人は無執着の執着(愛惜・棄嫌)で存在するのである。
                                               <十牛図12入鄽垂手参照>』

434 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 11:24:03.49 ID:M1KePbfW
>>425
ふ〜ん・・・。

後四蘊には 【元、基準となる“色”に】【>必要な変更 が加えられて】「五蘊」に括られてるんだ・・。

ふ〜ん・・・。


┐(―_―)┌

435 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 11:36:17.94 ID:aDo3WNo4
>>431
>閻魔くん残念だなぁw

さすがにほら吹き如来は執着まみれだな。
⇒『すなはち迷悟あり修行あり、生あり死あり、諸仏あり衆生あり。』

龍樹 中論22-12、25-22・23
⇒『万法ともにわれらあらざる時節、★まどひなくさとりなく★、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。』

涅槃とは娑婆にある(相応部35-23「心(無我)と心の作用(慶安寂静:十牛図11・12)、中論25-19参照)

文字通り、ほら吹き如来には<無理>

436 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 11:53:01.48 ID:3jwxNYd8
>>432
勝義なんか語る必要も拘る必要もないでしょ
勝手に影の如くくっ付いて来るもんなんだし

眼横鼻縦、これだけで十分

いいかい?我々の行いは一つの洩れなく全て勝義諦が付いて回ってるんだよ
見えないし言えないし実感しないだけ、何人も逃れる事はできない
愚人はそれすら気付かない

>>433
# もともと仏道は(たとえば)<豊⇔倹>というような分別を跳出(離脱)しているのであるから、
   生⇔死を離脱した無分別に生=死(分別)を、迷⇔悟を離脱した無分別に迷=悟(分別)を、
   離脱の有(仏)⇔無(生)を問題としない無分別に生=仏(分別)を智覚するのである。


ネット上での勝手解釈は殆ど上記っぽいね
豊険より跳出の見解を巡っては殆ど上記だね
でも悟った道元師が悟ってない弟子にそう説くか
鎌倉時代の文法でいえば「生滅あり」は「生滅というのがあり」なんだけどね
それにまだまだ身心脱落の何たるかから教えてる段階でいきなり無分別を説くだろうか
甚だ疑問だね

437 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 11:53:48.62 ID:3jwxNYd8
>>435
>涅槃とは娑婆にある

そのまま認めたら現世ニルヴァーナ論で邪見
>(相応部35-23「心(無我)と心の作用
比丘たちよ、なにをか一切となすのであろうか。
それは、眼と色(物体)とである。耳と声とである。鼻と香とである。舌と味とである。
身と触(感触)とである。意と法(観念)とである。比丘たちよ、これを名づけて一切というのである。

涅槃の事は言ってない

中論25-19
>一九 輪廻はニルヴァーナに対していかなる区別もなく、ニルヴァーナは輪廻に対していかなる区別もない。

「区別」が無いとは「区別する「区別」も無い」事
君のお得意の論法でしょう?
現世そのままではどうやっても「区別」は起きてしまう
だからこれは娑婆の事ではない

それから、まともに相手するからホラ吹きだのアホだの言うのはやめろ
こっちもインチキ呼ばわりはやめてやるから
本当に成道したいならまじめにやれ
相手を馬鹿にした物言いは不毛で何も生まないし
それは仏道に反する

438 :華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり:2014/04/17(木) 12:06:14.13 ID:aDo3WNo4
ちなみにブッダにおける<無執着の執着(愛惜・棄嫌)>入鄽垂手の愛惜情緒(>>433)は下記のごとく表現されている。

『アーナンダよ。ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地は楽しい。七つのマンゴーの霊樹の地は楽しい。
 バラプッタの霊樹の地は楽しい。サーランダ霊樹の地は楽しい。チャーバーラ霊樹の地は楽しい。』(中村元 大パリニッバーナ経岩波文庫p66)

上記につき中村元は、以下のように評する。
「人が死ぬとき、この世の名残を惜しみ、死に際していまさらながらこの世の美しさと人間の恩愛にうたれる。
 それがまた人間としての釈尊のありのままの心境であった、と昔のインドの仏教徒も考えていたのである。」(中村元『遊行経 上』p.304、大蔵出版)

 入鄽垂手である。

439 :華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり:2014/04/17(木) 12:08:16.42 ID:aDo3WNo4
>>436>>437
⇒『すなはち迷悟あり修行あり、生あり死あり、諸仏あり衆生あり。』

応答するに値せず。

440 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 12:20:32.29 ID:3jwxNYd8
ぶっちゃけ閻魔は狂った人なのか?
それとも健常者なのか

もし前者ならこれ以上は危険だと苦言を呈しておく、マジで発狂して救急車になるやも知れん
後者なら悪い事は言わん、座禅瞑想で智慧をガッツリ固めて挑め
思考実験だけで思料を重ねてるだけだと多分健常者でも狂うよ
一線越えるまでが相当な神経衰弱を起こし、越えた瞬間に
アイデンティティが一旦全て崩壊するからプライド高い閻魔なら
血を吐いて悶え狂うかも知れない
脅しじゃない事実なんで忠告しておくよ

座禅瞑想して智慧固めて挑め、悪いことは言わんから
老婆心

441 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 12:34:50.64 ID:ZqYVLzBl
>>411 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 02:37:57.28 ID:Go2oiYMI
>>410
>煩悩を克服したいという欲望も、また、不必要な煩悩である。

>煩悩は、生存に不可欠な分別。無くしてはならないもの。生きていることの
>証(あかし)。煩悩を去るためには、「最大の苦」としての「死」が不可欠。

>煩悩を「生存に不可欠なもの」として感謝して受け入れることにより。煩悩は
>初めて去る。

>イエスのの「求めよ、さらば与えられん」は、誤り。求めたら、与えられない。
>与えることによってのみ、与えられる。

・・・・・・・・

もはやこんな顔→(☆^◇^)だが、 字数の関係上続。(爆笑)

442 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 13:22:01.23 ID:ZqYVLzBl
そうだね、君の話しはほとんど、そうだね。と感じる人も多いだろうね・・・・

けれどね、そこではなかったから、イエスや釈迦が
来て下さったの。

>イエスのの「求めよ、さらば与えられん」は、誤り。求めたら、与えられない。
>与えることによってのみ、与えられる。


う〜〜ん、つまり、君が実際に与えていれば、分かるのだよ、
この求めるの意味も。

なかなか説明するのは難儀であるが、

赤ん坊は、何の能力もないのに、どうして生き延びられるのか。
それは何にもない、素直な可愛いさなんだ。
求めるとはそういう意味だよ。

443 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 14:00:31.69 ID:6c0HcI4Q
>>442
>けれどね、そこではなかったから、イエスや釈迦が
>来て下さったの。

来てくれとは、誰も頼んでいない。 勝手にしゃしゃり出て、無垢な人々の
心に、土足で上がり込んだのである。

>求めるとはそういう意味だよ。

全くのピント外れ、赤ん坊は、可愛さを周囲に「与える」からこそ、生存を得る
のである。

444 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 14:09:49.82 ID:LcnSKos6
禅者は狂っているのか?
私はこのお題については即答はできんですね?
ちなみに独り言ですが・・・

一休とか白隠、これらの禅師は狂っておったのか?
果たして正気があったのか?
それとも演技があったのか?
分からんですね。つうか、あれ程までに狂うことが出来るのが
ある意味において尊敬する。

ちなみにこれ等の禅師は世俗諦では狂っていても
勝義諦の観点なら理に適ってる。ってのもあって一概には説明がつかない。

445 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 14:23:17.63 ID:M1KePbfW
>>434

ちいさきものはみなうつくし

446 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 14:26:11.40 ID:LcnSKos6
ちなみに、猜疑心とか警戒心の強い御仁は禅は向かないです。
心が大らかな人は禅に向く。

人から依頼を受けて、黙って引き受ける御仁は禅に向く。
ちなみに私は警戒心が強いので、本来は禅には向かないのですが、
あえて自分なりに禅を生活に取り入れています。

禅は日本の心です。
日本文化と禅は密接な関係がある。
ちなみに私は茶道を嗜むのですが、茶道は「茶禅一味」であります。

447 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 15:19:45.01 ID:sqIXiweH
臨済さんは中国人だし道元さんは中国で教わって来た
達磨さんはそもそもインド人を右へ
日本の心ねぇ・・・

448 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 15:41:28.59 ID:B5JhgY1q
先祖崇拝は良いと思いますよ。
仏教文化(日本では)であるというのもそのとおりでしょう。
しかし、これこそが仏教とは言えない訳で、禅も同じw

449 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 15:53:34.64 ID:LcnSKos6
>>447
「道」の文化は、日本独自のもので、禅を文化に昇華させたもの。
これは精神性を重要視した。

例にあげると武術と武道の違い。
とくにこの世界は、精神が怯むと相手に隙をみせてしまう。
よって精神の鍛練を禅と融合させて、
戦国時代には禅の心は武士に注目される。
そして利休が台頭してくると・・・やがて関ヶ原へと進むのである。
利休は茶人でもあるが、戦略家でもあるんだね。

450 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 15:55:19.52 ID:B5JhgY1q
鈴木大拙の著作にそんなのがあったねw

451 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 16:28:54.52 ID:f7OcIRyg
2ちゃんねる
サーバー

452 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 17:27:31.52 ID:f7OcIRyg
>>443
> 来てくれとは、誰も頼んでいない。 勝手にしゃしゃり出て、無垢な人々の
> 心に、土足で上がり込んだのである。

仏教に恨みでもあるな?
土足とは、心病んでないかのー。

> 全くのピント外れ、赤ん坊は、可愛さを周囲に「与える」からこそ、生存を得る
> のである。

素直さじゃね。赤ん坊が取り引きとか精神がオカシイんじゃねW
造形の生存戦争とか基地スギ。
大丈夫か。

453 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/17(木) 17:41:28.34 ID:0FQanqt/
 学ぶ事無くただ太るだけの嘘ツキばか狗、【嘘臭】(; -y-)ツ))鼻つまみ クッサー♪

誰もが自分の眼で自分の眼を直接見ることが、無い。
眼は、脳が外界を直接把握するための器官である。
だから、手や足等は見ることが出来ても肝腎のこころが見えにくい。
外の世界、対象物はよく見えすぎるのだが、自己の内側を観ようともしない。
絶対神、一神教徒は自己の外側にだけ神を観るが、自己の内側の神を観ない。
こころ、仏性、仏を自己の内側にも外側にも、観るのが仏教徒であり、禅である。

その入り口が公案である。
むき出しの真理である。

だから何度も問う。

無字の公案
新参の修行僧、問う、門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
師、答える、有。
古参の修行僧、問う、門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
師、答える、無。

野狐の公案
修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法に落ちず(不落、ふらく)。
修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法くらまされず(不昧、ふまい)。

同じ事をこの二つの公案は老婆親切にも姿を変えて、問うているのだ。

真剣にやる気があれば、この公案に真っ正面からぶつかってみろ。
誰がどう言った、あの本にはこう書いてあると聞きまわり、ただの飯が無いかと臭いを嗅ぎ回るな。

454 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 17:44:37.58 ID:ZqYVLzBl
>>443 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 14:00:31.69 ID:6c0HcI4Q

>>442
>>けれどね、そこではなかったから、イエスや釈迦が
>>来て下さったの。

>来てくれとは、誰も頼んでいない。 
>勝手にしゃしゃり出て、無垢な人々の
>心に、土足で上がり込んだのである。

一回君の思い込みを清算してほしいと願う。
読解能力が低いというのか、おかしいのは、
君は、我がままだからでないかな。


君は自分の頭が制御できないのを

釈迦やイエスのせい(責任にすり替えると)にすれば少しは癒されるのか。

455 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 17:57:53.40 ID:LcnSKos6
>>453
>その入り口が公案である。
>むき出しの真理である。

公案は真理ではない。
一時的に頭を混乱させて、作意的に神経症を作るもので、
あまり公案に拘ると本当の神経症になるから注意した方が良い。

特にこのスレは、精神的に病んだ方が多いので、
公案はスレ的には良くない。
一回や二回なら良いが、何度も貼り付けるのは精神が病んでくる。

456 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 18:02:22.41 ID:ZqYVLzBl
>>443

>全くのピント外れ、赤ん坊は、可愛さを周囲に「与える」からこそ、生存を得る
のである。

赤ん坊は、周囲に与えているのではない。
血だらけで回転しながら生まれ、すぐさま、求めるのだよ、すぐにおっぱいを
信頼だ。

しかしそれを忘れ、ひねくれる。

君が危惧する様な犯罪的な欲望ではないのだよ。

愛し合うマリアとイエスのような与える事と、求める事は

同じ意味なのだ。

<<<求めよ、さすれば、真っ直ぐに与えられる。>>>

君が言っている可愛いかどうかは君の趣味レベルに属するのだが、
そういった君の趣味に属さない可愛さだ。

求めている、 求めている。

スジャータのおっぱいは 溢れる。




>全くのピント外れ、赤ん坊は、可愛さを周囲に「与える」からこそ、生存を得る
>のである。

457 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 18:03:32.82 ID:EPGeP5lf
呼吸瞑想ってどうやるのが正しいの?

いわゆる丹田呼吸を進めてる所が日本では多いけど、
一方で東南アジア系は呼吸をコントロールするのはよくない、といってる

まぁ、個人の体質とか環境とかにもよるんだろうが
仏典的にはどうなの?

458 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 18:15:06.38 ID:sqIXiweH
質問スレ池

459 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/17(木) 18:29:43.06 ID:0FQanqt/
>>455 机龍之介 さん

ミ( ノ_ _)ノ=3ドテッ!   何を言い出すのかと思えば、机龍之介 さん らしくもないとんでもない事を言い出しましたね。

> 公案は真理ではない。 一時的に頭を混乱させて、作意的に神経症を作るもの

どれだけの時間をついやしても、ついに 彼岸には、至らないのですね。
残念なことです。
このスレは特に仏教学者でも無いのに、教本のまるっきりのパクリで、もとより自説ががなく、わかった振りして書き込んでいくスレである、と思います。
学者は、さとりからは遠く、隔靴掻痒かっかそうよう、似て非なるものでしかありません。

460 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 18:33:43.03 ID:kNc4t7dX
>>459
おう、いいこというねえ。
仏教は学問ではなく衆生を仏にするのが目的だからな。

461 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 18:35:24.61 ID:Z0BjAwiT
まあ経典も論書も語録も全部戯論だからね
それを真実と証明するには信仰したり読んだり議論するだけじゃダメなのが仏教

462 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 18:40:51.85 ID:kNc4t7dX
> 公案は真理ではない。 一時的に頭を混乱させて、作意的に神経症を作るもの

これはひどいな。貴様は二度と禅を語るな!

463 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 18:53:41.70 ID:f7OcIRyg
>>443
隠居はトラウマを直してから宗教を語るべし。
心に土足で上がるとか、、、
抑圧教育の反抗を今ここでせんで宜しい。
あと赤ん坊云々は隠居の内面の闇がそのまま表れている。
憐れなり、己の姿を鏡で見よ。

464 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 18:55:24.75 ID:M1KePbfW
>>455
茶吹くわw

所謂「公案」をコピペしない代わりに、
自分のオリジナル発言―それは、机氏自身によって“公案的に”用いられている
(→公案として、対話相手に投げかけられている)ものなわけだが―
を、何度も何度も、延々と垂れ流してるくせにw


>スレ的には良くない >何度も貼り付けるのは精神が病んでくる。

465 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 18:59:47.76 ID:LcnSKos6
>>459
>どれだけの時間をついやしても、ついに 彼岸には、至らないのですね。

最近、私も段々分かってきたことだけど、
人間というのは年齢を重ねるにつけ、少しづつ悟っていくもんだよ。
それは仏教には関係がないけど、人生に揉まれて少しずつ耐性もできてくる。
80歳くらいの老婆でも、そこには人生の年輪を感じさせて、それは菩薩のような顔になる。
このくらいの年齢になると、もう彼岸に逝ってるんじゃないかな?

若くして彼岸に逝くのと、年老いて彼岸に逝く、その違いかもしれんね。
私なら後者でいいよ。
人生は彼岸に逝くことが目標じゃないよ。
どれだけ一生懸命に生きたか。それが人生ってもんだよw

466 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 19:03:32.52 ID:kNc4t7dX
>>457
瞑想ならば大白隠の内観の秘法が最強だろう。
>>462
すまんいいすぎた。まあ普通の人間には狂ってるとしか思わんわな。
しかしあれは全てちゃんと答えがあるのだ。

467 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 19:07:41.44 ID:LcnSKos6
>>464
そもそも公案の本質ってのは、
公案をとおして「自分を見つめ直す切っ掛け」を作ることなんだよ。
つまり疑団の創出ってもんだ。

私が日頃から言ってる「疑団」とは何かが分かってきいたら
公案はいらない。

468 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 19:10:46.02 ID:LcnSKos6
>>466
>しかしあれは全てちゃんと答えがあるのだ。

んなもん答えはないよ。
仏性がある。ってのは世俗諦だし
仏性がない。ってのは勝義諦だし
正解ならどっちでも良いし、どっちでも駄目なんだよ。
んなもん正解がある訳はない。

469 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 19:11:20.78 ID:POishbe7
信仰を捨てよ、を振り回す人がいるけどこれはそんなに簡単なことなのかな?
信仰とは排除するものではなく、思考がもつ構造の重要な改善点なんじゃないんかな?
思考が持つ改善点である信仰という構造はただ外から観察、分析してわかる
モノなんかな?
改善点であるという認識とそれを主体的に生きる具体性(矛盾する二つw)
をそなえずしてその具体的な問題点をりかいできるんだろうか
そういうわしは信仰者だけどな
信仰無くして思考なんかできないんじゃないかと思えてきた
(神様を信じる)じゃなくてモノをわかるとは理解、確信、という信仰
をとうして世界とかかわっていくことなんじゃないんかな
じつは自分でもよくわかってないんだけどなんかすこしだけ見えるかもしれない
ような気がしないでもいない そんな気持ち(藁)

470 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 19:19:39.55 ID:kNc4t7dX
>>468
答えというか悟りをもたらす。素晴らしい気付きを得てニルヴァーナの状態になる。
俺の場合は大麻をやってる時に悟った。

471 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 19:22:29.51 ID:B5JhgY1q
大麻などやる時点でアウトww

472 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 19:30:25.67 ID:LcnSKos6
>>470
>素晴らしい気付きを得てニルヴァーナの状態になる。

それが偽物と分かった瞬間が本物の悟りになる。
そしてその悟りも偽物と分かって、人間は悟りの境地に至るのだが、
その境地は、悟りとは妄想だ、と分かってくる。

人間は、悟ってない。と分かった瞬間で仏法は終了する。
ちなみに、私は彼岸には逝ってなかった・・・彼岸も妄想でしかない。
で終了しちまったよ。
般若波羅蜜を完成したがな。

473 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 19:31:33.58 ID:/hrQiU0m
 いや大麻でもOUTではない。いかなる方法であれ俗世の誤りに気付く
ことは悟りといっていい。

474 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 19:47:25.02 ID:kNc4t7dX
>>471
君は洗脳されてるなあ。
>>472
あんたは何も分かってないなあ。
>>473
現代人が悟るには大麻の力を借りなきゃ難しいんじゃないかな。
でも腹が据わってない奴はやらないほうがいいね。日本では。

475 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 19:49:09.82 ID:EWHhEoeq
我が無いと理解できれば楽なれるかもしれない。
我が無いということは他人も無いということ。

あるのは一定の法則に従った現象があるのみ。
しかし、これを頭は認めたがらない。
一定の法則に従った煩悩と呼ばれる現象が
我の存在を希求するものと思われる。

476 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 20:00:18.71 ID:LcnSKos6
>>474
>あんたは何も分かってないなあ。

いや、私は分かったんだよ。人生というのが・・・
人生とは、食って糞して寝ることだと。
これが分かるまで彼岸にも行ってきたけど、だけど随分長い道中であった。

まあ、君達はこれから公案に取り組んだらいいよ。
きっと素晴らしい人生が待ち受けているだろうよ(笑

477 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 20:06:53.79 ID:EWHhEoeq
人生とは苦との闘いじゃないか?
最終目標は安心して食って糞して寝ることだとは思うが

478 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/17(木) 20:13:06.53 ID:LcnSKos6
>>477
>人生とは苦との闘いじゃないか?

ええ、確かにそうです。
しかしその「苦」の捉え方が全然違うのです。
苦が「生きてる証」というのか、「生きてる実感」というのか
そんな風に変わるのです。

私が禅から学んだのは、それだけです。
では、皆様おやすみなさい。
皆様のご多幸を祈念いたして床に入ります。

479 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 20:22:06.99 ID:WCy7jhee
>>477
苦との闘いの中に、大いなる生きる喜びを感じている。従って、釈迦の「一切
皆苦」は、真理ではない。苦がなければ、喜びもないのだから。

人類の巨大な文化は、生存における苦との闘いの結果として生まれた。苦が
なければ、人類は未開のままであっただろう。

480 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/17(木) 20:29:34.02 ID:0FQanqt/
>>460 名無し さん
> >>459
> 仏教は衆生を仏にするのが目的だからな。

(。_゜)〃ドテッ!

衆生がほとけを差別せず、
ほとけが衆生を差別しません。

おめーはほとけだろ、衆生には入れてあげないからあっちへ行け!とか

おまいらは衆生じゃねーか、ほとけじゃねー奴は、あっちへ行け!
とか言って仲間はずれにしないよって事が大切なんだよ。

481 :ろん:2014/04/17(木) 20:30:22.24 ID:GinfP+dT
>>419
要は、仏道は迷悟がないにも迷悟ありにも、滞らないということ・・豊検より跳出せる、とは。。

迷悟がないといってるんじゃなくて、ないにも固執せず、あるにも拘泥せず、自在である、というくらいの意味でしょう。。

482 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/17(木) 20:44:58.69 ID:0FQanqt/
>>465 机龍之介 さん

> 最近、私も段々分かってきたことだけど、 人間というのは年齢を重ねるにつけ、少しづつ悟っていくもんだよ。 』

近年の老人に対する対応ではなく、老人とは、人格知識に於いて大いに尊敬されてきた存在である。

経験値の蓄積は、若者には無いかがやきである。

だが、その事と仏法、つまり、真理さとり とは同じでは無い。

70歳を過ぎて行脚のたびに出た趙州は、言う。
わたしよりも年上の人であっても教える事があれば教えよう、
3歳児であっても、学ぶことが有れば、教えを乞う、と、言った。

法、真理さとりとは イッペンに爆発して受け取るもの、だよ。

修行の期間は個人差があり、
理解(りげ)の人に、さとりは遠い。

483 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/17(木) 20:51:29.69 ID:0FQanqt/
>>482
法、真理さとりとは イッペンに爆発して受け取るもの、だよ。

法、真理さとりとは イッペンに爆発し木っ端微塵を受け取るもの、だよ。

484 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 21:08:04.77 ID:M1KePbfW
>>467
日本語読めてる?

伝統的に、世間的に、宗旨的に、学術的に「公案」と称されるものを
貴方が用いることは少ないのかもしれないけれどw、
レスを返す際に、或いは横レスを入れる際に、
「所謂公案」そのものではなうけれども、公案(≒疑団の元)と同じ働きをする発言を書き込んでいる、
ということだ。

 >公案はいらない  ?w

だったら、君の書き込み全てが害悪ということだ。

485 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 21:10:33.48 ID:f7OcIRyg
信仰というのがいかに重要か教えよう。
●無明から生存が始まる(仏教創始)
●苦がなくなる(涅槃)

原因を除けば結果も除かれる
というのは、論理(因果律)への理解である。
『論理(因果律)への理解』と●の2つとの間には大きな懸隔がある。
苦滅や仏教-創造への信仰なしには不可能だ。苦滅の事実は悟り信仰である。
信仰は人間の精神活動にとって重要な要素だ。信仰(信)というものを何かおとぎ話のようなものと
勘違いしては、仏教徒に前提となるものを軽視している事になる。
信は竹のようなものかもしれない。しなやかで折れにくく弾力性がある。
信なき理論理解は金属か何かのようで、強固であるが折れたら戻らない。

486 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/17(木) 21:18:27.99 ID:0FQanqt/
伊丹十三 - 49本の動画
http://www.youtube.com/watch?v=iNdh5A6MWK8&list=RDH1tKafnfAag

487 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 22:04:38.50 ID:6wZCnNPC
>>485
七箇三十七道品に信仰は無い

488 :有と無:2014/04/17(木) 22:15:37.95 ID:rmOf/exQ
竜樹もヘーゲルも、有と無を関係させて難解な哲学を展開する。
ヘーゲルの弁証法はまったく知らないし、唯物弁証法もだいぶ前に少し
かじった程度なので、間違っていたら訂正してください。
 
さて最初に結論を言えば、有にしても無にしても、それらを単独で考察
するのは不可能。それらを確認する観察者がいなくてはならない。
人間の五感はそのための道具なのである。
 
五感で観察できれば、有る、実在する、存在することになる。
観察できなければ、無い、実在しない、存在しないことになる。
当たり前だが、これが有る無しの判別方法になる。

489 :自称「悟達者」へ:2014/04/17(木) 22:24:26.03 ID:qXKkWUm8
貴殿は対機説法(方便)が下手なのではないだろうか。

(根拠)
1)対話相手が壊れるかも知れないリスクを知りながら、自らは回避せずに相手にのみ対応を求める。
2)対話相手が禅定n段階ならば、n+1段階の話で誘引すればよいのに、n+5段階の話で信頼を得られず。

正に「北風と太陽」寓話の北風タイプのように見える。
私は悟達者ではないけど、法輪は智慧と慈悲の両輪と思っております。

490 :有と無:2014/04/17(木) 22:36:29.22 ID:rmOf/exQ
有と無のうち、五感で観察できない無はどうやって確認するのか。
無いのだから確認しようがないではないか。
実際、確認する方法はないのだが、
 
唯一の確認らしき方法がある。それは時間が飛ぶことだ。
その具体例として、熟睡や全身麻酔や滅尽定などがあげられる。
しかし、完全に無なのかどうかは大いに疑問がある。
 
観察者が完全に無になったら、たぶん生きて戻れないだろう。
生きて戻れるのは無になりきっていないから。
わずかに何かが残っている(有)のであり、たぶんそうなのだろう。

491 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 22:47:22.84 ID:M1KePbfW
>>490
小難しいこと言わんでも、
確認できないことを「無」とすればいいんじゃね?w


>無いのだから確認しようがないではないか。
>実際、確認する方法はないのだが、

492 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 22:57:12.46 ID:SSmujGfG
>>490
無の証明は不可能だから、「有の証明の不可能性」を以って無とする。

有の証明は、「(必要な場合は観測装置を使用した)五感の知覚による。
有の証明の補助テストとして、「対象が、人間の生命の維持に直接の影響を
有するか否か」を用いる。知覚異常者、妄想患者、宗教盲信者の知覚を除外
するためである。

493 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:22:43.26 ID:WtK2cX44
宗教盲信者だが
あんたうらやしい
強いわ

494 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:34:19.43 ID:WtK2cX44
宗教盲信者だが
あんたうらやしい
強いわ

495 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:34:56.08 ID:aDo3WNo4
>>489
>貴殿は対機説法(方便)が下手なのではないだろうか。
 逆でしょう。
 二項相対を一歩も出ていない者(自称「悟達者」)に、「方便」があるわけがない。

 対論者の一方がこのような無方便では、他方の還滅方便が通用するわけがありません。

 アンテナが壊れたTVには画像が映らないのは当然です。

 

496 :有と無:2014/04/17(木) 23:35:50.48 ID:rmOf/exQ
ここまでで指摘したのは、有と無における観察者の必要性と、
有と無の跛行的関係だ。有がベースにあり、無は反省や思考で消極的に
把握されるということだろうか。
 
ヘーゲルは「大論理学」で、観察者抜きに、有と無を最初に定義する。
これが難解であり、ここでつまづいた人は数知れないだろう。
しかし読者が悪いのではなく、ヘーゲルがまちがっていたのだと思う。
 
有は単独では定義できず、観察者がいることで確認される。
無は反省概念としてしか把握できない。
有と無は、相関関係(相互依存)ではなく、二者択一の関係になる。

497 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:42:15.85 ID:aDo3WNo4
>>492
>「有の証明の不可能性」を以って無とする。

あなたの見解によれば、
もちろん、神も業報輪廻転生も回向も大日如来も十二支縁起も
     法華経オカルトもパリッタ儀礼の効果も十四無記事項も

     すべて『無』なんですよね?

中部63なんか蹴飛ばすんですね?

     すべて

498 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:43:01.87 ID:GiRLsMqT
馬鹿

499 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:47:32.45 ID:ZqYVLzBl
>>456の続きをもはやこんな顔→(☆^◇^)でも語る(笑)

>全くのピント外れ、赤ん坊は、可愛さを周囲に「与える」からこそ、生存を得る
>のである。

>イエスの「求めよ、さらば与えられん」は、誤り。求めたら、与えられない。
>与えることによってのみ、与えられる。(>>411)

与えること、求めることは同じだと言ったのだが、
なかなか上手く説明できないのだが、
君が恋人のほっぺにチュてしたとする。
これも、与える、求める同時、同じだね。

500 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:50:28.39 ID:aDo3WNo4
>>496
ヘーゲルがどんな形而上学を構築しようと、
そもそもの本懐が違うのだから、お話にならない。
一方は二項相対思弁哲学であり、仏法は実存苦の超克だ。

仏法にとって、勝手な形而上学思弁など無視(無記)すればいいのである。

501 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:55:08.18 ID:ZqYVLzBl
まだ 疑い深い方の為に少し。
この「求めよ、さらば与えられん」

与えれば与えられるは、法則だ。
与えると言うと、分かり難いところが出て来るのだが、
空っぽになると、そこに自動的に 水が流れ込み新鮮な循環が起こる。
腐敗した水ではなく、新鮮な水だ。 
けれど、与えるというのは我というのか、何か濁りが入り込むんだよ。

では、求めるとはどういった法則か。
無条件、空っぽ、そこに水が流れ込む。

与えると求めるは同じだ。

しかし、なぜ与えよではなく【求めよ】、とここでは言われているのかだ。

もう我ではどうすることもできなくて、
すっかり、空になった時、
しかし、虚無ではなく、
信(求め)だけが残っている、
その時、驚くべきことがなだれ込む、次元が変わる。

求めるとは 可愛い手を伸ばす事、素直。

502 :有と無:2014/04/17(木) 23:55:21.44 ID:rmOf/exQ
プロテスタントのヘーゲルは、
有と無を頂点にする弁証法によって、この現実や歴史の中に、
神の意志を見出そうとする。
 
理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である。
ミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つ。〜「法の哲学」序文
 
神の意志が現実となって姿を現した後に、その現実を目撃することで、
人間の認識が神に追いつくことを言っている。
神の視点で現実を切り取るから観念的だと評されるのだろう。

503 :神も仏も名無しさん:2014/04/17(木) 23:56:38.36 ID:aDo3WNo4
>>498
>馬鹿

理由を述べよ。

504 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 00:02:35.76 ID:mpHYADmj
>>502
神の存在証明が必要。
そうでなければ単なる信仰告白でしかない。

>理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である。

そのような理性信仰の啓蒙主義時代の妄想哲学は、カミュを経ている以上
もはや信仰博物館ゆきのガラクタにすぎない。

505 :有と無:2014/04/18(金) 00:20:52.77 ID:FLyxWnzS
このヘーゲル哲学を、青年ヘーゲル学派がひっくり返す。
フォイエルバッハ、マックス・シュテルナー、マルクス、エンゲルスなど。
かれらは、神ではなく、この現実を出発点にした。
 
どういうことかと言えば、有と無の関係ではなく、
有だけ、実在だけ、この現実だけを思考のベースに据えたのだ。
無を脱落させ、この現実(有)の唯物的法則を探し始める。
 
有(神)と無のヘーゲル哲学の終焉である。
いまや見捨てられている。

506 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 00:26:22.74 ID:mpHYADmj
>>505
で、高校の倫理社会の授業じゃないんだから、何がいいたいの?

