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【究極の境地】悟り

1 :野師:2014/04/20(日) 07:39:58.83 ID:skYFTQm9
究極の境地を悟りという。
それを得るために、雲水は座禅をする。
「禅友に贈る書」を書いた町野久義さんは、
「座禅はただ座るだけです」
と言った。
それを聞いて、オレはびっくりした。
座禅はピクリとも動かず、ひたすら無になるものだ。
モノを考えてはいけない。
ただ座るというのはオカシイ。
そう思っていたが、最近、その理由もわかるようになってきた。
悟りはありのままの世界だ。
それが【究極の境地】悟りだ。

2 :しんしょー君 ◆IHSXPiND6Q :2014/04/20(日) 09:29:53.68 ID:7JnHHfff
2GET

3 :野師:2014/04/22(火) 06:36:40.32 ID:QWv+4H0h
独房はなにもない空間だから、長期間がいると気が狂ってしまう。
どんな意志の強い人間でも、1ヶ月いると人格が壊れる。
これを小学生のときに、近所のガキ大将から聞かされたのだが、人間がそう簡単に壊れるものかと思ったことが印象だった。
座禅もときどきそう感じる。
荒修行では、1ヶ月ほど独りで寺に篭って座禅をする。
気が狂ってしまうんじゃないか?
現に、座禅で妄想に取り憑かれて、気が狂っていまったやつはいる。
独房と座禅は同じようなところがあるから、思考の不一致、妄想、知能の低下で人格が壊れる。
ああ怖い。

4 :野師:2014/04/22(火) 07:14:57.18 ID:QWv+4H0h
悟りを開いたお坊さんは、修行はなんの意味もないという。
なのに、なんで一生懸命修行するんだ、とみんな思う。
中国の高僧がそういうのだから間違いないと思って、雲水は修行に励み、「意味がない」という意味を考えるんだ。
悟り修行は、1日中雑用をしているのだから意味なんかないだろう。
朝起きて座禅をし、朝飯前の廊下の拭き掃除などををやり、やっとお粥と汁と漬物が喰える。
しかし、修行に没頭していると、穏やかになり、心も静かになってくる。
その心地よさに驚かされた。
動き回って、片時も一箇所に留まってなかったオレが、落ち着いた気持ちになっている。
乱れた生活をしているヤクザが、拘置所や刑務所に行って、規則正しいを送って心が落ち着くのと同じだろう。
意味のない修行だからなにもない。
なにもないから、無の境地にたどり着く。
ちょうど自然に囲まれた旅館にいるのと似ている。
自然に囲まれた旅館に、街中の贅沢は邪魔なだけだ。

5 :神も仏も名無しさん:2014/05/01(木) 03:41:49.32 ID:cXSmvdP3
>>1は只管打座してるの?
なんか変わったかい?

6 :神も仏も名無しさん:2014/05/01(木) 07:39:25.88 ID:UeOj2wFj
悟りを開けば、すばらしい世界が待っていて、酒池肉林のような思いが出来ると思っていたら、大馬鹿者だ。
そもそも悟りは超能力者じゃない。
超能力の宣伝で、寄付という恐喝をするオウムと一緒にしてはいけない。
本当の自分と出会うことだから、人間変わらなくていい。
というより、変わらなくていいことに気づくことこそが悟りなんだ。

7 :神も仏も名無しさん:2014/05/02(金) 00:49:58.66 ID:Jv/pAlF3
禅問答みたいだな。
本当の自分と出会うこと・・・ってのも意味が分からない。
認識や自己感覚、いろんなものの知覚の変化はないの?

8 :野師:2014/05/02(金) 07:12:40.09 ID:0cqxeGJ2
悟りは、言葉に表せるものじゃない。
境地にしたって、心の中が空っぽになる
と言っても、言葉に表せないだろ。
座禅をして経験するからこそわかる。
無欲ってのもそうだ。
欲がなくなると言えば、わかったようなわからないような感覚があるが、本当に無欲になってみると、世界がちがって見えてくる。
しかし、無欲になって、煩悩が消えたら、悟りが開けると思ったら大間違いだ。
悟りはその先にある。

9 :神も仏も名無しさん:2014/05/02(金) 13:01:32.99 ID:ua3NC/9j
仏教、神道から天皇、歴史、政治経済まであらゆる情報の宝庫!