507 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 00:34:27.14 ID:NxWcEigY
>>504

君に恋人がいない事が判明したと、

もやは昨日からのこんな顔→(☆^◇^)が言っておるではないか。

明日運命の出会いがあるかも知れぬからな。

さて(笑)

桜が美しくないと君は感じている

桜が美しいと誰かは感じている

その美しいと感じている誰かに対して、証明せよと君は言う。

それは、君の美しくないを証明してからにせよ。

508 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 00:42:43.95 ID:kswHRGA6
> もう我ではどうすることもできなくて、
> すっかり、空になった時、
> しかし、虚無ではなく、
> 信(求め)だけが残っている、
> その時、驚くべきことがなだれ込む、次元が変わる。
> 求めるとは 可愛い手を伸ばす事、素直。

手を伸ばすのは生命の本質だろう。
好日性というものも、手を伸ばしている素直さと見れる。
自分を完全な実験台として仏教を実践するのは不可能だろう。
仏教を説いたのは人だよ。
仏教(生命)の本懐は自由にあるので、ひたすらに包括し統合していくだろう。

509 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 00:54:56.97 ID:OSklo/Oo
本当に道を求めてるヤツっているのか?

510 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 01:03:42.45 ID:A7YHSgnM
>>499
>君が恋人のほっぺにチュてしたとする。
>これも、与える、求める同時、同じだね。

代償を期待して与えるのは、与えるとは言わない。それは取引きである。

宗教者が天国や救いを期待して行なう善も、取引き。

また、セブンさんの喩かw。

511 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 01:17:39.88 ID:NxWcEigY
>>510

ああ、君は恋人のほっぺにチュッてするときでも、取引なのか。

なら 残念だがたとえ話しにならないな。

いや、君は恋人のほっぺではなく、

バケモノにチュッをし、取引しか経験していないのだね。

512 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 01:29:15.86 ID:A7YHSgnM
>>511
>ああ、君は恋人のほっぺにチュッてするときでも、取引なのか。

取引きに決まってるだろ。しかし、恋人ではなく、婆さんのほっぺにチュするのは
取引きではない。代償は期待しないからw。

513 :あんどりゅー:2014/04/18(金) 01:31:35.67 ID:Jf0SmdU4
本日は脳内睡眠物質の蓄積により、就寝させて戴きます。

514 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 01:33:46.63 ID:VKr43TRa
事象として(≒構図として)「取引」なのか、
当人(同士)の意図として「取引」なのか、
はたまた
結果として「取引」的になってしまったのか・・。

三者は、まったく事情が異なるけどなw

515 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 01:36:21.13 ID:VKr43TRa
ああ、ちなみに、

譬喩表現を理解できない人たちは、
たとえば>>514的な3者を、
「取引」という単語に縛られてごちゃ混ぜに考える人達のことを言う。

516 :あんどりゅー:2014/04/18(金) 01:50:20.39 ID:Jf0SmdU4
ありがとう

517 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 01:55:40.57 ID:kswHRGA6
>>512
>511
> >ああ、君は恋人のほっぺにチュッてするときでも、取引なのか。
>
> 取引きに決まってるだろ。しかし、恋人ではなく、婆さんのほっぺにチュするのは
> 取引きではない。代償は期待しないからw。

まさしく心的に阻害されている現代人の代表格の(様な)精神構造じゃないかいWW
まことに憐れなり。

518 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 02:32:47.27 ID:A7YHSgnM
>>517
宗教者の偽善より遥かにマシ。

生命の指示にそのまま従うことが、閻魔氏のいう「直接現実」「仏教のゲシュタルトの
破壊」である。

「仏道とは、己に習うなり」(道元)

519 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 02:39:42.05 ID:MbiG1gxC
遠くから子供を扱い動かす快楽からは抜けられないんではないかな
俗物にもなれず君子とは借金を指す。
この世には溺れてはならない快楽に対して法を謗るという意味で仏法は、解らない人間に諭しているように思う。快楽は必ず人間を壊す上に喜びの質が悪い。 外道すら判る範囲。
金にどう溺れるかを女を選ぶ、選ばれる時点で、帰れなくなることも解らなくなるだろう。

520 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 03:11:56.26 ID:VKr43TRa
>生命の指示にそのまま従
って(―「ケーキは別腹」の如く欲望のままに食い散らかして―)、
現代人は、太り、各種成人病にかかり、寿命を縮めているのに?w

今、90や百まで生きてる人の食生活と
今、30・40・50・60の人の食生活の比較データ取ると面白いだろうにな・・。

おそらく、今後、歩き回り活動し続け得る90歳100歳は激減するだろうな・・。

欲望に従うということがどういうことか、隠居はマジで解ってないんだろうか・・・。

521 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 07:12:56.96 ID:9rneGFPW
>>495
>二項相対を一歩も出ていない者(自称「悟達者」)に、「方便」があるわけがない。
>対論者の一方がこのような無方便では、他方の還滅方便が通用するわけがありません。

そうですか。 方便が通じないペアでの言争い(無終輪廻)ですか。
一方に釈尊のような智慧があれば、よい方便を考えつくのでしょうが、難しそうです。

522 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/18(金) 07:18:53.70 ID:i8tBrGmG
>>484
>日本語読めてる?

ええ、読めてます。
貴殿が茶を吹きそうでしたので、そうならない為にも私が核心的なレスポンスをしたのであります。

日本語は非常に優れていて、その文体である程度は、その人の性格とか推し量ることができます。
セブン氏は几帳面な方なんでしょう?
いつも私はそのように受け止めております。

で、私はまたまた核心的レスポンスをします。

人間は無意識的に一貫性を作りだします。
しかしながらこの一貫性に留まっておったのでは、それきしのもんです。
禅はこの一貫性を破壊することにおいてなんぼの世界であります。
公案とは、このツールである。と理解すれば良いんじゃないですかね?
しかし公案は狎(な)れてくると腐ります。

523 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 07:40:10.99 ID:Z1vvzORm
意味の上に意味を上乗せ、
嘘の上に嘘の上乗せ、
嘘つき机の常なりw

524 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/18(金) 07:41:28.90 ID:i8tBrGmG
>>48330棒氏
>法、真理さとりとは イッペンに爆発し木っ端微塵を受け取るもの、だよ。

まだまだ青い内はそうなんでしょうけど、それから先があって
悟りは何回も繰り返すもんだよ。
そしてそのうち寂静の境地になる。

>だが、その事と仏法、つまり、真理さとり とは同じでは無い。

ああ、それを書いちゃうと・・・(笑

貴殿には差異が残存しておるようですね。
差異がなくなって本物なんじゃないですかね?

525 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 07:43:50.22 ID:MPBhP0py
>>489
相手が欲しがっている情報に応えてるだけで過ぎるものはない
仏法を学問に例えるなら、0を目指して無くしていくのだから、出しすぎと言うこともない
前提となる作法をちゃんと行っていればなんの問題もない

526 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 08:01:31.22 ID:Z1vvzORm
ぼったんは意味不明の自己陶酔w
机は意味の上に意味を上乗せ、 嘘の上に嘘の上乗せの自己陶酔w


大差ねえだろうw

527 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 08:09:08.80 ID:SEcDO8QP
>>501
なるほど。
だが、完全な空っぽに恐怖心を感じる者も少なからず居るわけだな。
それは、畢竟限りなくに近づいてゆく状態なわけだから。
だからこそ、人は救いを欲求するわけで。
つか、未練がましさとか往生際の悪さとか、そういう状態を越えた位置に
救いがあるような気がする。

528 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 08:13:39.00 ID:SEcDO8QP
まぁ、人の死に関するビジョンを擬似的に信者に植え込む系のカルトは
鼻持ちならんなw

529 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 09:10:21.73 ID:h7v0DLzL
仏教と言うのは詰まるところ、有情の思いを除く天然自然の一切が
思いの丈が0の状態で一切を執り行っている事を教えようと苦心されてる戯論である
これを戯論と言い切る理由は、天然自然は見たままである為、本来なら説明不要だったからである
しかし、人は有情なので、その持てる思いによってあれこれ分別して考えてしまい、不要な理由を作ってしまう
これに因って、本来見たままな筈の事象を複雑怪奇な意味不明のものに塗り替え
結果として迷ってしまうのである

530 :1/2 有と無:2014/04/18(金) 09:35:00.44 ID:kt74mXvV
以上(>>488 >>490 >>496 >>502 >>505)を予備知識とし、まず、
 
有無が観察者を必要とし、両者が跛行的関係にあることに注目しよう。
有無がそのように感じられ、認識されるということは、
逆に言えば、人間がそのような存在であるからに他ならないわけだ。

531 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 10:21:45.72 ID:h7v0DLzL
仏法者が仏法以外を依処とする事を釈尊は戒められた事を忘れてはいけない
わが身こそが仏法所以の現象なのであり、その身が触れる一切を法と観て
身と身に触れて起こる法以外に依らざれ、と教えられた事を忘れてはいけない
その身と法以外を対象とし依処して行う一切の考察は一切外無視に値する如き妄想である
仏法を西洋哲学で考察しようとするのは、行を用いず戯論を戯論で考察する如き愚行である

532 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 11:04:44.45 ID:0fn3763A
【仏教】悟りを開いた人のスレ避難所43【悟り】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1397786456/

533 :2/2 有と無:2014/04/18(金) 11:24:15.93 ID:kt74mXvV
つまり、人間は常に観察者であり、何らかの感覚的対象物(有)に、
常に囲まれていることを最初から前提にしている。そう造られている。
そのために、意識は有を感じるが、無を直接感じない。
人間は、脳ミソの記憶を反省することによって、無を初めて意識する。
たとえば、あった物がない → 無を記憶から知る。

534 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 11:33:07.78 ID:h7v0DLzL
正法眼蔵-現成公案
「自己をはこびて万法を修証するを迷とす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり。」
(自己の考えで、あらゆる存在を解明しようとすることを迷いといいます。あらゆる存在から自己を解明するのが悟りです。)

535 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 11:45:00.22 ID:h7v0DLzL
自己、もあらゆる存在の内の一つに過ぎません
人は自分の眼だけで自分の眼を直接見ることは出来ません
自分の眼ですらそんな有様なのです
そんな正体不明な自分がいくら外を考えたところで
牢屋の窓から外を覗いてあれこれ妄想する囚人の思惑と同じと言えます
しかも当人は獄中にある事すら自覚が無いなら度し難しです

536 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 11:56:13.87 ID:x1DwDO0t
>>535
そのあらゆる存在を認識するのは、人間の生命。従って、我(生命)が常に
基盤となる。

人間が、何故有のみを認識(知覚)するかと言えば、有のみが、生命の維持に
直接の影響を及ぼすからである。

537 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/18(金) 11:58:51.54 ID:i8tBrGmG
>>533
モノゴトを深く考えるタイプなのですね?

昔(明治期)に、あまり深く考え過ぎてノイローゼになった藤村操という御仁がおってな、
その藤村操が華厳の滝から身投げをした。

身投げする以前に、遺書を木に刻んだものだから、
この遺書が文学的に優れているのか?それとも「人生不可解」の謎めいているのか?
妙にその文体が人の心を揺さぶったようで、
今でも日光の華厳の滝に行くと、藤村操の土産物が売ってる始末。

哲学者でも、最後はノイローゼになる方が多いようです。
人間は、あまり考え過ぎると・・・あまり良いことがないような気がします。

538 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:05:42.03 ID:+XsQxWEH
年はとりたくないねぇ
ガタはくるわ誤作動起こすわ
ろくなことがない

人間の正体とはこんなものだ
死とは停止するだけ
生とは動いているというだけ

539 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:06:29.74 ID:h7v0DLzL
>>536
では、その基盤たるべき我は何処に有るんですか?
「有る」には無くならない絶対性が無ければ「有る」とは言い切れません
維持されなきゃ立ち行かないなら、最早それは「有る」とも言い難いですね
違いますか?

540 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:09:15.19 ID:x1DwDO0t
>>537
有無の判断は、「深く考える」ことではなく、最も初歩的、基本的な
判断。

赤ん坊は、生まれるとすぐ、誰からも教えられないのに、母親のオッパイ
の有を判断してしゃぶりつき、生命を維持しようとする。

藤村は、考えすぎたために、この初歩的、基本的判断が出来なかった
のである。つまり、人間としては迷妄に陥ったのである。、

541 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:19:03.73 ID:x1DwDO0t
>>539
>では、その基盤たるべき我は何処に有るんですか?

君のその書き込みにある。君が死ねば、2chの書き込みはできない。

そして、釈迦が「無我」を「考えた」ことにあるw。

542 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:24:43.28 ID:h7v0DLzL
>>541
では、人が人を殺すのも生命の維持に直接の影響を及ぼすからなんですね?

無我を釈尊は考えていません
探した結果「我」が見つからなかったので結論しただけです
どこにあるんですか?
2ちゃんに書き込めてるのが我だとは言い切れませんね
これは行為ですから、行為が我なんですか?
行為させる意思が我なんですか?
意思を決定に導く意識が我なんですか?
それとも2ちゃんが我なんでしょうか?
私にはどれも我とは思えませんね

543 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:33:54.85 ID:+XsQxWEH
例えば自転車が我と思ったとする
我と思うのは自由だが、たぶん
自転車が思ってるのとは違うと思うぞということだ
自転車が思う機能を有したら人間と変わらない

544 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:38:58.42 ID:x1DwDO0t
>>542
>探した結果「我」が見つからなかったので結論しただけです
>どこにあるんですか?

その「探す」と「結論」という「行為」にある。釈迦が死ねば、探すことも
結論もできない。

行為の原動力としての我(生命)については、我を以って知ることは出来ない。
「知る」という行為も、我の機能であり、知ることの主体と客体が同一だから、
我(生命)を知ることは、ナンセンス、不可能である。単に、「生命現象を現す
肉体」から推測できるだけ。生命現象の原動力としての「生命そのもの」は、
人間が対象化できない唯一の存在。

545 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/18(金) 12:45:01.68 ID:i8tBrGmG
>>540
>有無の判断は、「深く考える」ことではなく、最も初歩的、基本的な 判断。

そうですか。
ちなみに、ノイローゼの所見は、どうでもいいことでも考えてしまう。
自分では考えないように努力までするのですが、考えが頭から離れることはない。

有無は初歩的だから、この判断はどうしても決着しなければ生きてはいけない。
生きていくことは苦しい。
苦しいのは有無の判断をどうしても考えが纏まらないことが原因だろう?
だから今日も有無について考える。

これがノイローゼの特徴です。
ノイローゼ、神経症、統合失調症にはこの症例が該当しますね。
悩んでいる方は私に相談してください。

546 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:48:13.92 ID:KIfOliBn
>>514-515
もはや比喩にもなっていないが、「取引」と「構図として」「意図として」「結果として」なんて何の関係もないのですよ。
さも、関係のあるように羅列するのに何の意味があるのか?

そんなのが有りなら何でも言える罠w
「取引」と「正当なものとして」「偶然として」「「強制として」〜
無論、何の意味も無い。

要は比喩表現に留まらず、日本語の表現自体が下手という結論のようですなw

547 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:53:15.09 ID:+XsQxWEH
肉体はもちろん実体としてある。
しかし、肉体は私ではない。
普通、私の肉体という。
つまり私とは肉体という実体が作り出した
思いというものである。
思いに実体がないのは誰でも解る。

548 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 12:56:16.95 ID:h7v0DLzL
>>544
それは全部あなたの想いに過ぎず、あなたの個人的な信念に基づく無根拠な信仰に過ぎない
鰯の頭の真価は推し量れないと強弁するのは自由ですが
稚拙な盲信は大人の行為とは言い難い
と苦言を呈さざるを得ないでしょう

549 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 13:00:14.02 ID:KIfOliBn
>>520
この表現も全く意味無し。

甘いものや脂っこいものを好きなだけ食べる→不健康で寿命を縮める可能性が高い〜なんてのは常識。

食生活でのタンパク質の取り方が寿命を決めている要素も大きく、単に今の90−100歳と30〜60歳の
食生活の比較で、
>おそらく、今後、歩き回り活動し続け得る90歳100歳は激減するだろうな・・。
とは、勝手な憶測、仮定に過ぎずコレまた何の意味も無い。
むしろ、増えるかもしれないw その可能性も食生活に焦点を当てる以上ありうる話〜w

セブンは意味も無い事を主張するのが好きな暇人という結論ですなw

550 :有と無:2014/04/18(金) 13:18:09.61 ID:kt74mXvV
先日、大乗勃興の理由を釈迦の対機説法から推理された方がいた。
興味深く読ませてもらったが、それだけでなく寄進や布施などが増え、
仏教が既得権益化したことも原因ではないだろうか。
 
仏教が既得権益化すれば、信者を増やし、布施を増やすことが
第一目標になり、信者の悟りは棚上げにされる。その具体的展開が、
釈迦の神格化であり、ウソも方便という偽経の制作である。
 
この間の事情はキリスト教も同じであり、教団の既得権益を守り、
増大するために、イエスの神格化が進められて行く。
真理だからではなく、教団のために神格化されたのである。

551 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 13:25:22.02 ID:KIfOliBn
>>550
金や権力(権力も金に収斂されるから金一本でもOK)にまつわるものは既得権益化するのですよ。
宗教も金がからむと既得権益化する。
そのための神格化というのもあった可能性は高いと思いますよ。

だから仏典から神格化された部分を削ぎとって仏陀た説いた事のみを抽出する意味がある。
例えば仏舎利(遺体を焼いた後残ったもの)が金、銀、ルビー、エメラルド、水晶などの宝石だった〜というのを
信じる人間もいれば私の様に信じない人間もいる。前者こそは望ましい仏教徒であり後者は唯物論者〜というのは
当たらない。

552 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 13:27:45.05 ID:h7v0DLzL
>>550
嘘が方便とされたのではなく、方便とはその人の言葉、と言う意味なんです
人の言葉は全てその人の方便なのであり、嘘を言えばその嘘もその人の方便足り得る
経典に関しては、所謂パーリ三蔵までが釈尊所以の仏語の伝承なんでしょう
それ以降に登場する大乗経典の類と以前の三蔵、これらを法印が貫かれていれば
それは一応全て仏説と看做して仏典とされています
仏典とされてはいても、読むだけならそれは戯論に過ぎず、それをして議論すれば
戯論で戯論を戯論するに過ぎず無益と為る訳です

みんな解脱したらそりゃお寺や教団は困るでしょうね
みんな応供の位になりますから

553 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 13:48:06.58 ID:+XsQxWEH
私は解脱した・・・何から?
私は悟った・・・何を?
私はニルバーナにいる・・・ただの思い?実体として有る?

釈迦が一番怪しかったりする

554 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 14:10:15.87 ID:h7v0DLzL
>>553
私は解脱した・・・何から?                =迷う原因から
私は悟った・・・何を?                   =迷いの原因を
私はニルバーナにいる・・・ただの思い?実体として有る?=嘗ての迷いもこれからの迷いにも戻らないと言う事実は厳然とある

555 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 14:42:43.41 ID:pGZVi979
全てがお金、営利目的だとしたら...

しっかり勉強(労働)して下さい...

556 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 15:51:37.10 ID:NxWcEigY
>>555
>全てがお金、営利目的だとしたら...

営み、生存の事を言っているのなら、

かまわない、生存しよう。

我々は、与えあう(求めあう)、ほっぺにキスする。

その営み。そして助け合って、喜びあって、支え合ってを

営利目的と呼ぶならそれでもいい。

>しっかり勉強(労働)して下さい...

そのような、事を言わなくても

人は自由であれば、可愛いくあれば、役割分担しているし、
しようとするのだ。

短文でのこのような言い草は、逆に抑圧的で、役割分担(人の持って生まれた能力、
持って生まれたやさしさ等)をこわしてしまう。


君、どうしたの? 元気がでないのか。

(^◇^☆)←こんな顔のスジャータより。

557 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 19:46:02.38 ID:+mFDdSAv
確かに労働とか営利活動とか、気張りすぎだな。
生命のそのままの活動を貶めて全否定し、涅槃へ遁走する土台でも作ってんのかな。
全否定や観念無は涅槃とは関わりないからねー。

558 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 20:26:14.15 ID:UnoQgG2y
「苦しみもなく、煩悩もなく、喜びもない涅槃」。それを「地獄」と呼ぶ。

559 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 21:00:57.65 ID:ooqxcUh/
>>509
もとめてないひとなんていないんじゃないか?

560 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 21:05:12.21 ID:ooqxcUh/
>>520
イギリスでその手の実験(20年で万人単位だったような)をして
好き勝手に生きた人は長生きだったそうだ
運動と食を医者に管理された組の方がはやじにだったそうだ
(ほんまでっか情報のうろおぼえだけどねw)

561 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 21:07:22.51 ID:rfka6WrF
>>558
苦しみは煩悩の結果なので同じとしても
煩悩や喜びに共通してるもの、何だかわかってる?

562 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/18(金) 23:36:17.93 ID:ES+4EBmX
>>553
>>私は解脱した・・・何から?

死です。

>>私は悟った・・・何を?

輪廻です。

>>私はニルバーナにいる・・・ただの思い?実体として有る?

俺は不死身という意味です。

>>釈迦が一番怪しかったりする

怪しさでは俺も負けませんよ。

563 :神も仏も名無しさん:2014/04/18(金) 23:44:55.58 ID:nU+nEu4X
煩悩即菩提の煩悩って、捉われのないことじゃない?
煩悩に捉われたままでは菩提にはならないが、
浮かんでは消えていく煩悩に引っかかりのない時、それは即、菩提と言えるってことじゃない?

禅の話でこういうのがある。
あるお寺の師匠と小僧が歩いていた。
団子屋の前を通りかかった時、師匠が「美味そうな匂いじゃなぁ〜」と言った。
小僧さんは、「師匠ともあろうお方が、団子に捉われることもあるのだろうか・・・」と、
ずっと考えていた。
そこで意を決して師匠に尋ねてみた。
「お師匠さん、お師匠さんでも、団子の匂いに捉われることがあるんですか?」
師匠
「なんだ、お前はまだ団子を引きずっていたのか。わしは団子屋の前で捨ててきたわい。」

喩え目の前に苦しい状況があっても、そこに捉われなければ、その状況が即菩提に変わる
状況が無くなるわけじゃない。苦しいという感じ方が転ずる。ってことじゃないかな。

564 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 00:30:05.28 ID:52l2+0Kw
>>563
煩悩が無ければ菩提は為らない
生存欲も煩悩のひとつ、これがなければ如何なる菩提も為し得ない
煩悩を一人で苦しめば苦悩に過ぎないが、そこでその煩悩から他人の痛みを知り
抜苦与楽の行いに転じれば煩悩そのままが菩提に変わる

565 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 00:32:41.05 ID:vExKUUj/
>>550
>釈迦の神格化であり、ウソも方便という偽経の制作である。

実はそうでもないようだ。
原始仏典でも釈尊の4枚舌(誘引方便)があったことは龍樹が解説済み。
多聞第一だからこそ一番悟りが遅れた因もそれだった、と本スレで議論済み。

566 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 00:50:07.58 ID:pIwhhcP5
快楽を求めることは苦労を求めるのと同じこと
反動となるものは起こるのが道理で説明不足だがダニアで説かれる
わざわざ苦をしょいこむことはないというのが仏道の教え
苦を求めないと同時に快楽も求めない
心理的負担の軽減を執拗に説かれる
負担が減れば肉体は喜ぶ
快楽とは喜びの質が違う
肉体にとってどうあるのが幸せかを考えた方がいいかもしれない

567 :あんどりゅー:2014/04/19(土) 00:57:11.89 ID:EOhDyV2K
That's right!

『楽は苦の種、苦は楽の種』

ってことっすね。。。。

568 :あんどりゅー:2014/04/19(土) 01:45:15.70 ID:EOhDyV2K
私の書き込みこそが仏教的真理です!
他の仏教議論など何の役にも立ちません!
病人の遊びと同じです。

569 :それはない!!:2014/04/19(土) 01:50:54.03 ID:RmewA2jM
               , '"´       ``ヽ、          l⌒l     /⌒!
          /   /          \         |  |     /  / /⌒l
         /   /   /   /      ヽ         |  |   /  /  /  /
         /  / /  /    /    ハ ヽ       |  |  /   /  /  /
        / / /  / 〃 // ,イ /| ハ  ト、       |  | /  /  /  /  / )
        / /  l  |//メ// // /!/|_」|  八      j   ∨  l  /  /  / /
       /  l   l  |.ィでソ`ー  .ィが´/ ( ̄`ヽ   /   ‐- .._レ′  | / /
        /   l  | │| ー一   ヾソ /イ{ \   \_/       `ヽ、   /
      /  /|   ヽ ヽ! ""     〉 " /   |  ヽ      \         /
     /  / |   Vへ  r ⌒)  .イ |  |   `、     ヽ       /   
    /  /  |   ∧ 丶、`ニ´ イ │/ │    ヽ     |      /   
   // , ---┤| | |\` ーメ、_|  /  /      ヽ、__        /
  // /    |│| /    ̄´/   リ /\/|      /   ̄       /
 ///      リj//        〃/   `ヽ、   /   /    ┬‐'"
 //       //         //    //`ーy′       /
           〃           / / /    /        /
 \   /               卜、l |   |        /
 \\/                  | /`丶、         /
   ∨|   / ̄``ヽ        /!/     `丶、    /
  /{ ! /    ヽノ       //          ̄ ̄
 ──'´     ヽノ      /

570 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/19(土) 07:23:29.51 ID:wPB88n9s
>>563
>師匠
> 「なんだ、お前はまだ団子を引きずっていたのか。わしは団子屋の前で捨ててきたわい。」

これと同じような話が一休にもありますね。
若い女の子を背負って一休が川を渡る話ですが、一休が赤面したらしく、
川を渡ってから弟子にそのことをからかわれる。
一休
「なんだそんなこと、まだそんなこと考えていたのか?」。とか

つまり禅師というのは、一瞬一瞬を生きているのですね。
また「大愚」とか「狂気の悟り」というのも、前後を裁断した”瞬間の生き方”なんですね。
これは私も凄いとは思うが・・・
実際、私の実生活では無理なのは充分に分かってる。

分かってはいるけど、この禅師の生き方に”私は救われる”というのがあって、
菩薩というのは、このような”存在自体”が菩薩なんでしょうね?

こういう菩薩を、私は敬意をもって学ばさせて頂いておるのですが、
菩薩というのは有り難いものです。

571 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 07:24:42.04 ID:vExKUUj/
>>552
>仏典とされてはいても、読むだけならそれは戯論に過ぎず、それをして議論すれば
>戯論で戯論を戯論するに過ぎず無益と為る訳です

読むだけならばそうかも。
だが、経論をネタに異脳が議論している内にそれが縁で智慧が引き出されて覚りが起こるのも縁起。
仏典の盲信は偏頗だが、『戯論だ』、『戯論だ』と騒いで議論板の縁起にも気付かん御仁も多いかもな。

ようはきかっけ(縁)が無けりゃ何も起こらんということ。

572 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 07:26:08.34 ID:LqJKvyPj
10年嘘つきの机には敬意はらえないなあw信用できないw

573 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 07:30:26.99 ID:vExKUUj/
>>570
>また「大愚」とか「狂気の悟り」というのも、前後を裁断した”瞬間の生き方”なんですね。 (略)
>菩薩というのは、このような”存在自体”が菩薩なんでしょうね?

前後裁断というよりも「終始一貫」でないと衆生済度の願は空しいし。

↑貴殿のかきこが縁で私のかきこが起こった。

574 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 07:34:02.59 ID:vExKUUj/
>↑貴殿のかきこが縁で私のかきこが起こった。

有部が縁で中論が起こったさかい、筆者には主張は無い。

575 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/19(土) 07:41:20.02 ID:wPB88n9s
【禅師とノイローゼ】
@禅師は直ぐに忘れる
Aノイローゼは忘れることが苦手

ノイローゼは、自分で忘れようと努力はするのですが、頭からそのことが離れない。
例えば、仏教の「有無」はどういう意味なのか?
くだらない、という思いがあっても、どうしてもその事を考えてしまう。

このことに関して、簡単な解決方法があります。
こういう悩みがある方は、私のレスポンスをよく読んでください。
必ず快癒します。場合によっては快癒しないこともあるが、それは稀です。

※「有無」は言語自体に矛盾を含んでますから、考えれば考えるほどに迷妄に陥ります。このことを気づかせるのが公案です。
詳しいことが知りたかったら、また暇なときにでもレスポンスします。

576 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/19(土) 07:48:36.35 ID:wPB88n9s
>>572
>10年嘘つきの机には敬意はらえないなあw信用できないw

神経症(ノイローゼ)の場合は、机龍之介を忘れようと努力はするが忘れることは出来ない。
もう机龍之介のことは書かないよう思っていても
書かないと気分がイライラしてしまう。

今日も即レスで机龍之介へ返事を書こう。
これが習慣となって、私は机というモンスターの奴隷と化す。
これが精神疾患の特徴ですが、この心の病を治したい願望があるなら
私はそれなりのレスポンスをする用意がある。

577 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/19(土) 07:51:58.41 ID:wPB88n9s
>>573
>前後裁断というよりも「終始一貫」でないと衆生済度の願は空しいし。

禅師は、終始一貫でもないし、衆生済度など微塵も思ってない。
もし禅師が「衆生済度」などと言うのだったら、それは偽物と思って差し支えない。

578 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 07:56:12.45 ID:vExKUUj/
>>572
>10年嘘つきの机には敬意はらえないなあw信用できないw

>>565
>原始仏典でも釈尊の4枚舌(誘引方便)があったことは龍樹が解説済み。

多分、龍樹も4枚舌、敬意ははらえんかい?

「私がさびしいときに、よその人は知らないの、お友だちは笑うの、お母さんはやさしいの、仏さまはさびしいの」
(金子 みすゞ)

仏様が寂しいのは嘘だろうが、えー慈悲の誘引方便ではないかのー。

579 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 08:07:39.87 ID:do9AIPqX
>>536
>人間が、何故有のみを認識(知覚)するかと言えば、有のみが、生命の維持に
>直接の影響を及ぼすからである。
たぶんそうなのでしょう。御隠居の話はいつも参考になる (^^)
>>551
>だから仏典から神格化された部分をそぎ取って仏陀が説いた事のみを抽出する
>意味がある。
経典だからといって安心できないですね。原始経典を読んだ際は、
そこに三宝の話が出て来たら疑うというか、距離を置くようにしてました。

580 :机の嘘つき10年記録:2014/04/19(土) 08:11:36.79 ID:LqJKvyPj
ライヤーデスクのあたりまえ体操w
615 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/02/25(火) 17:34:54.29 ID:EMYg/SlN>>611
日蓮が蓮如に浄土門を破折しようとしたら、連如が、
「私はなにも分からないので、ただ阿弥陀如来に帰依するだけです」。も感動した。

647 :机文章添削、通信教育係:2014/02/26(水) 04:51:17.88 ID:M5ZHZqNF>日蓮が蓮如に浄土門を破折しようとしたら、連如が、
「私はなにも分からないので、ただ阿弥陀如来に帰依するだけです」。も感動した。
また、

ライヤーデスクめw
デタラメ知識を、パソコンで検索してみろw
蓮如は応仁の乱以降の人物、室町時代
日蓮は鎌倉時代、
649 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/02/26(水) 07:21:59.44 ID:7MNRVIo3>>647
> 日蓮は鎌倉時代、

はぁ?鎌倉時代に日蓮がおったのか?
そうじゃないだろ?日蓮は今おるじゃないか?
貴殿が書き込みした時点において、日蓮はおるじゃろ?

581 :机の嘘つき10年記録:2014/04/19(土) 08:12:39.66 ID:LqJKvyPj
坐禅と見性(机龍之介はアクセス禁止)
http://www.logsoku.com/r/psy/1084840058/

1 : 南予出身[] 投稿日:04/05/18 09:27 ID:5l4pouB+ [1/1回]
前スレは机の乱入で糞スレになってしまいました。
 新たにここで、見性について情報交換しましょう。

検証した人に、見性のきっかけ、修行のコツなと伺いたいです。
どうか、我々凡夫にアドバイス下さい。

205 : 南予出身[] 投稿日:04/05/31 19:42 ID:XVu33xY1 [1/1回]
机、もううんざりだ。出てくるな。
206 : 名無しさん@3周年[sage] 投稿日:04/05/31 19:48 ID:Li/DVDwu [1/1回]
せめて名無しにしてよ
207 : 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. [] 投稿日:04/05/31 19:59 ID:jyfYCFc6 [1/4回]
>>205
>机、もううんざりだ。出てくるな。

じゃあ、なんで私の名前を書き込むのだらう?

582 :机の嘘つき10年記録:2014/04/19(土) 08:13:40.45 ID:LqJKvyPj
>神経症(ノイローゼ)の場合は、机龍之介を忘れようと努力はするが忘れることは出来ない。
もう机龍之介のことは書かないよう思っていても
書かないと気分がイライラしてしまう。



爆笑wwww机10年嘘の上に嘘を上塗り

583 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/19(土) 08:24:18.28 ID:wPB88n9s
>>580
>はぁ?鎌倉時代に日蓮がおったのか?
>そうじゃないだろ?日蓮は今おるじゃないか?
> 貴殿が書き込みした時点において、日蓮はおるじゃろ?

ああ、これが分からんかったのか?では説明します。
現時において三時が含意してます。
つまり刹那と無限は等価であります。
よって、禅師は刹那において無限を生きているんですね。
これが机龍之介の解答になります。

なんだそうだったのか?と、納得されたかとおもいます。
疑が晴れて、それで開眼するのですよ。
大疑のもとに大悟あり。ですから。

584 :有と無:2014/04/19(土) 08:26:20.49 ID:do9AIPqX
>>552
>嘘が方便とされたのではなく、方便とはその人の言葉、と言う意味なんです
>人の言葉は全てその人の方便なのであり、嘘を言えばその嘘もその人の方便足り得る
 
もし方便=言葉なら、方便という言葉を使う意味がない。
方便とは目的のためにとる、その場しのぎの手段や都合のいい方法です。
方便を認め、方便を多用したために、仏法が混乱している。 

>みんな解脱したらそりゃお寺や教団は困るでしょうね
>みんな応供の位になりますから
お寺や教団の都合で、信者の運命を左右されたらたまらないですね。

585 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 08:46:17.19 ID:LqJKvyPj
583机の18番嘘の上に嘘を塗り重ねる、
嘘をつくのを常態化していると思われる・・・・w

586 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 09:09:20.26 ID:4cdjJGO7
>>565
>多聞第一だからこそ一番悟りが遅れた因もそれだった、と本スレで議論済み。

大パリニッバーナ経はマハーカッサパ一派の謀略仏典。
その謀略仏典を鵜呑みするカルト在家の勝手な妄想でしかない。

587 :有と無:2014/04/19(土) 09:33:52.23 ID:do9AIPqX
また中論、竜樹の有と無の話に戻ろう。
竜樹は、二者択一の有と無に四句分別を使っている。
 
四句分別は、関係する二項の、論議領域を区別するものでしかない。
たとえば、善悪・苦楽・明暗などの相関関係や、国民と日本人、
職人と商人などの集合で所属関係を区別し、明らかにするために使う。
関係する二項であること、同時的であることが条件である。
 
そういった四句分別に、二者択一の有と無を適用したら誤りになる。
有と無といっても、有と無は同時には成立しないからだ。
竜樹もヘーゲルも無を実体視、無があるとカン違いしている。

588 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 09:44:17.09 ID:vExKUUj/
>>586
>大パリニッバーナ経はマハーカッサパ一派の謀略仏典。

ほー、あれが謀略仏典なら、他の原始仏典も謀略仏典ってか。
御隠居の「釈迦教はカルト」説にはえー餌だな。

589 :煩悩即菩提:2014/04/19(土) 09:57:21.52 ID:4cdjJGO7
>>563
>喩え目の前に苦しい状況があっても、そこに捉われなければ、その状況が即菩提に変わる

たしかにいい「想い」ですね。素晴らしい。
でもそれは<煩悩⇔菩提>相対の如理作意【一切門】(中部2)です。

<非煩悩非菩提の如し>の【般若門】に到りついてはいません。
ましてや、<即煩悩即菩提(煩悩即菩提)>の【還滅門】には遠い。

  『しかあれば、参学の雲水、かならず勤学なるべし、容易にせしは不是なり、勤学なりしは仏祖なり。
   おほよそ心不可得とは、画餅一枚を買弄して、一口に咬著嚼尽するをいふ。』(道元 正法眼蔵 心不可得より)


さらには、煩悩即菩提の煩悩とか菩提とかにも
まったく捉われなくなった入鄽垂手<仏法ゲシュタルト崩壊>は夢の如くなり、です。

   『もろもろの一切の事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成しなさい』(長部16 大パリニッバーナ経6-23-7)
    

590 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 10:11:34.35 ID:caZiapZf
>>564
例えばその苦しみも、耐えられない、大きなものもあるでしょ?
一人で苦悩して、その後苦悩した経験を元に、人を助ける・・
それも一つの菩薩のあり方だろうが、今人を助ける余裕も無いほど重病になってる人は、
自分を助ける余裕も無い。

苦しみを味わった後人を助けるじゃ、その苦しみを今味わってる自分は、即救われない。
苦しみが大きかった場合は、人どこから自分がつぶれてしまう。
こういう自分を救うには、どうしたらいいと思う?

591 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 10:23:01.65 ID:LqJKvyPj
589 :煩悩即菩提


ハッタリ禅登場w

592 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 10:26:01.74 ID:caZiapZf
>>570
よく例え話に出てくるのは、若い女の子を背負う話のほうだよね。
団子の話はあまり一般的じゃない。

でもどちらも、一時的に煩悩と思われるものが、出てくるんだよね。
それで捉われの方を否定している。

で、問題なのは、苦しい状況があって、その状況は変わらないが、そこに捉われるから苦しみが起こるのか、
状況があり、苦しみが起こっても、ある時点で捉われから離れた時、それが菩提になる、ってことなのか
・・ってことだよね。

もし煩悩自体が菩提であったら、小僧さんが団子を引きずったのも、弟子が女の子を背負い続けたのも、
同じ煩悩ってことになるから、即菩提、ってことになっちゃう。

やはり煩悩即菩提とは、「煩悩から捉われたとき、菩提になる」ってことだと思う。

593 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 10:29:08.97 ID:caZiapZf
>>592訂正

× 「煩悩から捉われたとき、菩提になる」
○ 「煩悩から捉われが離れたとき、菩提になる」

594 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 10:36:49.52 ID:caZiapZf
>>589
もしも煩悩に捉われが無ければ、「非煩悩、非菩提」と言えるんじゃないかな?
また、「即煩悩、即菩提」とも言えるような気がする。

もしも「煩悩を生かして菩提にさせる」 っていうなら、それは相対を認めていることになって、
両方即、両方非、とは言えないでしょう。

煩悩に即、捉われが無ければ、その「捉われが無い境地」は「即菩提」であり、
捉われが無ければ、そこには「煩悩」も「菩提」も無いでしょう。

595 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/19(土) 10:58:48.44 ID:wPB88n9s
>>593
> 「煩悩から捉われが離れたとき、菩提になる」

私が煩悩即菩提を悟ったのは、暮れも押し迫った大晦日の日だった。
私が病床の身で、除夜の鐘を聞いていたとき、
「そうか煩悩とは、人が生きているから煩悩があるんだよな」。とか
そんなことを考えていたとき、ッフと感動が走った。
「生きているとは、こういうことなのか!!」。と私は悟った。

人間は生死の間にあるとき、生と死を同時に悟るらしい。

冬山登山愛好の登山家がこんなことを言ってる。
山の頂上あたりだと、死体がゴロゴロあるそうだよ。
プロはその死体を目印に登るらしいんだけど、
そういう極限の世界に自分が居るとき、何ともいえない快感があるそうだ。
この快感を忘れなくて、プロは死をかけて何度も冬山を挑戦するらしい。

まあ、生とは、死と隣り合わせにあるとき、本当の生を悟るんじゃないか?
これと同じかと思うね。
煩悩も、それは煩悩であるがゆえに菩提なんだよ。
えてして禅とは、逆説的ではある。

596 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 11:05:11.25 ID:caZiapZf
>>587
>有と無は同時には成立しないからだ。

「人間の思考概念がこの世界を作っている」という前提が、まずあるんだよ。
分別があるから、この(迷妄、幻想的な)世界が生まれている。
それが前提。

逆説的に言えば、「無」は「本当の無」じゃない。
「無」の裏には必ず、「有」という概念が存在するからだ。
無と有の世界を、概念によって作ってる。
これが現実世界に反映している、ってことでしょ。
その反映した現実世界が、迷妄ってこと。

だから、その概念を越えることが、本当の「無」ってことになる。
(「無」というのは「迷妄すべてが無」ってこと)
そこで本当の「無」を現すために、概念を越える「空」という言葉が出てきたんでしょ。

597 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 11:16:23.54 ID:caZiapZf
>>595
煩悩がそのままあってもいい、と、受け入れた時は「煩悩の捉われ」から離れた時だよね。
「完全に受け入れる」ということは、捉われから離れることを意味している。

例えば、じゃあ、「楽しみを受け入れればいいってことは、楽しみを貪ればいいのか?」ってよく誤解されるけど、
これは完全に受け入れてることにはならない。
純粋な楽しみに、余物(捉われ)を加えてる状態・・・
ありのままの楽しみを受け入れていない、ということになる。
こういう人は当然、苦しみが来た時に、完全に受け入れることが出来ない。
余物を加えるからだ。

余物(捉われ)を加えない状態・・・  只管、ただ、という境地が、
煩悩即菩提ってことじゃないだろうか。

598 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 11:50:24.07 ID:oyqlDgcf
煩悩とは、生命の維持のために生命から不可避的に発する思考・分別・感情。
そのまま感謝して受け入れるべき有り難い生命の教え。無くてはならないもの。

釈迦の教えは「悉く誤り、狂気故の倒錯・勘違い」。その釈迦にこれほどまで
に執着し捉われることこそ煩悩ではないのかw。まずその、生存に有害な人工的
煩悩を去れ。話はそれからだ。

599 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 11:53:17.90 ID:caZiapZf
ああ〜っと、ここの部分を変更したい。

>>594
>もしも「煩悩を生かして菩提にさせる」 っていうなら、それは相対を認めていることになって、
> 両方即、両方非、とは言えないでしょう。

もしも、「煩悩を無くして、菩提に成る」っていうなら、それは相対を認めることになって、
両方「即」、両方「非」、とは言えないでしょう。

600 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/19(土) 11:58:12.95 ID:wPB88n9s
>>597
>余物(捉われ)を加えない状態・・・  只管、ただ、という境地が、
> 煩悩即菩提ってことじゃないだろうか。

そうですね。その通りかと思います。
禅師は無為自然(むいじねん)に全てを受け入れている。
これを私が「無限に生きる」と言ったのです。

これは理想の生き方なんだろうけど、これでは世間では生きていけないから、
世俗智というのがあるんだろうけど・・・

で、ここで考えねばならんのは、白隠や一休は生涯独身を通した。
市井の人は妻帯者とか子供も居る方は、到底白隠や一休のようには生きられない。
「守るものがある」ってのは、制限された生き方を余儀なくされるからね。
だから、市井の人は「生き方」だけ菩薩に学べば良いんじゃないかな?
私のスタンスはそんなところです。

601 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:00:02.69 ID:oyqlDgcf
>>599
「即」とは「そのままで」の意味。「生かす」とか「無くす」とかいう概念は
微塵もない。

602 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:00:26.56 ID:caZiapZf
>>598
分別をそのまま感謝して受け入れちゃうと、ありのままの煩悩を否定しちゃうって話なんだよ。

「無くてはならない」 結構。

その「無くてはならない」ものに、余物を加えて執着するから、そこに苦しみが生まれ、
欲望に捉われ、争いが起こるんじゃないか?

603 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:03:14.11 ID:vExKUUj/
>>589 :煩悩即菩提:2014/04/19(土)
>『もろもろの一切の事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成しなさい』(長部16 大パリニッバーナ経6-23-7)

同じく「大般涅槃経」より、
「アーナンダよ。誰でも祠堂の巡礼をして遍歴し、浄らかな心で死ぬならば、彼らは全て死後に、身体が壊れた後に、善い所、天の世界に生まれるであろう。」

「アーナンダよ。クシナーラーを『小さな町、竹藪の町、場末の町』と言ってはいけない。むかし大善見王という名の世界を支配する帝王がいた。」
(釈尊の6つの前世の一つなのでやたら詳しい説明が続く。)

誰かさんの説では謀略仏典だそうだが、この有名な経典でも輪廻が一部説かれておることを、気付くものは気付くだろう。

604 :begezan:2014/04/19(土) 12:03:42.32 ID:uYjHtzOk
昔の一時期は仏教の伝説にあこがれていたけど、今はなんでもないなぁ。
生きている証、実感、これは必死で禅をしていると顕われてくる。
これは机さんに同意しますが、人生には生きて愛することが大事だと思います。

605 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:07:18.76 ID:caZiapZf
>>600
「今ここに生きる」ってことは、「平等」なんじゃないですかね・・?

市井に生きる人も、寺の禅僧としても、ただその「ありのままの生活」を受け入れる。

むしろ、「市井はダメ」とか、「お寺はダメ」とかいうことが、
今そのままの、ありのままを否定していることになると思う。

今ここのありのままにとって、「理想の生活」とか、「理想の生活じゃない生活」とかは
無いと思うんだけどね。

606 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:10:08.72 ID:caZiapZf
>>601
なるほど、その通りだと思う。

607 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:15:20.53 ID:oyqlDgcf
>>602
その「余物」が、まさに「釈迦の教え」への執着。「煩悩」「煩悩」と大騒ぎする
釈迦が、最も煩悩の意味を解せず、人為的な煩悩に捉われ、悟ってはいない、ということ。
専ら彼の精神病が原因。生活者(健常者)は煩悩など意識しない。だから煩悩はない。

608 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/19(土) 12:26:09.96 ID:wPB88n9s
>>604
>生きている証、実感、これは必死で禅をしていると顕われてくる。

そうですね。今私にあるのはこれだけですね。これで充分です。
>>605
>今ここのありのままにとって、「理想の生活」とか、「理想の生活じゃない生活」とかは
>無いと思うんだけどね。

そうかね?「ありのまま」ってのは難しい局面もあるのですよ。
例えばですね、泥棒が侵入して「ありのまま」に貴殿は受け入れられますか?
「ありのまま」に受け入れられるとしたら、それは自分にとって「守るものが全くない状態」のことです。

独身者なら、このような生き方も出来るでしょうが、
家族があったり子供が居る場合は、こんなことしてたら一家が持ちません。
父親としての責任を天秤に掛けなばなりませんからね。

市井の人は、菩薩のようには生きるのは難しいけど、
その生き方は、充分に学べる。ってのがスタンスで丁度いいかと思うけどね。

609 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:33:37.67 ID:oyqlDgcf
>>605
宗教者は、開祖の精神病の感染(即ち、観念の奴隷)だから、「ありのまま」には
生きられない。「狂気」とは、「現実との接触の喪失(loss of contact with reality)」
と定義される。

ちなみに、「現実」とは、「五感で知覚される世界」をいう。それ以外の世界では、
人間は一瞬も生きられないからである。

610 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:41:28.23 ID:do9AIPqX
>>596
>人間の思考概念がこの世界を作っている」という前提が、まずあるんだよ。
 
キミの頭の中にあるのか? でもそれはまったく成立しないだろう。
この世界(現実)がなければいかなる概念も生じない。
キミは最初から、無という落とし穴に落っこちている ヽ(^o^)丿

611 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 12:50:57.23 ID:4cdjJGO7
>>603
>この有名な経典でも輪廻が一部説かれておることを、気付くものは気付くだろう。

既に完全論破済み。
それは仏教にまつわる歴史的事実の縁起を明確に如理作意する=因果関係を正確に見る=仏道に相応しくない。

 ジャイナ教やヒンドゥー教の密輸入であり、アーリア人種差別意識の混入であり、
ゴータマ・ブッダの神格化であり、一切行無常を無視した仏教教義の固定化と儀式化←実質バラモン階級化であり、
教団体制の利権化であり、分派闘争の恒常化であり・・・・
等々というおよそ仏道に相応しからざる歴史的事実背景を無視する抽象的な形式論でしかない。

その象徴的ネーミングを<マハーカッサパ教>とその末裔と呼ぶ。

612 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 13:05:31.82 ID:DHbXgjfi
>>571
>智慧が引き出されて

智慧は婚礼の手土産じゃないから引き出るものでは無い

613 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 13:08:50.02 ID:DHbXgjfi
>>587
>無があるとカン違いしている。

君こそ無の惑にまんまと落っこちている

614 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 13:20:25.79 ID:DHbXgjfi
>>603
アーナンダに対しては方便をもって断滅を否定されている
輪廻転生が無いなら「無い」とはっきり言えば済む話
死んでみなければ解らないなら無記を通し、方便も一切説かない
なのに方便をして前世を語ってる経も少なくない

>>611
前世来世をあると思い願えば常見に落ち、前世来世を無いと思い願えば断見に落ちる
両者は明らかな邪見であり邪義となる

615 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 13:28:21.87 ID:4cdjJGO7
>>614
論点はずれ。

分かりきったことは書かなくていい。

616 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 13:45:53.39 ID:DHbXgjfi
>>615
では、輪廻転生の仕組みを解説してください

解りきってるんですよね?

617 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 13:54:26.66 ID:4cdjJGO7
>>587
>有と無といっても、有と無は同時には成立しないからだ。
>竜樹もヘーゲルも無を実体視、無があるとカン違いしている。

もうトンチンカンな分析はいいかげんにしたら?
無に意味を持たせ、実体視しているのがあなただ。

『無は無ではない。これを無と名づける。』

無とは概念であり、言語的存在→仮設⇒相対の仮説(仮観)だ。
そのように縁起しているものは、実は意味を捨象した<中道>にあるのである(中論24-18)。

ここになんらのカン違いもない。

618 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 13:58:18.37 ID:4cdjJGO7
>>616
ナンセンス(仏法センスがない)な一切外妄想を解説する気はない。

ジャイナ教やバラモン→ヒンドゥ−教の密輸入だ。

619 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 14:12:31.64 ID:DHbXgjfi
>>618
>一切外妄想

無いと思えば断見
非有非無と思うなら四句分別

いずれも仏法の見解には当たりません

620 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 14:13:49.92 ID:DHbXgjfi
>>618
非有非無「の如く」なら詭弁論証

これも邪見ですのであしからず

621 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 14:18:08.23 ID:4cdjJGO7
>>619

無視(無記)である。

622 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 14:19:16.53 ID:4cdjJGO7
>>620
以下は邪見か?

・龍樹 中論7-34 『 あたかも幻の“如”く、あたかも夢の“如く”あたかも蜃気楼の“如”くであると、
     譬喩をもって、生起(生)が説かれ、持続(住)が説かれ、消滅(滅)が説かれているのである。』

・金剛般若経 32 『一切有為法 “如”夢幻泡影 “如”露亦“如”電 応作“如”是観』

・相応部 22-95 『色は聚沫の如く、受は水泡の如く、想は陽炎の如く、行は芭蕉の如く、 識は幻事の如しとは 日種の〔尊〕の所説なり。』

・大智度論初品中十喩釈論第十一『解了諸法如幻如焰如水中月如虛空如響如犍闥婆城如夢如影如鏡中像如化』
        # 諸法(諸の事物)は、 『幻』のようであり、『焔』のようであり、『水中の月』のようであり、『虚空』のようであり、 『響』のようであり、
         『ノ闥婆城(つばじょう、蜃気楼)』のようであり、『夢』のようであり、 『影』のようであり、『鏡中の像』のようであり、『化』のようであると、解了する。

623 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 14:21:41.87 ID:4cdjJGO7
>>620

アホには無理だが、<混ぜるな!危険>

624 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/19(土) 14:57:22.50 ID:3I4H74t6
>>616
>>では、輪廻転生の仕組みを解説してください

横レスでいいですか。
唐突ですが、おカネを例にします。
経済学についてはど素人なので偉そうなこと言えませんが、要するにお金には価値があると。
お金がいっぱいあれば価値の有るモノと交換できる。

おカネ=カルマ(行為)とお考えください。
良いカルマを貯めると良い来世と交換できる。
これが輪廻の、チョー大雑把な解説です。

・・・ちょっとパチスロ打ってきます。のちほど。

625 :有と無:2014/04/19(土) 16:31:36.17 ID:SGlfHRcU
>>617
>『無は無ではない。これを無と名づける。』
残念だが、この呪文は無に対して効き目がない。
>無とは概念であり・・・
無は概念ではない。存在しないものは概念にならない。
>そのように縁起しているものは、実は意味を捨象した<中道>・・・
だからあ、有と無の縁起は成立しないのだ。
 
>ここになんらのカン違いもない。
キミこそ、トンチンカンな分析はいいかげんにしたら?
無に意味を持たせ、実体視しているのがあなただ (-_-)/~~~ピシー

626 :有と無:2014/04/19(土) 17:06:56.04 ID:SGlfHRcU
有は、観測者によって、有であることが明らかになる。
ということは、観測者は周囲の有を有であると観測できるわけだ。
かりに観測者が無であれば、周囲の有は観測されない。
自分が有だからこそ、周囲の有との違いを観測することができる。
結論 → 観測者は有である。無ではない。
 
これを観測している者はだれか。
記憶は脳ミソ、思考は意識と記憶の相互作用だから、意識に他ならない。
自分と周囲を区別する能力が・・・意識の「自己意識」である。
この自己意識が「わたし」という主語になる。

627 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/19(土) 17:28:27.06 ID:rvY3uzc9
>>581 学ぶ事無くただ太るだけの嘘ツキばか狗、【嘘臭】(; -y-)ツ))鼻つまみ クッサー♪

    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄                    
    |ばか露呈 脳ミソ(・∀・)dj! バカ狗をを回収に来ましたぁ〜♪
    |__  ________                    
     ,_∨_______       γ===============┐..
   . γ;二二二, ll .__/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄//  \______/ )\
. _  // 彡⌒ミ |.|| | .|    SEC     .l l,,,,,,,,,,,,,,,,,,\____/ /__\
[_].//(´・ω・`).| || | |           ヽヽ丶    |8|| ̄ / / ̄ヽ  |6| ゥアア・・ウウ
.└/l__/__  ).| || .|__| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽヽ ヾ-ー「:l|_/ /⌒ ミ ヽ  ||
  |    (_/ [||| --|_________ヽヽ  ゞ |.:ll ./ / ;´Д`) . 彡⌒ ミ 狗!ポイッ!
  lフ  ,------|.l_|二二l_l/ ̄ ̄/l /γ二二..ヽヽ __ヾ |.:|/.    \ヽ⊂(・ω・` )ミ
 [ll三// ̄ヽ\|.\===l二二l__l /// ̄ヽ\~ヽヽ_匚|]二||二二二||_.(⊂  )   〜〜クサイ〜♪
  └--l .※ ..l ..凵======-l/.l .※ ..l |_l~(\__/~'==l=======l==/y  人
    丶  ./_/   丶_/_/    .丶  ./_/_/ ̄~~丶_/_/_/ ̄ ̄ ̄ (___)__)
     . ̄               .  ̄

628 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/19(土) 17:29:14.50 ID:rvY3uzc9
>>582
.       ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       (;´Д`)< すみませーん!すぐに どかしますんでー
  -=≡  /    ヽ  \__________________
.      /| |   |. |
 -=≡ /. \ヽ/\\_    ウアウウウアー
    /    ヽ⌒)==ヽ_)= ∧_∧
-=   / /⌒\.\ ||  ||  (´・ω・`) ←バカ狗には考える脳が無いバカ露呈 脳ミソ(・∀・)dj!
  / /    > ) ||   || ( つ旦O
 / /     / /_||_ || と_)_) _.
 し'     (_つ ̄(_)) ̄ (.)) ̄ (_)) ̄(.))閉店ガラガラガラッ

629 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/19(土) 17:43:38.96 ID:rvY3uzc9
>>582  
      ク    ク   ク    ク
   ク  チ    チ  チ    チ   ク  ク
   チ  ャ     ャ  ャ    ャ   チ  チ
    ャ  、__,.-、`     _, .,r‐'"ヽ-;    ャ  ャ
       ゙| 、_ \_,.ィ─ァ、/ (⌒゙7|´ ノ
  ク    ヽ\_r}/ /  \ ヾ/     ク
   チ   `ヽ、/_ヽ,   ノ _!      チ  ク
ク   ャ   ,ィ゙《(・))ヾ| ==i《((・)ゞ }}     ャ チ
 チ    / |i il゙ ̄/ ▼ \"|    ))     ャ
  ャ   ,.!  .|i | |  ,r=-、rヽi っl} |,
      |  ヽ\K_,./ニニッ、。ノ゚,, 〃学ぶ事無くただ太るだけの嘘ばか狗【嘘臭】(; -y-)ツ)) クチャイクチャイ♪
     ./    \ヽ_ ̄  |ヽu  ハ
   /  i    |  ̄ ̄ .イ  | u    
   |   \   |ヾ‐   | /
   |    .|   ノヽ   イ  |、
   ヽ  |  `!  \    ゙|  ヽi}
    | .|  _|__  ヽ . ..|  |ノ

630 :有と無:2014/04/19(土) 17:45:47.37 ID:SGlfHRcU
観測者の意識は有である。では無とは何か。
すでに書いたように、意識と記憶とが関係して登場するだけであり、
それは「反省的なもの」「二義的なもの」でしかない。
  
この世界では、有が無に優先する跛行関係があり、
観測者はそういった世界の存在であり、そういった世界を生きている。
こんな世界は嫌だと思っても選択の余地がない。

631 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 18:41:47.66 ID:vExKUUj/
>>622
>以下は邪見か?
>・龍樹 中論7-34 『 あたかも幻の“如”く、あたかも夢の“如く”あたかも蜃気楼の“如”くであると、
>    譬喩をもって、生起(生)が説かれ、持続(住)が説かれ、消滅(滅)が説かれているのである。』

一切、帰謬法に過ぎず、本人は「主張はない」と言っておるし。

632 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 18:42:04.63 ID:DHbXgjfi
>>622
>中論7-34

これは有為と無為の存在に付いて言っている、仏法出世間に於ける輪廻論はこの枠に入らない
だから君は未だに輪廻を説く事が出来てない、輪廻はこの世界を作っている真の道理でなのであるから
因果に落ちず、因果を昧さないのである

>金剛般若経

上記に同じ

>相応部 22-95

上記に同じ

>大智度論初品中十喩釈論第十一

上記に同じ

<混ぜるな!危険> 御仁自らが混ぜまくっているミキサーDJ、の如くw

633 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 18:44:02.94 ID:vExKUUj/
輪廻が無ければ、地獄は無い。 地獄が無ければ閻魔も無い。
コテを変えた方がえーのー。
『非閻魔』とか。センスでしょう。

634 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 18:51:36.50 ID:DHbXgjfi
一言で「因果」を言う時、原因となる因はそれまでの結果なのでもある
因果の「結果」はそれからの原因なのでもある
故に、因と言えば因より他に無く、果と言えば果より他に無いのである
それが因果の正体であり、因果に落ちない理由でもある
そして仏法はこの因果の正体を決して昧ます事も無いのである

635 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 19:01:01.96 ID:6PqgVRuF
> これを観測している者はだれか。
> 記憶は脳ミソ、思考は意識と記憶の相互作用だから、意識に他ならない。
> 自分と周囲を区別する能力が・・・意識の「自己意識」である。
> この自己意識が「わたし」という主語になる。

なら涅槃というのは盗金で宴会してるようなもんだなw
刹那主義と紙一重だ。桜が咲いてる間だけ楽(宴会出来る)というだけだ。
脳ミソがなければ睡眠が不可能な様に、脳ミソがなければ涅槃があり得ない涅槃となる。

・・・・・
結論。お前はクズだ。

脳ミソ(脳科学)という還元が始めになされるなら、脳ミソ(脳科学)に答えを聞くべきだぞ。
つまり終わりも脳科学に答えを聞くべきで、出前勝手に、論を進める事はできないw
涅槃、苦の滅も脳科学に訊くべきであるw
お前は都合よく脳科学を借用しているダケだ。

> 観測者の意識は有である。では無とは何か。
> すでに書いたように、意識と記憶とが関係して登場するだけであり、
> それは「反省的なもの」「二義的なもの」でしかない。

まず、お前の無を定義せよw

636 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 19:20:12.27 ID:DHbXgjfi
脳は仕事として思考を行うが、脳組織そのもの各々に意思は無い
だから自意識に反して思考をストライキする事も無い(病時は除く)
思考も思考自体に意思は無い、だから思考が勝手に分裂して相殺される事も無い(病時を除く)

人間は、思考によって自分を認識し、その認識によって自分たらしめ、自分が実在してると勘違いしている
その認識対象は自分の実感なのであり、その実感は肉体由来なのであり、結果自意識は肉体に依存して成り立っている
色身不二とか心身一如とかの根拠もこれ
故に、自意識の色たるものは器である身体の事となり、結局自意識に永遠性など無く、永遠でない故に実体も無いのである
脳が作ってる幻なのだから、その脳自体にも意思は無く、「私」の意思で記憶を作ったり消したりすらも出来ない

637 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 19:39:41.43 ID:caZiapZf
>>607
>生活者(健常者)は煩悩など意識しない。だから煩悩はない。

一般の人は、煩悩を引きずりまくってますね。 意識しまくってる。
この煩悩を引きずる・・・ ってのが、「捉われ」ということになるのでしょう。

美味しい物を食べた・・ また食べたいなぁ〜、と思う。
一度あった快を、追体験したいという欲求が生まれる。
一度あった不快を、回避したいという不安、恐れが生じる。
一度あった感情に捉われ、継続させてしまう。

「面白い番組を見た。 また見たいと思う。 次回の放送が待ち遠しい。」
「嫌がらせを受けた。 そいつにまた合った。 怒りがふつふつと沸いてきた。」
「昨日、会社で嫌なことがあった。 今日は会社に行きたくない。」

いずれも、最初にあった純粋な煩悩を引きずってるわけです。
捉われてる。
たとえ話で言うと、「背負ってる」ってことです。

煩悩自体が苦しみを生むというより、「煩悩を引きずること」が苦しみを生む、
と言った方がいいかもしれない。

638 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 19:50:46.50 ID:caZiapZf
>>608
ありのままっていうのは、例えば、「コップが落ちそうになっているのを、パッと拾った」とか、
「危ないものが飛んで来たので、パッと避けた」とか、どちらかというとそういう反応の方ですよね。

「今ここをありのままに受け入れる」ってのは、決して危ないものを避けなかったり、
コップを落ちるままにするってことじゃない。

病気になったら病院で適切な治療を受ける。
もしも自分の病気が受け入れられなければ、怪しい療法に頼ってしまうかもしれない。
自分の病気を受け入れられれば、適時適切な行動が出来るわけです。
病気を完全に受け入れられれば、不治の病でも恐れはないかもしれない。

強盗が来たとき、もし強盗という事実を受け入れられなければ、「私は強盗をありのままに受け入れましょう」という
聖人の態度を真似して、恐怖を紛らわそうとするかもしれない。
自分はイエスキリストになったんだと、現実逃避するかもしれない。

しかし強盗を完全に受け入れられれば、適時適切な行動が取れるし、
もっと深く受け入れられれば、恐怖は起こらないかもしれない。

639 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 19:57:10.99 ID:caZiapZf
>>609
>「現実」とは、「五感で知覚される世界」をいう。それ以外の世界では、
> 人間は一瞬も生きられないからである。

ならばほとんどの人間は、「五感以外の非現実の中で生きている」と言ってもいいかもしれない。
未来に不安や恐怖を感じる・・・  過去の恨みを引きずる・・・ 未来に欲求を満足させる妄想を抱く。
今ここで歩く足を意識していますか?
今ここでする呼吸を意識していますか?
大抵そういう目前のことは、未来や過去を引きずる妄想によって分断されているでしょう。
現代人こそ、こういう非現実な世界から、現実の世界に戻る必要があるのではないですか?