本日の講義は【折伏をしようと思うと】です。

現在の創価学会は‘創価互助会’であり、本物の仏法などない!!

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

10 :神も仏も名無しさん:2014/05/03(土) 03:14:19.15 ID:x/phN6UU
>悟りは、言葉に表せるものじゃない。

とすると、このスレの存在意義自体が・・・w
野師ちゃんはちゃんと修行とかした人?
どんな修行が良いんだろうか?
ダンテスダイジしか思い浮かばないけどw

11 :野師:2014/05/04(日) 07:45:34.87 ID:Z62OJt0i
修行するか境地に入ってからここに来てくれ。
悟りの質問ならここ以外でもできるだろう。

12 :野師:2014/05/04(日) 07:46:59.85 ID:Z62OJt0i
一度の負けを極端に恐れるやつがいる。
なんでそんなに恐るのか。
プロゴルファーだって、競馬の騎手だって、優勝する確率より、しない確率のほうがずっと高い。
プロ野球の優勝チームでも、4割ほど負けるんだ。
そもそも勝つとはなんだ?
レベルとはなんだ?
誰が決めたんだ?
上杉謙信は、戦の功績の価値を捨てて、
「不識院謙信」
と名乗った。
ネコが可愛くてゴキブリが気持ち悪いなんて誰が決めたんだ?
人間は凄い嘘つきと思わないか?
これが悟りだ。

13 :野師:2014/05/04(日) 07:56:34.14 ID:Z62OJt0i
13だ。
13といえば、外人には「13日の金曜」が頭に浮かんで、不吉だそうだ。
ちなみに、オレは4と13がラッキーナンバーらしい。
嘘じゃない。
現に、手帳を見てみると、4日と13日にツイていることが多い。
というわけで、13をgetする。
日本人の嫌いな4と世界が嫌いな13.
うーん。
オレはなにかを持っている!

14 :神も仏も名無しさん:2014/05/16(金) 07:14:03.48 ID:dilQqYpA
悟りを開いた住職が、思考は道具で、あまり必要としないと言った。
正気か?
思考無しでどうやって人間関係を営むんだ?
人は言葉を選びながら、人間関係を営むものだろう。
オレも昔は悟りを開けば直感だけで生きていけると思った。
流れのままに生きるというのも、人生の本質を知ればのことと思っている。
が、本当にそんなものが存在するのか?
そんなものはどこにもないことを知るのが悟りじゃないのか?
流れのまま、ありのままに生きることは不可能だが、それに近づくことはできる。
その矛盾を受け止め、考え、修行の中でひとつひとつ身に付けて悟りに近づくんだ。

15 :神も仏も名無しさん:2014/05/17(土) 05:50:57.92 ID:6WUex8Zs
仏教には「アラヤ」というものがあって、人間の心奥底に存在する。
潜在意識みたいなモンだから、自分では気づかず、たとえば、ガキのときに犬に噛まれたら「犬が怖い」となっちまうんだ。
余談だが、オレの住んでたド田舎には野犬が多くいて犬に噛まれた。
だから、未だに犬が怖い。
この「アラヤ」。
インチキ宗教家が商売に利用しやがって、アラヤを使えば、叶わない願いはないとほざく。
「東大に入りたい」
と、何万回、何十万回と唱えれば、本当に受かるなんて真剣にほざくからタチが悪い。
なんでも本当にそれで受かったやつがいるらしい。
そもそもアラヤは心奥底の潜在意識だから、偶然とはまた違うんだ。
余談だが、アラヤの由来は「ヒマラヤ」らしい。
ひまァラヤってとこか。
ヒマラヤにシャカ族のお釈迦様がいたからそんな大袈裟な名前をつけているのか。
お釈迦さんがあの世で眉を潜めているぞ。

16 :自由:2014/05/21(水) 01:46:59.45 ID:fWRyLVmg
究極のたどり着いた所が、悟り・・??????????????????????????????
で、いったい全体、それは、美味しいのか ?????????????????????