640 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 20:01:50.69 ID:caZiapZf
>>610
>この世界(現実)がなければいかなる概念も生じない。

これはその通りだよね。  世界が無いということは、概念で見る人間がいないということ。
概念が無ければ、それによって生じる世界 (迷妄の世界) も無い。

641 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 20:04:00.32 ID:lElG10+8
>>637
己の生命の声に感謝して従うのは、煩悩とは云わない。何故なら、それは、至高な存在
としての生命の維持に不可欠な機能だからである。従ってそのことは、生命に対し如何なる
苦ももたらすいわれは無い。

苦をもたらす煩悩とは、己の生命の声に反する、至高ならざる赤の他人の開祖の教えに
従うことである。

642 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 20:17:56.74 ID:DHbXgjfi
>>641
それは仮観、仮観を至高とするのは低い見解
今しか見えてないから身勝手そのものとなる

643 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 20:28:14.66 ID:6PqgVRuF
>>636
> 脳は仕事として思考を行うが、脳組織そのもの各々に意思は無い

> 故に、自意識の色たるものは器である身体の事となり、結局自意識に永遠性など無く、永遠でない故に実体も無いのである

> 脳が作ってる幻なのだから、その脳自体にも意思は無く、「私」の意思で記憶を作ったり消したりすらも出来ない

そいつはダメだw
゛脳゛というのは確認できない。
脳は科学の成果・産物であり、勝手にそのキーワードダケを都合よく援用出来ない。
還元するなら徹底的に還元しないと許されない。
つまり、脳科学還元は完成されてない(答えは出てない)ので援用してもご都合にしかならない。

644 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 20:36:39.58 ID:DHbXgjfi
>>643
脳が確認できなくともあなたは自分というものを「考えている」
あなたが肉眼で自分の脳を見て居ないからと言って、現代の常識で言うところの
脳の存在を否定は出来ない、考えて2ちゃんに書き込んでるんだから

「業報ありて而も作者無し」第一義空経

理由が解らずとも作用や現象は起こるべきときは起きるんですよ
一般的な常識すら否定するのは如何なものかと思います
そして脳科学に拘るのも仮観に執着している事になり、それは仏法ではありません

645 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 20:44:33.62 ID:lElG10+8
>>642
仮観なる観念を作り出すのも己の生命。従って、生命は仮観に先立つばか
りでなく、他のすべての思考、認識、感情、行動の源泉。己が死ねば、
一切は永遠に不可能になる。幾ら足掻いても無駄である。

646 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 20:46:21.44 ID:DHbXgjfi
>>645
じゃあ、その己の生命の起源は?

647 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 21:48:44.21 ID:lElG10+8
>>646
両親の精子と卵子の結合に決まってるだろ。仏典など根拠皆無な妄想文書を
読む時間があったら、まず産科学の基礎から学べ。

648 :記憶喪失した男 忍法帖【Lv=16,xxxPT】(2+0:3) :2014/04/19(土) 21:59:20.97 ID:Fprk2nkD
なんか、仏教議論スレ、盛り上がってるけど、
同じことばっかりいってるから、
あんまり意味ないと思うんだよね。

なんか、面白い宗教徒は出てこないものだろうか?

649 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/19(土) 22:04:03.07 ID:rvY3uzc9
>>585  学ぶ事無くただ太るだけの嘘ツキばか狗、【嘘臭】(; -y-)ツ))鼻つまみ クッサー♪

所謂いわゆる ハラガケとは 理解力皆無のライアーである。

繰り返す常習犯罪者で重度の自己愛性人格障害での中年のヒキニートで嫌がらせが生き甲斐で
一度相手や場所を決めると延々何年も粘着し、息を吐くように嘘をつく
自分の悪事を棚に上げ、相手に投影して逆切れし責め自分への批判を相手への攻撃とし
都合の悪いことははぐらかす言い訳と責任転嫁と自己正当化の達人
虚栄心と自己顕示欲の塊で自演狂いのため誰も信用できず誰からも信用されず
常習的ストーカーで名誉毀損犯でモンスタークレーマーで
なりすましで詐称師で自分を良く見せ相手を悪く見せるためにデッチ上げ
自己中心的な要求が満たされないと無差別攻撃を繰り返す
安全圏からの嫌がらせをするのが何より好きなs小心卑怯者で
批判されて当然のことをしていながら批判されたと大暴れ
不特定多数の恨みを買い、社会を逆恨みし
あくらつな要求が激しく何の義務も責任も果たさない

(*´ノ0`)コソッ・・・つまりとんでもない下衆ゲスのカス野郎です 気をつけましょう

650 :インギ改:2014/04/19(土) 23:10:32.57 ID:kvges2qk
仏教は哲学的やね

651 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 23:11:11.30 ID:P3dI7JKW
記憶喪失した男 忍法帖【Lv=16,xxxPT】(2+0:3
さん
あなたには宗教は必用なの

652 :インギ改:2014/04/19(土) 23:13:34.73 ID:kvges2qk
さすがに部外者の俺にはさっぱりわからん。

653 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 23:14:23.10 ID:6PqgVRuF
>>644
> 脳が確認できなくともあなたは自分というものを「考えている」
> あなたが肉眼で自分の脳を見て居ないからと言って、現代の常識で言うところの脳の存在を否定は出来ない、

脳と自己存在と何の関わりがあるのか。自己存在のどこに脳が出てくるのか。

>考えて2ちゃんに書き込んでるんだから

それは考えてにちゃんねるに書き込んでいるが脳なんてどこから出てくる話なんだ?

>
> 「業報ありて而も作者無し」第一義空経
> 理由が解らずとも作用や現象は起こるべきときは起きるんですよ

理由は分からないのか。ならば脳作用に過ぎないとか言うな。

> 一般的な常識すら否定するのは如何なものかと思います
> そして脳科学に拘るのも仮観に執着している事になり、それは仏法ではありません

脳科学はピンずれだと言ってる。仏法のどこに脳なんたらがでて来るか言え。

654 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 23:15:51.63 ID:8qQD5mxl
まさに仏教は哲学w
哲学である以上結論はない。
結論がないのにあーだこーだ言うのは阿呆。
あーだ、こーだ言うのはまだマシだが、コレこそが仏教、コレこそが解脱、コレこそが悟り〜
などとやると笑止千万www

655 :インギ改:2014/04/19(土) 23:40:15.59 ID:kvges2qk
ズバリ回答は、、怪しいってことだろうか

656 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 23:42:38.37 ID:8qQD5mxl
怪しいというか偽者ですねww

657 :インギ改:2014/04/19(土) 23:46:37.23 ID:kvges2qk
自分で物事を考えるにあたって、
仏教は役に立ちますかい?

658 :神も仏も名無しさん:2014/04/19(土) 23:54:03.30 ID:8qQD5mxl
>>657
物事を考えるにあたっては役に立たないでしょうねえ。
哲学であるのは生き方を問うものだからです。
人の生き方は百人百様で固定的なものではありませんが、人として生きる以上
人としての生き方の土台のような共通項のようなものがベースとしてあるような気もします。
仏教はそれを指しているのだと思いますよ。
人それぞれではあるが、人としての共通基本的にはコレを押さえとけ〜のような。
しかしコレが明確でないので各人様々に言いたい放題〜まさに阿呆を絵に描いたような状態。
だから言えば言うほど偽者だって事です。

659 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 00:18:09.31 ID:EG82KahT
>>647
じゃあその精子と卵子の起源は?

660 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 00:19:18.34 ID:Rikh1nlI
>自分で物事を考えるにあたって、

やはり考えに行き詰る
そこからどうするかだろな

661 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 00:19:56.71 ID:EG82KahT
>>653
自分の思考はどこでしてるんだ?
ピンずれな事に逃げないでまともに考えましょう

662 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 00:49:06.02 ID:lBi5VOkw
>>661
> 自分の思考はどこでしてるんだ?
> ピンずれな事に逃げないでまともに考えましょう

661は単なる文章野郎だというのがバレたな。
〔X.思考は頭部でする〕んだよ。脳ではない。
本当はXすらも誤り。だがお前にはそれで十分。
ピンずれまくりが生意気を言うな。

663 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 01:13:30.53 ID:P5qFG6V3
>>659
産科学を勉強されたし。

下記の書は、すべて図解で極めて判りやすく、しかも学問的レベルは高い。

「病気がみえる vol.10 産科」(メデイック メデイア社発行)

数億の精子が1個の卵子に向って競争し、その先頭の1個が卵子に進入すると、
酵素の働きにより卵子に壁を作って、他の精子の進入を妨げる。君達は、数億の
精子のうちの、唯1個の勝利者なのだw。

664 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 06:50:02.43 ID:2t/SMSx/
657:自分で物事を考えるにあたって、仏教は役に立ちますかい?

 大事なのはあなたの書いている「自分の実感にそって考える。しかし他人
の方法、思想は可能な限り参照する」ってことでしょう。自分で精いっぱい
考えることができない人が何を聴いても読んでもたいした結果は生めない。
そうあなたもすでに気づいていると思いますけどね。

665 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 07:38:43.51 ID:EG82KahT
>>663
産科学?
精子と卵子の起源はもう産科じゃ収まらない筈だが?
頭カッチカチだね君
そう言う現象の移り変わりは宗教の範囲だし科学じゃ厳しいだろ

君は因果の理法からやり直した方が良いよ

666 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 07:41:55.92 ID:EG82KahT
>>662
頭部のどこでするんだ?
今どきそれも解らんとか抜かす奴も珍しい筈だが

667 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 07:51:49.03 ID:EG82KahT
ピントずれてるとか論点云々言う奴は器が小さく
融通利かない無能
大抵は多少論点ずれてても受け手が許容して続行させる
バカほど自分の想定内しか話出来ないから
生意気だのアホだの罵倒して自尊心を守ろうとする

668 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 07:57:26.47 ID:qiYI312h
まぁ所謂洗脳だ
感覚器官がそれに反応しあたかも実在するかのように思わせる
なんたって感じてしまうんだから説得力がある
嘘からでた誠になってしまう
しかしやはり嘘は嘘というのが事実

669 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 08:06:49.88 ID:9EfwwjSL
>>625
>存在しないものは概念にならない。

『存在』は概念である。
ゆえに『存在しない』=不存在というのも概念に他ならない
『無』とは有の相対概念であり、言語的存在→仮設⇒相対の仮説(仮観)だ。
★そのように縁起しているものは、実は意味・価値・実体・相などを捨象した<中道>にあるのである(中論24-18)。』(>>617

ルールのない言葉に意味はない。
勝義にルールはない、したがって縁起しているものには意味がないのである。

意味・価値・実体・相を付与しているのは我執による共同幻想に他ならない。

上記につき、ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論参照。

670 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 08:08:49.89 ID:9EfwwjSL
>>632(ほら吹き如来)
もう、あまりにアホ過ぎるので相手にしたくはないが、ホント我慢してひとことだけ・・
>有為と無為の存在に付いて言っている

『仏法出世間』とやらにおいて、『有為は成立しない。その故に無為も成立しない』(中論7-33)
ゆえに『いかなる輪廻(生死)も、いかなる涅槃(ニルヴァーナ)も考えられない』のである(中論16-10参照)。
仏法の還滅様相は生死即涅槃⇒煩悩即菩提に他ならない。
したがって、直説できず、『譬喩をもって』示唆するしかないのである(中論7-34)。
このあたりはオカルト宝珠やアホ在家とともに智覚不能なのだろう。 

>仏法出世間に於ける輪廻論はこの枠に入らない

出世間のまなざしならば、無分別空の透過であって、『輪廻論』というような相対論は超克済みのはず。
ところが、ほら吹き如来の輪廻論とやらは、相対そのものであって「世間」の『枠』内そのものだ(爆笑
上記のように、『仏法出世間』とやらにおいて、『有為は成立しない。その故に無為も成立しない』(中論7-33)
ゆえに『そのようなところでは、いかなる輪廻(生死)も、いかなる涅槃(ニルヴァーナ)も考えられないのである』(中論16-10参照)。

『輪廻(生死)には、涅槃(ニルヴァーナ)といかなる区別も存在しない。
 涅槃(ニルヴァーナ)には、輪廻(生死)といかなる区別も存在しない』のである(中論25-19)。

なんで自称ほら吹き如来はここまでアホなのだ?
何度もいうが、二項相対から一歩も出ていないからだ。

>輪廻はこの世界を作っている真の道理でなのであるから、因果に落ちず、因果を昧さないのである

二項相対ほら吹き如来にとってはそうなのだろうw

671 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/20(日) 08:10:35.43 ID:0mWdyVfi
>>638
禅とありのままについて少々講釈します。

禅者は生を存在を、あるがままに受け入れます。そこに何の理由もなくそれを楽しむのです。
それに好悪の判断はありません。ただ
あるがままに、起こるがままに理由なく楽しむのです。
では禅者の受容性とはどんなものか、簡単に説明します。
(つづく)

672 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/20(日) 08:11:40.94 ID:0mWdyVfi
(つづき)
@白隠の住んでる村に、ある娘がおってな、その娘が妊娠したのじゃよ。
A娘の父親は娘に、その相手を執拗に聞き出そうとした。
B娘はそれから逃れようとして、おもわず白隠の名前をあげた。
Cそれから娘は子供を産んで、その子供を白隠のもとに連れていった。
D白隠は、それを黙って引き取る。
E白隠は近所の家々を廻って、その子のためのミルクを乞うて歩いた。
F白隠の弟子たちは、白隠の堕落ぶりにあきれて彼の元を去っていく者もいた。
Gその後、母親であるその娘は、子供から離れている苦しみと懺悔から本当の父の名をあかす。
H娘の父親は、白隠の元に駆けつけひれ伏して謝罪。
I白隠は「おお、そうなのか」とだけ言って、娘の父親に子供を返す。

どうでしょうか?これが禅者の「ありのまま」です。
自分に起こることは全て受入れます。全て自分が責任をとるのです。
もしかしたら、人の究極の姿がここにあるかもしれませんですね。
何も良くはなく、何も悪くはない、全ては仏性なのです。

673 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 08:13:01.34 ID:EG82KahT
>>668
中論とか第一義空経とかを良く精査して読んでみると解るんだが
ちゃんと例として「眼の中に結んだ像や触った感覚等に付いての”その感覚自体”の実在性」について述べてる
ここの愚人たちはそれを鵜呑みにしてしまい、「事物は空で実在してない」と安易に刷り込まれてしまっている
実際の現象とはもっと複雑なんであり、眼耳鼻舌身意が捉える情報とは別に、身体の外側には
六根が受ける情報に対しての六境としてのソースとなる、「身体を離れた実際の現象」は仮和合して本当にある
経論が事物の存在を云々する時は、ちゃんとこの実際の二面性を踏まえた上で六根が受ける情報と
その反応について云々してて、この六根を全部閉じれば我々は世界の何一つも認識できないと言っている(趣意)
これは逆に言えばその状態を理解出来ればそれが「無分別」って事をちゃんと示唆している

愚人にはこれが全く理解出来ない
だから愚かだと経典でも言われてるわけで

674 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 08:15:43.95 ID:EG82KahT
>>672
俗物が禅を語るな禅を

675 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 08:25:41.73 ID:9EfwwjSL
>>625
龍樹はいう、
『有るというのは常住に執着する偏見であり、
 無いというのは断滅に執着する偏見である。
 ゆえに賢明な者は、有(常住)と無(断滅)に執着してはならない』(中論15-10)

上記の賢明なる無執着者には、有る(存在する)ということも、無い(存在しない)ということもない。
一切は空である。

676 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/20(日) 08:26:52.64 ID:0mWdyVfi
>>674
何を言っちょるか?
これこそ禅!!というのを私は書いておる。

あるがままに生きるとはどういう事か?
一瞬においての無限とはどういうことか?
私の書き込みを参考になさったら良い。

677 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 08:27:10.17 ID:EG82KahT
路傍の石ころに六根は無い、だから六境を受ける事が無い
石ころには意識も意思も思考も無いので、自己が石ころである事も
他の石ころの事も認識できないし、自己が路傍に転がってる事も解ってない
当然自己の価値の有無も解らないから苦も無い
苦が無いと言うことは苦悩自体が石ころにはあり得ない
ここの愚人たちは「楽とはなんだ?」と尋ねると、大抵閉口するか
下らない愚にも付かない能書きを並べて「楽しそうな事」を並べたりする
そうではなく、楽とは「苦悩が無く苦しまない事」これ以外に無いのである
プライドばかり高いここの連中はそう言う大事な事が全然観えて居ない癖に
他人を見下したがる、その癖問い詰められると偉そうだとか上から目線だとほざく

まず、その無価値で無意味に高過ぎる自尊心をへし折れ
悟りはその先にあると誰かも言ってる

678 :小林正明:2014/04/20(日) 08:33:48.86 ID:nn5IGARB
霊視した限りは、白隠禅師の目はクリッとした目で、だるまのような眼光
の鋭さも有する御仁であるということだね。

679 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 08:35:51.54 ID:EG82KahT
景山民夫って何で自殺したんだっけ?

680 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:09:04.66 ID:9EfwwjSL
>>672
なにごとにも捉われない禅師の境地ですね。

ところが白隠の弟子達はそうではなかったようで、
実は妊娠嫌疑話は至道無難のエピソードの白隠への権威ずけのためのすり替えらしいのですw
至道無難禅師には他にも泥棒嫌疑話もあります。

師匠が凄かっても、弟子たちは不肖であることはブッダや臨済の場合と同じく
世の習いです。

681 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:12:22.40 ID:9EfwwjSL
>>677

>>675

682 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:21:14.12 ID:EG82KahT
>>681
>上記の賢明なる無執着者には、有る(存在する)ということも、無い(存在しない)ということもない。
>一切は空である。

龍樹尊者は上記の鵜呑み者を「空観に執着して思考停止してる愚か者」として否定した訳だがね

六根の情報だけがこの世界から受けられる境ではあっても、それを受けられる受けられないは
根の持ち主の問題なのであり、地球はそれでも回っている問題を無視しているに過ぎない
悟りはその世間内に留まりたがる偏見を打破する唯一の手段であり
それで得られる見解を出世間と言うのであり、その内訳こそが当に「無分別」となる
解脱は無分別を悟り、一切のも迷妄から脱出する方法を知る事なのであり
事物が空だとか本当は実在しないだとかの戯論を展開する事ではない

683 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:25:27.67 ID:EG82KahT
>>681
君は路傍の石ころ程にも仏に近づいて居ない
有無に拘り過ぎるあまり見落としているものが大きすぎてる

684 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:29:58.29 ID:9EfwwjSL
>>682

それがあなたが二項相対分別→如理作意の範囲でしかない状態の象徴なのです。

685 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:32:03.17 ID:EG82KahT
>>684
説明の上で使うのは仕方ないが、自己が使いたいなら相手も説明のために使うのをそろそろ認めろ

でなければ
>二項相対分別→如理作意

も戯論で無効のままだ
涅槃ではその論法も無効だからね

686 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:33:00.59 ID:9EfwwjSL
>>683
>有無に拘り過ぎるあまり見落としているものが大きすぎてる

それがあなたが二項相対分別→如理作意の範囲でしかない状態の象徴なのです。
無理でしょうが。

687 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:36:18.10 ID:9EfwwjSL
>>685
>涅槃ではその論法も無効だからね

無効も有効もないw
>>670
無理でしょうが。

688 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:36:46.84 ID:jXd3GzP7
>>686
不落不昧因果も理解出来ないでよく言う

689 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:38:14.01 ID:jXd3GzP7
>>687
君が無理だっだけでしょw

690 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:43:56.92 ID:NHjlqy1r
>>686
>二項相対分別→如理作意の範囲でしかない状態の象徴

と相手に言う君はそうではないと言いたいんだろうが、では何故レスが出来てる?
レスは分別しなければ書けないぞ?
君の所謂悟り紛いは胡散臭いな
何で分別できてるんだ?

691 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 09:50:12.39 ID:NHjlqy1r
経典などでは釈尊が質問者に最後は大抵
「それは我であるか?我がものであるか?」等と必ず承認尋問がされる

おかしいよね?無分別を究めてる仏が分別して承認を誘導するなんて
閻魔はこの矛盾点を全然理解出来ないから迷いまくってるんだよ
そもそもの経典の観るべき視点を間違えてて気付いてない

692 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 10:03:32.64 ID:NHjlqy1r
>>670

これの添削が欲しそうなので書いてあげるよw
君は修行もしない上で「想像上」の「彼岸からの物言い」をしたがってるに過ぎない
経典を鵜呑みにし「仏の境地とはこう言うこと、こんなもんだろ」で思考停止し
知ったかぶってその見地のふりで物言いをしたがり行ってるだけに過ぎない

君は般若智の実際も知らなかったし、経典上の釈尊が質問者に最後は同意をさせる事態も見過ごしていた
これに気付けなければ当然悟れていないし、悟れてないと言う事は気付いて居ないという事だ

>『有為は成立しない。その故に無為も成立しない』(中論7-33)

この一文が成立できる為には、君が心そのものを捨て去って私を無視しなければ不成立となる
解るか?反論したらそれが分別なんだよw 反論するなって言ってるんじゃないよ?
悟りは分別できるこの世界で無分別たる実際を「気付き尽くす」事なんだよ
実際にあっちへいく事じゃない

693 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 10:43:17.05 ID:jR/5NSoU
「気付き尽くす」も尽くせぬ世界

694 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 10:50:57.06 ID:NHjlqy1r
いやそれも勝手な線引きで妄想に過ぎない

「視点A」・・・→因(果)→因(果)→因(果)→・・・
         (過去) (現在) (未来)
「視点B」・・・→果(因)→果(因)→果(因)→・・・

これに縁が絶妙に絡んだ理(ことわり)がこの世界の基本
因果倶持とも言う

これらは森羅万象すべてに掛かってて免れてるものは存在しない

695 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 10:58:10.31 ID:jR/5NSoU
波動関数

696 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 11:00:07.66 ID:NHjlqy1r
縁起の理法も理屈は同じ

A ・・・→縁起(縁滅)→縁起(縁滅)→縁起(縁滅)→・・・
  
       過去      現在      未来

B ・・・→縁滅(縁起)→縁滅(縁起)→縁滅(縁起)→・・・


業報ですら理屈は同じ

  ・・・→業(報)→業(報)→業(報)→・・・
  ・・・→報(業)→報(業)→報(業)→・・・

      過去   現在   未来

697 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 11:14:40.81 ID:E3A7dElW
>>665
>精子と卵子の起源はもう産科じゃ収まらない筈だが?

精子と卵子は、実は、すでに胎児の時期にできることさえ判っている。

妄想宗教で、この2500年間、一体何が判ったか?あらゆる分野で
「ゼロ」だろ。

只管、現実のみと対峙し、多くの人々の観察と実験による検証で得られる
科学上の真理は、全人類的合意が容易に到達される。現実から眼を逸らし妄想に
明け暮れる宗教上の「真理」は、殺し合いと争いをもたらしているだけ。宗教
は、人類にとっては「無益有害」な営み、人類に巣食う悪質ながん細胞、即刻
絶滅すべきもの。

人類は、開祖の狂気の感染から発生した創唱宗教によって滅びる。その兆しは、
中東ですでに明らかではないか。

698 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 12:14:01.86 ID:99vpOzNU
>>696
世界は決定論に非ず

699 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 12:19:26.55 ID:mQ4Qnq1Y
>>696
>過去 現在 未来

それを思考できるのは、「今ここの刹那の生命」。死ねば不可能。だから、過去も
未来もなく、すべては「今ここ」なのである。

700 :コレ悟りかよ!?w:2014/04/20(日) 12:40:01.86 ID:30+RcNVa
>>697
ご隠居、科学は宗教ですよ。
科学とは神を探すことです。

701 :有と無:2014/04/20(日) 12:48:49.06 ID:/f/tfPwf
>>669
>『存在』は概念である。
>ゆえに『存在しない』=不存在というのも概念に他ならない
 
概念で考えないで、事物そのもので考えた方がわかりやすい。
目の前のリンゴが存在するのか否か、ということであれば存在する。
それを誰かが食べて、目の前から消えれば不存在になる。
 
概念は存在を前提にし、リンゴ一般やミカン一般は概念になる。
しかし、この無と別の無との比較ができないから、無一般は成立しない。
無も不存在も概念にはならない。中身のない名称に過ぎない。

702 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 12:49:16.87 ID:ztk7N20x
>>671 >>672
あなたは悟ってない人には、「ありのまま」は存在しないとでも言うのですか?
誰がどういうレベルでも、「ありのまま」は存在するんですよ。
言ってみれば、人は皆ありのままの上においては、平等なんです。
例えば、水分補給にコップ一杯の水を大人が飲むとします。
これは大人にとってのありのままですが、これをこのまま赤ちゃんのありのままと言えるでしょうか?

またもし、本当にありのままなら、白隠や良寛は、道に沿って歩かないかもしれない。
ただ行きたいように歩き、山を横断し、田んぼを横切るかもしれない。
果ては崖をそのまま真っ直ぐ進んで、落っこちるかもしれない。
全身打撲の状態で、「ありがたや〜、ありがたや〜」 と言ってるかもしれない。
白隠や良寛に道を歩かせているのは何でしょう?
これはありのままじゃない?

当時の白隠としては、ここで大騒ぎしてもしょうがないという状態。
白隠は全体のことを考えている。 娘のことも考えている。 親のことも考えている。
すべての人を思いやれば、ここは自分が黙って引き受けるしかない。
「自分の置かれた避けられない状態」を、何の抵抗もなく受け入れるっていうのが、ありのままでしょう。

船から海の中に放っぽり投げられた。 どうにもならない。 その「どうにもならない」という状況を、
すんなり受け入れる。
水深50cmのプールで溺れるバカはいません。 立てばいいのです。
その「立つ」、ありのままに歩かずに、「道を歩く」、こういうのもありのままの内に入るんです。

虫歯になって歯医者があるのに行かなくてそのままにするっていうのは、
ありのままじゃなくて怠惰です。
「今ここ」の現状を受け入れられない人は、なかなか歯医者に行こうとしないかもしれない。
あるいは、歯医者に行く前に、右往左往するかもしれない。
行った後にも、治療のあとに捉われるかもしれない。

703 :有と無:2014/04/20(日) 13:08:41.02 ID:/f/tfPwf
>>677
>路傍の石ころに六根は無い、だから六境を受ける事が無い
>石ころには意識も意思も思考も無いので、・・・苦も無い
 
石ころはただそこに存在するだけで虚無に支配されている。
これに対して生物は、虚無ではないところの何かではないだろうか。
この地上に生物が誕生したのは、虚無を救い、虚無である物質世界を
有意義な世界に変換するためのようにも感じられる。
それはともかく、人間は石ころではないところの何かだろう。

704 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 13:11:48.49 ID:ztk7N20x
>>671
例えば、銀行強盗が入ったとします。 その銀行の行員に、悟った人がいるとする。
その人は銀強盗をありのままに受け入れる。 たとえ自分が殺されようが、すべてを受け入れる心境。
なので何も怖くない。

その人の目の前に、非常通報ボタンがあるとする。
その悟った行員は、銀行強盗を完全に受け入れているため、非常通報ボタンを押さないか・・・?
そういうのはありのままを受け入れるとは言わない。
ここを勘違いしてはいけない。
「小聖は山に篭り、大聖は町に出る」とはこのことです。
狂人の真似事をするのがありのままじゃない。

あなたは「ありのままを完全に受け入れる」ということを、ある一面のみに勘違いしている恐れがある。
「逃れられないもの、もう既に起こってしまったことを、完全に受け入れる」ということと、
「今ここで出来ることをただ行う」ということと、ありのままの二面性のうち、一面だけを誇張して、
もう一面に気づいていないように見える。

ありのままの行員は冷静にボタンを押すことが出来るし、犯人の心を落ち着かせるために、
冷静に調子を合わせることが出来るでしょう。
すべてを受け入れると言いながら、何もしない聖人がいるとしたら、それは単なる役立たずだ。
「隠は子供を育てるという適切な処置をしている」ということに、気がつくべきだ。

705 :有と無:2014/04/20(日) 13:27:38.96 ID:/f/tfPwf
無というものは、何もないということだから、
無我も無自性も無明も、その正体は我・自性・明に依存している。
ところで、その我・自性・明が存在しないなら、
無我も無自性も無明も正体不明になる。
 
だから問題は、神や霊魂が存在するのか否かに帰着する。
それを確かめるために、四諦八正道があり、縁起の理法がある。
縁起の理法は、十二支縁起のことだが、個人的には六支縁起にしたい。
竜樹の縁起は、六支縁起の識(苦楽)において意味をもつ。
それは苦を緩和するだけであり、苦を消滅させるものではない。

706 :有と無:2014/04/20(日) 13:53:26.67 ID:/f/tfPwf
ヘーゲルの観念論を、青年ヘーゲル派が唯物論へとひっくり返す。
その意味は、この現実から出発しようということだ。
六支縁起も同じであり、まずこの現実(世界と身体)から出発する。
(苦集滅道の因果関係をたどる六支縁起を再掲しておこう)
 
順観・・・種を蒔けば花が咲く 
@色(世界と身体)→A受→B想→C行(行動)→D識(苦楽)→E無明→神霊
逆観・・・種を蒔かなければ花は咲かない
@色(世界と身体)→A受→B想→C行(行動)→D識(苦楽)→E無明→霊魂

707 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 14:06:51.19 ID:byASOooM
 

>>705

無とは何もないことではない

定められない、定まらない、ということ

生まれたもの作られたものすべて

生滅し定まらないものを定まっているように妄想したり、定められないものを無理に定めようとして苦が生じる

だから定めないことが問われる


無念=ものをおもいながらおもいにとらわれないこと
無相=かたちを認めながらかたちにとらわれないこと
無住=人の本性

とは六祖壇教より


 

708 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/20(日) 14:11:04.51 ID:0mWdyVfi
>>702
【前後が切断されちまった、ありのままとは。白隠に学ぶ】

> 当時の白隠としては、ここで大騒ぎしてもしょうがないという状態。

いやいや違いますね。
過去の因とか未来を予測してない、その瞬間の無限に生きた禅師の生き残というのを捉えて欲しいのです。
人は何らかの事象が発生すれば、即過去と未来の時系列を繋げ
現在においてどのような対処をすべきか考えます。
これは人間普通にそのようにします。それは生きていく上でのノウハウを自然に身に付けているからです。

つまり人間というのは、過去と未来の時系列において生きているのです。
私が言う「日常」というのは、この三時において生きることを言うのです。
(つづく)

709 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/20(日) 14:12:11.05 ID:0mWdyVfi
(つづき)
ですから禅でいう「今ここ」というのは、おそらくは市井の人は想像するしかありません。
禅というのは理解することではないのです。
言葉で理解というのは本物ではない。

では「今ここ」とは何か?
禅でいう「今ここ」とは、日常というベクトルが切断された状態をいうのです。
それは無限であります。禅師は無限のなかに生きてます。
その瞬間こそ全てなのであります。
過去もなく未来もないのです。

注意:ありのままAAは省略させて頂きます。

710 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 14:14:02.74 ID:7Cdgt5cb
ウソツキありのまま机である事はよく理解できる。

711 :有と無:2014/04/20(日) 14:39:16.94 ID:/f/tfPwf
>>707
>無念=ものをおもいながらおもいにとらわれないこと
>無相=かたちを認めながらかたちにとらわれないこと
>無住=人の本性

これは無ではなく、対象に執着しないことを言っている。
どれも、物、かたち、人という無以外の対象が前提になっている。
それに執着しないとは、執着しないという「心」を残している。
無とは違うね。

712 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/20(日) 14:40:50.27 ID:0mWdyVfi
>>680
>師匠が凄かっても、弟子たちは不肖であることはブッダや臨済の場合と同じく
>世の習いです。

そうですね。
一休の遺偈のときも、弟子たちは呆れ果てたそうですけど、不肖といえば不肖ですね。

中国の禅師で、師匠が亡くなったとき、
その葬式の席で、禅師は亡骸にすがってわんわん泣いたそうです。
見るに見かねて弟子の一人が
「師匠、あなたは国中で悟った禅師として知られる人です。そこをもう少しお考え下さい。」
と忠告しますと、師匠は
「なにぃ〜、おれはものすごく悲しいんじゃ! 悲しいときに泣いて何が悪い!!」 
と言って、もっと大きな声で泣き続けたそうです。

実に美しい話ですね。

713 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 14:43:44.97 ID:7Cdgt5cb
机なら、うそつきたい時に嘘をやり倒して何が悪いだなw

714 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 15:04:46.80 ID:byASOooM
 
>>711
>どれも、物、かたち、人という無以外の対象が前提になっている。

それらは全て無(縁起であり生滅するもの)
無とは「(なにかが)無い」の無ではない
「(なにかが)無い」は単に一局面を表した便宜上の伝達表現

-

無とは何もないことではない

定められない、定まらない、ということ

生まれたもの作られたものすべて>>707


 
 

715 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 15:11:41.33 ID:ht0nZrWH
世界は未来も過去も決定していない。
認識は五感に制限されない。

716 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 16:27:37.68 ID:7Outr63V
無というのは概念でしかなく事実上「無」は無い。
真空は何も無いと思うだろうが、それは誤であることが分かっている。
つまり何も無いという事は無い、無いように見えても何か常に有るのが正解。

717 :有と無:2014/04/20(日) 17:09:14.39 ID:/f/tfPwf
>>714
>無とは何もないことではない
>定められない、定まらない、ということ
>生まれたもの作られたものすべて>>707
 
それはねえ、万物は流転するという話ではないか。
執着する心が残っていて正解。六祖慧能の言いたいことはわかる。

718 :有と無:2014/04/20(日) 17:14:57.19 ID:/f/tfPwf
>>716
無が概念かどうかはともかく、
無がない、この世界は有であるという主張には100%同意する。
物質間の引力も無ではないから。

719 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 17:15:57.82 ID:byASOooM
 


<前後裁断>は一瞬間のこと。瞬間も言葉に過ぎない。

この禅語?自体、自家撞着している。

止めてどうする。一緒に走らないとわからるはずない。

片時も定型せずめくるめく速度で疾走する森羅万象

定まらない

衆生はそんなものにしがみついて苦悩している
 
 

 

720 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 17:22:42.54 ID:byASOooM
 

>>717
>執着する心が残っていて正解。

無住なる心はそうではない


 

721 :有と無:2014/04/20(日) 17:59:02.69 ID:/f/tfPwf
>>720
ん? それじゃ何なの?

722 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 19:05:07.02 ID:lBi5VOkw
>>667
> ピントずれてるとか論点云々言う奴は器が小さく
> 融通利かない無能

じゃあ忌憚なく言うかw
お前のピントの機能そのものが安物w
無能?
仏典読んで脳還元とか、宗教と科学の区別もつかんのか?

> 大抵は多少論点ずれてても受け手が許容して続行させる
> バカほど自分の想定内しか話出来ないから
> 生意気だのアホだの罵倒して自尊心を守ろうとする

ま、生意気だわな。
確実なアホが仏教部門でピンずれも気づかず他人を無能だの、俗物呼ばわりする訳だから。

723 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 19:15:39.92 ID:xLiIYbQa
インド・ヨーロッパ語族(印欧語族)
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1308487060/975
> 南インド人、スリランカ人は色が黒いですけれど
> 人種・民族的にはアジア系でありいわゆる「黒人」ではないのでしょうか?
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1308487060/976
> 黒人だよ、黒い肌の人を黒人と定義するなら


>>546
容姿・見た目として「黒人」なのか
生物学的分類として「黒人」なのか
歴史・地域性を踏まえた民族として「黒人」なのか
はたまた
(白人と対となる)社会的政治的レッテルとして「黒人」なのか


色々ありそうだなぁ・・・w ( - 。-)

724 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 19:16:55.61 ID:qiYI312h
有とか無を何故気にしているのか訳がわからないが
それが重要なことなのか?
有だから何だ?無だから何だというのだ?
気にしない限りは無、気にしたとしても思いの中だけなら無。
どう生かすかが問題じゃろ
役にたたない話してもしょーがないじゃろ

725 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 19:24:30.60 ID:NHjlqy1r
>>698
>それを思考できるのは、

思考に限ればね、確かにそうだろう
しかし、存在はどうかな?今しか出来ない思考も
人間としての寿命を終えた後、その存在はそこで終わるのかな?
薪が燃やせば灰になるように、人間も燃やせば骨と灰と気体になる
その先は無限可能性として転じ変じていく
それを踏まえて考える一時の思考など高が知れてる

726 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 19:27:12.95 ID:NHjlqy1r
>>722
>>694

727 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 19:41:43.11 ID:NHjlqy1r
>>722
脳還元って何だと思ったらこう言うのか
http://www.kanazawa-it.ac.jp/rg/rg2010/rep2010/rep4.html

科学はその瞬間の因果まで考慮できても縁起を考慮できない
関係性位は考慮できるかもしれないが不明な点のほうが多い
仏法はそう言う次元にない
「業報ありて而も作者なし」、故に縁起あって果報ありと観る
科学研究者でもなきゃそれ以上詮索もしない、結果がある以上
観えてない原因は確実にある事だけ解ればそれでいい

っつかお前下らないよ

728 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 19:47:32.06 ID:NHjlqy1r
机の本音かこれw

>ま、生意気だわな。
>確実なアホが仏教部門でピンずれも気づかず他人を無能だの、俗物呼ばわりする訳だから。

反論する奴はみんな生意気だと見てたんだな
そんなのが禅を語ってるとか笑止千万だww

729 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 20:02:13.85 ID:qiYI312h
例えば何のために禅をするのか?
明確な目的を持たないなら意味ないんじゃないか?
禅をするとこのような効能がありますとかあるのかな?
ないなら温泉の方がましということになる
禅をした結果が脊髄反射の肯定ならむしろ害だろw

730 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2014/04/20(日) 20:08:49.31 ID:xV90DZVq
そもそも「机某」なんてコテにしてる奴に、
マトモなレスを期待する方が間違い。(笑)

731 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 20:26:22.86 ID:7Outr63V
>>723
として〜として〜として〜の羅列に意味がありますか?
だから何?つう事なんですが?ww

732 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 21:01:57.25 ID:OrwdXHnQ
>>725
死ねば、思考器官も、感覚器官も、記憶器官も、腐敗するか灰になり、結果的
には原子に還元される。即ち、すべての器官は、その機能を失う。

一体、どこで思考できるのか、教えてくれw。

因みに、これらの器官の機能が聊かでも残っていたら、脳死の判定はできない。

733 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 21:05:20.55 ID:OrwdXHnQ
>>725
死ねば、思考器官も、感覚器官も、記憶器官も、腐敗するか灰になり、結果的
には原子に還元される。即ち、すべての器官は、その機能を失う。

一体、どこで思考できるのか、教えてくれw。

因みに、これらの器官の機能が聊かでも残っていたら、脳死の判定はできない。

734 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 21:12:11.06 ID:OrwdXHnQ
>>730
集狂者以外には、机師の書き込みは、隅々まで完全に理解できるよw。

735 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 22:10:57.48 ID:9EfwwjSL
>>701
>▼事物そのもの▼で考えた方がわかりやすい。
>概念は存在を前提にし、リンゴ一般やミカン一般は概念になる。
>しかし、この無と別の無との比較ができないから、無一般は成立しない。
>無も不存在も概念にはならない。中身のない名称に過ぎない。

なんでそんな素朴な言語写像論を振り回せるのか?のほうが問題だろうw

ウィトゲンシュタインならこういうだろう。
『ここにもハエ取り壺から出られない凡庸なハエがいる』と。
言語概念以外に『事物そのもの』(カントのいわゆる物自体Ding an sich)を妄想するのはナンセンスだ。

言葉はその本来の言語ゲームにおいて理解すべきなのだ。
既説のように共通ルールのない言語に意味はない(>>669)。
これが龍樹のいう『相対の仮説』としての(意味・価値・実体のない)言語にほかならない(中論24-18)。

分からないなら分からないでいい。もうちょっと勉強してください。

736 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 22:13:16.39 ID:9EfwwjSL
もう捏造ペンキ屋との応答にはウンザリだな。
捏造しないと応答できない輩かw

>>688
無門関30&33参照。
同2にからめて既述済み.

相対ではないから『理解』できるものではないと・・・
ほら吹き分別如来には無理でしょうが。

>>690>>691>>692
道元さんに絡めて、すべて既述済み。
還滅現実についても同様。

ほら吹き如来には無理だろうがw

737 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 22:17:52.08 ID:9EfwwjSL
>>690>>691>>692

>矛盾点を全然理解出来ないから迷いまくってるんだよ
>君は般若智の実際も知らなかったし、経典上の釈尊が質問者に最後は同意をさせる事態も見過ごしていた

★レス番を特定せよ、捏造ペンキ屋。
ホントに心根の腐った奴だなw
捏造ペンキ屋相手に応答する、そこまでの親切心はない。

>>694>>696
についても同様、まったくナンセンス。
・・




・・ということだ。
 

738 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 22:24:11.16 ID:9EfwwjSL
本日は実にハードだった。
いくら気晴らしとはいえ、こんなところで、捏造ペンキ屋とかアホごときを相手にしている場合ではない。

相対妄想でせいぜい長生きしてくださいw

眠い、落ちる。

739 :有と無:2014/04/20(日) 22:33:34.71 ID:vzc9VyK8
六師外道のサンジャヤは「四句分別」を駆使する懐疑論者だった。
バラモンのモッガラーナとサーリプッタはサンジャヤの弟子であったが、
サンジャヤの弟子250名を引き連れて釈迦に参じた。
 
釈迦は因果関係を重視、四句に否定的だったが、
教団に入り込んだモッガラーナなどのバラモン教徒の影響なのか、
四句が次第に重視され、竜樹においては全面的に肯定される。
 
四句分別は、関係ある二項の相関関係・所属関係を論じるための、
論議領域を示すための論理形式に過ぎない。ベン図が四句を示している。
因果関係は四句で扱えないことに注意すべきである。

740 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 22:37:13.60 ID:lBi5VOkw
>>726
>>722
お前はドアホなのか?w
苦を滅する因果の知識と単なる因果の知識の区別もつかんのか?

>>727
>>722
> 脳還元って何だと思ったらこう言うのか

本当トロイ野郎だなww、脳還元を肯定するなら、
『涅槃(苦の解消)』を脳の有無(生死)や異状(生命としての異状)として、訊けと言ってる。

>>728
> 机の本音かこれw
> 反論する奴はみんな生意気だと見てたんだな
> そんなのが禅を語ってるとか笑止千万だww

俺は机ではないな。
だが読解力がないに関わらずその読解の低級さをそのまま相手の落ち度として被せる
類いの¨アホ¨の反論というヤツは臭みがある。そう見て普通だと思うが?ww
さっさと仏教(宗教)を止めな。宗教理解者の平均値を下落させるのに貢献しなくてよろしいww

741 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 22:40:57.89 ID:uPF1PDyi
仏教とは関係ありませんが
今日将門の築土神社 隣の靖国にお参りに行ってきました
靖国をみてもなにもありませんでした 空の箱でした
靖国で会おうと死んでいった人達はどこに行ったの?
裏に回りよく調べたがなにもないんです
警備員が見ていたのですぐ帰りました
安部さんは何しに来るんだろ

742 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 22:58:18.04 ID:9EfwwjSL
>>740
>読解力がないに関わらずその読解の低級さをそのまま相手の落ち度として被せる
>類いの¨アホ¨の反論というヤツは臭みがある。そう見て普通だと思うが?ww

これって、お前のことジャンww

743 :有と無:2014/04/20(日) 23:00:00.15 ID:vzc9VyK8
>>735
「事物そのもの」と「事物それ自体」を
混同されると嫌だなと思いつつ「事物そのもの」にした。
具体的にリンゴの例を示せばカン違いしないだろうと計算したのだが、
それでもカン違いされたか。言葉の使い方は難しいね。
 
目の前の具体的なリンゴと、リンゴの概念であるリンゴ一般とは異なる。
後者には、富士や王林や紅玉やインドリンゴなどが含まれている。

744 :神も仏も名無しさん:2014/04/20(日) 23:03:17.70 ID:9EfwwjSL
>>743
『ここにもハエ取り壺から出られない凡庸なハエがいる』

745 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 00:33:12.69 ID:zX/FUCmc
>>731
「総理として」靖国に行く
「安倍晋三として」靖国に行く
「遺族会の来賓として」靖国に行く
 事象としての「参拝」
 国の代表としての「参拝」
 個人としての「参拝」
 依頼への応答・義務としての「参拝」

746 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 00:40:30.09 ID:VZJv7Ocl
として〜をいくら並べても「だから何?」という事ww
そんなものをいくら並べても全く意味が無いw

747 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 00:43:35.19 ID:zX/FUCmc
>>746
ワイドショーのコメンテーターからすれば、
≪「取引」のキス≫でも、
おばあちゃんにとっては
≪「無償の愛情」のキス≫であり、決して「取引」ではない、
ってことさ。

748 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 00:45:38.18 ID:VZJv7Ocl
>>747
で、それが何か?w

749 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 00:48:26.86 ID:zX/FUCmc
>>748
君が、どちらの(≒全ての)事例にも「取引」といラベルを貼りたがっていたから、
そうはいかないんじゃないの?
と口を挟んだだけ。

750 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 00:51:41.64 ID:VZJv7Ocl
>>749
>君が、どちらの(≒全ての)事例にも「取引」といラベルを貼りたがっていた

具体的にどこのレスでしょうか?

751 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 00:58:47.96 ID:VZJv7Ocl
>>749
無意味な書き込みだけでなく、無意味な言いがかりまでやるようになったならば
一度、脳神経外科にでも受診されて脳の検査を受けられる事をお勧めいたします。

752 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 00:59:07.03 ID:zX/FUCmc
>>750
>> 510〜517(518)

>>546>「取引」と「構図として」「意図として」「結果として」なんて何の関係もないのですよ >無論、何の意味も無い。
>>731>として〜として〜として〜の羅列に意味が 云々

753 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 01:02:42.97 ID:VZJv7Ocl
>>752

>> 510〜517(518)←私ではないww

>>546 >>731はまさに私。

で、誰が >どちらの(≒全ての)事例にも「取引」といラベルを貼りたがっていた のか??wwww

754 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 01:05:57.95 ID:zX/FUCmc
寝る ノシ

>>753
もし、>>752が、言い掛かり・誤読誤解であるなら、
「〜として」「〜として」が、語義定義の一律の不成立を示すものであることは解るよな?
語義が一意に決定しない、ということの具体例なのだから。
それ(分類分別種別区分)を君は無意味と言った。
気が向いたら、この「無意味」の意味を明日までに書いといて。


  <⌒/ヽ-、___
/<_/____/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

755 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 01:07:57.35 ID:zX/FUCmc
>>754

>>515>「取引」という単語に縛られてごちゃ混ぜに考える

756 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 01:14:54.66 ID:VZJv7Ocl
>>754
目も見えなくなったのならさっさと引退してお休みする事です。
私が言いがかりと言ったのは、
>君が、どちらの(≒全ての)事例にも「取引」といラベルを貼りたがっていた
であり、>>752ではない。>>752に対しては、
>> 510〜517(518)←私ではないww

>>546 >>731はまさに私。

で、誰が >どちらの(≒全ての)事例にも「取引」といラベルを貼りたがっていた のか??wwww

で、「として、として〜」は無意味でしょうw
語義定義が定まっていないから「として、として〜」ってww
まさに意味無し。
輪廻転生と言っても生まれ変わりとは定義せず、物質としての流転〜が輪廻転生?
勝手に定義すれば何でもアリだわなww
無意味な論争以外の何者でもない。 として〜として〜の定義未定の勝手論争のどこに意味が有るのか?wwwww

757 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 03:11:56.23 ID:ipfdEpd0
>>719
>止めてどうする。一緒に走らないとわからるはずない。
>片時も定型せずめくるめく速度で疾走する森羅万象 定まらない

刹那においては静止している。観察するのは、観察者の刹那の生命(の 重なり)。
変化している対象の構成は、刹那においてしか判らない。動いている機械の構成は、
機械を停止しないと判らないのと同じ。

前後際断の意味は、前後で変化する対象であっても、認識する刹那の構成がすべて、
の意味。認識するのは刹那の生命だから。生命の本質に迫る究極の現実主義である。
釈迦の諸行無常を明らかに否定している。

758 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 03:27:34.71 ID:ipfdEpd0
>>757の続き

釈迦の諸行無常は、いわば動いている機械を眺めているだけ。その機械の構成を
「生命の刹那性」に基づき見出したのが、竜樹とその直系の道元。釈迦とは、
知的レベルと観察力の鋭さが格段に異なる。

759 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 03:34:55.20 ID:VZJv7Ocl
釈迦も龍樹もどんな人間か分からないが、

釈迦は頭の良やさしい人であったろう。
龍樹は頭の良いスケベで俗人性質に満ちた人であったろう。

とは想像できるが、それ以上はww

760 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 04:28:07.15 ID:ipfdEpd0
>>759
スケベ({性欲)と俗人性(世俗性、生存本能)は、「人間の本質」。だからこそ
竜樹は人間とその生命を支える現実に対する観察が、透徹して深いのである。

釈迦は、その「人間の本質」を欠いていたから、人間と現実に対する洞察が全く
出来ていない。その精神病ゆえに、論理矛盾だらけ。人間を覚者と凡夫とに差別
することが、果たして「心の優しい人」か。むしろ「我のみ良しの思い上がった
独善性と排他性」ではないか。竜樹は、人間を初めとする生類の本性(生命)を
「如来の本性」とさえ言っている。そこにあるのは、「すべての生類は生命において
等価・至上」の自覚であり、人間差別の要素は微塵もない。大乗起信論も竜樹の
この思想から発生したもおであることは明らかである。

761 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 04:38:11.42 ID:0c8tMOWt
外務省の職員で、女子アナウンサー、アナウンサー代理、タレント、女優などとデート以上をして良い立場の人は存在していない。
すると危険だぞ、狙われるから。
最近の公務員事案。1月20日 福岡県北九州市若松、内閣府職員 変死 
→ 3月20日 23時55分頃・新橋・文化庁 部長クラス 転落死 
→ 4月16日18時40分頃 外務省職員 8階から転落死。1月20日(ハッチNo1)、3丁目ハッチ23時55分〜兄さんGOGO!

いま、芸能人みたいなのとセックス、性行為をすると、すぐに死んでしまう可能性が高いので、気をつけよう。
これは4年も前から、明記済。

「カミの為の女とセックスしただけで、殺されるなんて、酷い!」→俺「セックスしただけで、と軽く思うのなら、セックスをしなければ良いだろ?俺は2001年8月から1回もしていない。自慰でもしてろ。」

762 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 05:43:16.51 ID:0ZvWSNIV
仏教で説く「苦」とは「思うようにならない苦しみ」という程の意である。
ここでは、その精神的な苦痛を哲学的意味の苦と表現している。

つまり苦と訳したのが間違いということだろう。
盲信者以外は誰が聞いても一切皆苦は違うんじゃね?と思うのが普通。
苦というよりも面倒苦さい。一切皆めんどうくさいなら納得できる。
とりあえず仏教哲学自体が面倒苦さいわw

763 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 05:44:06.97 ID:ipfdEpd0
医学的には、男女とも、程よくセックスを楽しんだ方が、性器の癌やその他の
性器の病気に罹る割合が統計的に低いw。人間の本質に合致するからである。
面倒がらずに、しっかりセックスをやってくださいw。

764 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 05:58:27.11 ID:0ZvWSNIV
>>763
セックスはめんどうくさいw
それよりも少量の酒の方がいい気がする。

765 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 06:16:34.30 ID:8dwtkMCP
仏教の戒律であは 酒のが悪いのでは

766 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 06:49:22.97 ID:0ZvWSNIV
酒は百薬の長といわれる。少量なら利の方が多いんじゃないかな。
酒は一滴もダメ〜というなら神経症を疑うよw

767 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 07:48:00.13 ID:S+mDs3O2
>>732
思考に拘ってるのは人間
仏法は人間の枠を「中心」に考慮しつつ
その中心と考えてしまう人の心や思考が煩悩を生み出す根源だと気付く教義でもある
最終的には思考による判断は生きてるうちには必須だが、そこに拘る必要が元々無い
と到る
「仏法は無我にて候」

>>740
散々訴えている
私の論では、生きてるうちはなるべく我見を挟まず、頭を即物的に使う訓練を仏道で行う
脳は心臓などと同等の人間が生きる上で必須な機関だから、生きてる以上その処遇は考慮せねばならん
だから使い方を言ってるだけ、誰と勘違いしてるのか知らんが脳も所詮脂肪や肉で出来た物に過ぎないとずっと言ってる

因みに私は、相手が精神を病んでたりしてると明らかでない限り、仏法を止めさせる言動はしない
仏性故に誰もその可能性を否定できる権利も根拠も無い
それを無視して相手に止めろと言うのは傲慢以外のなにものでも無い

768 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 07:57:20.99 ID:S+mDs3O2
>>762
君がそう思ってる、と言う現在の事実を思った以上に賛同してもらえてない
と言うのも君にとっての「苦」だよ
求不得苦と言う

769 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 08:31:17.45 ID:S+mDs3O2
>>736
記述出来た時点で二項相対を出ていない
理解出来ないのでは煩悩克服の具体的方法には至れない
それは仏教ですらない

770 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 08:44:27.68 ID:AsY5KCRJ
>>769
>記述出来た時点で二項相対を出ていない

道元は「正法眼蔵」を記述した。

道元さんに絡めて、すべて既述済み。
還滅現実についても同様。

ほら吹き如来には無理だろうがw

>矛盾点を全然理解出来ないから迷いまくってるんだよ
>君は般若智の実際も知らなかったし、経典上の釈尊が質問者に最後は同意をさせる事態も見過ごしていた

★レス番を特定せよ、捏造ペンキ屋。
ホントに心根の腐った奴だなw

771 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 08:51:25.52 ID:AsY5KCRJ
>>768
『君がそう思ってる、と言う現在の事実を思った以上に賛同してもらえてない
と言うのも君にとっての「苦」だよ
 求不得苦と言う』

上記はお前のことジャンww

772 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:09:06.70 ID:0ZvWSNIV
>>768

>>771の通りでウィキに書いてあることについて思っただけで
賛同云々はピントはずれ。それは確かにあなたが気にしているというだけ

773 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:18:33.22 ID:0ZvWSNIV
テレビ見て思ったけど韓国の人というのは感情的だね
それと利己的。すぐ他人のせいにしたがる
こういうのを我執というんだろうな
感情的と利己的の間には何らかの関連性が見受けられる

774 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:26:47.63 ID:S+mDs3O2
>>770
レス番云々によらない
おまえ自身が「理解出来ない」と強弁している
理解出来ない事柄を人は語ることなど出来はしない
語っても理解してもらえ無い事は語ることが出来る
何処で覚えてきたのか知らんが「還滅現実」を連呼し
「悟界還滅の因果関係」は明かせない時点でそれは偽ものと言える
現にお前は自分の言葉で涅槃を説明し出来ていない
智慧の仕組みも説明できなかった
何より、仏道の具体的方法すら明かせて居ない
そんなお前のどこに他人を揶揄し教導できる謂れがあろうか?

775 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:29:47.89 ID:S+mDs3O2
>>770
>ホントに心根の腐った奴だなw

自己紹介乙

776 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:33:03.66 ID:S+mDs3O2
>>770
敢えて言う
仏の境地は言葉に出来ず理解もされない・出来ないと
強弁するお前は誤謬を撒き散らしてるに過ぎない

お前は釈尊の教説から展開された八万法蔵を嘘吐き呼ばわりする一闡提の愚行をしてるに過ぎない

777 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 09:33:24.05 ID:Xz9kbMy6
>>719
><前後裁断>は一瞬間のこと。瞬間も言葉に過ぎない。
>この禅語?自体、自家撞着している。

いやいや、「言葉」それ自体が既に矛盾しているので、矛盾でもって説明する他ない。
だから言葉で理解しようとする方が、かえって誤解を生じる。言葉ではない。

それ以前に、では「言葉とは何か?」まで言語学にまで発展しかねないので、
私はこれ以上のコメントは差し控えるが、
もともと印哲(仏教)には、言葉(論理学)は向かないのです。
印哲独自の論理学まで言及してたら、アタマがオカシクなるんじゃないか?
そこまでアカデミックなレスポンスはいらんだろ?必要なら説明してもいいが。

> 止めてどうする。一緒に走らないとわからるはずない。
> 片時も定型せずめくるめく速度で疾走する森羅万象

そもそも森羅万象にダイナミズム(運動)はない。
ですから時制を持ち込むと、全くの誤解を生じる。

>衆生はそんなものにしがみついて苦悩している

いや、禅はその逆です。しがみつきからの解脱です。

778 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:35:50.16 ID:0ZvWSNIV
我執だね〜w

779 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:43:52.00 ID:hz11Q5pl
>>721

スッタニパータ 874
「ありのままに想う者でもなく、誤って想う者でもなく、想いなき者でもなく、想いを消滅した者でもない。
──このように理解した者の形態は消滅する。けだし広がりの意識は、想いにもとづいて起こるからである。」

780 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:50:43.34 ID:hz11Q5pl
>>777

ほとんどの禅は自家撞着している
解脱ごっこに陥っている

 

781 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:51:07.49 ID:0ZvWSNIV
>>779
その文章がよくわからん。どう理解する?
俺は忘我、もしくは人の意識からフェイドアウトと取るが

782 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:57:55.88 ID:hz11Q5pl
>>757

釈迦の教えは覚り方

龍樹や道元は講釈師

「講釈師、見てきたようなウソを云い」

783 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 09:58:11.86 ID:AsY5KCRJ
>>776

★レス番を特定せよ、捏造ペンキ屋。
ホントに心根の腐った奴だなw

784 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:02:32.32 ID:hz11Q5pl
>>781

スッタニパータ 847
「想いを離れた人には、結ぶ縛めが存在しない。智慧によって解脱した人には、迷いが存在しない。想いと偏見とに固執した人々は、互いに衝突しながら、世の中をうろつく。」

 

785 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:09:46.48 ID:AsY5KCRJ
>>774(ほら吹き自称如来)

ホラ吹き捏造ペンキ屋だから、具体的に指摘できない。

自分が塗った捏造箇所を指摘できないのは当然だ。
ホラ吹き捏造ペンキ屋であることを自白したのと同じだ。
平たく言えば<ウソツキ>であるに尽きる。

自分自身に塗った捏造ペンキが剥げているのも気がつかないw

786 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:10:00.06 ID:0ZvWSNIV
>>784
我の縛りってことやな。

>想いと偏見とに固執した人々は、互いに衝突しながら、世の中をうろつく

このスレすぎて笑えるw

787 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:21:49.91 ID:0ZvWSNIV
>>784
どうもスレの興味の中心が悟りに集中しているようだ
スッタニパータのどこかに釈迦が何を悟ったか書いてないかい?