17 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 08:39:57.70 ID:5qJagp+y
人にはツキというものがあって、オレがそれに気づいたのが10年ちょっと前だった。
実力があればなんでも出来ると思って男を磨いてたが、すべて裏目に出る。
裏目が長期続けば鈍感なオレでさえツキが存在することがわかる。
博打でもそうだろ。
単純なゲームだから実力は関係ないのに、負けるときは勝てる気がしないだろ?
博打はやめればいいが、人生をやめれない。
そういうとき、選択肢のどちらを選んでも裏目に出るわけだから、良くしようとせず流れのままに行くしかない。
これが流れのままだろ。

18 :野師:2014/05/26(月) 09:10:52.38 ID:5qJagp+y
オレはよくモノを考える。
考えることは脳細胞に良くて、知恵につながるんだ。
永年、頭を使って積み重ねた知恵は将来を大きく左右する。
話は変わるが、この「考える」はアラヤにつながる。
もともと、アラヤとは
「人間は自分の思ったとおりの人生を送る」
らしい。
だから、あれこれ都合のいいことを思い浮かべればいい。
ただ思い違いはするな。
計画を建てるのだぞ。
考えたことは無意識に行動してしまうものらしい。
つまり、考えるそのものが悟りなんだ。
これがアラヤだ。
金八先生の荒谷ニ中じゃないぞ。

19 :神も仏も名無しさん:2014/06/01(日) 15:34:39.16 ID:4gEt5qlP
悟ら―参戦期待♪
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/12104/1376452574/l50
悟りに至った方たちとの対話


すれ主、ウェルカム、食いついてくれるタイプです。
スレ主論破参戦者希望。

20 :野師:2014/06/02(月) 07:35:33.33 ID:Lbxc9bsH
この前、大きな病院に行った。
1時間待ちの5分検診は有名だが、
オレはなんともない。
え?
読書をしているからだって?
それもあるけど、日々修行に励んでいるから
なんともないんだ。
3時間も坐禅していれば誰でも境地に達する。
境地に入ると心は空白で、人の声、工事の音、
鳥の囀るのが響くんだ。
そうなると、欲や色気、煩悩が心からなくなり、
「本当の自分」に出会える。
本当の自分はいいぞー。
真理がみえる。
誰でも見栄や気取りにとらわれて損したことはあるだろ。
徹底的に利益を優先したら、見栄や気取りは捨てれるだろ。
これも方便で悟りを開けば簡単にそういうことができるんだ。

21 :神も仏も名無しさん:2014/06/02(月) 10:26:32.14 ID:64AWGtqt
禅天魔

22 :神も仏も名無しさん:2014/06/04(水) 20:16:14.94 ID:kKsF4NoM
雑用という用事はない
無欲というか「自分が満たそうとする欲がない」という感じなんだ
煩悩なんかないけどなんか願ってたほうが人間らしいよ
肉体の鍛錬は必須ですね すごく軽視されがちだけど。
>>12 まだかなりこだわってますよ。すでに結果(勝敗)の出たことにこだわる甲斐がないです 反省して次行こう
人間関係は形式を知っていれば円満にいきますよ まぁ余計な言葉余計な付け足しが好きな人ばかりだから それは違うというかも?
>>17 よくしようとは思わなくてもよくなりたいとは思うよ この違いわかるかな
>>18 計画の意味するところが何か同意味を取るかで意味の変わる言葉だけど、一心不乱にやる、のほうが多分的を得てる。計画性は息苦しいからね。
>>20 自分で何とかできてると思う間はあまり安心していないね。

23 :神も仏も名無しさん:2014/06/04(水) 20:25:31.82 ID:kKsF4NoM
目の前の状況をそのまま見て、自分はこんな生活したかったのかと問うだけ
本当の自分はそれでわかるだろう。本当の自分になるという意味も分かるだろう。
一足飛びにはいかないが、わかったら進歩は速い。