788 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:26:54.91 ID:AsY5KCRJ
>>781
>その文章がよくわからん。どう理解する?

横槍だが・・
知覚間接現実からの“離脱”→般若智直覚(智覚)の様相が勝義である、と示唆している。

・「知覚のままに想う者でもなく、誤って想う者でもなく、想いなき者でもなく、想いを消滅した者でもない。
  ──このように理解した者の形態は消滅する。けだし広がりの意識は、想いにもとづいて起こるからである。」(Sn.874)
・「想いを離れた人には、結ぶ縛めが存在しない。智慧によって解脱した人には、迷いが存在しない。
  想いと偏見とに固執した人々は、互いに衝突しながら、世の中をうろつく。」(Sn.847)
さらに、
・「ウバシーヴァよ。あらゆる欲望に対する貪りを離れ、無所有にもとづいて、その他のものを捨て、★最上の<想いからの解脱>において解脱した人、
   ──かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。」(Sb.1072)

勝義を透過した還滅様相にも執着せず、仏法そのものさえ離脱した様相(筏の喩えの法門)を言っている。

道元の現成公案初段とまったく同じ。

789 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:40:56.37 ID:MAMlc4Vk
>>788
>知覚間接現実からの“離脱”→般若智直覚(智覚)の様相が勝義である、と示唆している。

一般的な話し言葉で書け
釈尊はそう言う呪文で法を独善的に説く事を禁じている

790 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:44:25.70 ID:MAMlc4Vk
>>788
いいか?お前がその
>知覚間接現実からの“離脱”→般若智直覚(智覚)の様相が勝義である、と示唆している。

を誰にでも飲み込める話し言葉で言えない限りそれをお前は会得できてないって事なんだよ

般若智とは具体的に体の中で何が起きて”それ”なんだ?
これを一般的な話し言葉で書きなさい
私は既に以前に書いている

今度はお前が人々にそれを説く番なんだよ

791 :広がりの意識:2014/04/21(月) 10:44:57.98 ID:AsY5KCRJ
・「<われは考えて、有る>という<迷わせる不当な思惟>の根本をすべて制止せよ。
  内に存するいかなる“妄執”をもよく導くために、常に心して学べ。」(Sn.916)

『広がりの意識』(Sn.874)とはなにか?
 同趣旨のSn.916は“妄執”だし、現に中村元博士もそう解されていたようだ(岩波文庫p394)。
 しかし妄執は対象化作用によって起こるのだから、
 対象化された存在一般を意味させることも可能だ。
 
 ゆえに、『広がりの意識』とは時空意識であり、勝義においては<時空際断の如し>様相と示唆できるのである。

792 :広がりの意識:2014/04/21(月) 10:49:16.97 ID:AsY5KCRJ
>>790
ほら吹き如来は無視。
やるべき義務を果してから出直して来い。

793 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:52:30.14 ID:MAMlc4Vk
>>787
スッタニパータに悟りは出てこない
あれは中堅から上級者に相当する出家修行者に対した教示なので
最初の所作から教わる初期問答の次元にない

>>792
無視で結構
お前が修行を疎かにして知ったかに耽ってる限り指摘し続ける

794 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:52:57.49 ID:0ZvWSNIV
>>788
簡単にしか書けないが、そういう心境が人間の中に存在するってことでしょ
人間の理性と呼ばれるもののある形だとは思うが…
存在中心に考えると感覚器官を遮断させるある種の物質が作用するか
暗示で感覚そのものを麻痺させるのかってとこかな?

795 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 10:58:09.77 ID:1bY8zTvt
>>792
やるべき義務?
誰に何の義務を課せられてるのかな?

796 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 11:00:06.27 ID:0ZvWSNIV
>>793
スッタニパータに悟りは出てこない
ならばどこに出てくる?
中堅から上級者に相当する出家修行者に対した教示
との示唆がどの経典にある?
是非教えて頂きたい

797 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 11:07:47.19 ID:MAMlc4Vk
>>796
閻魔に尋ねれば教えてくれる

798 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 11:20:24.37 ID:MAMlc4Vk
>>796
私は以下の経で一般的に言われる悟りなる事の意味を知りました

一切煩悩経
15(2)

「比丘たちよ、私は、知ることから、理解することから、諸々の煩悩が滅尽されることを説きます、知らないことからではなく、理解しないことからではなく。
比丘たちよ、〔私は〕何を知ることから、何を理解することから、諸々の煩悩が滅尽されることを説くでしょう?
如理作意(根源からの作意)と非理作意(根源からでない作意)を〔知ること、理解することから〕です。

比丘たちよ、非理作意者(根源より作意しない者)には、未だ生じていない諸々の煩悩が生じ、生起した諸々の煩悩は増大します。
しかし、実に、如理作意者(根源より作意する者)には、未だ生じていない諸々の煩悩は生じず、生起した諸々の煩悩は断ぜられます。

799 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 11:22:34.60 ID:0ZvWSNIV
>>797
ウィキにあった。

日本の仏教では、何故「悟る」や「悟り」という言葉が多用されるように
なったのかと言う問題が生じるが、それは中国の禅宗が「悟」という用語を
多用したことが要因の一つとして推定されよう。

つまり犯人は禅宗らしい。

800 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 11:35:28.86 ID:MAMlc4Vk
>>796
あとこれですかね

相応部経典12-65
「比丘たちよ、むかし、わたしは、まだ正覚をえなかった修行者であったころ、このように考えた。
<この世間はまったく苦の中に陥っている。生まれては老い衰え、死してはまた再生する。しかもわたしどもは、
この老いと死の苦しみを出離するすべを知らない。まったく、どうしたならばこの老いと死の苦しみを出離することを知ることができようか>と。
比丘たちよ、そこで、わたしは、このように考えた。<いったい、何があるがゆえに老死があるのであろうか。何によって老死があるのであろうか>と。
比丘たちよ、その時、わたしは正しい考え方によって。智慧による悟りが生まれてきた。
<*生あるがゆえに老死があるのである。生によって老死があるのである。>と。

上記の「智慧による悟り」の事を”菩提”とも言う

801 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 11:49:38.07 ID:0ZvWSNIV
>>800
老死がある理由は生があるから。
これが正しい考え方によって。智慧による悟りが生まれてきた結果の答えか。。。
今でこそ当たり前じゃんだが当時は大絶賛だったのだろう。。。

802 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 11:58:34.95 ID:BArg8ApW
ひとつの宗教だけで悟り開けるのは一部の天才だけだって
我々凡才は複数の宗教から色々と学んで徐々に涅槃寂静を得ていくんだって
博愛だけで悟りを開いたのがイエスで、智慧だけで悟りを開いたのがブッダだよ
でも、普通、ひとつの武器だけで戦いに勝てる道理なんてないんだから
刀一本で戦いに勝てるのは一部の天才だけだって
凡才は色々な武器を状況に応じて使い分けないと生き残ることすら難しいって

無論、どの宗教を自分の基本にするのかってのはあっていいんだけれども
どの宗教を第一に信仰するのかっていう順序は自分のなかにあっていいわけだけれども
ひとつの宗教だけで涅槃に近づこうとするのは我々凡才には難しすぎると思う

……それ以前に、宗教自体もうどうなんだろうとは思うけどね
でも、宗教があるから、特定の考え方とかあり方とかが存在するわけで……
生活が一種の宗教なら無問題なんだろうが、宗教を生活にしてしまうと途端に軋轢がなぁ

803 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 12:02:37.71 ID:MAMlc4Vk
>>801
21世紀の現在でも因果及び縁起を正しく理解出来てるとは言い難い人の方が多い
それを非難するつもりも全くなく、現実としてあまり気にして居ない人が多い
故に世の中謎ばかりと思ってる人で溢れ返っている
バラモンのヴェーダが絶世だった頃の人は、「当たり前を当たり前に見れない人々」だったのだろう
今も幽霊や魂や自分の永遠性などの趣向性等、事物の縁起をちゃんと解ってない人々で溢れている
中には批判される事を嫌って詭弁を展開し「あるともないとも言えないとも言えなくはない、とも言えない」と主張する
私は釈尊の唱え伝承されてきた説は今でも革新的であると思う、個人的にではあるが

804 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 12:07:29.36 ID:0ZvWSNIV
考えていれば今でも幽霊とか神とか普通に信じられているからなぁ…
大昔にオカルト抜きの考えというのは超画期的だったのだろう。。。

805 :広がりの意識:2014/04/21(月) 12:14:55.95 ID:AsY5KCRJ
>>796
自説経(ウダーナ)1
『まこと熱意をこめて思惟する聖者に
 かの万法あらわとなれるとき』(増谷文雄 訳)

<万法>は対象化不能様相の象徴的示唆表現だ。

対象化不能であるがゆえに、先行的な相対「理解」も前提とできず、
そのような既成観念(理解)を転覆・破壊させつつ、
対象化不能様相を、対象化を前提とする言語で指し示そうとすることは、
ほとんど不可能といっていい。

ここにおいて優れた仏者の「語り得ない様相を語る」逆説的な苦闘の歴史が始まる。
比喩、逆説、反語、象徴、動作、気合などの手法が駆使され、
固定した表現は即くつがえされる。対象化不能様相に固定はありえない。
ならば、「仏教」という固定化宗教はありえないのである。

ウダーナは<縁起>をいうが、これとて「語り得ない様相を語る」表現でしかない。

806 :如理作意:2014/04/21(月) 12:21:56.55 ID:AsY5KCRJ
yoniso (ヨーニソ)如理  manasikara(マナシカーラ)作意

『正しく理に叶った思考』であれば、新しい煩悩は現れないし、現れた煩悩は消えていく。

論理の<理>であり、<思考>であるから、相対分別相を前提としている。
相対分別相での正しい理とは、縁起の間接現実である「時空(広がりの意識)因果関係」正確に見ることをいう。
その手法が一切に関する経験主義的検証→現生的なる法である(相応部35-23・70)。

たとえば業報輪廻転生論に迷うものは、“経験的に検証不能の”前世と来世への妄想我執←煩悩にまみれているのである。
煩悩なるがゆえに、彼らのいう「解脱」なるものはありえない。
論理的に矛盾している毒の華である。
如理作意ではない。

807 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 12:28:06.45 ID:0ZvWSNIV
>>805
確かに荘厳な景色とか見ると思考とかぶっとんで、うわぁとかの声しか出ない
かわいい子猫を見たときも、かわえーとしか…
でもそれはそれでいいんじゃなかろうか

808 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 12:35:15.51 ID:MAMlc4Vk
>>806
自分が死んだらそこで終わりなんだね?
君の見解はそう言うことなんだね?

如理作為は思考である事に変わりはないのだから
「解りようが無い」は詭弁に過ぎず如理にはならないんだよ?

><万法>は対象化不能様相の象徴的示唆表現だ。

これは間違いなんだよ
如理に至っていない
「木を見て森を見ず」以前に君は木すら見てない
路傍の石ころすら、全ての縁起を呈していると言うのにだ

809 :如理作意:2014/04/21(月) 12:38:33.90 ID:AsY5KCRJ
>>808
ほら吹きアホ如来は無視。
勝手なご都合主義ペンキを塗るな。

やるべき義務を果してから出直して来い。

810 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 12:38:44.70 ID:LEzFB9ze
論破されまくった閻魔は逃げるしかないんだなw

811 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 12:40:31.22 ID:0ZvWSNIV
つまり言葉や思考も介さないなら
始まりなければ終わりなし
死とは一現象に過ぎない
終わりとか終わらないがそもそもの間違いかと

812 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 12:41:48.42 ID:LEzFB9ze
詭弁しか言えなくて論破された閻魔に残されてる道は「平行線」の演技と罵倒だけw
如実に現れてて面白いww

813 :如理作意:2014/04/21(月) 12:47:19.98 ID:AsY5KCRJ
>>810

もし閻魔が何らかの主張をしているならば、「論破」なるものも妄想できよう。
けれども、閻魔には主張というものがないのだから、閻魔には誤りはない。
                    (龍樹 廻諍論29 参照)

814 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 12:50:47.34 ID:C2mp61RF
バカの癖に龍樹気取ってるつもりだったのかw
必ず誰かに仮託しなきゃダメなんだな

815 :如理作意:2014/04/21(月) 12:55:23.38 ID:AsY5KCRJ
無根拠な罵倒語しか使えない者には、謹んで<バカの癖に>ということばを返そうw

816 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 13:04:12.47 ID:AsY5KCRJ
「縁起」もことばでしかない。

もし、閻魔が知覚その他(の認識方法)によってなにかを認識するとしたら、
閻魔は肯定的に主張したり、否定的に主張したりするだろう。
けれども、それがないのだから(>>805)、閻魔への論難は当を得ない。
                    ((龍樹 廻諍論30 参照)

817 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 13:08:44.23 ID:IlwYYgo6
30.もし私が実在としての知覚をもって、実在としての対象を認識して述べているのならば、
有無について言及するだろう、しかし、認識方法と認識対象の有無についての議論をしているのではない。

インチキ禅は経論まで”我がもの”として厚かましく変造してのける

818 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 13:11:35.86 ID:Xz9kbMy6
>>780
>ほとんどの禅は自家撞着している
>解脱ごっこに陥っている

もともと禅とは矛盾を矛盾として徹底させる為にあるのでして、その方法として看話禅というのがある。
公案において自己洞察して、自己の矛盾性を追求するのだ。
しかしこれをド素人がいつまでもやると本当に気が狂うから、私はあまり勧めたくはない。
だけど、
中には公案ごっこをやりたがる御仁もおってなw
まあ、私はさりげなく、その危険性を指摘したこともある。

私の書き込みは、公案なしでも、そのものズバリをスレッドに書き込みすることもある。
だから非常に理解し難い。
分からないものは分からないままに捨置するのが良いかとおもう。
無理に分かろうとすると、しまいには気がオカシクなる場合もある。つまり神経症だね。

神経症とは、忘れようとしても忘れることが出来ないビョーキと考えてくれたらいい。
禅とは、直ぐに忘れる生き方。これですね。
まあ、こういったことも含めて、これからも机は禅を語ちていきます。
ただし暇なときに。

819 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 13:11:39.65 ID:IlwYYgo6
相手にペンキ塗りを言ってた御仁自らが実は「街のストリートアーティスト」だったと言う落ちw

820 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 13:19:02.49 ID:AsY5KCRJ
>>817
一般的に入手しやすいところで、
「大乗仏典14 龍樹論集 梶山雄一・瓜生津隆真 訳 中公文庫」p164参照

「引用」ではなく「参照」といっている。
単なる筏なのだから自家消化しきっていればいいのだよw

821 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 13:23:33.31 ID:IlwYYgo6
先ず閻魔の最大の誤謬は、自らが自称中観派の如くを言いながら
相手に同じ論証を強いている点、多分私の論が閻魔と同一に為らなければ奴は納得しない
それは閻魔の主張なのであり、閻魔の主張の強要なのである
中観派はそれをしない
そして閻魔は肝心な帰謬論証も出来ていない
まじないや呪文の様な主張を仏説の証文として語って良いなどと釈尊は教えていない
語るべき経があるなら、それをその時代の自分の言葉で語れと言っている
パーリ三蔵がサンスクリット経典より古いのは、文語体を成すサンスクリットへの記述を
釈尊が禁じたためであり、当時の口語文体はマガダ語、それに近いのがパーリ語なので
パーリ語経典が多いと言うだけで、それを引っ張るのは仏意に反するのだ
漢文と直訳をそのまま語るのも意に反してる愚行

822 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 13:33:19.31 ID:IlwYYgo6
>>820
仏教の肝要は信念・行法・教学の「信行学」である
中でも他の学問と違う最大の要所が行である


では行は何の為に行うと思う?
ちゃんと答えてみようかこの際だから

823 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 13:45:27.47 ID:AsY5KCRJ
>>811
>つまり言葉や思考も介さないなら

Yes.
⇒「★最上の<想いからの解脱>」(Sn.1072)

言葉や思考という二項相対の対象化を介さないから、
矛盾相対一方への執着→苦もありえない。

それはウダーナがいうように、
『まこと熱意をこめて思惟する聖者に ←八正道
 かの万法あらわとなれるとき』(増谷文雄 訳)

これは神秘でもなんでもなくて、心理学的には「アイデアの作り方」とおなじだよ。

@問題意識
A一般的及び特殊な諸要素の収集
B 熱意をこめた思惟⇒八正道
C寝かし、放置・・・・潜在意識
D脱二項相対様相の☆気づき☆!

824 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 14:15:20.48 ID:IlwYYgo6
閻魔は「仏道の行とは何の為におこなうのか」が絶対に答えられないんだよな

やってないから

825 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 14:18:02.47 ID:IlwYYgo6
>>823
あと、八正道の要は正見なんで宜しく
正見無く正思惟は齎されない

826 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 14:35:18.15 ID:AsY5KCRJ
>>821(ほら吹き如来)
必死のペンキ塗り、ご苦労!
ご都合主義ほら吹きペンキ屋は無用。

金剛般若経が「まじないや呪文の様な主張」と見えるほら吹き如来はホント重症だなww
原因は二項相対に固執するからだ!と何度も教えてやった。
ほら吹き如来は【般若門】どころか【一切門】さえ透過できていないことは明白だ。

もう詳説はしない。

後は勝手にやっとれw

>>824
>やってないから
ほら吹き如来はカタチだけの形式論者w。

二相の相即的実践、
俺のフィールドの釜ヶ崎にくれば、仏道修行のなんたるかを、血反吐を吐くまでしごいて叩き込んでやるよw
今の季節はまだいいが、野垂れ死の遺体は重いぜ。
夏場の動物園のような腐臭の中でお前にも担がせてやる、ありがたく思え。

827 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 14:39:33.27 ID:PsCtDLqQ
>>826
経も行が無ければ戯論

>夏場の動物園のような腐臭の中でお前にも担がせてやる、ありがたく思え。

随分劣悪な環境に住してるんだな
で、肝心の具体的な行法とその意味はまだか?

828 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 14:47:30.19 ID:PsCtDLqQ
まさか、野垂れ死の遺体担ぎが仏道修業とか言わないだろうな
そりゃただの葬儀屋だ

829 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 14:52:07.06 ID:AsY5KCRJ
>>827

俺は無住だ。

⇒『俺のフィールドの釜ヶ崎にくれば、仏道修行のなんたるかを、血反吐を吐くまでしごいて叩き込んでやるよw』
行法に意味はない。

もう詳説はしない。

後は勝手にやっとれw

830 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 15:26:56.65 ID:cj37oeyi
>>829
> 俺は無住だ。
笑い。お前の言葉の使い方からしてそれはないw
学びが屈折してるゆえな。学ぶ程何も知れなくなる。

831 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 15:38:35.89 ID:XPgyNXn9
目糞鼻糞を笑うだな

832 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 15:44:57.58 ID:cj37oeyi
>>831
> 目糞鼻糞を笑うだな

真っ最中自己紹介乙w
という事も分からん○○かなw

833 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 15:50:32.33 ID:XPgyNXn9
>>832
ああ、お前が糞なだけだったか
もう一人の方失礼しました

834 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 16:05:33.40 ID:Xz9kbMy6
【禅とありのまま】
>>702
> 当時の白隠としては、ここで大騒ぎしてもしょうがないという状態。
> 白隠は全体のことを考えている。 娘のことも考えている。 親のことも考えている。
>すべての人を思いやれば、ここは自分が黙って引き受けるしかない。
> 「自分の置かれた避けられない状態」を、何の抵抗もなく受け入れるっていうのが、ありのままでしょう。

それは、ありのままとは違いますね。ありのままについて説明します。

娘が白隠に「この子供は白隠の子供」と言った瞬間を、白隠が受容した瞬間が純粋な本物のありのままです。
娘の言葉受けた瞬間しかありません。
それ以降の対処の如何は、ありのままではないですね。何故か?それは思考が介入するからです。

私達は何かの事案が発生しますと、必ず善処するよう思考します。これが私達の日常です。
しかしながら禅者は、この日常という流れに生きているのではないのです。
ですからそれは、そもそも日常というのは何なのか?
ここまで辿っていかねばなりません。

日常というのは何らかの目的意識があります。この意識に気づいていくのを禅では「気づき」という。
詳細は後ほど、暇なときにでも。
私とともに禅ワールドへ行きましょう。

835 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 16:12:09.52 ID:XPgyNXn9
>>834
お前は自分には禅が理解できない事を早く気づけよ

836 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 16:27:42.18 ID:Xz9kbMy6
>>835
私の話をもっと聞きたいようだけど、
私はサジ加減をして小出しにするのが自分流なんだよ。
まあ焦るな、気が向いたときに続編を書き込む。
今はその時期ではない。

837 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 16:31:19.14 ID:XPgyNXn9
>>836
お前の間違った見解を人に押し付けるなといってるのだ
救いようの無いアホだなお前は

838 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 16:51:13.91 ID:PsCtDLqQ
閻魔は”机先生”と呪いてたよね

839 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 16:56:00.70 ID:Xz9kbMy6
>>837
私が会社の人事部に所属してたら、貴殿のような人材は採らない。
何故かというと、貴殿の書き込みには「主張」というのが無いからだ。
なるべくだったら、自分の主張を書く訓練をした方が良い。

私は日刊工業新聞を取ってるのだが、この新聞にリケジョシリーズがあって
今日の新聞はIHIに勤務する女子が載っていた。
航空エンジンのエンジニアだそうだけど、ちゃんとした自分のスタンスというのを持っている。

自分に与えられた仕事を一生懸命にする姿は実に美しい。
どんな世界でもそうだ。
それは禅に生きる人間もそうだ。そこに敬意がなければ、
どんな仕事をしたって中途半端でしかない。

840 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 17:11:11.95 ID:XPgyNXn9
>>834
俺がここに書き込むのは分かってないくせに分かってると思い込んでるアホを罵倒するためだ
なんで自分の主張を訓練などする必要があろうか
貴様が何が間違いなのか説明しろといってきたら俺の見解を披露する
理由も無く主張する奴は自分の自我を肥大させてることに気づかない

841 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 17:12:02.40 ID:Xz9kbMy6
【IHIのリケジョ】
このエンジニアは電気化学が専門で、主にエンジンのメッキを担当するらしい。
故障の原因を探すのは、主に経験が重要なのだが、
風呂に入ってるときでも、飯を食ってるときでも、このことを思い出すらしい。
つまり、「自分の道を究める」というのはこういうことなのだ。

何かひとつでいい。
自分が「これで飯を食う」と決めたら、その道を究めればいい。

ちなみに私は刃物工学が専門だけど、
これを掲示板に書いたら「嘘つき」呼ばわりされてしまった(苦笑

セブン氏は文系だね。
私は理系だけど、やはりタイプは自然と違ってくる。
それは考え方もだ。

842 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 17:14:11.23 ID:PsCtDLqQ
遺体運びの葬儀屋は理系なのか?

843 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 17:21:23.09 ID:Xz9kbMy6
>>840
>貴様が何が間違いなのか説明しろといってきたら俺の見解を披露する

それじゃ駄目だ。
何かを指摘されたら、それで返答するようじゃ会社は使わない。率先してやらないと駄目だ。

もうそういう時代になっているんだよ。
コミュ能力と人間関係で人事部は最優先で採る。

コミュ能力が何故に劣ってるのか?
それは子供の頃から、話す訓練をしてこなかったからだよ。
人が出来ないことを、先ず自分からやる。これしか今後生きる道はない。
負けるな。人生は自分に勝つことだ。

844 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 17:23:20.77 ID:Xz9kbMy6
>>842
それは理系でも何でもない。
サービス業なんじゃないの?

845 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 17:25:49.70 ID:PsCtDLqQ
>>844
じゃあ>>826は?野垂れ死にの遺体がどうのこうの言ってるよ?

846 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 17:27:22.42 ID:9hqe5Z33
>>834
>それ以降の対処の如何は、ありのままではないですね。何故か?それは思考が介入するからです。

つまり、白隠の子育ては思考によって行われたもので、ありのままではないと・・?

>日常というのは何らかの目的意識があります。この意識に気づいていくのを禅では「気づき」という。

これは具体的にはどういう意味?
「目標」に常に気づけってこと?

847 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 17:45:21.99 ID:Xz9kbMy6
>>845
ああ>>826の御仁は菩薩道に生きてるんだよ。
私には彼のようには生きられない。
俗世に馴れ合って生きてるのが机龍之介だよ。
>>846
>つまり、白隠の子育ては思考によって行われたもので、ありのままではないと・・?

いやいや、思考は放棄してるだろ?
女から「白隠の子供」という瞬間に既に受容してるのだから、思考分別などない。
その瞬間を私は「無限」と言ってんだよ。限を断じてるんだからね。

>これは具体的にはどういう意味? 「目標」に常に気づけってこと?

日常というのは常に目的意識があります。これから掃除しよう、とか、これから飯を食う、とか。
こういった日常から離れることを追体験するのが禅定です。
実は無明の因というのは、こういった日常における目的意識(目標意識)に疑を向けることも重要です。
疑があれば、その疑とは何か?を気づくことができる。

848 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 18:01:34.20 ID:9hqe5Z33
>>847
>日常における目的意識(目標意識)に疑を向けることも重要です

目標を持たないと生活出来ないよね・・・?
目標を持たないと、一歩も動けない。

あなたはそこのところを、どう考えてるの?

849 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 18:05:51.01 ID:XPgyNXn9
>>847
思考を放棄すれば人間から獣に落っこちるだろうな
きちんと掃除して飯を食ったら茶碗を洗う。日常から離れないのが禅だ

850 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 18:17:38.98 ID:Xz9kbMy6
>>848
>目標を持たないと生活出来ないよね・・・? 目標を持たないと、一歩も動けない。

まったくその通りです。
ですから心は常に先の事を考えてますから、そのことに囚われてしまい、日々その繰り返しをするのが人間です。
しかし禅というのは、そういった日常の流れに流されていたのでは「気づく」ことはないのです。
つまり、日常の流れが切断する。ってのは経験したことないですからね。
その流れを切断したのを私は「非日常を垣間見る」というような言い方をしたのです。

何故人間は先のことや、過去のことを考えてしまうのだろう?
それは思考のクセのようなものです。
大事なのは、そういった自分のクセのようなものに先ず疑を向けてみることです。

本来の自分と向き合う。ということはそういうことです。
そのような姿勢にあるとき、心にスゥ〜っと流れ込むものがあります。
これを禅では「気づき」などと言ってますね。

では、おやすみ。

851 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 18:24:10.86 ID:Xz9kbMy6
>>849
>きちんと掃除して飯を食ったら茶碗を洗う。日常から離れないのが禅だ

これは動中禅だね。規則正しく日常というのを実践しながら、日常とは何か?
を自分に問い続ける。

静中禅も動中禅も、その行き着くとこは、日常という流れの究明なんだよ。

852 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 18:25:38.43 ID:hz11Q5pl
>>787

方向を指し示してくれている。

ひとりで行けと

でも誰も行かない

853 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 18:29:33.48 ID:Xz9kbMy6
>>849
>思考を放棄すれば人間から獣に落っこちるだろうな

お前は禅に詳しいようだけど、こんな書き込みして恥ずかしいとは思わんのか?
先ず、思考とは何かが分かってないし、それを分かろうともしない。
疑を自分に向けたらどうだ。
それが分かってからでも机を叩け。

854 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 18:37:07.65 ID:PsCtDLqQ
>>849
>飯を食ったら茶碗を洗う。

たくあんとお湯でか?
あれは洗うと言えるか難しいところだが、水の恩恵を大事に思う所作と
餓鬼道への供養って言う二義に於いて素晴らしいとは思う

855 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 18:47:36.09 ID:XPgyNXn9
>>853
白隠は法身で生きてるから思考する必要が無い
無為自然に行動してそれが全て節に当たり理にかなっている
凡夫ではそんな事は無理な話だ

856 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 18:59:06.28 ID:PsCtDLqQ
>>855
>白隠は法身で生きてるから思考する必要が無い

道理無視の破仏法
「今は法身」って意味なら解らないでもないが
それは既に白隠さんでは無いので白隠さんだと認めてはいけない
でなければ、不一不異に反するし不去不来に反するし
もとより不生不滅不常不断に反し破仏法となる

857 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 20:28:59.34 ID:0ZvWSNIV
人間は普通、条件反射的に利己主義に生きる。
常識に忠実に生きると自然とそうなってしまう。
白隠のケースでいうと彼は条件反射的に子供の将来を危惧する。
もちろん、できるできないの判断もあっただろう。
我見に陥らないなら人は条件反射的に功利主義を選択するのかもしれない。

興味が外にしか向かない人は比較的外部の要請に対して従順。
自己中心的な人はそうであればあるほど非従順となる。

858 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 20:51:42.16 ID:+DGjo9SN
>>851
>これは動中禅だね。規則正しく日常というのを実践しながら、日常とは何か?
>を自分に問い続ける。

人間の生存とは「日常」のことだから、「非日常」を知ってどんあ意味がある
のですかね。「気晴らし」の意味なら、娯楽は無数にあるw。

859 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 21:30:30.65 ID:cj37oeyi
> 娘が白隠に「この子供は白隠の子供」と言った瞬間を、白隠が受容した瞬間が純粋な本物のありのままです。
> 娘の言葉受けた瞬間しかありません。
> それ以降の対処の如何は、ありのままではないですね。何故か?それは思考が介入するからです。

■思考が介入しても、そこに人が倒れていたら起こすのが、ありのままと言えなくはないか?

> 私達は何かの事案が発生しますと、必ず善処するよう思考します。これが私達の日常です。
> しかしながら禅者は、この日常という流れに生きているのではないのです。

> >つまり、白隠の子育ては思考によって行われたもので、ありのままではないと・・?
>
> いやいや、思考は放棄してるだろ?
> 女から「白隠の子供」という瞬間に既に受容してるのだから、思考分別などない。
> その瞬間を私は「無限」と言ってんだよ。限を断じてるんだからね。

■受容と言うが、ありのままとは関係的な存在としての自然な反応というものも
エゴに基づいていなければありのままと言える。
その人間の実存そのまま。

860 :有と無:2014/04/21(月) 21:31:13.49 ID:ykERpGEi
>>744
>ここにもハエ取り壺から出られない凡庸なハエがいる。
縁起しない有と無を縁起させた竜樹のことか。それともキミのことか。
>>779
壇教で問い、Sn.で答える。釈迦や祖師に隠れて物を言う。
それじゃキミの姿がよく見えない。
キミの立場や考えを素直に書いた方がいいと思う。

861 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 22:12:51.42 ID:GQsbfgUW
白隠禅師の赤子育ての件、本当に受け入れての事だったのかな?
赤子の父親が誰か言えない母親の心と、
その母親がどんな人だったか分かってた上で心の整理をさせる為に
何も言わずに引き受けたのではないかと考えた。
母親にとってお腹を痛めた子がどんな存在か、自分がした事がどんな事か、
そういったことを考えさせるために母親の性格を分かった上であえて預かったのではないかと。
母親がちゃんと白状しなかったら、それはそれで先の事を考えていらっしゃったとは思うけど。
あくまで私の考えです。

862 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 22:44:14.17 ID:AsY5KCRJ
>>860
凡庸なハエであるお前のことだよw

863 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:16:31.67 ID:zX/FUCmc
>>756
勝手に定義は君自身でしょw 
つか、
>語義定義が定まっていないから
>「として、として〜」って
分別区分して、場面場面に適宜に対処できていくもんだろ、社会ってのは・・ ┐(´ー`)┌


で、いったい、どこの誰が、輪廻の話をしてるんだ?
君はいつも、架空の人物や話題を作り上げて批判するよなw

864 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:20:58.98 ID:zX/FUCmc
>>756
君が、「>>731>として〜の羅列に意味がありますか」と言うから、
てっきり、
≪《【○○として見たとき】それを「取引」と称することが、必ずしも妥当しないケースもありうる》ということを認めない≫
のかと思ったからさw 誤解なら謝るね、ごめんねwww

また、君はいつも、相手の意見や語義、或いは使用場面を狭く一意に限定するから、
そんなことないよね、条件によって変わるよね、と言っているの。
上の件で言えば、種々あって一義を定められないという(>定義未定の)話でもないし、
ましてや >勝手に定義すれば何でもアリ な >勝手論争 な話でもない。
 (つか、勝手に定義してるのは、まさに君だろ?w
 「行」「修行」とか「瞑想」とか「反復練習」とか「習慣付け」とかetc.etc.etc.)
場面場面、立場立場で異なる場合がある。514はそのことの提示なだけだ。
(だから、話者同士のコンセンサスが必要なんだろ?w)
そりゃ、君みたいに「一義に」「>勝手に定義」すれば、「としてとして」と色分けする必要はないかもしれんわなw

上の、婆ちゃんのキスの話で言えば、(元レス元ネタは老婆へのキスと若い女性へのキスという対比だったが)
>>511-512というレスあっての>>514なわけで、
確かに、ほっぺにチュという事象を、
「心理的ギブアンドテイク、無意識裡の見返り等という」「構図として」みれば、すべて『取引』かもしれないが、
『取引』という表現が相応しくない場面、やはり取引とは言えない場面もあるよね、という横レスでしかない。
だから、言語板からレスを拾ってみた。
或いは、男女問題の中には、こういう言辞もある、
「主婦は専業売春婦である」と。
これも、さきの「取引」「黒人」「靖国参拝」や「あばた」「えくぼ」と同じだ。
だから、どんな言語シーンでも、「として」という条件付けが
(意図的か無意識かを問わず)されている点を留意した方がいいだろ?ってこと。

865 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:27:50.86 ID:cj37oeyi
> 赤子の父親が誰か言えない母親の心と、
> その母親がどんな人だったか分かってた上で心の整理をさせる為に
> 何も言わずに引き受けたのではないかと考えた。
> 母親にとってお腹を痛めた子がどんな存在か、自分がした事がどんな事か、
> そういったことを考えさせるために母親の性格を分かった上であえて預かったのではないかと。

なるほど。
それはそうだとしたら優れた人格の表れですね。対応力ある慈悲心に思えます。

> 母親がちゃんと白状しなかったら、それはそれで先の事を考えていらっしゃったとは思うけど。

衆生と自分を特に分けないので、エゴのない人間の反応をしただけかも。

相手が飢餓していたら飲み物を与える、苦しんでいたら助ける等
作為のない人間的な感情に妨げなく、エゴを働かせないので、子供を任せられ『ほぅそうか。』と。

『母親が白状しなければどうしようか』というより、子供が目の前に居れば面倒みよう
居なければわざわざ訪ねて行ったりはしない
(必要以上の分別をしない)単純な反応に思えます。私見ですが(汗)

余り気負った責任(子供を預かる)とかが有ったとは思えない。

866 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:34:19.17 ID:zX/FUCmc
また鯖が不安定だな・・・(´・ω・`)
今夜もいつ落ちるかわからんかもw

867 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:39:12.28 ID:C3H4dgw7
むかーし 昔 あるところに白隠という心やさしいたいそう立派なお坊様おったそうじゃ。

 ♪ ぼうおや〜よい子だ、ねんねしな〜(日本昔ばなし)


B娘はそれから逃れようとして、おもわず白隠の名前をあげた。

どれほど娘は苦しかったことでしょう。
涙のどん底で、あの方におすがりするしか・・・つまり聖職者が
この村にもいらっしゃる、助けて下さるに違いない・・と。

Cそれから娘は子供を産んで、その子供を白隠のもとに連れていった。

本人同士であなたが父親だという確認などするわけもない。
父親にそう言ったので連れてきたことを話したはずだ。
そして、それを受け入れた。
ミルクをもらい回る姿、弟子も失い、村中から侮蔑。

可愛い子を手放した苦しみと懺悔は、自分の不安とはそのけた違いの白隠の愛に、解かされ、
安心と勇気を頂いた。 白隠は最後まで同じ「そうか」には父親も今までとは
違う境地(人生観)に至ったであろう。

 アーメン♪

868 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:48:57.86 ID:VZJv7Ocl
>>863
として〜と分別区分してあ〜だこ〜だ言うのが勝手論争でなく何だというのか?w
定義が定まっていないのなら最初に定めて論争するべきでしょうw
として〜として〜で100人100様に言いたい放題〜は不毛の論議以外の何者でもない。

不毛な論議の例として輪廻を上げたのだよww
人に下手な比喩を披露するくせに他人の比喩は全く理解できないらしいww

869 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:50:27.49 ID:PsCtDLqQ
>>756
>物質としての流転〜が輪廻転生?

来たれ見よ、と言えるものだ
あれこれ考えても気付かなかった連中の方が多過ぎ
涅槃も「心や想いを一切排除した」純粋な物理現象世界の事
人体も想いに気を取られ気付いて無いが、身体の多くは非情で構成されている
脳も想いの裏に生体としての作用が厳然と存在して機能していて、それ自体は非情だ
だから鬱にも統失などにも好むと好まざるとに因らずなるんだろうし、故障だからな

870 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:54:05.27 ID:C3H4dgw7
で、ここで見落としてはならないのは、白隠が他の村人とは、はじめから違う特殊な立場だということ。
村人にもそのような事は、もちろん知れ渡っている。

村人は、普通はそんなこと出来ないし、見え見えでやりようもない。

(実際、村人も川でおぼれる子がいたら、我を忘れて飛び込んだり
今でも、ホーム転落者を助けようと電車に跳ねられたりとか
あります。)

この話は、昔話のような柔らかな仕上げにすれば、育ちゆく子供達の心に残る絵本となるでしょう。

871 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:54:23.45 ID:zX/FUCmc
>>868
最初に定めて論争とかじゃなくてw

>>510-517のレスアンカー振った意味がわからんかった?
その後きちんと説明したろ?

名無しさん(及び君も?w)が、キスに関して「取引」の一義しか許容しないそぶりだったから、
そうは決まらないでしょ?と言っただけなのに、
なんで、勝手定義人認定されにゃならんのさw

だから、(これまでの対話殆どがそうだが)、
君こそが、勝手に語義を限定して、勝手に相手の立場を設定して、
結果、居もしない人物、ありもしない意見を批判してるよ、と指摘してるのさ。

もう一度言う。
勝手定義してるのは寧ろ君だよ。

872 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:57:15.16 ID:0ZvWSNIV
まぁ白隠が世間体を気にするようなタマじゃないってことだけは
確かだな

873 :神も仏も名無しさん:2014/04/21(月) 23:58:07.48 ID:VZJv7Ocl
>>871
私は「〜として、〜として」とは言わない。
として、としてと言うのはセブンでしょうがww
自分の発言を振り返って見よ。

つーか、目も見えず、自分の発言も覚えておらず〜って認知症などが酷くなってるんじゃないの?w

874 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 00:31:23.52 ID:li4onJrk
>>873
> 私は「〜として、〜として」とは言わない。
> として、としてと言うのはセブンでしょうがww
> 自分の発言を振り返って見よ。
> つーか、目も見えず、自分の発言も覚えておらず〜って認知症などが酷くなってるんじゃないの?w

様々な側面から考察を添えるのはよい。無意味とか投石される筋合いはない。
ちなみに俺はセブンでもイレブンでもない。

875 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 00:38:58.85 ID:XFlbkGWd
>>874
まあ100人100様、様々な意見、考えはあって構わないけど、言葉の定義もままならず
「として〜として」で議論しても無意味だと言っているだけ。
ココは議論スレですよねえ。ならば言葉の定義が定まっていないのなら最初に定めて議論するべきでしょう。
「として〜として〜」で議論して言葉の定義すら無い議論は議論にあらず。

876 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 00:48:08.12 ID:li4onJrk
>>875
>>874
> まあ100人100様、様々な意見、考えはあって構わないけど、言葉の定義もままならず
> 「として〜として」で議論しても無意味だと言っているだけ。
> ココは議論スレですよねえ。ならば言葉の定義が定まっていないのなら最初に定めて議論するべきでしょう。
> 「として〜として〜」で議論して言葉の定義すら無い議論は議論にあらず。

分からんヤツだな。
物事の実体(≠あるかないか)に迫るのに差し当たり、議論以前であろうが以後であろうが
様々な側面から光を当てる事への提起が、無意味であるはずがなかろう。
一義(≠聖諦第一義)的にしか考えられない事は問題だからな。
引っ込んどけ。

877 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 00:56:01.22 ID:XFlbkGWd
>>876
「取引」や「黒人」はたまた「輪廻転生」の定義すら出来ない人間こそ引っ込むべきでしょうww

右から光を当てようが左から光を当てようが上から当てようが下から当てようが定義くらい定めてモノを言え。
として〜議論に意味があると信じるのは馬鹿者w

878 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:01:00.06 ID:li4onJrk
>>877
議論なぞした覚えはないな。ボケてんのか?w

879 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:03:38.91 ID:XFlbkGWd
>>878
ココは議論スレだよねえ?
どっちがボケてんだか?www

880 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:04:52.38 ID:li4onJrk
>>877
議論?
誰と誰が?
精神科に行ってこい。

881 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:06:15.69 ID:XFlbkGWd
議論スレで議論せずに只書いただけ〜って阿呆以外の何者でもないねえww

882 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:06:36.07 ID:li4onJrk
>>879
>>878
> ココは議論スレだよねえ?
> どっちがボケてんだか?www

チンピラ因縁スレでもないな。やはりボケてる。

883 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:07:35.69 ID:+xZJxIAe
議論の是非を問うなら、非。議論すべからず。
ここに来るのは、議論をせずに破すため。
ま、精神のダイエットみたいな感じ、鍛える感じが常識人なように思う。
効果的かはともかく。
落ちます。

884 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:08:32.08 ID:XFlbkGWd
として〜として〜として〜で永遠空振り議論に終始していなさいな。
これこそ意味があるキリッってww
想像するだけで笑える設定ですねえw

885 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:17:54.29 ID:li4onJrk
>>874
> 「として〜として」で議論しても無意味だと言っているだけ。
> ココは議論スレですよねえ。ならば言葉の定義が定まっていないのなら最初に定めて議論するべきでしょう。
> 「として〜として〜」で議論して言葉の定義すら無い議論は議論にあらず。

>>881
> 議論スレで議論せずに只書いただけ〜って阿呆以外の何者でもないねえww

ある時は議論してるといいまたある時は議論してないという。
因縁つけるのが目的だったのか。

886 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:21:43.29 ID:XFlbkGWd
→878 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2014/04/22(火) 01:01:00.06 ID:li4onJrk [3/6]
>>877
→議論なぞした覚えはないな。ボケてんのか?w

に対する>>881なのも理解できないなんて、酒でも飲んで書いているのか?ww
素面でお願いしますよ。
酔っ払いの戯言には付き合ってられんわw

887 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:25:15.91 ID:li4onJrk
>>886
議論したであろう箇所を抜き出せ。

888 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:28:25.88 ID:+xZJxIAe
阿鼻を法華に持ち込むその業が末恐ろしいな
創価外のカルト幹部よりきついぞ
無宗教の人がうろうろすると死ぬくらいのレベル
許せないな

889 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 01:33:48.17 ID:XFlbkGWd
>>887
>>510で「取引」が出て、>>514で(として〜「取引」)が出ているがコレは議論でしょうなあ。
>>723で(として〜「黒人」)が出て(として〜)は意味のある事であると主張している。これは>>546の私のレスに
対する主張だからコレも議論でしょうなあ。
で、誰が議論していないんでしたっけ?ww

890 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 02:07:54.71 ID:eCYkS7xl
セブンさんには、「宗教者が天国や救いを期待して行なう善も、取引き」が
痛かったのだろうw。

891 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 06:18:16.54 ID:ifsC6Dpz
851 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 18:24:10.86 ID:Xz9kbMy6>>849
>きちんと掃除して飯を食ったら茶碗を洗う。日常から離れないのが禅だ

これは動中禅だね。規則正しく日常というのを実践しながら、日常とは何か?
を自分に問い続ける。

静中禅も動中禅も、その行き着くとこは、日常という流れの究明なんだよ



10年嘘つき机が、この思想の集大成とかw

892 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 06:20:23.71 ID:ifsC6Dpz
853 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/21(月) 18:29:33.48 ID:Xz9kbMy6>>849
>思考を放棄すれば人間から獣に落っこちるだろうな

お前は禅に詳しいようだけど、こんな書き込みして恥ずかしいとは思わんのか?
先ず、思考とは何かが分かってないし、それを分かろうともしない。
疑を自分に向けたらどうだ。
それが分かってからでも机を叩け。



疑とは正直に疑う事だw10年嘘つき机を人生を知れとかw

893 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 07:36:11.35 ID:NKKyc1GO
議論という形でお互いに罵り合う。
これがどうも私にはわからん。
相手を罵れば胸がスッとするのか?
フラストレーションが溜まっているのだろうか?
ルサンチマンという抑圧だろうか?
攻撃性の表れと見受けられるが原因はどこにあるのだろう?

894 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/22(火) 07:47:21.82 ID:yRaQMWmD
>>858
> 人間の生存とは「日常」のことだから、「非日常」を知ってどんあ意味がある

いい質問ですね。では応えます。

人間というのは有用なものに関心を向けます。
しかし有用とは何でしょう?
有用とは無用(つまり役にたたない)があってこその有用なのです。

無用のものに対する鑑識がなければ、有用について語ちることはできないのであります。
まったく役にたたない。これこそが絶対なる有用なのであります。

無用における有用。これこそが深遠なるバランスであります中道であります。
どうか仏教の本懐たる中道への悟入を祈念致します。

895 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/22(火) 08:04:50.40 ID:yRaQMWmD
>>859
>その人間の実存そのまま。

ええそうです。生は実存そのままでありますね。
それで終了です。過去のことはそれで終了するという意味ですね。

凡人というのは、この終了することが苦手なんですよ。
それは日常というベクトルに生きているからです。

日常とは何か?
そして禅でいう「今ここ」とは何か?
私は論題提起の意味を込めて、2ちゃんに書き込みしておるのです。
あとは皆様が個人個人考えてくれたらいいと思います。

896 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 08:13:29.91 ID:NKKyc1GO
凡人というものがいるとでも思っているのだろうか?
どうもそのあたりの勘違いに欲望が潜んでいるようだ。
だから俺の方が上だと罵り合いが起こるのだろう。
困った洗脳というか刷り込みというか教育というかを受けたものである。

897 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 08:21:32.39 ID:ifsC6Dpz
894 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/22(火) 07:47:21.82 ID:yRaQMWmD>>858
> 人間の生存とは「日常」のことだから、「非日常」を知ってどんあ意味がある

いい質問ですね。では応えます。



いっそ、嘘の上に嘘を塗り重ねるが「日常」と言えw

898 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 08:23:12.77 ID:ifsC6Dpz
>だから俺の方が上だと罵り合いが起こるのだろう。


今朝は起きていないぞw
相手の精神と言葉を忠実に再現した内容を書き込んでいるだけだなw

899 :有と無:2014/04/22(火) 09:48:20.67 ID:r1BdC+CL
二進法は有と無、1と0で計算する。
コンピューターは、この計算方法で現実を描写することができる。
この現実が、有るのか無いのかに基づいているからだろう。
 
有と無、1と0とは二者択一であり、同時に成立することはない。
有と無を関係させた竜樹には根本的な誤りがある。
もはや「中論」が「錦の御旗」になる時代は終わったと言っていい。
 
閻魔の特色は、間接現実と直接現実を関係させるところにある。
これは世俗諦と勝義諦を関係させ、有と無を関係させることに等しい。
ここにジレンマがある。あと一歩で般若の智慧なのに。

900 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 09:52:24.33 ID:yC/ZDNY/
 >>830
   >笑い

     アホが笑う。
     所詮、おまえは仏法には縁なき衆生だ。
     「二相の相即的実践」という仏道が掴めないお子様形式行法論者でしかない。
     
     俺は世間的なあり方にはもはや頓着していないよw

  >学ぶ程何も知れなくなる。

    ドタマにウジがわいているらしいw
    仏法は「知る」という如理作意の相対レヴェルではないと何度言ったら・・・アホ過ぎる。

     釜ヶ崎は仏道修行には最高だ。
     ちょっとスケベで飲んべで年喰っているが、はちゃめちゃ菩薩サマがいっぱいいるぞ。
     飲む(酒)打つ(バクチ)買う(覚醒剤・オンナ?)のほとんどフリーマーケット。

901 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 09:57:20.68 ID:yC/ZDNY/
閻魔とほら吹き如来とは、どう違うのか?
 
★要するにほら吹き如来は,二項相対分別相の『如理作意』の未透過領域でしかなく(⇒>>798>>806で批判)、
             非相対無分別相の『般若智』にまで至りついていない(⇒>>805)。

 ほら吹き如来は、二項相対対象化思考の如理作意をもって、「〜を」という対象化前提の『悟り』と誤解しているのである。
  未達者である。それで『悟った』気分でいるのだから、噴飯モノの裸の王様であるw
 
ほら吹き如来が『悟りなる事の“意味”を知りました』(>>798)などという中部2(一切煩悩経)は
http://d.hatena.ne.jp/pali/20100118/p1の引き写しだが(引用するなら引用先を明示せよ!)、
上記訳の『如理作意(▼根源▼からの作意)と非理作意(▼根源▼からでない作意)』のカッコ書き注訳(根源)はいかにも誤解を招く悪い訳だ。
かつてから閻魔もこの訳には???だった。
仏法に根源なるものはありえないからである。

>>806のように素直に『yoniso (ヨーニソ)如“理”  manasikara(マナシカーラ)作“意”』と受け止めればいいのだ。
“理”=相対の分別論理、理論 、 “意”=相対分別の「想い」、思考。

このように★如理作意は、あくまで二項相対分別相の領域についての教え【一切門】だ。
【般若門】ではない。

902 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 09:58:53.86 ID:NapKMYW+
>>899
では質問
事物を完全に消滅させる方法を明示してください
消滅ですから、塵芥が残ったりガス化して拡散したりも無しです
プラズマ等を用いたとしても、それは無くなってるんじゃなく
高速で酸化還元され気化して拡散してしまっただけであり
無くなってる訳じゃない、と言う事実

無くなってると思い込んでるのは人間の妄想だったと言う事実

これが仏法なんですよ

903 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:03:41.86 ID:NapKMYW+
>>901
必死で他人の悟りを否定しても無益だよ

904 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:08:06.91 ID:NapKMYW+
>閻魔とほら吹き如来とは、どう違うのか?

この比較自体が二項相対分別相の『如理作意』の未透過領域で
非相対無分別相の『般若智』にまで至りついていない

不毛な戯論展開だね

905 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:08:23.81 ID:li4onJrk
>>899
お前は彼らの言う『有と無』を理解してない。
有無は人間の心における重大な問題なのだ。
仏教は人間の心を無視して物そのものを問うたりしない。
物の有無といっても認識(知)を除去した物そのものの有無を言ってないのである。
だから有と無が両極端に錯綜したとしても、それは心の問題であり、
それに基づく解脱は有無の戯論を批判しない事には始まらない。認識(知)を言葉で表現している。

906 :有と無:2014/04/22(火) 10:13:16.80 ID:r1BdC+CL
閻魔と議論していた方は、1、0、−1をベースにしている。
この「0」を無、空と洞察する。しかし「0」が真理なら、
この世界は無であり空にしかならない。→「心」が路傍の石になる。
 
しかし心の世界は、善悪などの判断で成立している。
鏡のように、心がこの現実を映し出しても無意味でしかない。
その人の実存は、判断の働きそのものにあるからである。
 
この苦楽や善悪などは、1、0、−1という構造になっている。
この構造から、「0」を無や空と洞察するのは正しい。
しかしそれは、心の話であり、現実の世界(1と0)の話ではない。

907 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:20:26.17 ID:NapKMYW+
因みに「如理作為」とは「理(ことわり)」の「如く」、「意(こころ)」に「作(つくる)」と言う意味

理(ことわり)とは道理の事
意とは外界内界を写し認める意根の事

意訳するとヨーニソマナシカーラ=如理作為とは「観たまんま」って事
これは言い換えれば道元師の「眼横鼻縦」そのまんまって事

908 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:21:11.94 ID:yC/ZDNY/
>>899
>有と無、1と0とは二者択一であり、同時に成立することはない。

カウント(分別)するものとして同時に成立しているではないかw
しかも、(たとえばものごころつく以前の赤ん坊のように)共通ルールのないところでは、
1とか0とかに意味はない。
従って『二者択一であり、同時に成立することはない』とはいえない。
ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論を読み直せ。

>閻魔の特色は、間接現実と直接現実を関係させるところにある。

関係もなにも、当たり前ではないかw
俺は、ブッダと龍樹に同意しているにすぎない。
したがって閻魔には主張なるものは存しない(廻諍論29・30)。

龍樹曰く、
『・<縁起しているもの>、それを我われは「空」と説く。*←縁起の直接現実:空観。

 ・しかし、それは更に相対の仮説(縁って想定されたもの)でもある。*←縁起の間接現実:仮観。

 ・それ(空として、仮として縁起しているもの)は、じつは即ち「中道」にあるのである。*←縁起の還滅現実:中観。』
                        (中論24-18)

仏法の上記の様相に忠実なだけだよw 

909 :有と無:2014/04/22(火) 10:29:24.88 ID:r1BdC+CL
>>902
有るのか無いのかは、いま目の前に有るのか無いのかという話です。
目の前の物質を無にする話ではない。
>>905
意味不明です。もっとわかりやすく具体的に書いてください。

910 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:40:18.23 ID:yC/ZDNY/
>>907
>意訳するとヨーニソマナシカーラ=如理作為とは「観たまんま」って事
>これは言い換えれば道元師の「眼横鼻縦」そのまんまって事

道元の「眼横鼻縦」は縁起の還滅現実:中観だ。
   無分別空観を透過している無分別の分別だから「眼直鼻横」と変わらない→「生已盡滅」(第一義空経)

おまえの「観たまんま」とは、縁起の間接現実:仮観。(>>908
    無分別空観を未透過だから、分別で「観たまんま」の「眼横鼻縦」でなければならないのだよw

これで駄目なら、仏法はあきらめた方がいい。
「観たまんま」の「眼横鼻縦」でいけばいい。

911 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:46:00.81 ID:VBmcv79p
一本指をただ立てて悟りを表現した倶胝師
その一本指を見て彼は真似して指を立てる
指一本立てて見せる事など誰にでも出来る
しかし倶胝師は悟ってないものが立てる指は
躊躇無く切り落とし、更に自身の指を一本立てて見せる
指を切り落とされた者は立てる指が無い
指が無いから悟りを表現する真似が出来ない
真似は所詮真似に過ぎない

何処を見てるのじゃ、これだよこれ
と倶胝師は指を一本立てて見せる
従者はこれで悟れたが、愚者には一向に理解出来ない

それが閻魔
君には無理なんだよw

912 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:47:37.10 ID:yC/ZDNY/
「観たまんま」の「眼横鼻縦」とは、
まさしく共同幻想における共通ルールのある如理作意(二項相対分別相の領域)だよ。

非相対無分別相(勝義)では<非眼横鼻縦 非非眼横鼻縦の如し>
統対無分別の分別相(還滅)では<即眼横鼻縦 即眼直鼻横>である。

913 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:50:45.76 ID:VBmcv79p
>>910
>「観たまんま」の「眼横鼻縦」でいけばいい。

それ以外に仏法に何かを求めても無駄
君は心の緊縛を未だ開放できていない
無分別は無作だと言う事が未だ解らないんだから

914 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:51:14.24 ID:ifsC6Dpz
ID:yC/ZDNY/はデタラメw

915 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:52:01.76 ID:yC/ZDNY/
>>911
>それが閻魔
>君には無理なんだよw

捏造ペンキ屋根性丸出しだな。

既に返答済み。
自分の不明を恥じることだ。

916 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:54:02.59 ID:VBmcv79p
>>915
>既に返答済み。

見ていない
自信有るなら再度書いてみればいい
多分間違ってるだろうから

917 :有と無:2014/04/22(火) 10:54:11.29 ID:r1BdC+CL
釈迦の中道は、因果関係における原因と結果から説かれる。
何事もほどほどとか、過ぎたるは及ばざるがごとしのレベルだろう。
この中道を知り、釈迦が成道したというのは作り話だ。
 
これに対して竜樹の中道は、(1、0)の世界、現実の世界では無意味だ。
なぜなら世俗そのもの(世俗諦)にしかならないから。
 
意味があるとすれば、(1、0、−1)の世界、心の世界においてであり、
苦楽や善悪を緩和し、般若の智慧へと至る道になる。

918 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:54:52.03 ID:yC/ZDNY/
>>914
>ID:yC/ZDNY/はデタラメw

無門関 30&33参照

お前にも無理だろうがw

919 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:56:25.22 ID:VBmcv79p
>>918
それが切り落とされた一本指だと言っている
愚者は一向に気付けん様だがw

920 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 10:59:37.53 ID:yC/ZDNY/
>>916
>見ていない

アキメクラには観得ないだけだ。
慧眼の士なら明白だ。

俺は菩薩の世話で忙しい。
カウチポテトの低能力のお子チャマ行者なんかどうでもいい。

で、探しものはみつかりましたか?
裸の王チャマw

921 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 11:02:23.43 ID:/+Z1Bs+F
俗物の敗北宣言乙

922 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 11:10:39.94 ID:ifsC6Dpz
ID:yC/ZDNY/は虚栄心で自己陶酔のおぼっちゃまだからなw

923 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 11:25:25.72 ID:VnRlU/U3
人類は、その発生以来、専ら五感の知覚により、対象の有無を一義的に判断する
ことによってのみ生存している。釈迦自身も、その判断をしなければ一瞬も
生存できない。

釈迦の無我、無は、一発で論破される初歩的論理矛盾、勘違い、観念の遊戯、
誤り。釈迦カルトの釈迦へのあくなき執着は、滑稽を通り越してもはや醜悪。

中論は、無我や無などというアホなことは、批判する場合を除いては一言も
言っていない。中村博士は、「空とは無ではない」と声高に戒めている。

やはり宗教とは、開祖の狂気の感染という精神医学的現象に過ぎないという
私の主張は明白に証明されたようだ。

924 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 11:32:09.04 ID:ATNevzK1
もし、 ID:VnRlU/U3 が閻魔の真の本音だとしたら面白いと思う
経典の額面上上っ面しか理解出来ない性分も筋が通るし腑に落ちる

925 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/22(火) 11:37:19.57 ID:yRaQMWmD
【凡人がいるか?いないかについて】
>>896
>凡人というものがいるとでも思っているのだろうか?

ある90歳の老人が、行きつけの靴屋にて激論を交わした。
靴屋
「そんなにがなり立ててどうしたんですか?もう90を超えたんでしょ?この靴を履きつぶす可能性はほとんどないでしょ?」。と
老人は睨みつけてこう言った
「お前は知らんようだから教えてやろう、90歳を過ぎて死ぬ人間はごく少数なんじゃ」。と

果たして凡人は靴屋か?それとも老人か?
それとも凡人などはいないのだろうか?

926 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 11:47:38.77 ID:RFoxX+Ap
生死即涅槃

927 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 11:54:13.31 ID:VnRlU/U3
釈迦は人間を覚者と凡夫に区別した。彼は己自身は覚者だと思っているのだろ
かw。それを世の中では「我のみ良しの思い上がった独善性」と呼ぶ。「俺は
凡夫だ」」と言ってるのと同じ。

928 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 12:27:14.57 ID:NKKyc1GO
そりゃ思考だって突き詰めりゃ何らかの物質の運動だろう。
しかし、そんなことに意味があるだろうか?
思考の中にドラえもん登場。物質である以上ドラえもんは存在する。
だからどーした以上のなにものでもない。

929 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 12:32:55.81 ID:NKKyc1GO
>>925
そういう事ではなく人間とは何かをよー見てみ
別に細胞レベルまで見る必要はないが

930 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/22(火) 13:14:16.24 ID:yRaQMWmD
>>929
【人間とは何か?】
>そういう事ではなく人間とは何かをよー見てみ

人間とは、一般的には社会通念、公序良俗、信義誠実、実定法規、および慣習などにおいて
思考の一貫性を形成させてしまう傾向がある。

机龍之介は、これ等について改めて問い直してみようと提案しておるのです。
これは問題の本質を炙り出すためです。
しかしこれでは問題が重過ぎて、語ちるのは困難であろう?