24 :神も仏も名無しさん:2014/06/04(水) 20:27:25.53 ID:kKsF4NoM
まぁ実は、そう問うこと自体は現象であり、必然で訪れるだけで、実は解決はもっともっと前に起きてるんだけど、
それを引き起こすきっかけを作るのは、自分の素直な願い、だよ。やるのも物理的な自分が少しかかわる。

25 :野師:2014/06/08(日) 09:45:44.02 ID:KPUXktfS
悟りの議論なら他でやってくれ
と、オレは以前言った。
境地に入っている人間ならともかく、境地に関係ないことはまるで次元の違う論理で話し合っても交わることがないからだ。

26 :野師:2014/06/08(日) 09:46:54.32 ID:KPUXktfS
インドの仏教と日本の仏教はちがう。
さらに言うなら、中国と日本の仏教も違うんだ。
日本の仏教はしきりに死後を語っているが、インドの仏教にはそれがなく、お釈迦さんも死後の話なんかしていない。
死んだら、天国に行くとか地獄に行くとかは、日本人が勝手に考えたことだ。
とくに、寺院は地獄絵を見せて、民衆を騙し、戦に駆り出しているのは、仏に仕える者がやることか。
沢庵和尚は、死んだら土に帰るだけだから、自分の物はすべて処分してほしいと言った。
本来、悟りとはこうあるべきはずなんだ。

27 :神も仏も名無しさん:2014/06/08(日) 09:52:09.31 ID:yxYbX5ls
なるほどな、野師は突っ込まれる甘さはあるわな。
境地よりも知識である場合に、攻め込まれる。

28 :神も仏も名無しさん:2014/06/08(日) 09:55:59.37 ID:fe4Pr4z1
どこも突っ込まれてはいない。
無理に言葉にしていても、つかめる者は、つかめる。

29 :神も仏も名無しさん:2014/06/08(日) 09:57:08.83 ID:fe4Pr4z1
野師さんはまぁ。進化途中だよ。精進のスタート地点に立ったんだ。

30 :神も仏も名無しさん:2014/06/08(日) 09:57:32.95 ID:yxYbX5ls
沢庵なんぞ、だしゃ、攻めてくれと言っているようなもの・・・・。
ま、境地で弄られるなあ・・・・。

28節穴ご苦労さん・・・。

31 :神も仏も名無しさん:2014/06/08(日) 10:04:55.11 ID:yxYbX5ls
ま、知識の整理、取捨選択は重要だな、
知識で境地が汚染なんていうのはザラだからなあ、

32 :神も仏も名無しさん:2014/06/09(月) 07:48:16.24 ID:cNXAlNzT
おまえさんには、立派な師匠、信じた道があるのだろ。
信じた道で修行すればいい。
ただオレとは方向が違っていて何の参考にもならない。
オレはオレの信じた道で修行していて究極の境地を目指すのみ。
もう来ないでくれ。

33 :野師:2014/06/09(月) 07:49:51.63 ID:cNXAlNzT
ゼロという数字はインドからうまれたらしい。
それまで1や−1はあったが、ゼロがなかった。
このゼロが悟りを説明するのに都合がよくて、覚者が発見したという説がある。
ゼロという数字が出来て、悟りの境地を「無」と呼ばれるになった。
そこから無やゼロを徹底的に追求することになる。
以前、オレは自分の境地を零堂と言った。
誰にもそんなこと教わっていないんだぞ。
えっへーん。

34 :野師:2014/06/09(月) 08:34:41.13 ID:cNXAlNzT
司馬遼太郎は坊主になるつもりで、高野山大学に足を出向けたことがある。
そこで
「坊さんになるつもりかえ?」
と、聞かれ、まだ決心がつかなかった
と言っている。
司馬遼太郎によると、悟りとは捨てることらしい。
身の回りのことを捨てる。
価値観を捨てる。
自分を捨てる。
信仰した宗教をも捨てる。
そうしてはじめて悟りが開けて、それこそ1万人にひとり、十万人にひとりしか悟りは開けない。
そんなことあるか!
じゃあ、なんでお釈迦さんの弟子に悟ったやつが500人以上いるんだ?
と、オレは反論するのだが、これについては後に話す。