ゆえに、少々のサジ加減で、少しずつ核心にせまるような道筋を付けておるのです。
焦らず、ゆっくりと、そして禅ワールドを皆様と一緒に冒険しようじゃありませんか。

931 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 15:44:30.89 ID:v1qwXlic
人間とは動物の一種。内臓配置もその機能も、釈迦もイエスもチンバンジーと全く同じ。

動物の唯一普遍の基本は生存本能、即ち、肉体(生命)の維持。精神(心)は、
あくまで肉体の維持のみに発動される機能。心のために心を使う愚かな動物
はいない。

そのことをすっかり忘れ去るという倒錯に陥ったのが、彼等御両人。その意味で、
宗教は動物である人間にとって初めから無意味。

動物である以上、徹底的に生物学的視点に絞らなければ、人間の本質は判らない。

932 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 17:42:25.40 ID:NKKyc1GO
人間の本質なんてありゃせんよ。

933 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 17:54:23.05 ID:NKKyc1GO
ただ、生物としては脳が生命の維持に留まることなく発達しすぎた。
だから肉体の方が脳の欲求(機能)についていけなくなった。
この歪みに苦があるのかもしれない。

934 :般若の智慧:2014/04/22(火) 17:59:27.66 ID:5N1xG0FT
般若の智慧は、六支縁起の順観で無明を突破すれば得られる。
ヴィッパサナーを利用してもいいが、考えごとに熱中できるならそれも不要。
2chで、ああだこうだと議論し合うのも順観なのだと思う。
 
般若の智慧は、五位七五法で言えば無為法の三つのうち、
択滅(チャクメツ)無為によって得られる。智慧による煩悩の消滅である。
残りの虚空とか非択滅はどうでもいい。解脱には無関係だ。
 
では般若の智慧とは何か。それこそが意識である。
ただし、凡夫の意識は煩悩で覆われているから、般若の智慧にならない。
煩悩を根こそぎにした時、般若の智慧が姿を現す。

935 :般若の智慧:2014/04/22(火) 18:31:13.50 ID:5N1xG0FT
>>927
御隠居は、釈迦が覚者と凡夫を区別するのは差別だと言う。
しかしそれは違う。だれもが覚者になるチャンスを与えられている。
それを拒むから凡夫のままなのだ。
 
旧約聖書のヨブ記もヤコブの話も、自分の誤りに気づくまで試練が続く。
それに気づいた時、その瞬間に神が姿を現す。
差別ではなく、自分から苦労を望む変わり者などほとんどいない。
そういった意味で、悟りとは狭くて細い道なのである。
  
般若の智慧は、神の智慧に由来している。

936 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 18:31:49.90 ID:NKKyc1GO
こんどは智慧かw
だから死があるのは生があるからと看破した程度が智慧なんだろ
ほとんどどうでもよろしいw

937 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 18:33:01.83 ID:I7snFOUT
>>932
>人間の本質なんてありゃせんよ。

肉体(生命、生存本能、我)は、どんな小動物にも存在する。開祖の倒錯の結果と
しての教典など読む時間があったら、公園で小動物の行動をじっくりと観察
されたし。動物としての人間は、それによって初めて悟れる。

938 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 18:42:15.38 ID:NKKyc1GO
>>937
どうも生命というものを美化しすぎるきらいがあるなぁ…
どこに原因があるかしらんが、もしかしてムツゴロウ?

939 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 19:06:26.16 ID:li4onJrk
>>934
> 般若の智慧は、六支縁起の順観で無明を突破すれば得られる。
> ヴィッパサナーを利用してもいいが、考えごとに熱中できるならそれも不要。
> 2chで、ああだこうだと議論し合うのも順観なのだと思う。
>  
> 般若の智慧は、五位七五法で言えば無為法の三つのうち、
> 択滅(チャクメツ)無為によって得られる。智慧による煩悩の消滅である。
> 残りの虚空とか非択滅はどうでもいい。解脱には無関係だ。
>  
> では般若の智慧とは何か。それこそが意識である。
> ただし、凡夫の意識は煩悩で覆われているから、般若の智慧にならない。
> 煩悩を根こそぎにした時、般若の智慧が姿を現す。

> 残りの虚空とか非択滅はどうでもいい。解脱には無関係だ。

お前のしている事とは

楽になるのは苦しみが無くなればいいんだよ。苦しみを除去したら楽が現れるぞ。

と言っているに等しい。

早いとは遅くないこと。では遅いとは?早くないこと。
こんな事を、一々発表する意味あるのか?

龍樹も理解してない事だし、そろそろ失せ時では?
まあ、これで経典読む程、理解が進む訳でない事がわかったろ。

940 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 19:20:21.98 ID:I7snFOUT
>>938
>どうも生命というものを美化しすぎるきらいがあるなぁ

美しいとか醜いとかの概念が存在しないのが、生命だよ。それらも生命の
機能に過ぎないのだから。

生命とは「人間の全て」である。釈迦やイエスは、「生命の、壊れた付属品」
に過ぎない。

941 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 19:27:13.84 ID:I7snFOUT
>>935
ヨブ記は旧約だが、最も新約的な浅薄さがある。

苦しみぬいたヨブが、「神を信じたらハッピーエンド」。三文小説じゃんw。

ヨブが神を信じても最後まで苦しみ抜いたら、偉大な作品になったのだが。

942 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 19:45:49.62 ID:NKKyc1GO
>>940
まぁ生命についてはもういいわ
あとは憎き釈迦、イエスだなw
どこに原因があるかしらんが会ったことあるん?
伝承は真実ではなかろ?
俺は会ったこともない人間をどうこう言えんわ
悪いのが宗教というのなら彼らもまきこまれた被害者だろ
彼らが宗教を始めたわけじゃあない

943 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 19:46:05.09 ID:li4onJrk
>>941
>>935
> ヨブ記は旧約だが、最も新約的な浅薄さがある。
> 苦しみぬいたヨブが、「神を信じたらハッピーエンド」。三文小説じゃんw。
> ヨブが神を信じても最後まで苦しみ抜いたら、偉大な作品になったのだが。

本当に読んでいれば分かるのだが、ハッピーエンドは補足的にしか記されていない。

>>935を擁護する気はない。

944 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 20:01:43.69 ID:I7snFOUT
>>942
>伝承は真実ではなかろ?
>俺は会ったこともない人間をどうこう言えんわ

あくまで、釈迦カルトたちが実在と信じ込んで愛着している、「教典上の釈迦」
の話をしている。

親でもない赤の他人で、真偽の程も定かでない「教典上の釈迦」に、それほど
愛着することのほうがおかしいのではw。開祖を批判されると、己自身や肉親
が批判されたように感情的になる。どう考えてもおかしい。やはり、精神医学
的な現象としか考えようがない。私が「教典上の釈迦やイエス」を批判するのは、
それらが人間を狂わせているという実態があるからである。広い外部から見ると、
宗教信者は「狂人」以外の何者でもないのだよ。

945 :般若の智慧:2014/04/22(火) 20:23:39.54 ID:5N1xG0FT
>>941
ヨブ記をどう読むかは難しい。
個人的には、最後の「結び」こそがヨブ記の肝であると感じる。
 
どんなに苦しい思いをしても、神と出会えれば償われて余りある。
それも、あの世ではなく、この世で償われるのだ。
これがヨブ記のメッセージではないか。
 
単なるハッピーエンドではない。悲劇好きには受けないだろうが、
この不思議な展開は実際に体験しないとわからない。

946 :般若の智慧:2014/04/22(火) 20:37:45.85 ID:5N1xG0FT
ヨブ記の生き証人が釈迦だよね。
王子の身分から乞食に身を落とし、それなのに幸せな人生を送った。
悟りによって運命が逆回転したわけだ。

947 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 20:42:44.36 ID:lZd8iAdt
>本当に読んでいれば分かるのだが、ハッピーエンドは補足的にしか記されていない。

家族を皆殺しにされても、ハッピーエンド? 疑団でしょう。

>どんなに苦しい思いをしても、神と出会えれば償われて余りある。

悪魔の試練プランに決裁したのが神だと知らないとこが一番悲劇かも。。

948 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 21:22:40.64 ID:NKKyc1GO
>>944
宗教信者というものは無いものに執着するだけあって、拘りというものが凄いw
それと考え方を変えようとしないから判で押したような思考になる。
隠居のことじゃないよw

949 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 22:29:03.06 ID:yC/ZDNY/
>>924
>もし、 ID:VnRlU/U3 が閻魔の真の本音だとしたら面白いと思う

アキメクラw

ID:VnRlU/U3 は隠居だよw

950 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 22:37:06.15 ID:BJGYeGYP
>>949
傍から見て、その辺微妙だったが、
別人だということを踏まえて、(寧ろ別人であるからこそ)、
「ソレが本音だったら」という仮定の面白さを狙ったのかもしれない・・
とも思ったw

951 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/22(火) 22:48:42.25 ID:6stovlTj
.Bodybuilding - Top 10 Female Physiques - 5:40
http://www.youtube.com/watch?v=-iSwbSpmfbo]
.The 20 Most Aesthetic Male Physiques - 7:33
http://www.youtube.com/watch?v=6JhMX4jlemI
.Top 20 greatest Physiques / Bodies achievable by man - 6:30
http://www.youtube.com/watch?v=8tD8Prm27-w
.Top 10 Sexy Female Movie Villains - 10:43
http://www.youtube.com/watch?v=58kDMw779xc
Top 10 biggest pair of tits in the world les plus grosses paires de seins du monde Raya TV . - 1:06
http://www.youtube.com/watch?v=N7J9htD1ess
.Camera Cache Sexyy Tres chooo . - 1:37
http://www.youtube.com/watch?v=Oom9hFl4Nb4
Top 10 Movie Angels . - 12:11
http://www.youtube.com/watch?v=Lzo9FuvVFqQ

952 :神も仏も名無しさん:2014/04/22(火) 23:39:31.38 ID:ekFbBd2F
机先生
難し過ぎます
 
>人間とは、一般的には社会通念、公序良俗、信義誠実、実定法規
、および慣習などにおいて
思考の一貫性を形成させてしまう傾向がある

二千年前から哲学者 優秀な学僧 坊主が解けないのに
絶対わからん にも関わらず前進しようとするのが人類なのか
その原動力は

953 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 06:05:18.76 ID:ZN52PmnO
>>911
>それが閻魔
>君には無理なんだよw

断見→輪廻は無い→地獄は妄想→閻魔は空想→『非閻魔』がコテに相応しい

954 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/23(水) 07:39:09.93 ID:vEYg1WPJ
>>926
>生死即涅槃

そうですね、いいところを着目してますね。
実は私は>>925のお題において、生死をどう捉えるか?について皆様に自問して頂きたかったのであります。

靴屋は一般的な発想ですね(これを思考の一貫性とでもいいましょうか)。
老人は、靴屋とは違う生死観をもっておるようです。

生死観によって、仏教の捉え方が大きく変わります。
貴殿は既に分かっておるかと思いますけど、私はスレッドをロムしている方に言いたいのは、
「思考の一貫性を破壊する」のが禅です。
今日はこのことだけを講釈します。

955 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/23(水) 07:57:30.27 ID:vEYg1WPJ
>>952
>二千年前から哲学者 優秀な学僧 坊主が解けないのに
>絶対わからん にも関わらず前進しようとするのが人類なのか

そうですね。私はセブン氏みたく譬え話しは苦手なのすが、では譬えで説明してみようかね。

例えば、雪山登山する人達の心情世界のことだけは私には絶対に分からないかと思ってたのですよ。
非常にリスクがありますし、どうして彼等はそうまでして登山しようと思うのか?

でも最近になって、彼等のことがようやく分かるようになりました。
彼等はそこに「もしかしたら生きて帰れない」という不安を、エクスタシーに変換してるんじゃないかと?
絶対にわからんものでも、時期がくれば簡単に分かることもあるようです。

>机先生 難し過ぎます

っあっはっは。なるべく平易に簡単に、そこのところは説明して逝きましょう。
皆様とともに禅ワールドへ。

956 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 09:05:33.24 ID:4UenJW7Y
君達は一生懸命説明してくれてるんだけど
聞いてるこっちには何一つ響くものがないのはなぜなんだい?

957 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 09:35:40.60 ID:8TXpTDTY
>>953
>断見→〜

アホの非理作意

>無理

倶胝の指も切り落とせ!

『固定した表現は即くつがえされる。
対象化不能様相に固定はありえない』→(>>805
趙州禅師なら倶胝の指を犬に食わしただろうよw

958 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 09:42:10.22 ID:8TXpTDTY
>>956
>聞いてるこっちには何一つ響くものがないのはなぜなんだい?

無菩提心且つ無方便だから。

959 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 11:29:18.67 ID:Atq7rQzY
>>955
まあ、セブンよりはるかに比喩は上手いですね。
しかし、その比喩が適切か否かを考えれば適切じゃないような気もする。
人が山に登るのは有名な回答があるでしょう。「そこに山があるから」
宇宙飛行士が月に行くのと同じでしょう。
人間はチャレンジする生き物なのですよ。分からないものを分からないとしてほっとかない。
分からないものを分かろうと努めるのが人間。結果、分かろうが分かるまいが関係ない。

960 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 11:33:03.81 ID:Atq7rQzY
失礼、言い間違えた。
×しかし、その比喩が適切か否かを考えれば適切じゃないような気もする。
○しかし、その比喩が適切か否かを考えれば比喩は適切でもその解説は適切じゃない気もする。

961 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 11:48:28.43 ID:TU8TH4ua
>>957
>倶胝の指も切り落とせ!

君が持ってる経関連のテキストも全部棄てろ、頭の中のも全部だ

これで判んなきゃ君には前途も無い

962 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 12:23:35.56 ID:8TXpTDTY
>>961
>前途も無い

『前途』の有無を云々するすること自体が<未透過>の証明w

963 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 13:06:42.26 ID:TU8TH4ua
>>962
業に従い然るべく

964 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/23(水) 13:25:27.63 ID:vEYg1WPJ
>>959
>分からないものを分かろうと努めるのが人間。結果、分かろうが分かるまいが関係ない。

そうですね。このフレーズだけで全てを言い得てる気がしますね。

話しは変わりますけど、閻魔氏が釜ヶ崎の書き込みをしますね。
私は釜ヶ崎は行ったことがないのですが、
「釜ヶ崎の菩薩に逢いに行く」ってのは、私はよく分かる気がするのです。

私は山谷ですがね。あそこにも菩薩がいましたね。随分昔ですけど。
セブン氏のような弁舌が達者な人もいましたよ。彼等は論法好きで、いくらでも話は止むことはない。
やがて彼等はエクスタシーに達しながら眠りについたりします。

この流れがやがて浅間山荘事件に結びついてくるのです。
彼等は弁証法ですから、結論が出ることはないのです。
ですから敗者は総括されちまうのですね。考えたらとても恐ろしいことです。
(つづく)

965 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/23(水) 13:26:08.56 ID:vEYg1WPJ
(つづき)
で本題ですが、
>人間はチャレンジする生き物なのですよ。

ええそうです。先ずチャレンジすることですね。私も色々チャレンジしてきました。
私の青春はけして無駄ではなかった。

当時山谷は、結構インテリが集まってましてね、
こういう連中が今の経済界のトップなどしてるのですよ。人間は変わり身が早いですね><
なかには細々と自営業などやってる御仁もいますけど、
菩薩ってのは後者ですね。

人生は自分の考え次第で、どうにでも切り開くことができます。が、
今の時勢ですとこれも非常に難しくなってます。その閉塞感が青年の心を蝕んでいきます。
しかし少し考えて頂きたいのです。
あの時代(すこし古いですが)にも菩薩がいたのです。
いつの時代でも菩薩として生きることは難しくない。

966 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/23(水) 18:24:45.22 ID:UHqevgD3
シャキャムニは死に臨(のぞ)んで侍者アーナンダに云い残された、此(こ)の世は甘く美しい、甘美であると。

すべとを肯定する般若(パンニャー、智慧)である智慧(全存在は、空である)の理趣経(りしゅきょう)
般若波羅蜜多理趣品 - 十七清浄句 -

妙適C淨句是菩薩位 - 男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である
慾箭C淨句是菩薩位 - 欲望が矢の飛び速く激しく働くのも、清浄なる菩薩の境地である
觸C淨句是菩薩位 - 男女が触れ合うのも、清浄なる菩薩の境地である
愛縛C淨句是菩薩位 - 異性を愛し、かたく抱き合うのも、清浄なる菩薩の境地である
一切自在主C淨句是菩薩位 - 男女が抱合し満足し全てに自由主体での喜悦も清浄なる菩薩の境地である
見C淨句是菩薩位 - 互いが欲心を持って異性を見ることも、清浄なる菩薩の境地である
適スC淨句是菩薩位 - 男女が交合して、互いに悦なる快感を味わうことも、清浄なる菩薩の境地である
愛C淨句是菩薩位 - 男女が互いに求め合う愛も、清浄なる菩薩の境地である
慢C淨句是菩薩位 - 男女が互いに自慢し執着する心も、清浄なる菩薩の境地である
莊嚴C淨句是菩薩位 - ものを飾って喜ぶのも、清浄なる菩薩の境地である
意滋澤C淨句是菩薩位 - 思うにまかせて、心が喜ぶことも、清浄なる菩薩の境地である
光明C淨句是菩薩位 - 満ち足り心が輝くことも、清浄なる菩薩の境地である
身樂C淨句是菩薩位 - 身体の楽しさを求める心も、清浄なる菩薩の境地である
色C淨句是菩薩位 - 目の当たりにする色も、清浄なる菩薩の境地である
聲C淨句是菩薩位 - 耳にするものすべての音も、清浄なる菩薩の境地である
香C淨句是菩薩位 - この世のすべての香りも、清浄なる菩薩の境地である
味C淨句是菩薩位 - 口にするすべての味も、清浄なる菩薩の境地である

967 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 18:39:15.32 ID:F8S07pDI
世界遺産なんだよね
http://www.abaxjp.com/indo213-kjrhs/a02b.jpg
http://www.tsa-vanessa.co.jp/images/travel/india3_4.jpg
http://www.abaxjp.com/tibet-buddha/cf01.jpg

968 :般若の智慧:2014/04/23(水) 19:32:34.32 ID:yDeUUP+1
意識は肉体から生じたものではない。脳梗塞などの記憶障害があっても、
自己意識が損なわれていないことでもわかる。意識は常住だ。
無や空の信者は潔く観念したらどうか。往生際が悪い。
 
意識の正体は真善美そのものである。だからこそ偽悪醜を認識できる。
人間の実体は真善美である。すばらしいではないか。
 
なぜ抵抗するのか。キミたちが死王の奴隷だからだと思う。
その抵抗は本能に由来する。

969 :般若の智慧:2014/04/23(水) 19:53:30.51 ID:yDeUUP+1
閻魔も、もうひとりの方も、悟りの最右翼に位置している。
二人はちょっとしたヒントで成道できると思う。
 
悟りの世界では、経典を含め、あらゆる知識がまったく役に立たない。
知識はむしろ悟りの邪魔をする。何も知らない方がいい。
 
悟りは 〜 勝つことではなく負けることにある 〜
もちろん、人に負けるのではなく、神に負けることだねw
 
だれかが、この現実を幻の如く見るように心掛けていると言っていた。
映画のように見たいと言った人もいる。どっちもダメだ (^^)

970 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 20:11:43.45 ID:rLfXrNPX
断見にも常見にも偏らないということではない
断見も常見も間違っているということだ
意味のないものに意味を持たせるなということ
例えば差別だって意味のないものに意味を持たせた結果だ

971 :般若の智慧:2014/04/23(水) 20:33:58.31 ID:yDeUUP+1
意識が常住であることは、
脳梗塞、全身麻酔・部分麻酔の例ですでに証明している。
それでもわからないのは、わかろうとしないからだろうと思う。
 
意識が脳ミソの記憶と関係することで思考が生じる。
記憶がなければ思考も生じない。それにも関わらず自己意識がある。
意識が常住である由縁である。
 
意識は霊魂の内容みたいなものだろうか。霊魂が意識の形になっている。
常でない肉体(身体)とは別に、常である意識(霊魂)が存在する。
人間は、命(常)かつ物質(無常)の矛盾を生きている。

972 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 20:55:28.79 ID:AebZKsMd
>>971
>常でない肉体(身体)とは別に、常である意識(霊魂)が存在する。

肉体は、常に変化しながらも「動的平衡」を維持している。身体の各部は、
完全な相互依存の関係にある。その動的平衡の原動力が生命であり、生命現象
は肉体の隅隅にまで現れている。意識は、肉体からのみ発生し、肉体と生死を
ともにする。その意味で、生命現象を現す肉体=生命=意識=我であり、常住
である。

973 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 21:01:02.38 ID:rLfXrNPX
>>971
それは脳死でも意識があるってことだろ
脳死でない限り脳は生きているということじゃないのか?

974 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 21:01:21.53 ID:AebZKsMd
肉体から生じた意識を以って、肉体と意識とを分離することは明らかな矛盾
であり、すべての宗教や観念論哲学・思想の誤謬の根源である。

975 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 21:12:31.09 ID:AebZKsMd
>>973
脳死は、人工呼吸設備が完備した大病院における例外的現象。機械によって
生命現象の一部を維持しているだけで、脳の自立的機能は全て失われている。
程なく完全な死に至る。従って、脳死は、人間の死である。脳死の定義を参照
されたし。

976 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 21:27:53.75 ID:rLfXrNPX
半身でも生活している人がいるから
意識を保つのに必ずしも肉体の全ては必要じゃない
じゃあどこまでってことになる
頭かっ飛ばしてハイ意識あります。手あげます
てーことはないよねw

977 :般若の智慧:2014/04/23(水) 22:31:33.53 ID:NMu76sKg
>>972
>意識は、肉体からのみ発生し、肉体と生死をともにする。
何も証明されてない。御隠居の私見に過ぎない。
>>974
>肉体から生じた意識を以って、肉体と意識とを分離することは・・・矛盾
意識が肉体から生じたという証拠は? 何かありますか。
片腕を失っても、「わたし」という自己意識は以前とまったく変わりない。
自己意識が肉体に依存していない証拠ですね。

978 :般若の智慧:2014/04/23(水) 22:52:57.64 ID:NMu76sKg
>>973 >>976
死によって意識が消えるのか、死によって意識が身体から離脱するのかは、
未だ明らかにされていない。自分で体験する以外にないが、
縁起の逆観、滅尽定(想受滅)を経て霊魂体験をすれば根本的に解決する。
霊魂は存在し、霊魂は自己意識であり、真善美そのものであり、
物質ではないところの、常住の存在です。
 
ただそれを、霊魂体験を抜いて証明しようとすると難儀する。
麻酔や脳梗塞の例では説得できないようですね。

979 :般若の智慧:2014/04/23(水) 23:07:29.79 ID:NMu76sKg
>>976
>頭をかっ飛ばして
 
外部からの刺激もなく、脳ミソの記憶も失ってしまえば、
意識は全身麻酔や滅尽定(想受滅)の状態になって真っ白になる。
その状態のまま身体から抜けてしまえば、
意識は死ぬことなく、生きたまま別世界に移動することになる。
滅尽定の場合はそういった移動の仕方をする。

980 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 23:09:26.54 ID:rLfXrNPX
>>978
つまり意識は脳に依存していない。単独で存在するというんですね。
脳が考えているんじゃなくて意識が思考していると。
では脳の機能って何?

981 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/23(水) 23:13:11.11 ID:c+om50uY
オカルト板でやれやwww

982 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 23:24:24.74 ID:ZN52PmnO
>>980
>では脳の機能って何?

三次元情報のインターフェースだろう。

983 :般若の智慧:2014/04/23(水) 23:31:33.07 ID:NMu76sKg
>>978
脳の機能は、感覚器官からの情報を受容し、記憶することです。
思考は、意識と記憶との相互関係で進行する。
 
意識は、感覚器官が情報を受容した瞬間に、それを判断する。
意識の判断によって情報は組織的に保存されていく。
 
判断は意識の働きであり、真偽・善悪・美醜などを区別する。
これは意識の中に真善美が先天的に存在していて比較しないとできない。
つまり意識そのもの(命)が真善美だということになる。
では、偽悪醜の由来は何かと言えば、この大地(物質)に他ならない。

984 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 23:38:33.52 ID:i2YoEdfc
ほう。
それでは物質である脳と相互作用する意識とは、一体何で出来ているんでしょう?

985 :般若の智慧:2014/04/23(水) 23:40:51.41 ID:NMu76sKg
逆に言えば、意識(霊魂)には記憶装置がないので、反省できない。
常に瞬間瞬間を生きている。
脳に情報が記憶されることで反省や思考が可能になる。

986 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 23:49:02.80 ID:i2YoEdfc
脳と情報をどうやって交換するか、瞬間の演算に必要な短期記憶も無しに意識はどうして考え、
判断出来るというのか?
具体性がまるで無い。

987 :般若の智慧:2014/04/23(水) 23:49:52.91 ID:NMu76sKg
>>984
意識(霊魂)は物質ではない。それは「命」ですね。
自分が生きていることはわかりますよね。「命」があるからです。
 
その「命」が霊魂であり、その働きが意識です。
神は「命」そのものであり、霊魂は個体の「命」ですね。
 
六支縁起の順観で無明を突破すれば「神」と出会い、
逆観で滅尽定(想受滅)を経て無明を突破すれば「霊魂」と出会う。
いわゆる慧解脱は前半の話です。

988 :神も仏も名無しさん:2014/04/23(水) 23:54:57.08 ID:i2YoEdfc
誤摩化さずに正面から答えて欲しい。
記憶が脳という物質上の情報なら、そこから読み出すには物質との間で可能な4つの相互作用のうちの
いずれかで互いの状態を変化させなければならない。意識が物質でないならそれは不可能だ。

989 :般若の智慧:2014/04/24(木) 00:01:33.96 ID:DxyUxwZ1
>>986
自分がどうやって反省し、思考するかを考えればわかる。
記録しないと先に進まない。記憶しておかないと先に進まない。
 
意識はただ、記憶を判断し、記憶から記憶へと動くだけ。
ただし意識には、因果関係とか、相関関係とか、所属関係とか、
関係を理解する先天的な能力があるような気がする。
言語能力も意識に根源がありそうな気がする。

990 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:02:48.93 ID:jLcsI2WR
まるで答になっていない。

991 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:07:41.06 ID:ftg64GOv
《船が浮かぶのは「乗員が沈ませまいと願うから」》
ってのと同じくらい荒唐無稽な発言。 >>989

992 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:16:24.86 ID:zViH1WxY
脳は経路だよな。意識がこの世界に顕現するための、経路にすぎない。
たとえば、拡声器それ自体は声を発しない。 声は拡声器を通って大きな音となる。
ところが人間は、拡声器を自己だと思い、声の発するところだと思ってる。

拡声器が自分だと思ってると、拡声器が叩かれると怒る。 拡声器が壊れると、恐れ、不安、苦しみが沸く。
拡声器が掃除されると気持ちいい。 拡声器の栄養、娯楽になることが嬉しい。 それを求める。

しかし、そういうのは、声には一切影響しない。
拡声器が叩かれている時、別に声が叩かれてるわけじゃない。
拡声器が壊れる時、別に声が壊れるわけじゃない。
声には何の影響もない。

これはあの世も同じで、死んであの世があったとしても、そこに抵触すべき自己があるなら、
その自己に対する感情が存在し、不快、不安、恐怖といった苦しみは無くならないだろう。
なのであの世の存在が悟りの境地とは言えない。

人はただ在る声に本当の自分を見出すべきであって、経路としての拡声器に、自己を見出すべきじゃないってことなのかもしれない。

993 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:20:17.93 ID:zViH1WxY
>>989
それは意識じゃなくて、思考だよな。
思考、分別というのは、過去から現在、未来へと流れる時間の幅がないと存在出来ない。
意識はただ今ここに在るだけ。 意識は思考の働きじゃない。

994 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:23:55.29 ID:jLcsI2WR
>>992
全く無意味な議論だ。

995 :ぽかり!σ(‐εΘ)イテテナグラレチャッタ30棒:2014/04/24(木) 00:37:09.52 ID:u7MX02Rj
youtube JRAチャンネル 要年齢確認 アダルトなのか ( ̄TT ̄)鼻血ぶー
http://www.youtube.com/user/jraofficial/
550(549改)地球(日本)へやってきた6人の神々Six Gods who came to this Planet - 1:03:44
http://www.youtube.com/watch?v=Lg5aGGGrCDw
709+672 ヤマタノオロチ(神々の闘い)Gods' Fighting+甲府の神々 - 1:07:26
http://www.youtube.com/watch?v=LezxN7KvgXk
映画『666―獣の数字とその刻印』(2時間) - 1:58:58
http://www.youtube.com/watch?v=IHjkI2x6PKQ
.幻 の 甲 州 金 山 - 1:35:23
http://www.youtube.com/watch?v=1ub3Z5LthfM
.宇宙の真実 - 2:24:20
http://www.youtube.com/watch?v=Sd4aNlD19I8
宇宙.太陽系その1 〜21 - 23本の動画
http://www.youtube.com/watch?v=tjLjbI_UBOU&list=PLA153A3BB6DBA84E3
太陽系 銀河系 - 22本の動画
http://www.youtube.com/watch?v=rJ_phW8GxGU&list=PLE877F166760DB701
【笑い】歴史に隠された失敗した発明【科学】 - 44:13
http://www.youtube.com/watch?v=c2TU3sm38Ng
. .ディスカバリーチャンネル2 - 99本の動画
http://www.youtube.com/watch?v=uvjO6T5xI3A&list=PLB00D261AA6814867

996 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:40:02.67 ID:Kej79kAl
死ねば、感覚器官も思考器官も記憶器官も運動器官も、火葬で灰になるか、放
置すれば腐敗して蛆がわき、最終的には原子に分解され、従ってすべての機能
を失う。

座禅する脚もなく、経典を読む眼もなく、煩悩を生じる脳もなく、念仏・唱題
を唱える口もな、涅槃や地獄を知覚する感覚器官もない。

死後のことを、生時のこれらの器官で考えることは、全くのナンセンス。

火葬の超高温で焼かれて「熱い」と叫ぶ死体はないw。

997 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:40:37.93 ID:jLcsI2WR
心身二元論を唱えるなら、物質非物質間の二元間相互賞の仕組みと、その実証を前提とする。
それ無しにはすべて妄想だ。

998 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:50:51.37 ID:ftg64GOv
梅地前w

999 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:52:23.96 ID:k0byngGr
人に私はどこにいる?と聞いてごらん。指す場所に私はいる。
ちんちん指すお約束の人もいるだろうが、普通は鼻、顎、胸。
それが私で間違いないのだ。

1000 :神も仏も名無しさん:2014/04/24(木) 00:55:32.47 ID:ftg64GOv
逃げ水のように、指差したらそこには居なくなるかもなw

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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