35 :野師:2014/06/09(月) 08:36:17.27 ID:cNXAlNzT
戦国時代に安国寺恵瓊という男がいて、この男も形の上では悟りを開いている。
司馬遼太郎によると、悟りを開いてしまうと、かえって、普通の人間より阿呆になるのではないかと言っていた。
安国寺恵瓊もそのひとりらしい。
悟後の修行というが、というより検索しても出てこなかったが、これはどういうことなんだ。
料理人の修行は一生もので、悟りの修行とはちがうのか。
悟りの修行には終わりがあって、むしろ悟ったあとが大変なんだ。
安国寺恵瓊は悟後の修行を怠った。
だから、司馬遼太郎のいうように阿呆になったのかもしれない。

36 :人間の探求:2014/06/09(月) 11:49:45.17 ID:TJtL2P4O
仏法を極めていくと異次元世界に入る?

本日の講義は「異次元世界の存在」です。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

37 :神も仏も名無しさん:2014/06/11(水) 07:39:15.32 ID:Q43IAFr+
お釈迦さんは、
「人間は生まれながらに悟っている」
と言った。
これをどう解釈するか。
悟りは大したことじゃなくて、あまりに当たり前のことすぎて気付かないんだという。
オレもこの意見に賛成で、実は、人はみんな流れのままに生きている。
努力をしたことがない人間にはわからないだろうが、人間の努力は無力でそう大したことじゃない。
つまり、努力と思っていることは努力じゃなくて、悩み苦しんでいることだって、実は無意識に選択しているんだ。
人はみんな、無意識に流れのままに生きているんだから悩む必要はないだろう。
もっとも、この悩む行為も流れのままなんだが。

38 :野師:2014/06/11(水) 07:41:08.59 ID:Q43IAFr+
>>34の続きを話す。
司馬遼太郎の言っている10万人に一人しか開けない悟りというのは究極の境地のことか。
2年ほど前、住職に会いに行って、悟りを議論した。
境地の深さを感じた。
なるほど。
物質的に例えるなら、年期を積めば境地も深くなり、才能があるものなら早くに悟りを開けるってことか?

39 :野師:2014/06/11(水) 07:44:09.58 ID:Q43IAFr+
司馬遼太郎の話を出汁に、悟りは大したことじゃない、と、オレは書こうと思ったのだが、どうも何か違う気がした。
馬鹿と天才は紙一重というように、ひとつコツさえ掴めば、バカもたちまち天才になる。
このコツが悟りなんだろう。
コツに気付けばいいんだが、なかなか気付かない。
そう考えると境地なんて意味がない。
しかし、心が空っぽの状態、煩悩が消えた状態をバカにできない。
そういう境地だからこそ見えてくるものがある。
座禅は悟りの学習なんだ。
まだまだ悟りを語る余地がありそうだ。

40 :野師:2014/06/12(木) 08:15:02.67 ID:rHH71Cjt
阿部敏郎によると悟りは特別なものじゃないらしい。
「悟りを開いていると認めればいい」
と言っている。
この男はなにを言っているんだ?
と、最初は思ったが、だんだんとオレの境地と重なってきている。
悟りは特別なものじゃないのか。

「みんながブッタ」
という本をこの男は出している。
オレ様と同じで、日常生活の中で修行しているため、住職と議論すれば粗が出る。
しかし、住職はなにを知っているんだ?
オレも何度か議論してきたけど、一般的なことを言っている例が多い。
住職とは職業坊主のことで、生活に追われ、悟りどころじゃないらしい。
イエスキリストだって聖母マリアに養ってもらっていたんだ。
修行をしたからと言ってゼニが入ってくるわけじゃない。
プロの雲水はいないのか?

41 :野師:2014/06/12(木) 08:16:03.07 ID:rHH71Cjt
ちなみに雲水とは、修行者のことだ。
今でこそ、修行者は寺でするものだと思われているが、昔は旅に出て、野原を寝床に空を見上げて寝たのが由来らしい。

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